小指の先に恋願う

ミヅハ

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楽しいデート

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 七瀬にとってゲームセンターは、まるでテーマパークのようだったのだろう。あんなにも目を輝かせて楽しそうにしている姿は初めて見た。
 筐体に菓子類が景品としてある事にも驚いていたし、自分の半分近くもある大きさのぬいぐるみに夢中になっていたりもした。
 凌河から教えて貰った通りに操作をするも、空間把握能力を上手く駆使出来ず景品を掴む事が出来なくて悔しがって、小さな景品でさえ取れれば大袈裟なくらい喜んだ。

「…あ、これ……」
「何?」
「これ、小さい頃好きだったキャラクターです。まだ元気だった母さんが、いつも一人で留守番する俺に買って来てくれたぬいぐるみだったんですけど……懐かしい」

 ガラスに触れ幼少を懐かしむ横顔はどこか寂しそうで、凌河は思わず肩を抱いた。驚き見上げてくる七瀬の頭をぽんぽんし、お金を入れる。

「え?」
「俺、クレーンゲーム得意なんだ」

 これは確率機ではなく前へ掻き出すタイプだ。上手くいけば二~三回のプレイで取れるだろう。七瀬がガラスの向こうへ目線を移したのを横目で見てアームを動かす。犬なのか猫なのか、線引きの曖昧なキャラクターの首元には括れがあり、片方のアームをそこに引っ掛けるようにして持ち上げる。少しだけ前進した。
 またお金を入れ操作する。先ほどよりも上手くかかり筐体の中で横向きになった。もう一枚追加して落とし口ギリギリでアームを降ろせば、半回転して取り出し口まで落ちてきた。
 しゃがんで取り出し、七瀬に差し出す。

「取れたよ、七瀬」
「…すごいっ…すごいです凌河さん! ビックリしました」
「人より背が高いから、割と狙い所が突きやすいんだよね。はい」
「いいんですか?」
「もちろん。七瀬のために獲ったんだから」
「……ありがとうございます」

 両手を差し出されそこに乗せると、ふわりと七瀬がはにかんだ。花が咲き誇るような、凌河の好きな笑顔。
 だが、ここでその笑顔はマズイだろう。

「七瀬」
「はい?」

 後頭部に手を掛け引き寄せる。軽い音を立てて凌河の肩口へ七瀬の顔が埋まってしまえば誰からも見えない。
 凌河は少しでも七瀬に対して頬を染めた奴らを睨み付けながら奥のメダルコーナーへと歩き出した。自然と後ろ歩きになった七瀬は急いで前を向くが肩を抱く手は離さない。

「凌河さん、危ないです」
「……七瀬」
「はい」
「そろそろ敬語辞めない?」
「え?」

 あまりにも唐突だったからか、七瀬の目が点になる。
 それを少しだけ面白く感じながらスロット台に置いてある椅子に座らせると人差し指を立てた。

「七瀬は俺のものでしょ? だったら遠慮なんてせずに、普通に話して欲しい」
「普通に……」

 真面目な七瀬の事だ。どうせ先輩だから、年上だからと考えているのだろう。
 凌河は自分が年上だからと偉ぶるつもりはないし、年下からタメ口を利かれようと特に気にはしない。ただ、自分の価値も分かっていない者が調子に乗る事が許せないだけで、口調自体をどうこう言うつもりはないのだ。別に棗にだってタメ口で話されても気にしない。
 まぁ喧嘩の際、「誰に向かって口利いてんの」とかは言う事があるけども。

「……ほんとに、いいんですか?」
「俺がいいって言ってるんだから、いいに決まってる」
「…じゃあ、おいおい」
「ふ、そこは分かったじゃないんだ」

 友達から発言の時も思ったが、七瀬はすぐに出来るかどうか分からない事に関してはハッキリと頷かない。だからこれもまぁ、本当に〝その内〟なのだろうと凌河は思った。

「あれぇ? “リョーガサン”じゃん」

 不意に背後から声が掛けられ七瀬の顔を自分に押し付けて隠す。

「……?」
「こんなとこで何やってんのー?」

 背中に近付いた気配が立ち止まり舌打ちする。凌河は心底面倒臭く感じ眉を顰めた。
 七瀬は困惑しながらも妙な雰囲気は察しているのか、何も言わずに凌河の服を掴む。

「この間は良くもやってくれたな。ちょっと表出ろよ」
「……お前の指示に付き合う義務はないけど?」
「ぁあ!? いいから出ろよ!」
「…………めんどくさ」

 どうしてこうも行く先々で絡まれるのか。第一コイツだって絡んで来たから返り討ちにしただけで、凌河から手を出した訳ではない。
 仕返しがしたいのだろうが、相手にしたところでまた痛い目を見るのはコイツだ。わざわざ乗ってやるまでもないとポケットからスマホを取り出し操作した凌河はそれを耳に当てる。
 心配そうに見上げる七瀬に微笑みかけ頭を撫でた。

「…あ、棗? お前今どこ………ああ、丁度いいや。駅南のゲーセンまで来てくれる? ……そう、ちょっとめんどくて……なるべく早くね」
「おい! 何仲間呼んでんだよ!」

 グイッと肩が引かれ片足が一歩後ろに下がる。隠していた七瀬が驚いた顔をして男を見ていた。
 男もまた、凌河一人だと思っていたため目を見瞠る。

「……は? 何だてめぇ。てめぇもコイツの仲間かよ」
「え、あの、いや、俺は…」
「丁度いい、てめぇも……いっ」

 ほんの一瞬だったが、男が七瀬を見て目元を赤らめた事に気付いた。ピキッと青筋を浮かべ七瀬へと伸ばされた腕を掴み捻り上げる。

「触ろうとしてんじゃねぇよ」
「…っ…は、離せ…!」
「〝穏便〟に済ませてやろうってんのに、死にたいみたいだね」
「ぐぁ…っ」

 上背は圧倒的に凌河の方が高いし力も上だ。折る勢いで関節を曲げようとして何かが腕に触れた。

「凌河さん」

 窘めるような声に視線を落とせば、真っ直ぐにこちらを見る黒い瞳と目が合う。

「お店に迷惑が掛かるからやめませんか…?」

 七瀬の言葉に周りを見れば、何事かと人が集まり出していた。店員もオロオロとして警察を…とか言っているのが聞こえてくる。
 さすがに呼ばれるのは困るし、これ以上は七瀬とのデートにも支障が出る。男の手を離せば、七瀬がホッとしたように息を吐いた。

「……ってぇな! ふざけんなよ!」
「キャンキャン吠えないでくれる?」
「はあ!? いいから表に…!」
「凌河さーん!」

 男の声に被さるように棗の声が聞こえて来た。走って近付いてくる棗に親指で男を差し次いで人差し指で払うような仕草をする。それだけで理解した棗は頷き、今だ怒鳴っている男の首根っこを掴むと走ってきた勢いのまま別の出入口へ向かって行った。
 まさに台風一過。店内にいた凌河以外の全員がポカンとして棗が消えた方を見ている。

「ごめんね、七瀬。お詫びに甘い物食べに行こうか」
「いえ、俺は大丈夫ですけど…」
「棗がいいようにしてくれるから。ほら、行こうか」

 手を引いて立ち上がらせ自分たちが入ってきた方の出入口へと向かうと、途中で足を止めた七瀬が遠巻きに見ている店員に向かって頭を下げた。

「お騒がせしてすみませんでした」
「い、いえ……」

 凌河は少しだけ驚いた。今まで自分の周りにいた奴らはみな凌河と同じように騒いでいたし、それを迷惑だとも考えていなかった。勝手に絡んで来る方が悪いと、それしか思った事がなかった。
 だが七瀬は違う。真っ当に育った、凌河のような不良とは縁のなかった子だ。
 他者を思い遣る優しい心を持つ七瀬だからこそ、三年前出会えたのに。

(眩しいな…)

 身も心も綺麗で、神聖で、本当なら凌河のような薄汚い人間が関わったり触れたりしていい存在ではない。
 だけどもう、絶対に手を離してやる事は出来なくなっている。
 鳥籠に閉じ込めて、自分以外が見えないようにしたい。
 凌河の兄のように。

(……!)

 一瞬脳裏に浮かぶ記憶。自分と同じ色を持つ、真っ直ぐで優しかったはずの兄。父親の再婚で狂ってしまった兄。
 それを振り払うように頭を振れば手を引かれた。

「行きま…………行こ、凌河さん」

 途中で言い直した言葉は七瀬なりの気遣いか。
 凌河は小さく笑って頷き、ゲームセンターを後にした。

 甘い物、と聞いて七瀬がリクエストしたのはクレープだった。
 慣れないと食べにくい部類に入るが、七瀬がどうしても食べてみたいというので買ってみた。もちろん凌河持ちで。
 七瀬はどうして払わせてくれないのかと怒っていたが、凌河としても大切な子にお金を出させたくないという気持ちがある。それを言えば驚いて目元と染めた後、自分もそうだからと小さく零した七瀬はどこか拗ねた様子だった。
 ならば次回からは貰うからと慰めれば途端に機嫌を戻してくれるのだから有り難い。ここで、でも、だってを繰り返す奴は凌河にとって面倒以外の何物でもないのだから。ただし七瀬にそう思うかは凌河自身も分からない。
 初めてのクレープはやっぱり難しかったようで、七瀬は口の周りをクレームでベタベタにしながら食べていた。途中いくつか果物を落としてしまったが、完食した後に拾ってティッシュで包み捨てている姿を見ると、やはり育ちが違うなと感心してしまった。

「今日はありがとうございました。凄く楽しかったです」
「俺も楽しかった。また行こうね」
「うん」

 夕方になり七瀬のマンション二階奥、彼の部屋まで送り玄関前で向かい合い別れの挨拶をする。
 本当はもう少し一緒にいたいけど、だからといって七瀬の部屋に上がれば我慢が効かなくなりそうだ。

「ちゃんとご飯食べて、ゆっくり休むんだよ?」
「凌河さんこそ、ちゃんと食べて休んで下さい」
「これ食べるって」

 帰り際に夕食として買ったカツカレーが入った袋を示し笑う。七瀬の手にも同じ店で買った唐揚げ弁当入りの袋が下げられていた。

「じゃあ、また学校で」
「ん。……七瀬」
「はい?……ん」

 既に解錠済の扉を開けようとノブに手を掛けた七瀬の手に自分のそれを重ね、左手は玄関扉に肘までつけて身を屈めた。
 そのまま唇を重ね啄む。ピッタリと閉じられた唇を軽く噛むとピクッと身体が震えた。

「……おやすみ」
「お、おやすみなさい」

 もう一度掠めるようにキスをして七瀬が部屋に入るのを見送る。鍵もかけられた事を確認しマンションから出ると、振り返って明かりの灯った部屋を見上げた。

「おやすみ、七瀬」

 見つめる凌河の目は心底愛おしいものを見る目で、たまたま通りがかった女性がその蕩けるような表情に驚いた後頬を染めて走り去る。
 至極ご機嫌で色気ダダ漏れの凌河は、鼻歌を歌いながら帰路に着いた。
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