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ミヅハ

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焦がれし星と忘れじの月【完】

一人と一匹のクリスマス

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 冬のキーンと澄んだ空気が好きだ。
 凍えるほど寒い外気温と、吹き付ける冷たい風に首を竦めた詩月は手袋をしている両手を擦り合わせた。
 まだ空は薄暗く、この道を歩いているのは詩月とステラしかいない。

「寒いね、ステラ」
「わふ」
「お布団からなかなか出られなくてごめんね」

 寒いせいもあるが、龍惺の腕の中が居心地良すぎて毎年同じ事を言ってる気がする。
 詩月の一日はまだ街が寝静まっているうちからするステラの散歩から始まるが、冬は特に時間が遅くなりがちだ。炬燵に入ったらなかなか出られなくなる理論と同じで、まだ龍惺とくっついていたいと思ってしまう。
 首を傾げるステラに微笑み、いつもの散歩コースを歩いて家に着いた詩月は、キッチンで物音がする事に気付いて目を瞬いた。
 急いでステラの足を拭いて、散歩道具を片付け手洗いと嗽を済ませて向かうと、龍惺がフライパンを温め卵を割り入れてる姿が見える。

「龍惺」
「おかえり。寒かったろ、ほら」

 駆け寄ると頭にキスされ湯気の立つカップが渡される。それは詩月の好きなカフェオレのホットで、冷えて帰ってくる詩月の為に龍惺が用意してくれていたようだ。
 嬉しいけど、龍惺は今日も仕事があるのに。

「あ、ありがとう。あとは僕がするから、龍惺は座ってて?」
「ここまでやったんだからいいよ。お前が座ってろ」
「でも⋯」
「変に責任感持つなって。お前は家政婦じゃなくて俺のパートナーなんだから。その時出来る奴がやりゃいいんだよ」

 在宅ワークの詩月は時間に融通の利く仕事をしている。だからこそ家の事は自分がするべきだと思ってて、働きに出る龍惺にさせるのは良くないと思っていた。
 龍惺はそれが分かっているからこそ自ら動くのだが、そのたびに申し訳なさそうな顔をする詩月には苦笑しか出ない。

「いいから。ステラが腹空かしてんぞ」
「あ! ステラ、ごめんね!」
「わんっ」
「⋯ったく」

 賢くお座りしているステラを指差せば詩月は気付いてカップを起き、ステラ用の諸々がしまわれている棚へと向かう。
 朝から慌ただしいなと息を吐いた龍惺は、今のうちにと朝食の準備を進めるのだった。



「詩月、悪い。クリスマスこっちいねぇかも」
「え」

 龍惺が作ってくれたモーニングセットを食べていたら、不意にそう言われて詩月は目を丸くする。
 毎年クリスマスはペットホテルにステラを預けて2人で過ごしているのだが、こっちにいないとはどういう事なのか。
 首を傾げると、食べ終わった龍惺が立ち上がり椅子ごと隣に移動してきた。

「その三日前から出張。ギリ帰って来れるか分かんねぇ」
「そうなんだ⋯龍惺いないんだ」
「ごめんな? なるべく帰れるようにはするつもりだけど、向こう次第だから確約は出来ねぇんだよ」
「謝らないで。大丈夫、ステラと一緒にお留守番してるから」

 出張なんて良くある事だし、それで約束がご破算になる事だって初めてじゃないんだから気にしなくてもいい。仕事なんだし仕方のない事だ。

(⋯仕方ない⋯)

 とはいえ理解しているのと納得しているのとでは意味が違うから、詩月の心境は複雑だった。寂しいなんて、思ってても口にしてはいけない。
 だってそうしたら、龍惺はどうにかしようとしてしまうから。

「本当にごめんな」

 そう言って龍惺が出張に行って半日が過ぎた。
 家の中はとっくにクリスマス仕様になっていて、拘って選んだツリーの電飾が虚しく明滅している。
 ソファに座りステラを撫でながらそれを見ていた詩月は、ツリーの下に積まれたハリボテのプレゼントの中に忍ばせた龍惺へのプレゼントへと視線を向け息を吐いた。
 今年はビジネスバッグで、本当ならプレゼント探しのミニゲーム的な物をしようと思っていたのに。

「クリスマス終わってから渡しても、クリスマスプレゼントには代わりないよね」

 例え年末に渡したってクリスマスという意思があればそれはもうそうだろう。
 腰を上げた詩月はプレゼントの箱を持ち上げると、寝室へと運んでクローゼットにしまった。ツリーはクリスマスが終われば片付けるし、そうしたら今度は正月の準備を始めなければいけない。
 バタバタしてしまう前に保管しておきたかった。

「ステラ、お散歩行こうか」
「わん!」

 家にいても気が滅入るだけだし、今日はドッグランにでも連れて行ってあげようと声をかけたらステラが嬉しそうに吠えた。
 それに癒されつつ支度を始めた詩月は、せっかくだしとビデオカメラをカバンにいれ肩から下げる。スマホでもステラが遊んでいるところを録って、龍惺にも見せてあげよう。




 十二月二十四日、クリスマスイブ。
 SNSと電話でやり取りしつつ迎えた日、詩月は朝から訪れる配達員に困惑していた。

「ありがとうございましたー」
「は、はい、どうも」

 玄関に積まれた大小様々なプレゼントボックスと花束の差出人は言わずもがな龍惺なのだが、いつの間にこんなに用意したのかと思うほどの量がある。一人が貰うプレゼントにしては多すぎだ。

「何を買ったのやら⋯」

 花束は花瓶に活ければいいとして、手に収まるほど小さな真四角の箱を手にした詩月は包装を解いて蓋を開けてみたのだが、中を見てギョッと目を見瞠った。
 ビロードの台座に小振りな宝石のついたシルバーのイヤーカフが鎮座していて、窓から差し込む陽光に反射してキラキラしている。もしかしてと思い今度は一番大きな箱を開ければクマのぬいぐるみが出てきた。ふわふわな毛並みのしっかりとしたクマだ。
 これはまだ普通かと安心したのも束の間、その首元には枝豆ほどの大きさのダイヤがぶら下がっていて詩月は頭が痛くなる。
 箱の残りはあと五つ。もしかして、中身全部がこんな風に宝石がついていたりするのだろうか。

「もう⋯」

 本当に仕方のない人だ。
 詩月は箱を重ねてリビングに運ぶと、花束を広げていくつかの花瓶へと活け、玄関やリビングに飾った。ちなみに花束にはメッセージカードがついていて、『メリークリスマス。最愛なる君へ愛を込めて』との言葉と共に詩月の誕生石が埋められたピンキーリングが結び付けられていて、今は詩月の右手の薬指に嵌ってる。
 離れていてもこうして嬉しい気持ちにしてくれる龍惺に、詩月は会いたくて堪らなかった。今すぐにでも抱き締めて欲しいほどにその姿を求めている。
 それから少しして再びインターホンが鳴りまたプレゼントが届いたのだが、今度はステラ宛で中身は首輪とおもちゃだった。

「ステラ、龍惺からクリスマスプレゼントが届いたよ」
「わん」
「首輪、着け替えようか」
「わんわん」

 大人しくお座りをしたステラに微笑み新しい首輪に替えると、ステラは嬉しそうに詩月の頬を舐めてくる。何故か首輪に説明書が付属していたのだが、読んでみればどうやらGPSが付いているらしく相変わらず過保護な龍惺には笑ってしまった。
 くるくる回るステラにおもちゃも渡し、あと少ししたら買い物にでも行こうかなと時間を確認した詩月は残りのプレゼントを開封しに掛かる。
 予想通り、全てに宝石がついていたのは言うまでもない。


 クリスマス特番を見て一人でチキンを食べ、龍惺と電話をしながらステラと遊び、入浴した詩月は夜の十時には就寝モードに入った。去年はサンタクロースも来れないほど激しく睦み合っていたが、残念ながら今年は広いベッドに一人だ。
 同棲するようになってから、龍惺が出張に行く時は彼のシャツを抱き締めて寝ていたせいか今はもうそうしないと落ち着かなくて、今日も今日とてベルガモットの香りがする服に鼻先を埋める。
 そうすれば龍惺の夢を見られる気がして、こうして離れてる間の精神安定剤のようになっていた。
 特に今日はサンタクロースが子供たちへプレゼントを贈る日だから、出て来たって不思議はないのだ。

「詩月」

 そう、こんな風に優しく名前を呼んで、大きな手で髪を撫でてくれる。

「またそんな可愛い事して」

 クスリと笑い混じりの声がして、頬に何か触れる感覚に詩月はピクリと目蓋を震わせた。何だか夢にしては息とか温度とかが妙にリアルだ。

「⋯寂しくさせてごめんな」

 落ち込んだ声を聞きたくなくてゆっくりと目を開けた詩月は、頭を撫でている手が夢じゃない事に気付いて慌てて起き上がった。
 サイドランプの明かりの中、驚いた顔をしている龍惺がいる。

「びっ⋯くりした」
「お、おかえりなさい」
「ただいま。どうにかイブのうちに帰ってこれた」
「え? 今何時⋯」
「十一時五十五分」

 本当にギリギリだと目を瞬いていた詩月だったが、ある事を思い出してベッドから降りるとクローゼットを開けてしまっていた箱を取り出し龍惺へと差し出した。毎年の事だけど、この瞬間はいつだってドキドキする。
 だけど龍惺は箱は受け取らずに詩月の腕を引くと、膝へと座らせ唇を塞いできた。

「ん⋯っ」
「⋯プレゼントも嬉しいけど、先に詩月を充電させてくんねぇ?」
「じゅ、充電って⋯」
「俺は、本当ならお前と一日だって離れたくねぇんだよ」
「それは僕だって⋯ンッ」

 痛いくらいに抱き締められて深く口付けられると、まるで捕食されてるような気持ちになって背中がゾクゾクする。
 ひとしきり口の中を舐め回した龍惺は、息の上がった詩月の唇を親指で拭い頬から首筋へと手を滑らせてきた。

「せっかくのクリスマスなのに、一人にしてごめんな」

 謝る事なんて何一つないのに、どこまでも気にする龍惺の頬を両手で包んだ詩月はふわりと笑うと触れるだけのキスをする。

「⋯⋯龍惺」
「ん?」
「メリークリスマス」
「⋯メリークリスマス、詩月。⋯⋯愛してる」
「僕も⋯愛してるよ、龍惺」

 クリスマスは来年も再来年もその先だってある。
 今年出来なかった事は来年すればいいのだ。
 自分にしか見せない甘い笑みを浮かべた龍惺の顔が近付き目を閉じた詩月は、今度は首に腕を回してそれを受け入れると自らも舌を差し出した。
 外では雪が降っていて、翌朝には庭に積もりステラが大はしゃぎするのだが、口付けに夢中になっている二人はもちろん知る由もない。




〈おまけ〉

「そういえば、あの大量のプレゼント、びっくりしたんだけど」
「出張が決まった日に目処つけてた店全部に頼んだからな。一人にするんだ、これくらいやったって足りねぇよ」
「花束だけで充分嬉しかったのに」
「俺の気持ちの問題。それよりほら、こっち集中しろって」
「あ、待って⋯まだ⋯っ」
「駄目、待たない」
「い、意地悪⋯!」

 話を逸らされた気がしないでもないけど、重なる熱に溶かされた詩月は龍惺にしがみつき背をしならせた。
 二人のクリスマスはまだまだこれからだ。





FIN.
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