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ミヅハ

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小指の先に恋願う【完】

自分だけのサンタクロース

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「七瀬はいつまでサンタを信じてた?」

 ある日の夕食後、ソファでバラエティ番組を見ていたら風呂上がりの凌河が突然そう問い掛けてきた。子供が聞いたら泣いてしまいそうな質問に目を瞬いた七瀬は、それでも少し考えてから口を開く。

「えっと⋯小学生四年生まで、かな」
「そっか。ちなみに今は?」
「⋯⋯笑わない?」
「笑う訳ないでしょ」

 傍まで来て七瀬の足元に腰を下ろした凌河が膝に腕を乗せて見上げてくるから、いつものように頭に被せられていたタオルで髪を拭きながら眉尻を下げると、至極真面目な顔で凌河は頷いた。

「⋯本当はね、いるんじゃないかなとは思ってる」
「来てくれたら嬉しい?」
「嬉しいけど、それは子供たちの特権だから」
「七瀬は優しいね」

 果たしてこれは優しさなのか。
 首を傾げつつも丁寧に凌河の髪から水気を拭い、手櫛で撫で付けたらその手を取られ頬に当てられる。甘えるような仕草に表情を緩めた七瀬は反対の手も頬にやり、挟むようにして撫でた。
 それに心地良さそうに微笑む凌河が愛おしい。

「じゃあ、今年は俺が七瀬のサンタになるね」
「窓から忍び込むの?」
「お行儀良く玄関から入ります」
「ふふ。なら俺は寝て待ってるね」

 大人になってもいるかもしれないと期待する七瀬を馬鹿にするでも揶揄うでもなく、そう言って同調してくれる優しさが嬉しい。
 さすがに窓から入るつもりだったら止めてたけど。

「そうだ、サンタさんにお手紙書かなきゃ」
「ラブレターでもいいよ?」
「それは見てからのお楽しみ」

 クスクスと笑う七瀬に目を細めた凌河がおもむろに名前を呼び、手を伸ばして七瀬の頬を挟んできた。
 お返しかと思っていたら端正な顔が近付きそっと唇が触れ合う。
 青い瞳の奥に熱がこもっていて七瀬は思わずドキっとした。

「例え本物のサンタ宛でも、ラブレターは書かないでね」
「書かないよ。俺が好きなのは凌河さんだもん。それに、凌河さんへの好きと、サンタさんへの好きは全然違うものだよ」
「それでも、七瀬の〝好き〟はあげたくないなぁ」
「凌河さんは欲張りだね」
「七瀬に対してだけだよ。七瀬だけは独り占めしたいから」

 親指が目の下をなぞり反射的に目を閉じるとまた唇が塞がれる。啄まれて小さく喘いだら今度は舌が入ってきて、肉厚な舌先が擽るように七瀬の上顎を撫でた。

「んん⋯っ」

 ゾワリと身を震わせる七瀬の太腿を大きな手が這い、付け根の辺りを揉んできたから気持ちになるのも仕方なくて、舌を吸われながら唇が離れる頃には七瀬の顔も蕩けていた。
 凌河と深いキスをするといつもすぐにこうなってしまう。
 それを見て立ち上がった凌河は、軽々と七瀬を抱き上げると寝室へと足を向けた。

「可愛いね、七瀬」
「⋯堪え性がないみたいで恥ずかしい⋯」
「俺とのキスでそうなってるんだから、俺は嬉しいよ」

 来る者拒まずだったからこそのテクニックなのか、最初から凌河との触れ合いは気持ち良かった。今ではすっかり奥の奥まで覚えさせられたが、ベッドに連れて行かれる時はいつだって恥ずかしい。
 自分の顔が赤い事が分かっている七瀬は凌河の首に腕を回すと、その顔を隠すように首筋へと顔を埋めた。


 十二月二十四日、クリスマスイブ。
 本屋のバイトを終え帰宅した七瀬は、前日から仕込んでおいた料理の準備を始めた。
 凌河に食べたい物を聞いていたからメニューは決まっているのだが、あまりクリスマスっぽくない食卓になりそうで何かいい方法はないかと考える。
 揚げ物作業をしていると玄関の音がして凌河が帰宅した。
 手が離せなかったからリビングに来るまで待ってたら、入ってくるなり後ろから抱き締められる。

「おかえりなさい。でも油使ってるから危ないよ、凌河さん」
「ただいま、七瀬。ちょっとだけ」

 油跳ねしないようにはしているが、何が反応するか分からないからと腹に回された手をガードするように押さえると耳元でクスリと笑われた。

「?」
「何でもない。着替えてくるね」
「うん」

 頬に口付けて寝室に向かう凌河を見送り、七瀬は料理の仕上げにかかった。
 皿に盛り付けた物をテーブルに運び、なるべくお洒落に見えるようセッティングしていたら普段着に着替えた凌河が戻ってきて手伝ってくれる。あーでもないこーでもないと言いながらどうにか並べ終え七瀬は満足げに息を吐いた。

「あ、そうだ。凌河さん、先にプレゼント渡しちゃうね」
「うん」

 食べたあとだと片付けに追われるからと、リビングの棚に置いていたプレゼントボックスを持ち上げあとをついてきてた凌河へと差し出す。受け取り、さっそく開けた凌河は中を見て破顔した。
 今年のプレゼントはキーケースとスマホリングだ。
 凌河が今使っているキーケースは七瀬が初めての給料で贈った物なのだが、使い込んでいる為それなりに傷んでいて、新しいのをプレゼントしたいと思っていた七瀬は一も二もなくそれに決めた。
 スマホリングはお揃いで、既に七瀬のスマホにもついている。

「七瀬、ありがとう。大事にするよ」
「どういたしまして」

 凌河は七瀬からの贈り物を本当に大事にしてくれている。バレンタインのメッセージカードを見付けた時はさすがに恥ずかしかったけど、どんな小さな物でも〝七瀬から〟なら大切に保管してくれるのだ。
 きっとキーケースもスマホリングも、ボロボロになるまで使ってくれるだろう。
 プレゼントを見下ろす凌河の表情に笑みを浮かべた七瀬は、彼の腕に抱き着くと夕飯にしようと声をかけた。
 出来たてだし、温かいうちに食べないと勿体ないから。


 そうして夜も更け、日付が変わる一時間前に「ちょっと出てくるね」と言って外出した凌河を見送った七瀬は寝る準備を始める。
 いつもなら凌河の帰りを待つのだが、今日は何と言ってもサンタが来る日だ。早く寝なければプレゼントが貰えない。

(楽しみだなぁ)

 一体どんなプレゼントが枕元に置かれるのか。
 一応クリスマスプレゼントと言えばの靴下もベッドに下げて置いたが、それに入るくらいの大きさだろうか。もしかしたら両手で抱えられるくらいかもしれない。
 間接照明を一番小さな光に設定し、七瀬はベッドへと入った。

「おやすみなさい、凌河さん」

 一足先に夢の世界に行く為、隣にいない凌河へとそう告げて目を閉じる。
 だがどうしたものか、いつまで経っても眠りに落ちる気配がなくて七瀬は困惑してきた。

(ど、どうしよう⋯楽しみ過ぎて眠れない)

 まるで遠足前日の子供みたいだと思いつつ、どうにか寝ようとするものの意識をすると余計に睡魔が遠ざかっていく。
 そうこうしているうちに時計が零時を指し、少しして凌河が寝室に入ってきた。
 結局眠れなかった七瀬はとりあえず寝たフリをする事にしてじっとする。だが、凌河が今どんな表情をしているのか気になってきてしまい、心の中で「ダメ」と「見たい」がせめぎ合い始めた。
 衣擦れと包装紙のカサカサ音が聞こえる中葛藤する事数分、とうとう好奇心の負けた七瀬はつい薄目を開けてしまい驚いた。
 薄明かりの下、ベッド脇に立つ長身は間違いなく凌河なのだが、その格好は予想外も予想外。凌河はきちんとサンタの服を着て、あまつ真っ白な口髭もたくわえていて、パッと見は本物のサンタのようになっていたのだ。
 まさかそこまで本格的にしてくれるなんて思ってもいなかった七瀬は、耐え切れずに「ふふ」と声を上げてしまう。

「⋯⋯⋯七瀬」
「⋯っ、ご、ごめんなさ⋯⋯凌河さんのコスプレ、初めてだし⋯まさかサンタさんになりきってくれるなんて⋯ふふ」
「もう⋯本当なら、寝ていない子のところには来ないんだからね」

 クスクスと笑う七瀬に呆れたように言う凌河だが、その顔は優しくて帽子と口髭を外すとベッドへと腰を下ろした。
 それに合わせて起き上がった七瀬の膝に大小二つのプレゼントが置かれる。

「二つもあるの?」
「本命は大きい方」
「本命?」
「小さい方から開けてみて」
「うん」

 とりあえず平たくて大きい方は避けておいて、七瀬は言われた通り小さい方の包装を開け始めた。七瀬の両手の平で持てるサイズだが、大きい方と違い幅も高さもある長方形だから立体的なものだろう。
 破れないようテープを剥がし広げると白い箱が出てきた。その蓋を開ければ中からは木箱が現れて、その側面にはゼンマイがついている。
 おかげで何かわかった七瀬はゼンマイを数回回してから木箱の蓋を開けた。オルゴール特有の優しい音楽を奏でるピンのついたシリンダーが剥き出しになっていて、横には二人が付き合った年月日が刻印されていて目を細める。

「⋯これね、七瀬をイメージしたオリジナル曲なんだよ」
「え、凌河さんが作ったの?」
「うん。なかなか難しくて半年掛かったけど、どうにか完成して良かった」

 聞いた事ないなと思っていたけど、まさかの凌河の創作曲だったとは。
 ゆったりとした穏やかな音楽で、七瀬に対する凌河のイメージはこんな感じなのかと照れ臭くなる。
 曲が終わって蓋を閉じぎゅっと両手で包んだら凌河に頭を撫でられた。

「ありがとう、凌河さん」
「どういたしまして。ほら、本命も開けて開けて」
「凌河さんの方がワクワクしてる」

 オルゴールも充分本命に値するのに、こっちは更に上をいくのかとドキドキしながら正方形のプレゼントを開けた七瀬だったが、その全貌が見えた瞬間気付いてハッとした。

「アルバム⋯?」
「見てごらん」

 差し込むタイプではなくビニールを捲って貼り付けるタイプのアルバムで、表紙には〝NANASE’S DIARY〟と題されていた。
 そっと捲ると、今年の始めに旅行に行った時に撮った、凌河と七瀬の引き伸ばされた写真が現れる。次いで捲った七瀬の手がピタッと止まった。
 クラスメイトの写真、友達と撮った写真、校内、凌河と七瀬の思い出の場所。
 捲るたびに学校で過ごした思い出が蘇り鼻の奥がツンとなった。

「学校とか、七瀬のクラスの子や茉白に協力して貰って、あるだけの写真貰ってきた。七瀬へのプレゼントだって言ったら女の子二人が協力してくれて⋯確か、七瀬が凄く仲良くしてた子たちだよ」
「宮下さんと佐々木さんかな⋯」
「配置とか、こういうコメントとかも考えてくれたんだ」
「⋯⋯そう、なんだ⋯嬉しい⋯」

 今だに連絡を取り合ってはいるが、二人とも社会人で忙しくなかなか会えないでいるのに協力してくれたなんて。
 感謝とか喜びとか、色んな感情が胸いっぱいに広がって涙が溢れる。
 アルバムに落ちそうになり袖で拭いたら、凌河の手が触れて優しく撫でてくれた。

「七瀬にとって、思い出って本当に大切な物だと思うんだ。それをどうしても形で残してあげたかった。振り返りたい時にいつでも見られるように」
「⋯っ⋯俺⋯こんな⋯⋯いいのかな⋯」
「いいんだよ。七瀬はたくさん頑張って来たんだから」

 卒業アルバムもあるし、もちろん行事の写真もある。でもこれは、凌河や友人たちが手ずから作ってくれた唯一無二の物だ。同じ物などどこにも存在しない。
 七瀬はアルバムを閉じて抱き締めると、そのまま凌河の胸へと飛び込んだ。
 涙で濡れた頬を寄せて片手で服を掴んだら、大きな手が背中に触れて優しく撫でる。

「凌河さん⋯ありがとう⋯」
「どういたしまして」
「⋯⋯大好き」
「俺も大好きだよ」

 世界中、どこを捜したってこんな事をしてくれる人はいない。
 プレゼントだけじゃなく、溢れんばかりの幸せをくれる凌河は本当にサンタクロースみたいだ。
 七瀬だけの、たった一人のサンタクロース。
 来年は自分が凌河のサンタクロースになろうと決めた七瀬は、まずは幸せのお裾分けをする事にして、優しく微笑む凌河の唇へと自分の唇を寄せるのだった。





FIN.
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