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人気アイドルになった美形幼馴染みに溺愛されてます
君が望むなら【ハロウィンSS】
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バレンタイン然りクリスマス然り、全国レベルで開催されるイベントは芸能人にとっては特集や特番を組むほど大きな行事だ。
例に漏れず、真那もとい【soar】も今年は特番に呼ばれコスプレを披露するらしい。
予告やCMではシルエットのみでの紹介だったけど、SNSで推測が飛び交っていたのは面白かった。オレは早々に真那からネタバレをくらったから予想も何もなかったけど。
真那は〝吸血鬼〟か〝王子様〟、風音さんは〝ゾンビ〟か〝キョンシー〟か〝海賊〟、志摩さんは〝警官〟か〝裾の長い軍服を着た看守〟がファンのイメージらしく、ファンアートがトレンド入りしてた。
絵が上手い人ってホントずっと見ていられる。
「あ、これオレと真那だ」
相変わらず真那の話題が上がるとマナヒナのタグがトレンド入りする。今回はハロウィンモチーフのイラストがいくつかあるんだけど、どうしてかオレのイラストは女装が多い。
中には真那とお揃いのコスプレをしている絵もあるけど、ほとんどがチャイナとかナースの格好をしてる。
有り難いは有り難いけど、どのイラストもオレがきゅるんきゅるんしてるのは何でなんだ。
「⋯あ、これはエロいやつだ」
マナヒナのタグを何度か見ているうちに、どのイラストとどの漫画がそういう系のやつなのか分かるようになった。中でも漫画は大抵えっちいシーンがあって、例え絵だとしても自分と真那の絡みはもう見たくない。
「ヒナ」
「あ、真那。話終わったか?」
「うん。帰ろう」
事務所での仕事を終えエントランスのソファに座ってたら、放送局でのハロウィン特番の打ち合わせ後、事務所で水島さん含め最終確認をしていた真那がエレベーターから降りて声をかけてきた。
スマホをしまって立ち上がれば傍まで来た真那に頬を撫でられる。
「待たせてごめんね」
「そんなに待ってないから気にすんな」
事務所に帰ってきた時だってオレの職場に寄って顔見せてくれたから、待ってたと言っても実質一時間くらいだ。そのうち三十分は仕事してたし、真那が忙しいのも分かってるんだから謝る必要もない。
まぁ、真那がオレを一人にしたくないって思ってるのは知ってるから、安心させるように笑って頬に触れていた手を握って引き、裏にある出入口に向かって歩き出す。
「今日は何食べたい?」
「時間も遅いし、お弁当買って帰ろうか」
「丼ならパパッと作れるぞ?」
「駄目。俺は今すぐにでもヒナとイチャイチャしたい」
駐車場に続く扉を潜ったら引き寄せられ、目を瞬きながら顔を上げると額に口付けられる。そのまま肩を抱かれ、あっと思ってる間に唇が塞がれた。
ここは事務所内にある社員専用の駐車場とはいえ、人の出入りはあるし下手をしたら他の芸能人とばったり遭遇、なんて事もある。就業時間なんてあってないような職業だから、この時間はもう人は来ないだろう保証は絶対にない。
だから慌てて真那の胸を押して離したら、途端に不満そうな顔をされてしまった。
「ヒナ」
「家まで我慢。こんなところ撮られたらさすがに恥ずか死ぬぞ、オレは」
ただでさえたまに真那と一緒にいるところを週刊誌に載せられるのに。
しばらくジト目でオレを見ていた真那はそれでも納得してくれたのか、息を吐いて繋がれたままの手を引くと自分の車が停めてある場所へと歩き出す。
いつものように助手席に乗り込んだ瞬間、濃厚なキスをされてヘロヘロになったのは⋯まぁ、日常ではあるかな。
翌朝、外もまだ薄暗い時間に家を出る真那に合わせて起きたオレは真那を見送ったあともう一眠りし、家事を済ませて昼から始まるハロウィン特番の生放送を見る為テレビの前に座ってた。
真那や【soar】が出る番組は今も欠かさず見てて、特にコスプレなんて拝めるものじゃないから楽しみで仕方ない。
「あ、始まった」
ナレーションから始まり、ハロウィン仕様になった街の様子が流れてスタジオに写り変わると、さりげなく仮装した司会のお兄さんお姉さんが楽しそうに自己紹介を始める。
スタジオ内もオレンジや黒に装飾されてて可愛らしい。
この番組に出るのは【soar】を始め人気のあるアイドルやグループ、俳優さん女優さんで、それぞれの衣装に身を包んで遊んだり歌ったり番宣したりするバラエティ仕様になってる。
しばらく何組かの芸能人が大はしゃぎする姿を見てたら、ようやく【soar】が登場し観客席から悲鳴が上がった。
今回は衣装も衣装だから仕方ないとはいえ、マイク使ってるのに司会者さんの声も聞こえないくらいの大盛況だ。
「うわぁ⋯三人ともカッコイイ⋯」
事前に聞いてたとはいえ、実際に見るとその破壊力は凄まじい。
風音さんは眼帯とカトラスを手にした海賊のお頭、志摩さんはロングコートにサーベルを携えた看守、そして真那は白髪のロングヘアーに牙、全体的に黒メインに赤の差し色が入った衣装を身に纏った吸血鬼。マントをなびかせて歩く姿は、身長もありめちゃくちゃ綺麗だ。
あとで知ったけど、この時のSNS界隈は凄かったらしい。みんなの推測も合ってたしな。
生で見れなかったのが残念なくらい、三人とも似合ってる。
「ヤバい⋯ロングヘアの真那、最高すぎる⋯」
あんなにも長くて、しかも白い髪が似合う人いるか? もう色目とか忖度抜きで真那がナンバーワン。
一応これも録画してるけど、編集して【soar】の部分だけ残そうかな。
「⋯ん?」
食い入るようにテレビを見ていたら、テーブルに置いていたスマホが通知音を鳴らした。見ると円香からで、『ハロウィン特番見てる?』と送られてる。
『見てるよ』
『三枝先輩、ちょー綺麗!』
『オレもびっくり』
『もちろん風音さんも志摩さんもカッコイイんだけど、吸血鬼ってのがいい。牙とかセクシーだもん。陽向くん、たくさん吸われちゃうね』
『カラッカラになるかも。そういや、今日は千里と約束してないのか?』
『番組が終わったら駅で待ち合わせてる。二人でゴスロリコスするんだー』
『そうなんだ。変な奴に絡まれないように、気を付けてな』
『大丈夫、親戚のお兄ちゃんが着いて来てくれるから。陽向くんは仮装しないの?』
そう送られてきて、オレは文字を打つ手を止めソファの方を見る。
実はハロウィン特番と仮装が決まった時、真那に「ヒナはこれ着て欲しい」って渡された物があるんだよな。しかもまさかのメイド服。
断固として拒否したけど、やっぱ着てやるべきなのかなぁ。なんか、もっとこう、女の子女の子してないものなら良かったんだけど。
『あのさ、恋人に着てって言われたら着た方がいい?』
『物によるけど、私なら、恋人しか見ないって条件でなら着るかな』
『なるほど』
『着て欲しいから言ってきたんだと思うし』
『うーん、分かった。もうちょい考えてみる』
『結果報告、楽しみにしてるね~』
報告も何もないと思うけどと苦笑し、再びスマホをテーブルに置いたオレは立ち上がりソファ横にある紙袋を手に取る。中にはメイド服が入ってて、引っ張り出すとスカートがふわりと広がった。
「コスプレねぇ⋯」
果たしてメイド服がハロウィンに相応しいかどうかは置いておいて、オレはテレビへと視線を戻して口を引き結んだ。
オレの為にいろいろ頑張ってくれてる真那を思うと、何かをしてやりたい気持ちは山ほど溢れてくる。これがその一つになるなら、真那の為に着るのもやぶさかではない。
「⋯⋯よし、オレも男だからな。惚れた男の為ならえんやこらだ」
そうして覚悟を決めたオレは紙袋をひっくり返して中身を全部出すと、着ていた服を脱いでメイド服へと袖を通した。
似合う似合わないは置いておいて、ただ真那の望みを叶えてやる為に。
夕方になり、真那から『もうすぐ着くよ』と連絡を貰ったオレは、緊張しながら玄関前で待ってた。
意味なくスカートの裾を伸ばしたり、エプロンのフリルを直したり、落ち着かないながらもじっと立ってたら、玄関の鍵が回されゆっくりと扉が開いていく。
「ヒナ、ただい⋯ま⋯」
明るい声で入ってきた真那の声がオレを見るなり小さくなっていった。
驚いて固まってたけど、少しして我に返った真那は珍しく慌てた様子で扉を閉め、勢い良くオレの方へと向き直る。
「おかえり、真那」
「た、ただいま。じゃなくて、その格好⋯」
「真那が着て欲しいって言ったんだろ?」
「そ、そうだけど⋯」
まぁ、真那がテンパるのも無理はない。だって絶対嫌だって言ってたオレが例のメイド服を着て立ってるんだから。
エプロンと一体型の水色のメイド服は、襟刳が広く屈んだら胸元が覗きそうなほど緩めだ。フリルがふんだんに使われたスカートは下着ギリギリの短さで、足元には白のニーハイを履いている。
ウィッグもないし化粧もしてない素のままのオレだけど、果たして本当にこれで良かったのだろうか。
スカートが落ち着かなくて裾を弄ってたら、唐突に大きな手が脇の下に入ってきて持ち上げられた。まるで高い高いをするように目線が真那の頭を超えたから、あまりの怖さに腕を掴む。
「ま、真那⋯! 高い⋯怖い⋯っ」
「ヒナ、凄く可愛い」
「それより下ろせ⋯!」
「駄目、下ろさない」
「じゃあせめてぎゅってしてくれ⋯っ」
無駄に手足の長い真那だから腕を伸ばしても服を掴む事しか出来なくて、足もブラブラしてるから不安定で怖さに拍車がかかってそう言えばすぐに抱き締められる。
「今日はこのままシていい?」
「⋯どうせ着てって言った時点でそのつもりだったんだろ?」
「着てなくても抱くつもりではいたけど⋯」
途中で言葉を止めオレを見下ろした真那は、手をスカートに差し込みながらオレにしか見せない甘い笑顔を浮かべる。
傍から見れば王子様然としたものなんだろうけど、長年一緒にいた俺にはそれが邪な気持ちを含んでいるものだって分かるから、このあとの自分の身を真剣に案じてしまった。
「今日は手加減出来ないかな」
下着越しに奥まった場所を押されビクリと首を竦める。
真那がそういう時は本当にイかされまくるから、明日のオレはベッド生活だ。
「⋯⋯⋯いいよ、もう。真那の好きにしてくれ」
「でも、本気でやだってなったら殴ってね」
「アイドルを殴れるか」
どのみちオレも嫌だとは思わないから首に腕を回してそう言えば、真那は寝室に向かって歩きながら有り得ない言葉を返してくる。顔どころか腕でも身体でも、傷の一つでもつけば大騒ぎになるのに。
ベッドに寝かされすぐに被さってきた真那は、オレの左手を取り指輪に口付けると何とも優しく微笑んだ。
「愛してるよ、ヒナ」
「うん。オレも愛してる」
この世界でただ一人の幼馴染みで唯一の推しでもあるオレの恋人。
笑って答えるオレに目を細めた真那の顔がゆっくり近付き、目を閉じると唇が重なり啄まれる。
いつも以上に前戯に時間を掛けられ、それだけでヘトヘトになったオレは何も考えられなくなるくらいグズグズにされてしまい、最終的には脱がされたメイド服はもう使えないほど色んなものでドロドロになってた。
ずっと可愛い可愛い言われてたけど、案外真那はコスプレが好きなのかもしれないな。
ハロウィン感はなかったけど、こんなに喜んでくれるなら、来年はもっと本格的なコスプレをしてもいいかなと思った夜だった。
FIN.
例に漏れず、真那もとい【soar】も今年は特番に呼ばれコスプレを披露するらしい。
予告やCMではシルエットのみでの紹介だったけど、SNSで推測が飛び交っていたのは面白かった。オレは早々に真那からネタバレをくらったから予想も何もなかったけど。
真那は〝吸血鬼〟か〝王子様〟、風音さんは〝ゾンビ〟か〝キョンシー〟か〝海賊〟、志摩さんは〝警官〟か〝裾の長い軍服を着た看守〟がファンのイメージらしく、ファンアートがトレンド入りしてた。
絵が上手い人ってホントずっと見ていられる。
「あ、これオレと真那だ」
相変わらず真那の話題が上がるとマナヒナのタグがトレンド入りする。今回はハロウィンモチーフのイラストがいくつかあるんだけど、どうしてかオレのイラストは女装が多い。
中には真那とお揃いのコスプレをしている絵もあるけど、ほとんどがチャイナとかナースの格好をしてる。
有り難いは有り難いけど、どのイラストもオレがきゅるんきゅるんしてるのは何でなんだ。
「⋯あ、これはエロいやつだ」
マナヒナのタグを何度か見ているうちに、どのイラストとどの漫画がそういう系のやつなのか分かるようになった。中でも漫画は大抵えっちいシーンがあって、例え絵だとしても自分と真那の絡みはもう見たくない。
「ヒナ」
「あ、真那。話終わったか?」
「うん。帰ろう」
事務所での仕事を終えエントランスのソファに座ってたら、放送局でのハロウィン特番の打ち合わせ後、事務所で水島さん含め最終確認をしていた真那がエレベーターから降りて声をかけてきた。
スマホをしまって立ち上がれば傍まで来た真那に頬を撫でられる。
「待たせてごめんね」
「そんなに待ってないから気にすんな」
事務所に帰ってきた時だってオレの職場に寄って顔見せてくれたから、待ってたと言っても実質一時間くらいだ。そのうち三十分は仕事してたし、真那が忙しいのも分かってるんだから謝る必要もない。
まぁ、真那がオレを一人にしたくないって思ってるのは知ってるから、安心させるように笑って頬に触れていた手を握って引き、裏にある出入口に向かって歩き出す。
「今日は何食べたい?」
「時間も遅いし、お弁当買って帰ろうか」
「丼ならパパッと作れるぞ?」
「駄目。俺は今すぐにでもヒナとイチャイチャしたい」
駐車場に続く扉を潜ったら引き寄せられ、目を瞬きながら顔を上げると額に口付けられる。そのまま肩を抱かれ、あっと思ってる間に唇が塞がれた。
ここは事務所内にある社員専用の駐車場とはいえ、人の出入りはあるし下手をしたら他の芸能人とばったり遭遇、なんて事もある。就業時間なんてあってないような職業だから、この時間はもう人は来ないだろう保証は絶対にない。
だから慌てて真那の胸を押して離したら、途端に不満そうな顔をされてしまった。
「ヒナ」
「家まで我慢。こんなところ撮られたらさすがに恥ずか死ぬぞ、オレは」
ただでさえたまに真那と一緒にいるところを週刊誌に載せられるのに。
しばらくジト目でオレを見ていた真那はそれでも納得してくれたのか、息を吐いて繋がれたままの手を引くと自分の車が停めてある場所へと歩き出す。
いつものように助手席に乗り込んだ瞬間、濃厚なキスをされてヘロヘロになったのは⋯まぁ、日常ではあるかな。
翌朝、外もまだ薄暗い時間に家を出る真那に合わせて起きたオレは真那を見送ったあともう一眠りし、家事を済ませて昼から始まるハロウィン特番の生放送を見る為テレビの前に座ってた。
真那や【soar】が出る番組は今も欠かさず見てて、特にコスプレなんて拝めるものじゃないから楽しみで仕方ない。
「あ、始まった」
ナレーションから始まり、ハロウィン仕様になった街の様子が流れてスタジオに写り変わると、さりげなく仮装した司会のお兄さんお姉さんが楽しそうに自己紹介を始める。
スタジオ内もオレンジや黒に装飾されてて可愛らしい。
この番組に出るのは【soar】を始め人気のあるアイドルやグループ、俳優さん女優さんで、それぞれの衣装に身を包んで遊んだり歌ったり番宣したりするバラエティ仕様になってる。
しばらく何組かの芸能人が大はしゃぎする姿を見てたら、ようやく【soar】が登場し観客席から悲鳴が上がった。
今回は衣装も衣装だから仕方ないとはいえ、マイク使ってるのに司会者さんの声も聞こえないくらいの大盛況だ。
「うわぁ⋯三人ともカッコイイ⋯」
事前に聞いてたとはいえ、実際に見るとその破壊力は凄まじい。
風音さんは眼帯とカトラスを手にした海賊のお頭、志摩さんはロングコートにサーベルを携えた看守、そして真那は白髪のロングヘアーに牙、全体的に黒メインに赤の差し色が入った衣装を身に纏った吸血鬼。マントをなびかせて歩く姿は、身長もありめちゃくちゃ綺麗だ。
あとで知ったけど、この時のSNS界隈は凄かったらしい。みんなの推測も合ってたしな。
生で見れなかったのが残念なくらい、三人とも似合ってる。
「ヤバい⋯ロングヘアの真那、最高すぎる⋯」
あんなにも長くて、しかも白い髪が似合う人いるか? もう色目とか忖度抜きで真那がナンバーワン。
一応これも録画してるけど、編集して【soar】の部分だけ残そうかな。
「⋯ん?」
食い入るようにテレビを見ていたら、テーブルに置いていたスマホが通知音を鳴らした。見ると円香からで、『ハロウィン特番見てる?』と送られてる。
『見てるよ』
『三枝先輩、ちょー綺麗!』
『オレもびっくり』
『もちろん風音さんも志摩さんもカッコイイんだけど、吸血鬼ってのがいい。牙とかセクシーだもん。陽向くん、たくさん吸われちゃうね』
『カラッカラになるかも。そういや、今日は千里と約束してないのか?』
『番組が終わったら駅で待ち合わせてる。二人でゴスロリコスするんだー』
『そうなんだ。変な奴に絡まれないように、気を付けてな』
『大丈夫、親戚のお兄ちゃんが着いて来てくれるから。陽向くんは仮装しないの?』
そう送られてきて、オレは文字を打つ手を止めソファの方を見る。
実はハロウィン特番と仮装が決まった時、真那に「ヒナはこれ着て欲しい」って渡された物があるんだよな。しかもまさかのメイド服。
断固として拒否したけど、やっぱ着てやるべきなのかなぁ。なんか、もっとこう、女の子女の子してないものなら良かったんだけど。
『あのさ、恋人に着てって言われたら着た方がいい?』
『物によるけど、私なら、恋人しか見ないって条件でなら着るかな』
『なるほど』
『着て欲しいから言ってきたんだと思うし』
『うーん、分かった。もうちょい考えてみる』
『結果報告、楽しみにしてるね~』
報告も何もないと思うけどと苦笑し、再びスマホをテーブルに置いたオレは立ち上がりソファ横にある紙袋を手に取る。中にはメイド服が入ってて、引っ張り出すとスカートがふわりと広がった。
「コスプレねぇ⋯」
果たしてメイド服がハロウィンに相応しいかどうかは置いておいて、オレはテレビへと視線を戻して口を引き結んだ。
オレの為にいろいろ頑張ってくれてる真那を思うと、何かをしてやりたい気持ちは山ほど溢れてくる。これがその一つになるなら、真那の為に着るのもやぶさかではない。
「⋯⋯よし、オレも男だからな。惚れた男の為ならえんやこらだ」
そうして覚悟を決めたオレは紙袋をひっくり返して中身を全部出すと、着ていた服を脱いでメイド服へと袖を通した。
似合う似合わないは置いておいて、ただ真那の望みを叶えてやる為に。
夕方になり、真那から『もうすぐ着くよ』と連絡を貰ったオレは、緊張しながら玄関前で待ってた。
意味なくスカートの裾を伸ばしたり、エプロンのフリルを直したり、落ち着かないながらもじっと立ってたら、玄関の鍵が回されゆっくりと扉が開いていく。
「ヒナ、ただい⋯ま⋯」
明るい声で入ってきた真那の声がオレを見るなり小さくなっていった。
驚いて固まってたけど、少しして我に返った真那は珍しく慌てた様子で扉を閉め、勢い良くオレの方へと向き直る。
「おかえり、真那」
「た、ただいま。じゃなくて、その格好⋯」
「真那が着て欲しいって言ったんだろ?」
「そ、そうだけど⋯」
まぁ、真那がテンパるのも無理はない。だって絶対嫌だって言ってたオレが例のメイド服を着て立ってるんだから。
エプロンと一体型の水色のメイド服は、襟刳が広く屈んだら胸元が覗きそうなほど緩めだ。フリルがふんだんに使われたスカートは下着ギリギリの短さで、足元には白のニーハイを履いている。
ウィッグもないし化粧もしてない素のままのオレだけど、果たして本当にこれで良かったのだろうか。
スカートが落ち着かなくて裾を弄ってたら、唐突に大きな手が脇の下に入ってきて持ち上げられた。まるで高い高いをするように目線が真那の頭を超えたから、あまりの怖さに腕を掴む。
「ま、真那⋯! 高い⋯怖い⋯っ」
「ヒナ、凄く可愛い」
「それより下ろせ⋯!」
「駄目、下ろさない」
「じゃあせめてぎゅってしてくれ⋯っ」
無駄に手足の長い真那だから腕を伸ばしても服を掴む事しか出来なくて、足もブラブラしてるから不安定で怖さに拍車がかかってそう言えばすぐに抱き締められる。
「今日はこのままシていい?」
「⋯どうせ着てって言った時点でそのつもりだったんだろ?」
「着てなくても抱くつもりではいたけど⋯」
途中で言葉を止めオレを見下ろした真那は、手をスカートに差し込みながらオレにしか見せない甘い笑顔を浮かべる。
傍から見れば王子様然としたものなんだろうけど、長年一緒にいた俺にはそれが邪な気持ちを含んでいるものだって分かるから、このあとの自分の身を真剣に案じてしまった。
「今日は手加減出来ないかな」
下着越しに奥まった場所を押されビクリと首を竦める。
真那がそういう時は本当にイかされまくるから、明日のオレはベッド生活だ。
「⋯⋯⋯いいよ、もう。真那の好きにしてくれ」
「でも、本気でやだってなったら殴ってね」
「アイドルを殴れるか」
どのみちオレも嫌だとは思わないから首に腕を回してそう言えば、真那は寝室に向かって歩きながら有り得ない言葉を返してくる。顔どころか腕でも身体でも、傷の一つでもつけば大騒ぎになるのに。
ベッドに寝かされすぐに被さってきた真那は、オレの左手を取り指輪に口付けると何とも優しく微笑んだ。
「愛してるよ、ヒナ」
「うん。オレも愛してる」
この世界でただ一人の幼馴染みで唯一の推しでもあるオレの恋人。
笑って答えるオレに目を細めた真那の顔がゆっくり近付き、目を閉じると唇が重なり啄まれる。
いつも以上に前戯に時間を掛けられ、それだけでヘトヘトになったオレは何も考えられなくなるくらいグズグズにされてしまい、最終的には脱がされたメイド服はもう使えないほど色んなものでドロドロになってた。
ずっと可愛い可愛い言われてたけど、案外真那はコスプレが好きなのかもしれないな。
ハロウィン感はなかったけど、こんなに喜んでくれるなら、来年はもっと本格的なコスプレをしてもいいかなと思った夜だった。
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