29 / 41
怖がりな少年は時計塔の怪物に溺愛される【完】
お手伝い【ハロウィンSS】
しおりを挟む
「深月、ちょっとお願いがあるんだけど⋯」
ハロウィン前日、玄関前で仕事から帰ってきた理人くんを出迎えたら、どこかしょんぼりした顔でそう言われた。
「お願い?」
「明日バイト休みだよね? うちの店の手伝いをして欲しいんだけど」
「飲食店だよな?」
「うん。店前で焼き菓子を販売する予定なんだけど、そこに立つ人がどうしても抜けられない用事が出来ちゃって⋯代打でお願い出来ないかって店長が」
「俺の事、みんなに話してるのか?」
「もちろん、俺の一番大切な恋人だって話してるよ」
一緒にリビングに移動し、ソファに腰を下ろした理人くんの膝に跨って座ると頬に口付けられる。緩く頭を振り理人くんの首に腕を回して唇を重ねたら、ふっと笑って数回啄まれた。
「ん⋯」
「⋯本当は断りたかったんだけどね」
「何で?」
「深月は可愛いから、みんなが好きになる」
腰の後ろで手が組まれ、こつんと額が合わさり綺麗な顔がアップになった。
何年経っても理人くんは心配性で、そんなのあるはずないのにって事でもすぐに不安定になったりする。
それが俺を好きだからだって知ってるからあんまり言わないけど、どうしたら理人くんを心配させずに済むのか、今だに毎日が勉強の日々だ。
「俺は理人くんだけが好きだぞ? それにみんなの好きって、友達とかそういう好きじゃないか?」
「それでも、だよ。俺の深月に、他の人が好意を寄せるのが嫌なんだ」
「んー⋯でも嫌われにいくのも違うし⋯」
ヤキモチを妬かれるのも独り占めされるのも嬉しいからいいんだけど、お店を手伝うなら出来れば嫌われたくない。
しかも、お店の人は俺と理人くんが恋人なの知ってるから、もし俺が下手な事をすれば理人くんも悪く思われるかもしれないって事だろ? それだけは絶対に嫌だ。
どうしたものかと考える俺に理人くんが苦笑する。
「ごめんね、俺の我儘だから気にしないで」
「ワガママだとは思わないけど⋯⋯見えるとこに痕つける?」
俺は襟元の狭い服は持ってないし、そこまで寒くないからマフラーもいらないしとそう提案すれば、理人くんは難しい顔をして俺の首を撫でる。ゾワゾワするけど頑張って耐えてたら襟に人差し指がかかりくいっと引っ張られた。
そこから下には理人くんがつけた痕があって、覗き込まれてから少しして顔を上げた理人くんの目を見てあってなる。
金色、混じってる。
「確かに、俺のものって印を残すのはいいかもしれないね」
「り、理人くん⋯」
「この細い首にたくさん付けたら、悪い虫も寄って来ないかな」
「ん⋯っ」
いつもより低めの声が吐息混じりに言いながら首筋にキスして、少しだけカサついた手が服の下から入ってきて背中を撫でる。
どこでスイッチが入ったのか分からないけど、明日は首周りが大変な事になってそうだ。
「深月は俺を煽るのが本当に上手」
「あ、煽ったつもりは⋯」
「一緒にお風呂に入ろうか」
首の付け根が軽く噛まれビクリと身体を震わせた俺を抱き上げた理人くんは、綺麗に微笑むと返事を待たずして浴室へと向かう。
お風呂では焦らされまくって、ベッドでは頭がおかしくなるってくらいイかされて痕もたくさんつけられた。血も吸われたけど、えっちの時は気持ち良すぎて訳分かんなくなるから、なるべくならする前にして欲しいんだけどな。
翌日、結局見えるのは危ないと首が隠れる服を俺に着せた理人くんと一緒にお店に来た俺を見た店長さんは、穏やかな笑顔を浮かべて出迎えてくれた。
「初めまして、元橋深月です。今日一日よろしくお願いします!」
「はいよろしく。元気でいいね。それに、理人が言う通り可愛い子だ。どうかな、試作品のウェイトレスの服があるんだけど、着てみない?」
「へ?」
「叔父さん」
今にも取りに行きそうで本気か冗談か分からず、目を瞬いていたら理人くんに後ろから抱き込まれ少し距離が空く。だけど店長さんは気にしてないのか、両手を上げて笑うとダークブラウンのエプロンを俺に渡してきた。
これはここの制服で私服の上から着るようになってるんだけど、ハロウィン仕様らしく今はカボチャとか蜘蛛の巣とかのワッペンが縫い付けてある。
「冗談も通じない男は嫌われるぞー」
「深月が俺を嫌うはずないから。⋯⋯深月、こっち向いて」
確かに理人くんには何されても嫌いにならない自信はある。
俺からエプロンを取り上げた理人くんが首にかけて後ろで結んでくれて、言われた通り振り向くと目にかかっていた前髪を流してピンで留めてくれた。
それから両手で頬を挟まれムニムニされる。
「ん、可愛い」
「前が良く見える」
「終わったら少し切ろうか」
「うん」
少し腰を屈めた理人くんが剥き出しになった額に口付けた時、隣に人が立った気配がして視線を向けたら女の人がいて驚いた。
「あら、ずいぶん可愛い子ね。どう? お化粧してみる気ない?」
「叔母さん⋯」
叔母さんって事は、この人は店長さんの奥さんか。似た者夫婦だ。
このお店で働いてる人たちはみんな理人くんの親戚で、末端分家ではあるけど仲が良いのか理人くんの事は〝若様〟とは呼んでない。俺の友達の平井と同じで血はいらないみたいだけど、この人たちも吸血鬼なんだよな。
あとは娘さんがいて、その子もここで働いてるそうだ。
「絶対もっと可愛くなるのに⋯」
「これ以上可愛くなって、変なのに目を付けられたらどうするの」
「⋯⋯それもそうね」
え、そこ納得するところじゃないと思うんだけど。
二人のやりとりに目を瞬いていたら、店長さんが奥さんの隣に並び時計を指差す。いつの間にやら開店時間が迫っていたらしい。
「深月くんは、京香と一緒に外を頼むよ」
「はい」
「この箱に入ってる物が、合言葉を言った子供たちにあげるクッキーだからね」
合言葉って、〝トリックオアトリート〟だよな。
渡された箱の中を見ると、お化けとカボチャのクッキーが入った袋がたくさんあって何だかテンションが上がる。
「美味しそう」
「一つあげるよ」
「え、いいんですか?」
「いいよ、お手伝い料って事で」
「やった♪ ⋯あ、そうだ、トリックオアトリート!」
貰うには合言葉が必要だった事を思い出して箱を店長さんに向けながら言えば、三人ともキョトンとしたあとに声を上げて笑う。それに困惑してたら理人くんが一つ取って、俺のズボンのポケットに入れてくれたけど⋯何で笑われたんだ?
「可愛いなぁ」
「癒されるわねぇ」
「えっと⋯あ、理人くん、ありが⋯⋯」
「あら」
まぁ怒るとか悲しむとかよりは全然いいから、理人くんにお礼を言おうと顔を上げたら唇が塞がれた。
危うく落としそうになった箱を持つ手に力を込めて耐えてたら、離れたけど凄く近い場所で見つめられてドキドキする。
「可愛いのは俺の前でだけにしてくれる?」
「な、何の話し⋯?」
「とにかく深月が可愛いって話」
違う気がするしそう言われても目が点だけど、理人くんの優しい笑顔を見たらどうでも良くなってしまった。
「それじゃあ深月くん、外の準備を始めましょうか」
「はい」
「頑張ってね、深月」
「理人くんもな」
京香さんに呼ばれ箱を抱え直した俺は、頭を撫でてくれる理人くんに笑顔を返すと背伸びをして頬にキスをし、テーブルが並べられてるお店の外へと出た。
理人くんに恥ずかしい思いをさせないように頑張らないとな。
初めての店頭販売、最初は注文された商品を選ぶのに手間取ってたけど、慣れれば楽しくて対応もスムーズに出来るようになった。何より小さな子が一生懸命舌っ足らずに合言葉を言ってくれるのが可愛くて、俺の顔はずーっと緩みっぱなし。
外で買ってくれる人は親子連れが多いんだけど、お店に人は若い女の人ばっかりで何でかなって思ってたら、ほとんどの人は理人くん目当てで来てるそうだ。
確かに理人くんは優しくてカッコいいけど、恋人としてはモヤモヤしてしまう。
「少なくなってきたから中から取って来るわね」
「はい」
意外にも売れ行き好調で商品の隙間が広がってて、今はお客さんもいないからって京香さんが中に入って行った。チラリと窓から見えたけど、理人くんが対応している女の人がにこにこしてて無意識に眉根が寄る。
「おにーさん、一つくれる?」
じっと見てたら声をかけられ、慌てて視線を戻すといかにも陽キャっぽいお兄さんが立ってた。
いけない、仕事中なのにぼんやりしてた。
「あ、はい。どちらにしますか?」
「じゃあこれ」
「三百円になります」
「はいよ。⋯ね、お兄さん何時まで?」
「え?」
一つだから小さめの袋に入れ、お金と入れ替えるように渡すとその手を掴まれ問い掛けられた。意味が分からなくて目を瞬いてたら、軽く引かれて顔が近付く。
「可愛いね、俺のタイプ」
「えっと⋯」
「終わったら遊びに行こうよ。奢ってあげるからさ」
「行かないです」
「そんな事言わずにさ、美味しいとこ知ってるから⋯」
しつこいし腕を引いても離してくれなくて、どうしたらいいのかと悩んでたら肩が引かれてお兄さんと距離が出来る。顔を上げると理人くんがいたんだけど、怖い顔をしてお兄さんを睨み付けてた。
「手を離してくれる?」
「は? お前ここの店員だろ? 邪魔すんな」
「離して」
「⋯⋯ちっ」
言い方は優しいのに声に威圧感があるのは吸血鬼だからなのか、分からないけどお兄さんは舌打ちするとやっと腕を離してくれてそのまま立ち去った。
それにホッとしつつ、ちょっと力が強かったからじんじんする腕を反対の手で擦ってたら、理人くんが包むように腕を回して代わりに撫でてくれる。
「遅くなってごめんね」
「ううん。来てくれてありがとう、理人くん」
「深月くん、大丈夫!?」
「叔母さん、何で深月を一人にするの」
「ごめんなさいね、補充しなきゃと思って」
「京香さんのせいじゃないよ」
京香さんはなくなりそうだから取りに行っただけで、上手く対処出来なかった俺のせいだからそう言えば、理人くんは困ったように笑うと俺を抱き締めてきた。
「理人くん?」
「もう外にはいて欲しくないな」
「でもそれだと手伝いの意味が⋯」
「あれー? みんなして何してるのー?」
営業時間はまだあるのにそれは良くないと理人くんの肩を叩いたら、間延びした声が聞こえて腕の力が緩んだ。見ると京香さんに良く似た女の子がいて一目で娘さんだって分かったけど、この状態には首を傾げてる。
「綾香、おかえり」
「ただいま。もしかして外販売終わっちゃった?」
「まだだけど、綾香こそ用事は終わったの?」
「うん。だから入ろうと思って来たんだけど⋯この子は何くん?」
「理人くんの恋人の、深月くんよ」
京香さんも気にしない人なのか、何ともあっさり紹介されて戸惑う。娘さん―綾香さんは「ふーん」って言ったあと俺に近付くと、ニコッと笑って手の平を向けてきた。
「よし、バトンタッチ」
「へ?」
「良く分かんないけど、理人くんはもうして欲しくないんでしょ? だったら交代」
凄い、途中からなのに分かんないけど分かるんだ。
感心しきりで動かずにいたら、理人くんに手が持ち上げられて綾香さんの手と軽く合わせられた。
意図せずしてバトンタッチになり、その場でエプロンが脱がされる。
「はい、綾香ちゃん」
「ありがとう。お客さん落ち着いてるなら休憩してきたら?」
「そうね、深月くんも働き通しだし」
「じゃあお言葉に甘えようかな。行くよ、深月」
「え、え? あ、あの、ありがとうございます⋯っ」
「はいはーい」
あれよあれよという間に手伝いも終わり、手を振って見送ってくれる綾香さんに返しつつ理人くんにお店の中へと連れて行かれる。中にいるお客さんはちょっと驚いてだけど、理人くんは無言でスタッフルームに入ると鍵をかけて俺を抱き上げた。
そのまま一番近くにある椅子に座り、膝に乗せてさっきよりも強い力で頭と肩が抱き寄せられる。
「やっぱり、断れば良かった」
「でも声かけられたのはあの人だけだぞ?」
「一人でもいたら駄目、深月は俺のなんだから。しかも、掴まれたところ赤くなってるし」
「もう痛くはないけどな」
さっきまで鈍く痛んでたけど、時間が経てばマシになって赤みだけが残った。
理人くんが腕を持ち上げてじっと見たあと、赤くなった場所に唇を押し当てて吸い付いてくる。ただ手首にキスされてるだけなのにゾワゾワするのは絶対理人くんのせいだ。
「⋯ん⋯理人く⋯」
「深月はどこもかしこも敏感だね。匂いが甘くなってきた」
「うぅ⋯」
「凄く美味しそうだよ」
甘い声にお腹の下が疼いてきた。
長い指が顎にかかり、上向かされて唇が塞がれるとそれだけで頭がぼんやりしてくる。
(気持ちいい⋯)
ただ触れ合わせるキスも、舌を絡めるキスも、理人くんとする事は何だって気持ち良くて、俺はここがどこかも忘れて理人くんの首に腕を回しもっとってねだってた。
きっと今の俺、凄く濃い匂いがするんだろうな。
それからいつま経っても出て来ない事に痺れを切らした店長さんに扉をノックされるまで、俺たちは息が上がるほど夢中になって口付け合ってた。
お互いに下半身が大変な事になってたのは言うまでもない。
FIN.
ハロウィン前日、玄関前で仕事から帰ってきた理人くんを出迎えたら、どこかしょんぼりした顔でそう言われた。
「お願い?」
「明日バイト休みだよね? うちの店の手伝いをして欲しいんだけど」
「飲食店だよな?」
「うん。店前で焼き菓子を販売する予定なんだけど、そこに立つ人がどうしても抜けられない用事が出来ちゃって⋯代打でお願い出来ないかって店長が」
「俺の事、みんなに話してるのか?」
「もちろん、俺の一番大切な恋人だって話してるよ」
一緒にリビングに移動し、ソファに腰を下ろした理人くんの膝に跨って座ると頬に口付けられる。緩く頭を振り理人くんの首に腕を回して唇を重ねたら、ふっと笑って数回啄まれた。
「ん⋯」
「⋯本当は断りたかったんだけどね」
「何で?」
「深月は可愛いから、みんなが好きになる」
腰の後ろで手が組まれ、こつんと額が合わさり綺麗な顔がアップになった。
何年経っても理人くんは心配性で、そんなのあるはずないのにって事でもすぐに不安定になったりする。
それが俺を好きだからだって知ってるからあんまり言わないけど、どうしたら理人くんを心配させずに済むのか、今だに毎日が勉強の日々だ。
「俺は理人くんだけが好きだぞ? それにみんなの好きって、友達とかそういう好きじゃないか?」
「それでも、だよ。俺の深月に、他の人が好意を寄せるのが嫌なんだ」
「んー⋯でも嫌われにいくのも違うし⋯」
ヤキモチを妬かれるのも独り占めされるのも嬉しいからいいんだけど、お店を手伝うなら出来れば嫌われたくない。
しかも、お店の人は俺と理人くんが恋人なの知ってるから、もし俺が下手な事をすれば理人くんも悪く思われるかもしれないって事だろ? それだけは絶対に嫌だ。
どうしたものかと考える俺に理人くんが苦笑する。
「ごめんね、俺の我儘だから気にしないで」
「ワガママだとは思わないけど⋯⋯見えるとこに痕つける?」
俺は襟元の狭い服は持ってないし、そこまで寒くないからマフラーもいらないしとそう提案すれば、理人くんは難しい顔をして俺の首を撫でる。ゾワゾワするけど頑張って耐えてたら襟に人差し指がかかりくいっと引っ張られた。
そこから下には理人くんがつけた痕があって、覗き込まれてから少しして顔を上げた理人くんの目を見てあってなる。
金色、混じってる。
「確かに、俺のものって印を残すのはいいかもしれないね」
「り、理人くん⋯」
「この細い首にたくさん付けたら、悪い虫も寄って来ないかな」
「ん⋯っ」
いつもより低めの声が吐息混じりに言いながら首筋にキスして、少しだけカサついた手が服の下から入ってきて背中を撫でる。
どこでスイッチが入ったのか分からないけど、明日は首周りが大変な事になってそうだ。
「深月は俺を煽るのが本当に上手」
「あ、煽ったつもりは⋯」
「一緒にお風呂に入ろうか」
首の付け根が軽く噛まれビクリと身体を震わせた俺を抱き上げた理人くんは、綺麗に微笑むと返事を待たずして浴室へと向かう。
お風呂では焦らされまくって、ベッドでは頭がおかしくなるってくらいイかされて痕もたくさんつけられた。血も吸われたけど、えっちの時は気持ち良すぎて訳分かんなくなるから、なるべくならする前にして欲しいんだけどな。
翌日、結局見えるのは危ないと首が隠れる服を俺に着せた理人くんと一緒にお店に来た俺を見た店長さんは、穏やかな笑顔を浮かべて出迎えてくれた。
「初めまして、元橋深月です。今日一日よろしくお願いします!」
「はいよろしく。元気でいいね。それに、理人が言う通り可愛い子だ。どうかな、試作品のウェイトレスの服があるんだけど、着てみない?」
「へ?」
「叔父さん」
今にも取りに行きそうで本気か冗談か分からず、目を瞬いていたら理人くんに後ろから抱き込まれ少し距離が空く。だけど店長さんは気にしてないのか、両手を上げて笑うとダークブラウンのエプロンを俺に渡してきた。
これはここの制服で私服の上から着るようになってるんだけど、ハロウィン仕様らしく今はカボチャとか蜘蛛の巣とかのワッペンが縫い付けてある。
「冗談も通じない男は嫌われるぞー」
「深月が俺を嫌うはずないから。⋯⋯深月、こっち向いて」
確かに理人くんには何されても嫌いにならない自信はある。
俺からエプロンを取り上げた理人くんが首にかけて後ろで結んでくれて、言われた通り振り向くと目にかかっていた前髪を流してピンで留めてくれた。
それから両手で頬を挟まれムニムニされる。
「ん、可愛い」
「前が良く見える」
「終わったら少し切ろうか」
「うん」
少し腰を屈めた理人くんが剥き出しになった額に口付けた時、隣に人が立った気配がして視線を向けたら女の人がいて驚いた。
「あら、ずいぶん可愛い子ね。どう? お化粧してみる気ない?」
「叔母さん⋯」
叔母さんって事は、この人は店長さんの奥さんか。似た者夫婦だ。
このお店で働いてる人たちはみんな理人くんの親戚で、末端分家ではあるけど仲が良いのか理人くんの事は〝若様〟とは呼んでない。俺の友達の平井と同じで血はいらないみたいだけど、この人たちも吸血鬼なんだよな。
あとは娘さんがいて、その子もここで働いてるそうだ。
「絶対もっと可愛くなるのに⋯」
「これ以上可愛くなって、変なのに目を付けられたらどうするの」
「⋯⋯それもそうね」
え、そこ納得するところじゃないと思うんだけど。
二人のやりとりに目を瞬いていたら、店長さんが奥さんの隣に並び時計を指差す。いつの間にやら開店時間が迫っていたらしい。
「深月くんは、京香と一緒に外を頼むよ」
「はい」
「この箱に入ってる物が、合言葉を言った子供たちにあげるクッキーだからね」
合言葉って、〝トリックオアトリート〟だよな。
渡された箱の中を見ると、お化けとカボチャのクッキーが入った袋がたくさんあって何だかテンションが上がる。
「美味しそう」
「一つあげるよ」
「え、いいんですか?」
「いいよ、お手伝い料って事で」
「やった♪ ⋯あ、そうだ、トリックオアトリート!」
貰うには合言葉が必要だった事を思い出して箱を店長さんに向けながら言えば、三人ともキョトンとしたあとに声を上げて笑う。それに困惑してたら理人くんが一つ取って、俺のズボンのポケットに入れてくれたけど⋯何で笑われたんだ?
「可愛いなぁ」
「癒されるわねぇ」
「えっと⋯あ、理人くん、ありが⋯⋯」
「あら」
まぁ怒るとか悲しむとかよりは全然いいから、理人くんにお礼を言おうと顔を上げたら唇が塞がれた。
危うく落としそうになった箱を持つ手に力を込めて耐えてたら、離れたけど凄く近い場所で見つめられてドキドキする。
「可愛いのは俺の前でだけにしてくれる?」
「な、何の話し⋯?」
「とにかく深月が可愛いって話」
違う気がするしそう言われても目が点だけど、理人くんの優しい笑顔を見たらどうでも良くなってしまった。
「それじゃあ深月くん、外の準備を始めましょうか」
「はい」
「頑張ってね、深月」
「理人くんもな」
京香さんに呼ばれ箱を抱え直した俺は、頭を撫でてくれる理人くんに笑顔を返すと背伸びをして頬にキスをし、テーブルが並べられてるお店の外へと出た。
理人くんに恥ずかしい思いをさせないように頑張らないとな。
初めての店頭販売、最初は注文された商品を選ぶのに手間取ってたけど、慣れれば楽しくて対応もスムーズに出来るようになった。何より小さな子が一生懸命舌っ足らずに合言葉を言ってくれるのが可愛くて、俺の顔はずーっと緩みっぱなし。
外で買ってくれる人は親子連れが多いんだけど、お店に人は若い女の人ばっかりで何でかなって思ってたら、ほとんどの人は理人くん目当てで来てるそうだ。
確かに理人くんは優しくてカッコいいけど、恋人としてはモヤモヤしてしまう。
「少なくなってきたから中から取って来るわね」
「はい」
意外にも売れ行き好調で商品の隙間が広がってて、今はお客さんもいないからって京香さんが中に入って行った。チラリと窓から見えたけど、理人くんが対応している女の人がにこにこしてて無意識に眉根が寄る。
「おにーさん、一つくれる?」
じっと見てたら声をかけられ、慌てて視線を戻すといかにも陽キャっぽいお兄さんが立ってた。
いけない、仕事中なのにぼんやりしてた。
「あ、はい。どちらにしますか?」
「じゃあこれ」
「三百円になります」
「はいよ。⋯ね、お兄さん何時まで?」
「え?」
一つだから小さめの袋に入れ、お金と入れ替えるように渡すとその手を掴まれ問い掛けられた。意味が分からなくて目を瞬いてたら、軽く引かれて顔が近付く。
「可愛いね、俺のタイプ」
「えっと⋯」
「終わったら遊びに行こうよ。奢ってあげるからさ」
「行かないです」
「そんな事言わずにさ、美味しいとこ知ってるから⋯」
しつこいし腕を引いても離してくれなくて、どうしたらいいのかと悩んでたら肩が引かれてお兄さんと距離が出来る。顔を上げると理人くんがいたんだけど、怖い顔をしてお兄さんを睨み付けてた。
「手を離してくれる?」
「は? お前ここの店員だろ? 邪魔すんな」
「離して」
「⋯⋯ちっ」
言い方は優しいのに声に威圧感があるのは吸血鬼だからなのか、分からないけどお兄さんは舌打ちするとやっと腕を離してくれてそのまま立ち去った。
それにホッとしつつ、ちょっと力が強かったからじんじんする腕を反対の手で擦ってたら、理人くんが包むように腕を回して代わりに撫でてくれる。
「遅くなってごめんね」
「ううん。来てくれてありがとう、理人くん」
「深月くん、大丈夫!?」
「叔母さん、何で深月を一人にするの」
「ごめんなさいね、補充しなきゃと思って」
「京香さんのせいじゃないよ」
京香さんはなくなりそうだから取りに行っただけで、上手く対処出来なかった俺のせいだからそう言えば、理人くんは困ったように笑うと俺を抱き締めてきた。
「理人くん?」
「もう外にはいて欲しくないな」
「でもそれだと手伝いの意味が⋯」
「あれー? みんなして何してるのー?」
営業時間はまだあるのにそれは良くないと理人くんの肩を叩いたら、間延びした声が聞こえて腕の力が緩んだ。見ると京香さんに良く似た女の子がいて一目で娘さんだって分かったけど、この状態には首を傾げてる。
「綾香、おかえり」
「ただいま。もしかして外販売終わっちゃった?」
「まだだけど、綾香こそ用事は終わったの?」
「うん。だから入ろうと思って来たんだけど⋯この子は何くん?」
「理人くんの恋人の、深月くんよ」
京香さんも気にしない人なのか、何ともあっさり紹介されて戸惑う。娘さん―綾香さんは「ふーん」って言ったあと俺に近付くと、ニコッと笑って手の平を向けてきた。
「よし、バトンタッチ」
「へ?」
「良く分かんないけど、理人くんはもうして欲しくないんでしょ? だったら交代」
凄い、途中からなのに分かんないけど分かるんだ。
感心しきりで動かずにいたら、理人くんに手が持ち上げられて綾香さんの手と軽く合わせられた。
意図せずしてバトンタッチになり、その場でエプロンが脱がされる。
「はい、綾香ちゃん」
「ありがとう。お客さん落ち着いてるなら休憩してきたら?」
「そうね、深月くんも働き通しだし」
「じゃあお言葉に甘えようかな。行くよ、深月」
「え、え? あ、あの、ありがとうございます⋯っ」
「はいはーい」
あれよあれよという間に手伝いも終わり、手を振って見送ってくれる綾香さんに返しつつ理人くんにお店の中へと連れて行かれる。中にいるお客さんはちょっと驚いてだけど、理人くんは無言でスタッフルームに入ると鍵をかけて俺を抱き上げた。
そのまま一番近くにある椅子に座り、膝に乗せてさっきよりも強い力で頭と肩が抱き寄せられる。
「やっぱり、断れば良かった」
「でも声かけられたのはあの人だけだぞ?」
「一人でもいたら駄目、深月は俺のなんだから。しかも、掴まれたところ赤くなってるし」
「もう痛くはないけどな」
さっきまで鈍く痛んでたけど、時間が経てばマシになって赤みだけが残った。
理人くんが腕を持ち上げてじっと見たあと、赤くなった場所に唇を押し当てて吸い付いてくる。ただ手首にキスされてるだけなのにゾワゾワするのは絶対理人くんのせいだ。
「⋯ん⋯理人く⋯」
「深月はどこもかしこも敏感だね。匂いが甘くなってきた」
「うぅ⋯」
「凄く美味しそうだよ」
甘い声にお腹の下が疼いてきた。
長い指が顎にかかり、上向かされて唇が塞がれるとそれだけで頭がぼんやりしてくる。
(気持ちいい⋯)
ただ触れ合わせるキスも、舌を絡めるキスも、理人くんとする事は何だって気持ち良くて、俺はここがどこかも忘れて理人くんの首に腕を回しもっとってねだってた。
きっと今の俺、凄く濃い匂いがするんだろうな。
それからいつま経っても出て来ない事に痺れを切らした店長さんに扉をノックされるまで、俺たちは息が上がるほど夢中になって口付け合ってた。
お互いに下半身が大変な事になってたのは言うまでもない。
FIN.
48
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説


怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?



楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………

息の仕方を教えてよ。
15
BL
コポコポ、コポコポ。
海の中から空を見上げる。
ああ、やっと終わるんだと思っていた。
人間は酸素がないと生きていけないのに、どうしてか僕はこの海の中にいる方が苦しくない。
そうか、もしかしたら僕は人魚だったのかもしれない。
いや、人魚なんて大それたものではなくただの魚?
そんなことを沈みながら考えていた。
そしてそのまま目を閉じる。
次に目が覚めた時、そこはふわふわのベッドの上だった。
話自体は書き終えています。
12日まで一日一話短いですが更新されます。
ぎゅっと詰め込んでしまったので駆け足です。


【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる