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強気なネコは甘く囚われる【完】
意地っ張りもほどほどに
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世間は夏休み真っ只中。
かくいう俺も大学は休みな訳だけど、もう卒業している廉は社会人だからそんなもの関係なくて毎日朝から晩まで働いてる。
仕事にも慣れて、残業や出張もちょこちょこあるから俺と擦れ違う事も増えてきた。だからって仲が悪くなったり喧嘩したりってのはなく、なるべく休みを合わせてデートしたり一日映画観てのんびりしたりと充実はしている。
変わらず順調だし、この先も変わらねぇんだろうなって思ってたのに…何であんな事になっちまったんだろ。
いつものように仕事に行く廉を見送るため朝ご飯と弁当を用意した俺は、起きてきた廉から「今日から五日間出張に行く」と言われぷんむくれていた。
「何でだよ」
「いや、仕方ないだろ。急遽決まった事だし」
「急遽過ぎだっつーの。大体、何で廉が行くんだ」
「俺しか空いてる奴がいなかったんだよ」
聞かされてからずっと不機嫌な俺は、ビシッとスーツを着込んでスーツケースを脇に置いた廉に理不尽とは知りつつも文句を言う。片手で額を押さえた廉が答えるけど、その空いてた理由を知っている身としては黙ってもいられない訳で。
仕事だから仕方がない、それは分かってる。
廉に言ったってどうしようもないし、会社も俺と廉の都合なんて知らないんだからこういう事があったって受け入れるしかない。
だけど頭では理解していても気持ち的には納得出来なくて、首を振ると廉の手が俺の頬に触れて撫でた。
「俺だって行きたくねぇよ。でもただの平社員が〝出張嫌です〟なんて言える訳ねぇだろ?」
「………」
「約束破った事は本気で悪いと思ってる。絶対埋め合わせはするから、そんな泣きそうな顔するな」
「……してないし」
子供じみた言い方と態度。廉が怒っても仕方ないくらい嫌な奴になってるのに、廉の手も口調も優しくて自分が情けなくなる。
しばらく沈黙が続いて廉が俺の名前を呼んだ時、廉の胸ポケットからスマホのアラームが鳴った。たぶん、もう出なきゃいけない時間って事なんだろう。
頬に触れていた手が離れスマホを操作しスーツケースの持ち手を掴む。
「そろそろ行くから…」
「出張でもどこでも好きに行けば」
「真尋…っ」
そう吐き捨ててくるりと背中を向けた俺は寝室に駆け込むと、そのまま扉に凭れ掛かって唇を噛む。
本当はちゃんと行ってらっしゃいって言いたいのに、張った意地に引っ込みがつかなくなって素直になれない俺が出て来てる。このままだと一週間も会えないのに身体が動いてくれない。
俯いて唇を噛んでたら扉がノックされた。
「真尋、行ってくるな。向こう着いたら電話する」
「………」
「ごめんな」
いつも以上に優しい声がそう告げて足音が遠ざかり、少しして玄関の方で音がしたあと家の中に静寂が訪れる。
声だけでも落ち込んでるってのが分かるくらい沈んでた。
(ほんっと俺、最低…)
仕事をするために何日も留守にする恋人にする態度じゃない。
今更ながらに罪悪感が押し寄せた俺はその場にしゃがみ込むと、膝に顔を埋めて大きく溜め息をついた。
たかが一週間、されど一週間。
背中を追い掛けるべきだったと後悔するのはいつだろう。
俺は廉と離れてる間、廉との思い出を励みに頑張ってきた。
初めて廉とデートした日とか、初めて廉の家に泊まった日。生徒会室で過ごした事も、夏休みの旅行、新幹線、それから初めて一緒に見た花火。
まぁ、花火は序盤も序盤で痺れを切らした廉に襲われたけど。
だからこそ俺はそういう積み重ねを大事にしていて、世間で行われる大きなイベントは一緒に過ごしたいと思ってた。
今回で言えば夏の定番でもある夏祭り&花火大会なんだけど、一緒に暮らし初めてからは毎年休み合わせて行ってたんだよ。今年も当然行くって思ってたから、あっさりご破算になって結構ショックだった。
俺にとって思い出は心の支えだ。
もしまた何かしらがあって離れるような事があっても、それがあれば耐えられる気がするから。
(でも、だからって今回のは自分勝手過ぎだ)
あのあと、宣言通り昼過ぎには廉から電話が掛かってきた。
でも出たらまたひどい事言いそうでスマホを離れた場所に置いてたら、たぶん長さ的にガイダンスに切り替わるまで鳴ってて、その後も隙を見付けては掛けてるのかちょこちょこ着信があったのは気付いてる。
頭で考えてる事と感情が上手く折り合い付かなくて、自分でどうにも出来なくなった俺は幼馴染みである倖人に思い切って相談してみる事にした。
『難しいところだけど、話を聞く限り先輩は怒ってなさそうだし、真尋が謝るべきじゃない?』
「分かってんだよ、そんな事。でも俺との約束の為に空けた日を他にいないからって仕事に使うのは腹立つじゃん」
『うーん…でも仕事だし』
「倖人はねぇの? 暁先輩が、約束したのに仕事入れてムカつく事」
『オレは、それなら仕事に行ってくれていいって思うよ。オレとの約束はまた出来るけど、仕事はその時しか出来ないかもしれないんだし』
やっぱり誰が聞いても俺が悪いって思うよな。自分だって思ってるんだし。
それにしても倖人の考え方は俺とは全然違う。ちゃんと暁先輩を尊重して付き合ってるんだ。
「倖人は大人だな」
『真尋も大人でしょ。それに…』
「それに?」
『このまま時間だけが過ぎて行って、お互い引っ込みがつかなくなって別れる事になったらどうするの? 真尋は後悔しない?』
別れる? 俺と廉が? あの過酷な二年を乗り越えたのに?
……でも、仕事に対して文句を言う生意気な俺に廉の嫌気がさすなんて事は充分に有り得る訳で…それは、自分だって危惧してる部分だ。
俺だったらこんなクソ生意気な奴、とっくに見捨ててる。
「……やだ。廉と別れるとか、考えたくない」
『だったら謝らなきゃ』
「…俺、廉のとこ行く。出張先まで行ってくる」
『え、場所知ってるの?』
「廉、毎回出張行く時はどの県でどのホテルに泊まるって教えてくれるから」
『律儀だ』
考えてみれば、これだって俺が不安にならないようにしてくれてるんだよな。何かあった時、スマホが繋がらなくてもすぐ連絡がつくように。
仕事をしてたって廉は俺の事一番に考えてくれてるって分かってるのに、何で頭から抜けるんだよ、俺。
情けなさを感じつつ倖人との通話を終え、大急ぎで必要な物をボストンバッグに詰めた俺は今廉がいる場所を確認し、ネットで新幹線のチケットを予約する。今はオンシーズンだからちょっと心配だったけど、自由席なら無事取れたからホッとした。
(会ったらまずは謝んなきゃな)
理不尽な事を言ったし、冷たくしたし、見送りもしなかった。
ホント、考えれば考えるほど嫌われるような事してる。
自己嫌悪に陥りながらも明日は早いしと寝る準備をしてベッドに潜り込んだ俺は、廉の匂いがする枕を抱き締め眠りについた。
どうか無事に会えますようにと祈りながら。
翌日、眠気眼で新幹線に揺られ無事目的地に着いた俺は悩んでいた。
泊まっているホテルは知ってるけど、行ったところでこの時間はもう仕事に出てるからいるはずがない。
何時に戻って来るかも分からないけど待つしかないと腹を括った俺は、飲み物と食べ物を買い込んでホテルの前にあるベンチに腰を下ろした。木陰とはいえ暑いから、水分補給はしっかりしないとな。
待っている間、時々スマホが震える。見ると廉からの着信で、メッセージも来てたけど敢えて見ないようにした。きっと俺を心配する文面しか送ってきてないだろうから、甘えが入らないよう無視を決め込む。
どれくらい時間が経ったのか、少しずつ街が夕日に染まり暑さも和らいできた頃、少しウトウトし始めた俺の耳に耳触りのいい声が聞こえてきた。ハッとして顔を上げると驚いた顔の廉がいて、俺は慌てて立ち上がり駆け寄る。
「あ、あの、廉……俺…」
「………」
「…っ、わ、ちょ、廉…っ」
謝ろうって気持ちでいっぱいで口を開いたんだけど、無言の廉に腕を掴まれそのままホテル内に連れて行かれる。目を瞬くフロントクラークから鍵を受け取り、エレベーターに乗り、部屋へと入った瞬間抱き締められた。
「真尋…っ」
痛いくらいの力と切羽詰まったような声に胸が痛くなる。
おずおずと背中に腕を回し肩に頬擦りしたら少しだけ抱き締めてる力が緩んだ。
「……どうしてここに?」
「謝りたかったから」
「謝る?」
「俺、自分勝手な事言った。約束守れなくて悲しんでるのは廉の方なのに、自分の気持ちばっか優先してた。そのせいで見送りもしないで…傷付けたよな…ごめん」
いつだって優しい廉は、基本的に俺が何を言っても「はいはい」って受け止めてくれる。今回の事だって声を荒らげるような事しなかった。
顔を埋めるようにしてそう謝ると、ふっと笑った廉に頭を撫でられ抱き上げられベッドへと連れて行かれる。押し倒され見上げた顔はいつもの廉で、あっと思った時には唇が重なってた。
「ん…っ」
「……確かにモヤッとはしたけど、真尋の気持ちも分かるから。怒ってもねぇし謝んなくていい」
「でも…」
「真尋が俺とのデートをどれだけ楽しみにしてくれてるのかも知れたし、俺としては嬉しい収穫だったけどな。……でも、連絡の無視だけはやめて欲しい」
「それはホントごめん」
これ以上拗れたくなかったし、廉の言葉に甘えたくなったんだよな。主に俺の思考的な意味で。
息を吐きながら俺の胸に頭を乗せる廉が何か可愛くて、柔らかな髪を撫でたらその手が取られて口付けられた。
「真尋」
「うん?」
「疲れた。俺を癒せ」
そう言って怪しく動き始めた廉の手にゾクリと身体を震わせた俺は、いつも通りの俺様っぷりに小さく笑い身体の力を抜いた。
ほんと、優しいよな、廉。
さんざん啼かされ、動けなくなった俺はベッドの上でヘッドボードに凭れた廉に背中を寄り掛からせて心地良い疲労感に目を閉じていた。ずっと髪を撫でられてるし、頭にキスされてるしで空気が物凄く甘い。
腹のところで緩く組まれてた廉の手が顎にかかり、上向かされて唇が食まれる。
「……ごめんな」
「え?」
「約束。行きたかったけど、もうほぼ決定みてぇな感じだったからどうにも出来なかったんだよ」
「それはもう別に…っつか、俺が我儘だったんだし。何かさ、〝仕事と俺どっちが大事なんだよ〟って激重彼氏みてぇな事言ったよな」
そういうの俺も苦手だしいざ自分が言われたら腹立つ。だから廉にはそう取られたくなくて誤魔化すように笑いながら言えば、真剣な表情をした廉に頬を撫でられた。
「ぶっちゃけ仕事よりお前が大事」
「へ」
「でも働かなきゃ生きていけねぇからな。お前がいるから俺は頑張れてんだよ、俺は。お前と生きてく為に頑張ってんの」
「廉…」
「真尋がいねぇと俺、息も出来ねぇから」
そんなの大袈裟だろって言いたいけど、廉の顔や声音にとてもじゃないけど何も言えなくなる。本当に本気だって伝わるから、胸が苦しくなった俺は腕を伸ばして廉の首に抱き着いた。
何でコイツは俺様のくせにこんなに愛情深いんだ。
「こんな可愛げない奴のどこがそんなにいいんだよ」
「可愛げしかないだろ。素直じゃないとこも、素直なとこも、口悪かろうが甘えん坊だろうが、お前はめちゃくちゃ可愛いよ」
「廉はおかしい」
「何でだよ」
親と倖人以外、俺の性格まで知って可愛いなんて言う奴はいなかった。
見た目だけで判断して、勝手に失望して好き勝手言って…なのに廉は、全部ひっくるめて可愛いなんて言う。
そんな事言ってくれる人なんて、この先絶対現れない。
俺の言葉に笑いながら抱き締め返してくれる廉にどうしようもない気持ちになった俺は、顔を上げると廉の頬を両手で挟み口付けた。
「大好き」
「……ほんっと、可愛いな」
ふっと笑った廉がそう零して俺がしたよりも深くキスしてくれる。
もし何かがあったとしても、俺たちが離れるかもなんて考えなくてもいいのかもしれない。
「真尋、愛してる」
「ん…」
「来年は絶対、何がなんでも休み貰うから」
「貰えなかったら親父さんに文句言ってやる」
「はは、それはそれで見物だな」
優しい廉を傷付けないように、もう少し広い心を持てるように頑張ろう。たぶんムカついたらまた意地を張るとは思うけど、こんな思いはしたくないからもう絶対背中を向けるような事はしない。
再び服の下に入ってきた廉の手に身を震わせた俺は、口の中に入ってきた肉厚な舌に自分の舌を擦り合わせた。
ちなみに空いてた部屋を借りて、廉の出張が終わるまでこっちにいたのはここだけの話だ。
FIN.
かくいう俺も大学は休みな訳だけど、もう卒業している廉は社会人だからそんなもの関係なくて毎日朝から晩まで働いてる。
仕事にも慣れて、残業や出張もちょこちょこあるから俺と擦れ違う事も増えてきた。だからって仲が悪くなったり喧嘩したりってのはなく、なるべく休みを合わせてデートしたり一日映画観てのんびりしたりと充実はしている。
変わらず順調だし、この先も変わらねぇんだろうなって思ってたのに…何であんな事になっちまったんだろ。
いつものように仕事に行く廉を見送るため朝ご飯と弁当を用意した俺は、起きてきた廉から「今日から五日間出張に行く」と言われぷんむくれていた。
「何でだよ」
「いや、仕方ないだろ。急遽決まった事だし」
「急遽過ぎだっつーの。大体、何で廉が行くんだ」
「俺しか空いてる奴がいなかったんだよ」
聞かされてからずっと不機嫌な俺は、ビシッとスーツを着込んでスーツケースを脇に置いた廉に理不尽とは知りつつも文句を言う。片手で額を押さえた廉が答えるけど、その空いてた理由を知っている身としては黙ってもいられない訳で。
仕事だから仕方がない、それは分かってる。
廉に言ったってどうしようもないし、会社も俺と廉の都合なんて知らないんだからこういう事があったって受け入れるしかない。
だけど頭では理解していても気持ち的には納得出来なくて、首を振ると廉の手が俺の頬に触れて撫でた。
「俺だって行きたくねぇよ。でもただの平社員が〝出張嫌です〟なんて言える訳ねぇだろ?」
「………」
「約束破った事は本気で悪いと思ってる。絶対埋め合わせはするから、そんな泣きそうな顔するな」
「……してないし」
子供じみた言い方と態度。廉が怒っても仕方ないくらい嫌な奴になってるのに、廉の手も口調も優しくて自分が情けなくなる。
しばらく沈黙が続いて廉が俺の名前を呼んだ時、廉の胸ポケットからスマホのアラームが鳴った。たぶん、もう出なきゃいけない時間って事なんだろう。
頬に触れていた手が離れスマホを操作しスーツケースの持ち手を掴む。
「そろそろ行くから…」
「出張でもどこでも好きに行けば」
「真尋…っ」
そう吐き捨ててくるりと背中を向けた俺は寝室に駆け込むと、そのまま扉に凭れ掛かって唇を噛む。
本当はちゃんと行ってらっしゃいって言いたいのに、張った意地に引っ込みがつかなくなって素直になれない俺が出て来てる。このままだと一週間も会えないのに身体が動いてくれない。
俯いて唇を噛んでたら扉がノックされた。
「真尋、行ってくるな。向こう着いたら電話する」
「………」
「ごめんな」
いつも以上に優しい声がそう告げて足音が遠ざかり、少しして玄関の方で音がしたあと家の中に静寂が訪れる。
声だけでも落ち込んでるってのが分かるくらい沈んでた。
(ほんっと俺、最低…)
仕事をするために何日も留守にする恋人にする態度じゃない。
今更ながらに罪悪感が押し寄せた俺はその場にしゃがみ込むと、膝に顔を埋めて大きく溜め息をついた。
たかが一週間、されど一週間。
背中を追い掛けるべきだったと後悔するのはいつだろう。
俺は廉と離れてる間、廉との思い出を励みに頑張ってきた。
初めて廉とデートした日とか、初めて廉の家に泊まった日。生徒会室で過ごした事も、夏休みの旅行、新幹線、それから初めて一緒に見た花火。
まぁ、花火は序盤も序盤で痺れを切らした廉に襲われたけど。
だからこそ俺はそういう積み重ねを大事にしていて、世間で行われる大きなイベントは一緒に過ごしたいと思ってた。
今回で言えば夏の定番でもある夏祭り&花火大会なんだけど、一緒に暮らし初めてからは毎年休み合わせて行ってたんだよ。今年も当然行くって思ってたから、あっさりご破算になって結構ショックだった。
俺にとって思い出は心の支えだ。
もしまた何かしらがあって離れるような事があっても、それがあれば耐えられる気がするから。
(でも、だからって今回のは自分勝手過ぎだ)
あのあと、宣言通り昼過ぎには廉から電話が掛かってきた。
でも出たらまたひどい事言いそうでスマホを離れた場所に置いてたら、たぶん長さ的にガイダンスに切り替わるまで鳴ってて、その後も隙を見付けては掛けてるのかちょこちょこ着信があったのは気付いてる。
頭で考えてる事と感情が上手く折り合い付かなくて、自分でどうにも出来なくなった俺は幼馴染みである倖人に思い切って相談してみる事にした。
『難しいところだけど、話を聞く限り先輩は怒ってなさそうだし、真尋が謝るべきじゃない?』
「分かってんだよ、そんな事。でも俺との約束の為に空けた日を他にいないからって仕事に使うのは腹立つじゃん」
『うーん…でも仕事だし』
「倖人はねぇの? 暁先輩が、約束したのに仕事入れてムカつく事」
『オレは、それなら仕事に行ってくれていいって思うよ。オレとの約束はまた出来るけど、仕事はその時しか出来ないかもしれないんだし』
やっぱり誰が聞いても俺が悪いって思うよな。自分だって思ってるんだし。
それにしても倖人の考え方は俺とは全然違う。ちゃんと暁先輩を尊重して付き合ってるんだ。
「倖人は大人だな」
『真尋も大人でしょ。それに…』
「それに?」
『このまま時間だけが過ぎて行って、お互い引っ込みがつかなくなって別れる事になったらどうするの? 真尋は後悔しない?』
別れる? 俺と廉が? あの過酷な二年を乗り越えたのに?
……でも、仕事に対して文句を言う生意気な俺に廉の嫌気がさすなんて事は充分に有り得る訳で…それは、自分だって危惧してる部分だ。
俺だったらこんなクソ生意気な奴、とっくに見捨ててる。
「……やだ。廉と別れるとか、考えたくない」
『だったら謝らなきゃ』
「…俺、廉のとこ行く。出張先まで行ってくる」
『え、場所知ってるの?』
「廉、毎回出張行く時はどの県でどのホテルに泊まるって教えてくれるから」
『律儀だ』
考えてみれば、これだって俺が不安にならないようにしてくれてるんだよな。何かあった時、スマホが繋がらなくてもすぐ連絡がつくように。
仕事をしてたって廉は俺の事一番に考えてくれてるって分かってるのに、何で頭から抜けるんだよ、俺。
情けなさを感じつつ倖人との通話を終え、大急ぎで必要な物をボストンバッグに詰めた俺は今廉がいる場所を確認し、ネットで新幹線のチケットを予約する。今はオンシーズンだからちょっと心配だったけど、自由席なら無事取れたからホッとした。
(会ったらまずは謝んなきゃな)
理不尽な事を言ったし、冷たくしたし、見送りもしなかった。
ホント、考えれば考えるほど嫌われるような事してる。
自己嫌悪に陥りながらも明日は早いしと寝る準備をしてベッドに潜り込んだ俺は、廉の匂いがする枕を抱き締め眠りについた。
どうか無事に会えますようにと祈りながら。
翌日、眠気眼で新幹線に揺られ無事目的地に着いた俺は悩んでいた。
泊まっているホテルは知ってるけど、行ったところでこの時間はもう仕事に出てるからいるはずがない。
何時に戻って来るかも分からないけど待つしかないと腹を括った俺は、飲み物と食べ物を買い込んでホテルの前にあるベンチに腰を下ろした。木陰とはいえ暑いから、水分補給はしっかりしないとな。
待っている間、時々スマホが震える。見ると廉からの着信で、メッセージも来てたけど敢えて見ないようにした。きっと俺を心配する文面しか送ってきてないだろうから、甘えが入らないよう無視を決め込む。
どれくらい時間が経ったのか、少しずつ街が夕日に染まり暑さも和らいできた頃、少しウトウトし始めた俺の耳に耳触りのいい声が聞こえてきた。ハッとして顔を上げると驚いた顔の廉がいて、俺は慌てて立ち上がり駆け寄る。
「あ、あの、廉……俺…」
「………」
「…っ、わ、ちょ、廉…っ」
謝ろうって気持ちでいっぱいで口を開いたんだけど、無言の廉に腕を掴まれそのままホテル内に連れて行かれる。目を瞬くフロントクラークから鍵を受け取り、エレベーターに乗り、部屋へと入った瞬間抱き締められた。
「真尋…っ」
痛いくらいの力と切羽詰まったような声に胸が痛くなる。
おずおずと背中に腕を回し肩に頬擦りしたら少しだけ抱き締めてる力が緩んだ。
「……どうしてここに?」
「謝りたかったから」
「謝る?」
「俺、自分勝手な事言った。約束守れなくて悲しんでるのは廉の方なのに、自分の気持ちばっか優先してた。そのせいで見送りもしないで…傷付けたよな…ごめん」
いつだって優しい廉は、基本的に俺が何を言っても「はいはい」って受け止めてくれる。今回の事だって声を荒らげるような事しなかった。
顔を埋めるようにしてそう謝ると、ふっと笑った廉に頭を撫でられ抱き上げられベッドへと連れて行かれる。押し倒され見上げた顔はいつもの廉で、あっと思った時には唇が重なってた。
「ん…っ」
「……確かにモヤッとはしたけど、真尋の気持ちも分かるから。怒ってもねぇし謝んなくていい」
「でも…」
「真尋が俺とのデートをどれだけ楽しみにしてくれてるのかも知れたし、俺としては嬉しい収穫だったけどな。……でも、連絡の無視だけはやめて欲しい」
「それはホントごめん」
これ以上拗れたくなかったし、廉の言葉に甘えたくなったんだよな。主に俺の思考的な意味で。
息を吐きながら俺の胸に頭を乗せる廉が何か可愛くて、柔らかな髪を撫でたらその手が取られて口付けられた。
「真尋」
「うん?」
「疲れた。俺を癒せ」
そう言って怪しく動き始めた廉の手にゾクリと身体を震わせた俺は、いつも通りの俺様っぷりに小さく笑い身体の力を抜いた。
ほんと、優しいよな、廉。
さんざん啼かされ、動けなくなった俺はベッドの上でヘッドボードに凭れた廉に背中を寄り掛からせて心地良い疲労感に目を閉じていた。ずっと髪を撫でられてるし、頭にキスされてるしで空気が物凄く甘い。
腹のところで緩く組まれてた廉の手が顎にかかり、上向かされて唇が食まれる。
「……ごめんな」
「え?」
「約束。行きたかったけど、もうほぼ決定みてぇな感じだったからどうにも出来なかったんだよ」
「それはもう別に…っつか、俺が我儘だったんだし。何かさ、〝仕事と俺どっちが大事なんだよ〟って激重彼氏みてぇな事言ったよな」
そういうの俺も苦手だしいざ自分が言われたら腹立つ。だから廉にはそう取られたくなくて誤魔化すように笑いながら言えば、真剣な表情をした廉に頬を撫でられた。
「ぶっちゃけ仕事よりお前が大事」
「へ」
「でも働かなきゃ生きていけねぇからな。お前がいるから俺は頑張れてんだよ、俺は。お前と生きてく為に頑張ってんの」
「廉…」
「真尋がいねぇと俺、息も出来ねぇから」
そんなの大袈裟だろって言いたいけど、廉の顔や声音にとてもじゃないけど何も言えなくなる。本当に本気だって伝わるから、胸が苦しくなった俺は腕を伸ばして廉の首に抱き着いた。
何でコイツは俺様のくせにこんなに愛情深いんだ。
「こんな可愛げない奴のどこがそんなにいいんだよ」
「可愛げしかないだろ。素直じゃないとこも、素直なとこも、口悪かろうが甘えん坊だろうが、お前はめちゃくちゃ可愛いよ」
「廉はおかしい」
「何でだよ」
親と倖人以外、俺の性格まで知って可愛いなんて言う奴はいなかった。
見た目だけで判断して、勝手に失望して好き勝手言って…なのに廉は、全部ひっくるめて可愛いなんて言う。
そんな事言ってくれる人なんて、この先絶対現れない。
俺の言葉に笑いながら抱き締め返してくれる廉にどうしようもない気持ちになった俺は、顔を上げると廉の頬を両手で挟み口付けた。
「大好き」
「……ほんっと、可愛いな」
ふっと笑った廉がそう零して俺がしたよりも深くキスしてくれる。
もし何かがあったとしても、俺たちが離れるかもなんて考えなくてもいいのかもしれない。
「真尋、愛してる」
「ん…」
「来年は絶対、何がなんでも休み貰うから」
「貰えなかったら親父さんに文句言ってやる」
「はは、それはそれで見物だな」
優しい廉を傷付けないように、もう少し広い心を持てるように頑張ろう。たぶんムカついたらまた意地を張るとは思うけど、こんな思いはしたくないからもう絶対背中を向けるような事はしない。
再び服の下に入ってきた廉の手に身を震わせた俺は、口の中に入ってきた肉厚な舌に自分の舌を擦り合わせた。
ちなみに空いてた部屋を借りて、廉の出張が終わるまでこっちにいたのはここだけの話だ。
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