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怖がりな少年は時計塔の怪物に溺愛される【完】
最高の思い出
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明日は夏の一大イベントである花火大会が開催される日だ。
バイト先の先輩からこの日にあるよって教えて貰い、帰ってすぐ理人くんにも伝えてからずーっと楽しみにしていた俺は窓の外を見て溜め息をついた。
どんよりとして分厚い雲が覆った空から、たくさんの雨が降ってる。
「天気予報、外れてくれないかな」
「明後日まで雨予報になってるね」
「てるてる坊主ー、頑張れー」
どうしても花火が見たい俺は、カーテンレールに吊るした自作のてるてる坊主に手を合わせてお願いする。
昨日の夜から降り出した雨は強くなったり弱くなったりするものの止む気配はなく、よりにもよって花火大会当日にも大被りしていた。ワンチャン明日の夕方くらいに止んでくれればとは思ったものの、雨マークがなくなるのは明後日の昼以降。
普通に考えたら高確率で中止だし、諦めるしかないんだろうけど、理人くんと暮らしてから初めての花火大会だからどうしても行きたかった。
「おいで、深月」
「うー」
「よしよし。ほら、深月の好きなチョコだよ」
眉尻を下げ窓を叩く雨を恨みが増しく見ていたら、ソファに腰掛けた理人くんが腕を広げて呼んでくれる。ぶすくれて傍まで行き、膝の上に跨って座ると口元に薄くて四角いチョコが差し出された。
それを食べて理人くんの首に抱き着き肩にぐりぐりと頭を擦り付けたら、頭と背中を撫でられる。
「楽しみにしてたのに」
「そうだね。俺も楽しみにしてた」
「理人くんと行きたかった」
「うん。俺も深月と行きたかったよ」
どんだけ恨み節を言っても理人くんは同調してくれて、宥めるように俺の額や頬に口付けてくれる。
「雨は嫌いじゃないけど、こういう時のせいで嫌いになりそう」
「さすがに打ち上げ花火は雨天決行出来ないからね」
「花火上がるところだけ止んだりしないかな」
「てるてる坊主にお願いしてみる?」
「あとでしてみる」
こうなれば頼める事は何でもやってみるべきかもしれない。
ぐっと拳を握って頷いた俺にどうしてか笑った理人くんは、俺の首に唇を寄せるとカプカプと甘噛みして来た。
これは血が飲みたい感じかな。前飲んでから…ありゃ、二週間経ってる。
「飲む?」
「飲みたい。いい?」
「いいよ」
最近の理人くんは忙しそうで、帰って来たらご飯食べてお風呂入って寝るって感じだったからえっちな事もあんまりしてない。何か、血を吸うのとえっちな事ってセットって感じだったから俺もうっかりしてた。
疲れてる時こそ飲んで欲しいのに。
「深月はいつも即答してくれるね」
「? …っ、ん…!」
小さな声が何かを呟いたけど、聞き返す前に伸びた牙が皮膚を突き破って入ってくる。すぐに抜かれて流れ出る血を吸われるとそこから熱いのが広がって腰が震え、俺は理人くんの服をぎゅっと掴んだ。
満足したのかチュッて音がして唇が離れ、今度は唾液を纏った舌が傷口を塞ぐため舐めてくる。
「ん…っ…理人く…」
「深月って、意外に血を吸われるの好きだよね」
「…ぅん…気持ちいい…」
「痛いはずなのに気持ちいいなんて……本当に可愛い」
自分だって不思議だけど、痛いのは牙が入ってくる時だけであとは全部気持ちいいんだから仕方ない。
牙の跡に舌が触れるたび身体を震わせる俺にふっと笑った理人くんは、塞がったのを確認して背中を撫でると耳の下にキスしてきた。
「ベッド行こうか」
「…ん…」
お腹の下も奥も熱くて、正直もっと触って欲しかった俺はその誘いにこくりと頷くと理人くんに抱き着いた。
外ではまだ、向こうが見えないくらい雨が降ってる。
結局、雨は花火が上がる部分だけでも止まなくて花火大会は中止になった。
それから二日後。夏らしく綺麗に晴れ渡った空を見ててるてる坊主を労い外した日の夕方、仕事から帰って来た理人くんが笑顔で手招きしてきた。
「深月、ちょっと出掛けよう」
「え、今から? もう夜になるけど」
「暗い方がちょうどいいからね」
「?」
どういう意味だろうと思いつつ、理人くんの車に乗って連れて行かれた場所は理人くんの実家だった。
ますます訳が分からなくて首を傾げる俺の手を引き、玄関には入らず庭に向かった理人くんはそこにいたお父さんとお母さんに声をかける。
「ただいま」
「おかえりなさい、二人とも」
「おかえり。準備は出来ているぞ」
「準備?」
どうして庭にいるのかとか、何の話しをしているのかとか聞きたい事はたくさんあったけど、縁側まで来てそこに広げられた物を見た俺は思わず声を上げた。
「花火だ!」
「深月、花火大会楽しみにしてたでしょ? 打ち上げはさすがに無理だけど噴出系なら出来るし、手持ちでも思い出になるかなって」
「理人くん…」
「たくさんあるから、みんなでしようね」
確かに花火大会は残念だったけど、雨ばっかりは仕方ないから気持ちを切り替えて来年を楽しみにしようと思ってた。でもまさか理人くんがそれを気にしてくれてただけじゃなくて花火まで用意してくれるなんて…そんなの嬉しい以外ない。
堪らず抱き着くと大きな手が優しく頭を撫でてくれた。
「今年はこれで満足してくれる?」
「満足どころか、こっちの方が嬉しいまである」
「そっか、良かった」
そう言ってホッとしたように微笑む理人くんの優しさに心臓がぎゅーってなった俺は、キスしたい気持ちを押さえて目の前の胸に顔を埋める。
ここが家だったらいっぱいちゅーしてるのに。
「はいはい。ラブラブなのはいい事だけど、たくさんあるんだからそろそろ始めましょうか」
「そうだね」
理人くんも抱き締めてくれて、しばらく二人してくっついてたらお母さんからそう声をかけられた。そういえば、ここに来る時はまだ明るかったのに、今はもう星が瞬いてる。
「ほら、深月。どれがいい?」
「端っこからやる!」
「線香花火は最後ね」
「火には気を付けるようにな」
あとで理人くんにお礼は何がいいか聞こうと決めて、縁側に並べられた手持ち花火を手にしてお父さんのところにいく。
火をつけて貰い、勢い良く出て来た火花に一瞬ビクっとするもすぐに慣れて理人くんに見せたら「良かったね」って言ってくれた。手持ち花火なんて何年振りだろ。
最近は出来る場所も限られてるし、友達とだって集まってまでする事もほとんどないしな。
「深月」
「何……わっ」
色が変わる花火をじっと見ていたら理人くんに呼ばれて、何の気なしに振り向くとちょうど地面に置かれた筒から花火が噴出して驚いた。でもすぐにハッとしてスマホを取り出し、すかさずカメラを起動して理人くんも収まるようにしてシャッターを切る。
ギリギリだったけどちゃんと撮れた。
一つ終わったら新しい噴出花火に火がつけられるからずっと庭が明るい。
「凄い凄い! 綺麗!」
打ち上げ花火も凄いけど、理人くんがいて、お父さんとお母さんがいて、今ここでしか見られないこの景色の方がずっと綺麗だと思った。
花火を見るみんなの目がキラキラしてる。
(理人くんのおかげで毎日が楽しいな)
一緒に暮らし始めてからは特にそう思う。理人くんはいつだって俺を笑顔にしてくれるし、幸せにしてくれるんだ。
まだまだたくさんある手持ち花火を両手で持ったり、理人くんと並んでせーので火をつけたりして、全部を使い切るのに一時間は掛かった。水が張られたバケツには使用済みの花火が剣山みたいに刺さってて、これだけの数を遊んだのかとちょっとだけ驚く。
そんでもって最後は、締めの定番でもある線香花火を使ってみんなで勝負する事になった。
「最後まで残った人が勝ち」
「景品は?」
「欲しい物をおねだりとか?」
「だったらお母さんは、深月くんと二人でお出掛けしたいわ」
「え、そんなのいつでも行くのに」
「理人が許してくれないでしょう?」
欲しい物が特にない場合はどうしたらいいのかと考えていたらお母さんがそんな可愛い事を言ってくれる。景品にしなくてもと思ったけど、理人くんがヤキモチ妬きな事は身に染みて分かってるから納得してしまった。
いくら親でも、俺を独り占めされるのは嫌らしい。
「深月は俺のだから」
「でもお母さんが勝ったら行くからね」
「………」
あ、理人くん黙っちゃった。
でもそういう話にしたのは理人くんだから、仕方ないよな。
「なら父さんは、深月くんと美味しい物でも食べに行くかな」
「何で二人して深月となの」
「可愛いからよ」
「可愛いからだな」
「確かに可愛いけど…」
俺のどこを可愛いって言ってるのかは分からないけど、似た者親子な三人には思わず笑ってしまう。
何本かある線香花火を選んでいたら、そんな二人に溜め息をついた理人くんに頭を撫でられた。
「深月は?」
「思い付かない…」
「じゃあ、勝ったら考えるでいいんじゃないかな」
「うん」
別に物欲がない訳じゃないと思うんだけどな。
選び抜いた線香花火を手に取り振り向くと、すでにみんな持っていて俺待ちだった事に気付いた。
慌ててしゃがみつつ、まだ答えていない理人くんを見上げて首を傾げる。
「そういう理人くんは?」
「俺は…そうだな。深月にお願い聞いて貰える日にしようかな」
「何か、景品にしなくても出来るような物ばっかだな」
「父さんと母さんのは、負けたら絶対ナシだけど」
何とも綺麗な笑顔でそう言い切った理人くんが俺の背中側に腰を下ろし、長い腕が抱き込むみたいに前に回ってくる。それを見て苦笑したお父さんとお母さんも並んでしゃがみ、いよいよ勝負開始だ。
果たして誰が最後まで生き残っているんだろうか。
数分後、最後の火の玉が落ちて勝敗が決まった。結果は理人くんの勝ちで、俺は最下位。
なかなか落ちないから理人くんの腕に囲われてる俺は動けなくて、最終的にお父さんとの死闘(?)を繰り広げた末の勝利に理人くんは凄く嬉しそうだった。
一体理人くんは、俺にどんなお願いをするんだろう。
「残念。深月くんとお出掛けしたかったわ」
「まぁ仕方がない、負けは負けだ」
「深月くんが関わると強いんだから。花火もなくなったし、片付けてくるわね」
「あ、俺も手伝う」
「大丈夫よ、ありがとう」
ゴミを集め、バケツを手に縁側から上がるお母さんに声をかけたら、笑顔で首を振られあっという間に家の中に消えて行った。
立ち上がろうとして中途半端だった腰をまた下ろしたら、理人くんにぎゅっと抱き締められる。
「どんなお願いしようかな」
「理人くん、血を吸う以外お願いする事なくないか?」
「そんな事ないよ。ベッドの上でしてるでしょ?」
「!」
首を振った理人くんが、お父さんに聞こえないよう耳元で囁くから頭の中にその時の光景がぱっと浮かんで顔が赤くなる。
両手で顔を覆うとクスリと笑う気配がし、耳の後ろにキスされた。
「汗掻いてるのに…」
「深月の汗は甘いって前にも言ったと思うけど」
「でもやっぱ汚いとは思う」
「深月に汚いところなんてないよ。全部綺麗だし、全部甘くて美味しい」
吸血鬼ってみんなこうなんだろうか。それとも理人くんだけ?
どっちにしろ、夏場の汗の量って尋常じゃないから出来れば触らないで欲しいのに、理人くんは気にもしないで首の後ろにまで口付けてくる。
お父さん、やれやれって顔してるし。
「深月」
「?」
「帰ったら、一緒にお風呂入ろうね」
「うん」
理人くんと入ると、全身洗ってくれるから楽なんだよなー。しかも頭のマッサージまでしてくれるから気持ち良くて、本当にたまにだけど寝落ちそうになる。
俺が大好きな手で髪を撫でてくれる理人くんの方に向いた俺は、いつでも包み込んでくれる腕の中に飛び込んだ。
花火大会は残念だったけど、それよりも素敵な思い出が出来たから俺は大満足だった。
でも、来年こそは花火大会に行けるといいな。
FIN.
バイト先の先輩からこの日にあるよって教えて貰い、帰ってすぐ理人くんにも伝えてからずーっと楽しみにしていた俺は窓の外を見て溜め息をついた。
どんよりとして分厚い雲が覆った空から、たくさんの雨が降ってる。
「天気予報、外れてくれないかな」
「明後日まで雨予報になってるね」
「てるてる坊主ー、頑張れー」
どうしても花火が見たい俺は、カーテンレールに吊るした自作のてるてる坊主に手を合わせてお願いする。
昨日の夜から降り出した雨は強くなったり弱くなったりするものの止む気配はなく、よりにもよって花火大会当日にも大被りしていた。ワンチャン明日の夕方くらいに止んでくれればとは思ったものの、雨マークがなくなるのは明後日の昼以降。
普通に考えたら高確率で中止だし、諦めるしかないんだろうけど、理人くんと暮らしてから初めての花火大会だからどうしても行きたかった。
「おいで、深月」
「うー」
「よしよし。ほら、深月の好きなチョコだよ」
眉尻を下げ窓を叩く雨を恨みが増しく見ていたら、ソファに腰掛けた理人くんが腕を広げて呼んでくれる。ぶすくれて傍まで行き、膝の上に跨って座ると口元に薄くて四角いチョコが差し出された。
それを食べて理人くんの首に抱き着き肩にぐりぐりと頭を擦り付けたら、頭と背中を撫でられる。
「楽しみにしてたのに」
「そうだね。俺も楽しみにしてた」
「理人くんと行きたかった」
「うん。俺も深月と行きたかったよ」
どんだけ恨み節を言っても理人くんは同調してくれて、宥めるように俺の額や頬に口付けてくれる。
「雨は嫌いじゃないけど、こういう時のせいで嫌いになりそう」
「さすがに打ち上げ花火は雨天決行出来ないからね」
「花火上がるところだけ止んだりしないかな」
「てるてる坊主にお願いしてみる?」
「あとでしてみる」
こうなれば頼める事は何でもやってみるべきかもしれない。
ぐっと拳を握って頷いた俺にどうしてか笑った理人くんは、俺の首に唇を寄せるとカプカプと甘噛みして来た。
これは血が飲みたい感じかな。前飲んでから…ありゃ、二週間経ってる。
「飲む?」
「飲みたい。いい?」
「いいよ」
最近の理人くんは忙しそうで、帰って来たらご飯食べてお風呂入って寝るって感じだったからえっちな事もあんまりしてない。何か、血を吸うのとえっちな事ってセットって感じだったから俺もうっかりしてた。
疲れてる時こそ飲んで欲しいのに。
「深月はいつも即答してくれるね」
「? …っ、ん…!」
小さな声が何かを呟いたけど、聞き返す前に伸びた牙が皮膚を突き破って入ってくる。すぐに抜かれて流れ出る血を吸われるとそこから熱いのが広がって腰が震え、俺は理人くんの服をぎゅっと掴んだ。
満足したのかチュッて音がして唇が離れ、今度は唾液を纏った舌が傷口を塞ぐため舐めてくる。
「ん…っ…理人く…」
「深月って、意外に血を吸われるの好きだよね」
「…ぅん…気持ちいい…」
「痛いはずなのに気持ちいいなんて……本当に可愛い」
自分だって不思議だけど、痛いのは牙が入ってくる時だけであとは全部気持ちいいんだから仕方ない。
牙の跡に舌が触れるたび身体を震わせる俺にふっと笑った理人くんは、塞がったのを確認して背中を撫でると耳の下にキスしてきた。
「ベッド行こうか」
「…ん…」
お腹の下も奥も熱くて、正直もっと触って欲しかった俺はその誘いにこくりと頷くと理人くんに抱き着いた。
外ではまだ、向こうが見えないくらい雨が降ってる。
結局、雨は花火が上がる部分だけでも止まなくて花火大会は中止になった。
それから二日後。夏らしく綺麗に晴れ渡った空を見ててるてる坊主を労い外した日の夕方、仕事から帰って来た理人くんが笑顔で手招きしてきた。
「深月、ちょっと出掛けよう」
「え、今から? もう夜になるけど」
「暗い方がちょうどいいからね」
「?」
どういう意味だろうと思いつつ、理人くんの車に乗って連れて行かれた場所は理人くんの実家だった。
ますます訳が分からなくて首を傾げる俺の手を引き、玄関には入らず庭に向かった理人くんはそこにいたお父さんとお母さんに声をかける。
「ただいま」
「おかえりなさい、二人とも」
「おかえり。準備は出来ているぞ」
「準備?」
どうして庭にいるのかとか、何の話しをしているのかとか聞きたい事はたくさんあったけど、縁側まで来てそこに広げられた物を見た俺は思わず声を上げた。
「花火だ!」
「深月、花火大会楽しみにしてたでしょ? 打ち上げはさすがに無理だけど噴出系なら出来るし、手持ちでも思い出になるかなって」
「理人くん…」
「たくさんあるから、みんなでしようね」
確かに花火大会は残念だったけど、雨ばっかりは仕方ないから気持ちを切り替えて来年を楽しみにしようと思ってた。でもまさか理人くんがそれを気にしてくれてただけじゃなくて花火まで用意してくれるなんて…そんなの嬉しい以外ない。
堪らず抱き着くと大きな手が優しく頭を撫でてくれた。
「今年はこれで満足してくれる?」
「満足どころか、こっちの方が嬉しいまである」
「そっか、良かった」
そう言ってホッとしたように微笑む理人くんの優しさに心臓がぎゅーってなった俺は、キスしたい気持ちを押さえて目の前の胸に顔を埋める。
ここが家だったらいっぱいちゅーしてるのに。
「はいはい。ラブラブなのはいい事だけど、たくさんあるんだからそろそろ始めましょうか」
「そうだね」
理人くんも抱き締めてくれて、しばらく二人してくっついてたらお母さんからそう声をかけられた。そういえば、ここに来る時はまだ明るかったのに、今はもう星が瞬いてる。
「ほら、深月。どれがいい?」
「端っこからやる!」
「線香花火は最後ね」
「火には気を付けるようにな」
あとで理人くんにお礼は何がいいか聞こうと決めて、縁側に並べられた手持ち花火を手にしてお父さんのところにいく。
火をつけて貰い、勢い良く出て来た火花に一瞬ビクっとするもすぐに慣れて理人くんに見せたら「良かったね」って言ってくれた。手持ち花火なんて何年振りだろ。
最近は出来る場所も限られてるし、友達とだって集まってまでする事もほとんどないしな。
「深月」
「何……わっ」
色が変わる花火をじっと見ていたら理人くんに呼ばれて、何の気なしに振り向くとちょうど地面に置かれた筒から花火が噴出して驚いた。でもすぐにハッとしてスマホを取り出し、すかさずカメラを起動して理人くんも収まるようにしてシャッターを切る。
ギリギリだったけどちゃんと撮れた。
一つ終わったら新しい噴出花火に火がつけられるからずっと庭が明るい。
「凄い凄い! 綺麗!」
打ち上げ花火も凄いけど、理人くんがいて、お父さんとお母さんがいて、今ここでしか見られないこの景色の方がずっと綺麗だと思った。
花火を見るみんなの目がキラキラしてる。
(理人くんのおかげで毎日が楽しいな)
一緒に暮らし始めてからは特にそう思う。理人くんはいつだって俺を笑顔にしてくれるし、幸せにしてくれるんだ。
まだまだたくさんある手持ち花火を両手で持ったり、理人くんと並んでせーので火をつけたりして、全部を使い切るのに一時間は掛かった。水が張られたバケツには使用済みの花火が剣山みたいに刺さってて、これだけの数を遊んだのかとちょっとだけ驚く。
そんでもって最後は、締めの定番でもある線香花火を使ってみんなで勝負する事になった。
「最後まで残った人が勝ち」
「景品は?」
「欲しい物をおねだりとか?」
「だったらお母さんは、深月くんと二人でお出掛けしたいわ」
「え、そんなのいつでも行くのに」
「理人が許してくれないでしょう?」
欲しい物が特にない場合はどうしたらいいのかと考えていたらお母さんがそんな可愛い事を言ってくれる。景品にしなくてもと思ったけど、理人くんがヤキモチ妬きな事は身に染みて分かってるから納得してしまった。
いくら親でも、俺を独り占めされるのは嫌らしい。
「深月は俺のだから」
「でもお母さんが勝ったら行くからね」
「………」
あ、理人くん黙っちゃった。
でもそういう話にしたのは理人くんだから、仕方ないよな。
「なら父さんは、深月くんと美味しい物でも食べに行くかな」
「何で二人して深月となの」
「可愛いからよ」
「可愛いからだな」
「確かに可愛いけど…」
俺のどこを可愛いって言ってるのかは分からないけど、似た者親子な三人には思わず笑ってしまう。
何本かある線香花火を選んでいたら、そんな二人に溜め息をついた理人くんに頭を撫でられた。
「深月は?」
「思い付かない…」
「じゃあ、勝ったら考えるでいいんじゃないかな」
「うん」
別に物欲がない訳じゃないと思うんだけどな。
選び抜いた線香花火を手に取り振り向くと、すでにみんな持っていて俺待ちだった事に気付いた。
慌ててしゃがみつつ、まだ答えていない理人くんを見上げて首を傾げる。
「そういう理人くんは?」
「俺は…そうだな。深月にお願い聞いて貰える日にしようかな」
「何か、景品にしなくても出来るような物ばっかだな」
「父さんと母さんのは、負けたら絶対ナシだけど」
何とも綺麗な笑顔でそう言い切った理人くんが俺の背中側に腰を下ろし、長い腕が抱き込むみたいに前に回ってくる。それを見て苦笑したお父さんとお母さんも並んでしゃがみ、いよいよ勝負開始だ。
果たして誰が最後まで生き残っているんだろうか。
数分後、最後の火の玉が落ちて勝敗が決まった。結果は理人くんの勝ちで、俺は最下位。
なかなか落ちないから理人くんの腕に囲われてる俺は動けなくて、最終的にお父さんとの死闘(?)を繰り広げた末の勝利に理人くんは凄く嬉しそうだった。
一体理人くんは、俺にどんなお願いをするんだろう。
「残念。深月くんとお出掛けしたかったわ」
「まぁ仕方がない、負けは負けだ」
「深月くんが関わると強いんだから。花火もなくなったし、片付けてくるわね」
「あ、俺も手伝う」
「大丈夫よ、ありがとう」
ゴミを集め、バケツを手に縁側から上がるお母さんに声をかけたら、笑顔で首を振られあっという間に家の中に消えて行った。
立ち上がろうとして中途半端だった腰をまた下ろしたら、理人くんにぎゅっと抱き締められる。
「どんなお願いしようかな」
「理人くん、血を吸う以外お願いする事なくないか?」
「そんな事ないよ。ベッドの上でしてるでしょ?」
「!」
首を振った理人くんが、お父さんに聞こえないよう耳元で囁くから頭の中にその時の光景がぱっと浮かんで顔が赤くなる。
両手で顔を覆うとクスリと笑う気配がし、耳の後ろにキスされた。
「汗掻いてるのに…」
「深月の汗は甘いって前にも言ったと思うけど」
「でもやっぱ汚いとは思う」
「深月に汚いところなんてないよ。全部綺麗だし、全部甘くて美味しい」
吸血鬼ってみんなこうなんだろうか。それとも理人くんだけ?
どっちにしろ、夏場の汗の量って尋常じゃないから出来れば触らないで欲しいのに、理人くんは気にもしないで首の後ろにまで口付けてくる。
お父さん、やれやれって顔してるし。
「深月」
「?」
「帰ったら、一緒にお風呂入ろうね」
「うん」
理人くんと入ると、全身洗ってくれるから楽なんだよなー。しかも頭のマッサージまでしてくれるから気持ち良くて、本当にたまにだけど寝落ちそうになる。
俺が大好きな手で髪を撫でてくれる理人くんの方に向いた俺は、いつでも包み込んでくれる腕の中に飛び込んだ。
花火大会は残念だったけど、それよりも素敵な思い出が出来たから俺は大満足だった。
でも、来年こそは花火大会に行けるといいな。
FIN.
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