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ミヅハ

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小さな兎は銀の狼を手懐ける【完】

兎と狼の幸せの形

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「上総、これ」
「うん?」

 とある夏の日の夜。
 夕食後、順番にお風呂を済ませたオレと朔夜は久し振りに二人でソファに座ってまったりしていたんだけど、何かを思い出した朔夜がテーブルに折り畳まれて置いてあった一枚の紙を見せてきた。
 首を傾げつつ受け取り広げると、紙面にでっかく〝納涼花火大会〟と書いてあり、どうやら近いうちに河川敷で打ち上げ花火が上がるようだ。

「花火大会?」
「俺、その日休み」
「そうなんだ。オレはどうだったかな…」

 脇に置いていたスマホを手にしてカレンダーを開き確認すればオレもちょうど休みになってて、覗き込んできた朔夜が肩を抱いて花火大会のポスターをヒラヒラさせる。

「行こ」
「いいな、行くか。浴衣とか着る?」
「駄目。上総の浴衣姿とか、他の奴に見せたくねぇ」
「いや、誰も見ないだろ」
「見る」

 もう一回見ないって言おうとしたら、真剣な表情の朔夜に見つめられ思わず口を噤むとそのまま唇が塞がれた。
 啄まれながら肩を抱いてた手が耳を擽り頬を撫でる。
 何か、日に日に朔夜の触り方がエロくなってくんだけど。

「ん…っ…さく、や…」
「腕、首に回して」

 絶対そういうつもりで触ってるだろってくらい絶妙な撫でられ方をされ、ゾワゾワして朔夜の服を掴んだらその手が包まれ首まで持ち上げられる。反対の腕も上げて強めにしがみついたら朔夜がふっと笑った気配がした。
 そのまま抱き上げられ、二人分のスマホを持った朔夜はリビングの電気を消して寝室に向かう。
 これはあれだ、する気満々なやつだ。

「一応言っとくけど、明日も仕事だからな?」
「加減はする」
「見えるとこに痕残すのもダメだぞ?」
「分かってる」

 念押しはするけど、きっとまったく残さないってのは無理だろうな。
 とりあえず痕は最悪隠せるからいいとして、オレは明日無事に動ける事を祈るしかない。





 花火大会に足を運んだのは中学生以来だ。
 寮生活の時は学祭とかで上がってたりしたけど、この規模の花火大会は初めてだった。
 広い河川敷公園には出店がいくつか並んでて、土手では既にたくさんの人達が場所取りをして座っている。

「凄い人の数だな。はぐれたら終わるかも」
「絶対手ぇ離すなよ」
「朔夜だけが頼りです」

 繋いだ手に力を込め、更に朔夜の服をぎゅっと掴んで身体を寄せるとまるで褒めるように頭を撫でられる。
 俺の方が年上なのにって気持ちがない訳じゃないけど、ぶっちゃけてしまえば朔夜にこうされるのは好きだ。ってか、朔夜の手が好きなんだよな、オレ。

「まだ時間あるし、何か食う?」
「あ、オレ牛串食べたい。さっき見て、めちゃくちゃ美味しそうだった」
「どこ」
「確かあっち」

 油断したら押し潰されそうで、少しでも手を離すのは不安だから繋いだまま指を差したら頷いてそっちの方へ歩いてくれる。
 朔夜、周りの人より頭一つ分出てるし見た目もあって気付いた人がギョッとして少し離れるけど、女の人は一瞬ビクッとしてても頬を染めるからちょっとモヤモヤ。
 いや分かるよ、朔夜めちゃくちゃカッコいいからつい見惚れるよな。
 でもオレのだからそんな目で見ないで欲しい。

「浴衣着なくて正解だったかも…」
「ん?」
「や、何でもない」

 朔夜が浴衣を着たらそれはもう色んな意味でヤバかったかもしれない。それこそ声かけられまくってたんじゃないかな。
 いつだってモテモテな恋人に独占欲が頭を出してきたから、オレは落ち着かせる為に朔夜の腕に抱き着いた。
 チビだけど、オレの存在だけはアピールしておかなければ。


 それから三十分くらいして、会場から少し距離はあるけど人の少ない場所まで来たオレと朔夜は、たまたま見付けたベンチに腰を下ろして腹拵えをする事にした。
 食べ歩きが出来る物はもう食べたから、今は焼きそばとたこ焼きと唐揚げがお互いの膝の上に乗ってる。

「朔夜、どれ食べたい?」
「上総が選んで」
「じゃあ半分こしよ。オレたこ焼き食べるから、焼きそば食べていいよ」
「ん」

 輪ゴムを外して蓋を開けるとソースのいい匂いが漂ってくる。食べ歩きで結構お腹に入れた気もするけど、美味しい匂いって食欲がそそられるな。
 しかも屋台で売ってるのってどうしてか普段より美味しく感じるし。これがお祭り効果か。
 爪楊枝をたこ焼きに突き刺し落とさないよう素早く口に入れる。
 ほどよい温度まで冷めてたからお約束の火傷をする事もなく、あっという間に半分食べ切った。朔夜も少し前に半分食べ終わってたから、お互いに交換して今度は焼きそばを食べる。

「美味しいな、朔夜」
「ん」
「あ、飲み物忘れてた。そこ自販機あったよな、買ってくる」
「上総」

 一回焼きそばのパックの蓋を閉じ輪ゴムで止めて立ち上がったら、朔夜の手に掴まれて引き止められる。目を瞬いて見ると首を振られて、代わりに朔夜が立ち上がった。
 たこ焼きのパックが渡され頭を撫でられる。

「俺が買ってくるから、上総はここにいろ」
「え、でも…」
「何かあったら叫んで」
「わ、分かった」

 果たして何があるというのか。
 たまに朔夜は訳の分からない事を言うけど、今のだって一人にするのが心配だから言ってくれたんだろうなっていうのは理解出来る。
 朔夜って見た目通りにクールだし、傍からはそんな風に見えないだろうけどめちゃくちゃ心配性なんだよな。この間は、段差で躓いて転んで軽く膝擦りむいただけなのに危うく病院に連れて行かれるところだったし。
 肉食なのに、そういうとこ可愛いんだよなぁ。

「あれ、もしかしてうさぎちゃん?」
「え?」

 焼きそばを食べつつ朔夜を待ってたら、懐かしい呼び方をされて前に誰かが立った。顔を上げると浴衣姿の知らない男女二人組がいて、首を傾げてたら男の方がしゃがみ込んで目線を合わせてくれる。

「えっと…」
「俺ね、一応君の同級生。別クラだったけど、うさぎちゃんの事は知ってる」
「え、そうなんだ。ってか、何で?」
「ほら、あのオオカミを手懐けたちっこいうさぎがいるって有名だったじゃん」
「ああ…」

 そういえば、当時はそんな噂があるって周りから聞いたな。
 同級生なら聞いてて当たり前かと思ってたら、もう一人が嘲笑うように見下ろしてきた。

「うさぎちゃんだって」
「おい」
「顔は可愛いけど、男だよね? そんな呼ばれ方、恥ずかしくない?」
「好きで呼ばれてる訳じゃ…」
「えー? この人に呼ばれても否定しなかったじゃん。案外気に入ってんじゃないの?」
「やめろって。ごめんな」
「や、大丈夫」

 確かに男が〝うさぎちゃん〟なんて恥ずかしいよな。でもオレ、朔夜に呼ばれるのは嫌じゃなかったし、気に入ってると言われれば気に入ってる…のか?
 まぁ、朔夜限定って事で。
 それにしてもこの女の子、可愛いのに結構性格キツそうだ。

「自分でも可愛いって思ってるんでしょ?」
「思ってはないけど」
「ってか、花火大会の日に一人でいる時点でお察しだよねー。かわいそ…」
「可哀想なのはてめぇの頭だろ」

 初対面なのにそこまで言うかと内心苦笑してたら、朔夜が戻ってきてめちゃくちゃ低い声で言い放った。
 眉根を寄せて振り向いた女の子は、まず朔夜の背の高さに驚いたあと顔を見て真っ赤になる。あわあわしながら髪を弄って、浴衣の前合わせを整えた。

「あれ、大神だ。なんだ、ちゃんと続いてたんだ」
「誰お前」
「うさぎちゃんの同級生。コイツがごめんな」
「オレは別に気にしてない」
「いや、気にしろよ。めっちゃバカにされてたじゃん」

 うさぎちゃんって呼ぶのはこの人だけじゃないし、揶揄いもそれなりにあったから今更だし。オレ、案外神経太いから。
 でも朔夜はイライラしてるみたいで、買って来た飲み物をオレに渡すとドカッと隣に腰を下ろした。

「あ、あの…お友達、ですか? 良かったら一緒に花火見ても…」
「あ?」
「ほら、男の人二人より女がいた方がいいかなって」
「お前な…自分勝手もいい加減にしろ」

 むしろ感心するレベルでグイグイくるな。
 焼きそばを完食し飲み物に口を付けて様子を眺めていたら、肩を抱いてきた朔夜にペットボトルごと取り上げられて唇が塞がれた。

「!」
「え…」
「おー」

 目を瞬いていたらもう一回キスされて、驚き過ぎて何も言えないオレを抱き締めた朔夜がギロリと女の子を睨み付ける。

「可愛い恋人と二人で見るに決まってんだろ」
「こ、恋人?」
「この二人、高校の時から付き合ってるんだよ」
「男同士なのに?」
「男同士だから何」
「え…キモい…」

 女の子の言葉に朔夜の服を掴んだ手がピクリと震える。それに目敏く気付いた朔夜が口を開く前に、同級生が大きな溜め息をついた。
 それから腕を組み、さっきとは違って女の子を心底嫌そうに見る。

「ちょっと前から思ってたけど、お前マジでクソだな」
「は? 何言って…」
「とりあえず、ここじゃ何だしあっち行って話そ」
「え、ちょ…」
「じゃあな、二人とも。気分悪くしてごめんな。お幸せにー」
「何なのよ! ちょっと、離して!」

 同級生は女の子の腕を掴むとオレたちに手を振ってどこかへと消えて行った。めちゃくちゃいいヤツだったな。
 何となく目が離せなくて、見えなくなったあとも同級生が去った方を見てたら朔夜が溜め息をついてオレの頭に頬擦りしてきた。

「好きだよ、上総」
「何だよいきなり。オレも好きだよ」
「周りの目なんか気にしなくていい。当人同士が幸せならそれでいいだろ」
「…それもそうだ」

 ちょっとは胸が痛くなったけど、朔夜の言う通りオレたちが幸せなら何の問題もないんだよな。それに、朔夜の友達やさっきの同級生みたいに受け入れてくれる人もいるんだし。
 オレが落ち込んでると思ってそう言ってくれた朔夜の優しさに心が温かくなるのを感じていたら、大きな音がして空が明るくなった。

「あ、花火始まった」
「場所、どうかと思ったけど案外悪くねぇな」
「だな。結構ちゃんと見える」

 河川敷公園や土手みたいに迫力あるものは見られなくても、こうして朔夜の隣で見られるならそれだけで満足だ。

「なぁ、朔夜」
「ん?」
「来年は、最初から休み合わせて見に来ような」
「ああ」
「約束だぞ」
「ん」

 朔夜の事だから、帰ったらさっそく予定に組んで会社にも話すんだろうな。そしたら社長さんが、「朔夜くん、まだ早いよ」ってツッコミ入れる気がする。あそこの会社、社長さんも社員さんも仲が良いから。
 そんな姿がありありと想像出来たオレは小さく笑うと、朔夜の腰元に腕を回して肩に頭を寄り掛からせた。

 耐えきれなくなった朔夜がオオカミになるまであと……?





FIN.
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