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ミヅハ

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小指の先に恋願う【完】

この先の景色もあなたと

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 じりじりと太陽が照り付ける陽射しを浴びながら、買い物からの帰り道にふと街の掲示板に視線を移した七瀬は、一際目を引くポスターを見付けて首を傾げた。

〝〇月〇〇日、海上花火大会開催決定〟

 日にちを確認し、あと三日後だと知って肩を落とす。

(さすがに三日後だと、凌河さんとは見られないかな)

 父親の会社で働き初めて三年。それなりに大きな仕事も任されるようになり、残業をしたり跡を継ぐ弟と一緒に取引先にも行ったりしているそうだ。
 朝から晩まで働いて、そうしてヘトヘトになって帰ってくる凌河に花火大会に行こうなんて言える訳がない。

(でももし残業がなかったら、あの部屋なら見られる…かも?)

 何と言っても高層マンションの最上階。
 全体的には見えなくても、二人で見られるなら端っこだけだって嬉しい。
 でも、一緒に見たいと言えば凌河は無理にでも休みを取ったり早く帰って来たりしそうだから花火大会がある事自体を黙っておく事にして、七瀬は荷物を抱え直すと歩き出した。
 早く持って帰らないと、お肉が傷んでしまう。


 花火大会当日の朝。
 いつものように朝食とお弁当を用意し、一緒に食卓について他愛ない話をしながら食べて、玄関まで見送り行ってらっしゃいのキスとハグをした。
 それから洗濯機と乾燥機を仕掛け、畳んで収納して自動掃除機のスイッチを入れて任せている間に買い物に出掛ける。
 花火大会には出店は並ばないようで本当に花火を見るだけらしいが、せっかくだし少しでも祭り気分を味わって貰おうと今日の夕飯は出店仕様に決めた。焼きそば、トウモロコシ、フランクフルトなど、祭りには必ず出店されてる物をチョイスする。

「あ、容器もお祭り用にしなきゃ。本当は飾り付けもしたかったけどさすがに間に合わないだろうし…あ、メニューだけでも書いたらそれっぽくなるかな」

 百円均一のお店でも思い付く限りの物を買い、久し振りに両手に荷物を抱えて帰宅すると汗が滴り落ちた。

(暑……もう外出ないし、シャワー浴びちゃおうかな)

 一旦リフレッシュしようと買ってきたものをしまってから着替えを持ち浴室に向かう。もしかしたら料理中に汗を掻くかもしれないから、とりあえず温めのシャワーで全身流してスッキリさせた。
 上がって髪を乾かしたあと、紙とマジックを用意してテーブルにつく。祭りに行った記憶は朧気にしかないけど、今は便利な画像検索があるからそれを見ながら書いたら何となくそれっぽくなった。
 あとは時間を見て作っていくだけだ。

「今日は残業はないって言ってたよね」

 ここ数日は残業が続いていた事もあり、久し振りにゆっくりして貰えそうでホッとする。
 七瀬には疲れた顔を見せないようにしている凌河だが、連日の残業で少しばかり参っていたようで一緒にいる時はずっと抱き締められていた。しかも猫を吸うかのようにしょっちゅう髪や首の匂いを嗅がれるから、擽ったいのとドキドキするのとで何も出来なくなる。
 もしかしたら今日は…なんて、期待してしまうのも仕方ない。

「…恥ずかしい」

 凌河と出会うまでは生きる事に必死だったから、色恋にはまったくといっていいほど無関心だった。それが今や自分でもふとした時に考えてしまうほど凌河に染められてしまって、嬉しいから照れ臭いやらで顔を覆いたくなる。
 一緒に暮らしているのに、毎日暇さえあれば凌河の事を考えていた。

(まだお昼になったところなのに、もう会いたくなってる)

 定時に上がったとしても、帰宅するのは十八時頃だろう。まだ七時間以上もあると時計を見てガッカリしていたら、滅多に鳴らないスマホが通知音を鳴らした。

「? 凌河さん?」

 見れば凌河からのSMSで、『あと二十分』と謎の時間が記されている。
 首を傾げていたら、今度はにこにこ顔の犬のスタンプが来た。ますます分からなくて『何の時間なの?』と返したら、すぐに『秘密』のスタンプがポンっと画面に現れる。

「凌河さんがこんなにスタンプ送ってくるの、珍しいかも」

 文面も話し方通り優しいけど、スタンプよりも自分で打ちたい派の凌河はあまりスタンプを送って来ない。もしかしたら文字を打つ暇がないけど、連絡を取りたいから敢えてスタンプなのかと思っていたら、『あと十五分』と先ほどと似たようなメッセージが来た。
 そのまま更に五分待つと、予想通り『あと十分』と送られる。

(カウントしてる?)

 どうやら五分ごとにメッセージをしているようだが、それがどういう意味なのか七瀬には見当もつかない。これにはもうどう返したらいいか分からず、仕方ないからあと十分待ってみる事にした。
 その間にペンやら紙やら出しっぱなしだったテーブルの上を片付け、冷蔵庫からボトルコーヒーと牛乳を取り出して冷たいカフェオレを作り、メッセージ画面を表示させたままソファでまったりする。
 それから『あと五分』ときて、その五分後何が起こるんだろうと思っていたら玄関の方で小さな音がしてリビングに凌河が入ってきた。

「へ?」
「ただいま、七瀬」
「お、おかえりなさい…あれ、お仕事は…」
「今日は早上がり。おいで」

 驚き過ぎてぼんやりとしていたらいつものように腕を広げられ、グラスをテーブルに置いた七瀬は立ち上がるなり駆け足でその胸に飛び込んだ。
 強めに抱き締められ頭に口付けられたところでようやく思考がハッキリしてきて、顔を上げると今度は額に唇が触れる。

「ねぇ、七瀬」
「?」
「俺には我儘言ってもいいんだよ?」
「え…」
「花火大会の事、知ってて言わなかったでしょ」
「な、何で…」

 あのポスターを見付けてから花火大会に関する事なんて何一つ口にしなかったのに、どうしてそれを知っているのか。目を見瞠る七瀬にクスリと笑った凌河は、もう一度額に口付け右手の人差し指をネクタイのノット部分に引っ掛け緩める。

「一昨日かな。七瀬、寝る前に見てた番組が花火大会の特集をし始めて消すのやめたよね。俺はそんな七瀬を見てたんだけど、その時七瀬、〝こっちでもこんなに上がるのかな〟って呟いたんだよ」
「覚えてない…」
「ほとんど独り言だったから。それで、こっちでもってどういう意味か調べたらまさに今日花火大会があるって知ったんだ。だから、昨日と今日で納期間近の仕事終わらせてきた」

 まさかそんな事を呟いていたなんて思わなくて、ハッとして口を押さえた七瀬は申し訳なさから眉尻を下げる。だから知られないようにしてたのに、こんなにも自分のうっかりさを恨んだのは初めてだ。
 だけど凌河は優しく微笑むと、七瀬の手を取り指先にキスをする。

「俺はね、七瀬の為なら何でも頑張れるんだよ。苦手な人とだって話すし、嫌な事だって率先してやる。こんなの終わらないだろっていう量の仕事だって、七瀬が待ってるって思うとやる気が出る」
「凌河さん…」
「花火大会だって、七瀬が行きたいって言ってくれたらどこの会場だって連れて行くよ。七瀬が経験出来なかった事、たくさんしていこうって約束したんだから。叶えさせてよ」

 再会してからも付き合ってからもたくさん交わした約束は、小さな事でも一つ一つ確実に果たされている。そのほとんどは凌河が叶えてくれているのに、まだそんな風に望んでくれるその優しさが嬉しい。
 七瀬は凌河の手を握り返すとふわりとはにかんだ。

「ありがとう、凌河さん」
「そうやって七瀬が笑ってくれる事が俺は一番嬉しいから」
「凌河さんも、俺には遠慮しないで我儘言ってね」
「俺は言ってるよ。…ベッドの上で」
「!」

 不意に耳元に唇が寄せられ低い声に囁かれる。
 その意味をすぐに理解した七瀬は一気に頬を赤らめ、それを隠すように目の前の胸に顔を押し付けると髪が撫でられた。

「それじゃ、準備して行こうか」
「どこに?」
「花火を見に」
「連れて行ってくれるの?」
「もちろん。その為に早く帰って来たんだから」

 頭頂部に軽くキスされ、手を引かれて寝室に移動する。
 七瀬は普段着だが、凌河はスーツだから脱いでラフな格好に着替えてる間に、いつも持ち歩いているショルダーバッグの中を確認し肩から下げた。
 
「行こうか、七瀬」
「うん」

 支度の整った凌河に声をかけられ、七瀬は頷いて差し出された手を握る。
 こんな夢のようなサプライズ、きっとどこを探しても凌河にしか出来ないと七瀬は思った。
 凌河の愛情は、どんな海よりも深いのだ。


 花火が打ち上がる時間までまだあるのにと思っていたら、驚く事に凌河はまずドライブデートに連れて行ってくれて、それから早めの夕食を食べたあと会場へと車を走らせてくれた。少し離れた場所で降りて、人で溢れ返る道を身を寄せて歩く。
 多少見えにくくても鮨詰めよりはマシと比較的人の少ないところを選んで足を止めたら、ひゅーっと高い音がして雷のような音が轟いた。記憶にも久しい花火大会は音に驚き、その鮮やかさに歓声を上げ、汗が滲むほど思う存分楽しんだ。
 何よりも凌河と一緒だから目の前の景色がキラキラしている。

「綺麗だね、凌河さん」
「うん。凄く綺麗」

 人混みの中、頷いて肩を抱き寄せてくれる凌河に抱き着き二人で大輪の花が咲き乱れる空を見上げる。
 来年も再来年も、こうして凌河と共に見られるといいなと七瀬は思った。



 帰宅後、キッチンに立った七瀬はワークトップに置かれた物を見て「あ」と声を上げた。
 透明な容器や割り箸などが重ねて端に置いてあるのだが、凌河の為にと思って準備していたのに打ち上がる花火の凄さにすっかり頭から抜けていたのだ。
 やれやれと首を振っていると、気付いた凌河が覗きに来る。

「どうしたの?」
「これ、今日の夜ご飯で使おうと思ってたの忘れてた。凌河さんが花火大会の事知らなくても、少しでも気分を味わって貰えたらいいなと思ってたのに」

 商品名まで書いたのにとちょっとだけ残念に思いながら片付けようと纏めて持ち上げた時、後ろから凌河に抱き締められ容器が取り上げられた。

「七瀬は本当に可愛いね」
「え?」
「一緒にお風呂入ろうか」
「は、入らな……わっ」

 項に口付けられ、容器を戻した手が怪しげに動き意図を察した七瀬は首を振るが、ひょいっと抱き上げられてしまい問答無用で浴室に連れて行かれる。
 ちょっと期待はしたけど、一緒にお風呂はまだ恥ずかしいのに凌河は勘弁してくれない。

「りょ、凌河さん…」
「隅から隅まで、俺が洗ってあげるね」

 そう言ってにっこりと笑う凌河にこのあとの事を想像してしまった七瀬は、腹の下が疼くのを感じて眉尻を下げると小さく頷いて首に抱き着いた。
 本当は七瀬だって、もっと触れて欲しいと思っているのだから。





FIN.
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