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強気なネコは甘く囚われる【完】
誰にも見せたくない【ホワイトデーSS】
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あと一週間もすればホワイトデーだ。
バレンタインにはお互い渡しあったからお返しという意味では少し違うかもしれないが、恐らく真尋の事だから用意してくれているだろう。
高校の時は一時的に一緒に暮らしてた時だったし、俺の卒業と重なるからバレンタインは共同だったせいか、二回目もそうだったし、三回目である今回もプレゼント交換みたいになった。
美味かったな、あのチョコクランチ。
それより手作りをくれた真尋に、何を返せばいいのやら。
「あいつ、質より量だしな。高い物には興味ないし」
ブランド物にも、高級料理にも、宝石にも見向きもしない。慎ましいと言えば聞こえはいいが、ただただ無欲なんだよな。
そりゃ親父の会社継いだ訳じゃないから給料はそんな良くはねぇけど、貯金だってあるし贅沢くらいさせてやれるのに。
指輪もネックレスもピアスもやったから、これ以上は着けられんって怒られそうだしな。アクセサリーはやめとくか。
「はー…もうちょいだけでも我儘言ってくんねぇかな」
「何かお悩みですか?」
いろんな条件で検索していたスマホを閉じて頬杖をつくと、後ろから甘ったるい声がかけられた。振り向くと別部署の女性社員がいて顔には出さないよう内心で舌打ちをする。
若いし可愛いとチヤホヤされてるみたいだけど、俺にしてみればただの頭の中が花で埋もれた派手な女だ。用もないのに何かと話しかけてくる。
「いえ、プライベートの事なので」
「もしかしてホワイトデーですか? もうすぐですもんね」
「……」
この手の女は、こっちが一線引いてても平気で入って来ようとするから一番苦手だ。学生の時と違い下手に返せないし、万が一香月の名に傷が付いたら真尋との事を認めてくれた親父に申し訳が立たない。
「良ければオススメのお店とかお教えしましょうか? 下見に行くのもご一緒出来ますし」
「結構です」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ。それに、ただの下見ですし。デートでも浮気でもないです」
恋人がいる奴が恋人以外と二人きりで食事ってそりゃもうデートだし浮気だろ。バレンタインの時もどっかの馬鹿のせいで真尋を不安にさせたのに、何でむしろ黒確定の道を進むと思ってんだ。
溜め息をついた俺は椅子ごと相手へと振り向きにこにこしている女を見上げる。
この世で自分が一番可愛いと信じて疑わない、絶対に自分が選ばれると思ってる愚かな女。残念だけど、真尋以外はどんだけ外見を作っていようが俺にとっては全員同じなんだよ。
「すみませんが、俺は可愛い恋人一筋なんで。他当たって貰えますか?」
「え……」
「それに、仮に何も用意出来なかったとしても、怒ったり拗ねたりするような奴じゃないんで」
「…そ、そうですか……」
真尋と出会う前ならあの手の女でも相手にはしたけど、今は真尋以外はどうでもいいし反応すらしねぇからな。
引き攣った顔で頭を下げて離れて行く後ろ姿を一瞥し、ついでにコーヒーでも飲むかと立ち上がって休憩室に向かう。
「あー…でもマジでどうしよう」
せめて何か一つでも欲しいって言ってくれればいいのにと思いつつ、何にでも喜ぶ真尋の笑顔を思い浮かべた俺はまだ午前中にも関わらず帰って真尋を抱き締めたいと思った。
「なぁ、廉。欲しいものあげてくんね?」
ホワイトデー二日前。風呂から上がりソファで寛いでいた俺に隣にいた真尋が難しい顔でそう聞いてきた。
ずーっとクッション抱えてるから何か悩んでんだなとは思ったけど、もしかしてホワイトデーの事を考えてたのか? 真尋も真尋で思い浮かばなかったのか。
だが、そうは言っても俺の欲しいものもそうない訳で。
「俺は真尋以外いらねぇんだけど」
「そういうんじゃねぇよ。…ブランドものまでは行かなくても、何かねぇの? 古くて使えなくなったもんとか、こういうのが欲しいとか」
「特にないな」
「…そっか」
あからさまに肩を落とす姿に苦笑し、クッションを取り上げて腕を広げるとすぐに首へと腕を回してくる真尋が愛しい。片手で腰を抱き寄せ髪を撫でれば力を抜いて寄りかかってくる。
「明日ホワイトデーなのに、何も用意出来てねぇ」
「いいって。バレンタインくれただろ?」
「廉もくれただろ。しかも嬉しいやつ」
「あれは俺がしたかっただけだから」
「俺だってしたいからしたんだっつの。ホントにない? 一つも?」
本当に素直になったな、コイツ。最初はずっと毛を逆立てて威嚇して来てたのに。
それにしても必死だな。真尋以外欲しいもんがないってのは俺の本心だし、俺もブランドだの貴金属だのに興味はない。ただ〝香月の人間〟として身に付けてるだけだ。
「そうだなぁ……」
「この際、廉が欲しいものなら何でもいい」
「………」
何でもいいとか言っちまうのか。
欲しいのは真尋で、且つ俺へのお返しになるもの…っつったらアレしかねぇよな。
「じゃあ、コスプレ」
「…は?」
「コスプレ。袴は学祭で見たから、今度はメイドかセーラーか…チャイナもいいな。お前、足綺麗だし」
ハーフパンツから覗く細くてなめらかな足を撫でると真尋がビクリと肩を跳ね上げた。風呂上がりだからか、しっとりと手に吸い付くような感触を確かめるように指先でなぞり太ももへと滑らせていく。
内腿にはいくつも赤い痕が散っていて、薄くなったものもあれば昨夜付けたばかりの青紫色のものもあり、白い肌に映えてすげぇ艶かしい。
「…れ、廉…」
「普通の女装でもいいけど、どうする?」
「…じゃあ普通の女装で…」
「ミニスカートな」
「……分かった。香織ちゃんにお願いする」
本気で俺のためなら着てくれるらしく、妹にまで頼もうとする健気な恋人にムラッとした俺は、顔を赤くして震える真尋をソファに押し倒し柔らかな唇を塞いだ。
首や胸に痕を付けまくったおかげで怒られたけど、久し振りに甘えたな真尋が見れたから俺は非常に満足だった。
そして当日。真尋から待ち合わせ場所と時間が指定され、定時までに仕事を終わらせた俺は先に着いて待っていた。
真尋は今日、香織にコーディネートして貰うため一緒に出掛けていて、香織からは途中経過のメッセージだけが来ていた。一枚も写真を送って来なかった辺りアイツは心得てる。
果たしてどんな服装で来るのか、楽しみで仕方がない。
「あのー、お一人ですか?」
「…いや、待ち合わせだけど」
「あ、そ、そうですよね、こんなイケメンが一人な訳…」
「廉」
時間を確認するため腕時計を見ていると一人の女に声をかけられた。端的に答えポケットに手を突っ込んだ時、腕に何かが巻き付き聞き馴染んだ声に名前を呼ばれる。
見下ろせばとんでもなく可愛くなった真尋がいて…。
「ま、ひろ…?」
「悪い、ちょっと遅くなった」
「いや、時間には間に合ってるけど…」
ピンクブラウンの緩く巻かれた肩下までのウィッグと真尋の良さを全面に引き出したナチュラルなメイク。キスマークを隠すためか、ハイネックの黒いニットにゆるっとしたブラウンのカーディガンを羽織ってて、俺の腕に回された手元を見るとピンクのネイルが塗ってあった。
チェックのプリーツ加工が施されたミニスカートから伸びる足にはニーハイソックスと黒いミドル丈のブーツが合わせてあって、どこから見ても美少女と化した真尋に俺は瞬きも忘れて固まる。
「誰?」
「…! いえ、私は通りすがりのただのモブなので…! し、失礼しました!」
「モブ?」
俺に声をかけて来た女は真尋と目が合うなり頬を染め早口で捲し立てるとあっという間に走り去って行った。呆気にとられた真尋はしばらく女が走って行った方を見ていたが、俺が何も言わない事に気付いたのかふっと見上げて首を傾げる。
くっそ…何だこの可愛い生き物は。
「もしかして俺、変?」
「いや…むしろ可愛すぎてやべぇ。っつか、何で学祭ん時も今もお前は可愛くされ過ぎるんだ」
「そりゃ、やるからには本気でやんねぇと…あ、口調も女の子っぽくしないとダメって香織ちゃんに言われたんだった」
本気の度合いが毎回やり過ぎの域に達してるんだよ。袴にストレートのウィッグも良かったけど、こういう髪型や色も似合うんだな。
今すぐホテルに連れ込みてぇ…っつか、周りの奴らがジロジロ見てんのが腹立つ。
「真尋」
「ん?」
「ホテル、部屋取ってるから行くぞ」
「へ? デートは?」
「無理。そんな可愛くなったお前、誰にも見せたくない」
「……!」
野郎共の視線から隠すように真尋の肩に腕を回し予約したホテルへと歩き出す。別に家でもいいんだが、せっかくのホワイトデー、たまには気分を変えるのも有りかとそれなりにいいホテルを予約した。貯金はなるべく使わないって約束してるからスイートルームは無理だったけど、夜景は良く見えるはずだ。
ふと真尋が黙り込んでいる事に気付いて振り向くと、顔を伏せていてしまったと思った。
「悪い真尋。やっぱデートしたいよな。今からでも…」
「いい」
「え?」
「いいから…ホテル、行こ」
チラリと俺を見上げる顔は赤くなっていて、少なからず真尋も俺と二人きりになりたいと思ってくれているんだと安心した。
というか、その顔でもじもじされると堪らないんだが。
腰元に抱き着いてくる真尋の髪(ウィッグだけど)に吐息だけで笑って口付け、さっきよりは歩調を緩めて夕飯をどうするか話しながらホテルへと並んで歩いた。
途中でコンビニに寄り必要なものを適当に買ってからチェックインしたんだが、真尋は部屋に着くなり窓にへばりついて離れようとしない。
そんなに夜景好きだったっけ?
「真尋、食わねぇのか?」
「食べる」
気が済んだのか機嫌良く戻って来た真尋は当たり前のように俺の膝の上に座りおにぎりの封を切る。最初に見た時も思ったけど、この絶対領域ってのを思い付いた奴はすげぇな。手フェチの俺に新たなフェチズムを目覚めさせようとする真尋、恐るべし。
「真尋」
「何?」
「そこにある俺の鞄取ってくれ」
「ん。……はい」
「サンキュ」
ソファの端に置いていたビジネスバッグから目当てのものを取り出した俺は、おにぎりを頬張る真尋にそれを差し出す。全然ホワイトデーっぽくなくなったけど、思い付いたのはこれくらいしかなかった。
まぁでも、嫌いなものではないからアリだろう。
「俺からはこれな」
「旅行雑誌?」
「もう少し暖かくなったら、有給取って行こうかなって。今日渡せるもんじゃなくて悪いけど」
「え、そんなの全然いいよ。廉と旅行出来るの嬉しい」
「そっか」
話し方、意識的に変えてんのか知らないけどいつもより大人しめで可愛いんだが物足りない。真尋=口悪いだからな。
先に弁当を完食していた俺は、嬉しそうに旅行雑誌を捲りながら食事を摂る真尋の横顔に微笑み華奢な身体を抱き締めた。
食事を終え、案外柔らかな毛質のウィッグであそんでいると、真尋が何かを言いたそうにチラチラと俺を見ている事に気付いた。だけど敢えて気付いてない振りをして首筋に鼻先を寄せれば小さな声が聞こえてくる。
「…あ、のさ……」
「ん?」
「もう一個、プレゼント的なものがあって…」
「?」
プレゼント的なもの?
曖昧な言い方を不思議に思い顔を覗き込むが何故か目を合わせてくれない。もしかして恥ずかしがってんのか?
「これは、俺、自分で用意した物なんだけど……」
「何だよ」
「ベッド、仰向けになって」
なかなか教えてくれない真尋に眉を顰めつつ、言われた通り枕に凭れかかるようにして寝転がると、ブーツを脱いだ真尋が俺の腰元に跨ってきた。やべぇ、これだけで勃ちそう。
視線を彷徨わせ何度か深呼吸をした真尋は、膝立ちになるとスカートの裾を握りゆっくりと捲り上げた。そうして見えたものに鼻血を出さなかった自分を褒めたいくらい煽情的な光景が広がっていて、俺の喉がごくりと鳴る。
真尋は女性物の下着を身に着けていて、既に反応しているそこは窮屈そうに収まっていた。
やべぇな……可愛さとエロさがいつも以上に増してて俺の理性が吹っ飛びそう。
「…っ…おしまい!」
「あ」
じっと見てると恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、真尋は裾を戻して俺の上から降りようとした。だがそれを許す俺じゃない。
ここまでしておいてお預けはさすがにひどすぎるだろう。
腕を掴んで引き寄せ、上に倒れ込んで来た真尋のスカートをヒラヒラさせる。
「もっとちゃんと見せてくんねぇと」
「み、見ただろ…っ」
「見れてない。照れ屋で恥ずかしがり屋のくせに俺のために頑張る真尋、すげぇ可愛い。…いいなこれ、すぐ指が入る」
「あ…っ、ちょ、待て、まだ風呂…っ」
「この格好のまま抱きてぇんだけど」
スカートの裾から手を入れ薄い生地に覆われた形の良い尻を撫でたあと、下着の足ぐりから指を入れ奥の窄まりに触れると真尋が慌てたように起き上がろうとする。
それを片手で抱き留め上下を入れ替えれば今にも泣きそうな顔が目に入った。羞恥心でいっぱいいっぱいになってるんだろうけど、こんな極上のお返し、堪能しないと勿体ないしな。
「な、いいだろ?」
「…っ…バカ! 変態!」
「知ってるくせに」
火照って熱を持つ頬を指の背で撫でニヤリと笑いながら言えば真尋はぐっと口を噤む。そういうとこも好きなんだってのは知ってるからな。
ふんっと顔を逸らす真尋にどうしようもない愛しさを感じた俺は、真尋の一番の弱点でもある小振りな耳へと軽く噛み付いたのだった。
FIN.
バレンタインにはお互い渡しあったからお返しという意味では少し違うかもしれないが、恐らく真尋の事だから用意してくれているだろう。
高校の時は一時的に一緒に暮らしてた時だったし、俺の卒業と重なるからバレンタインは共同だったせいか、二回目もそうだったし、三回目である今回もプレゼント交換みたいになった。
美味かったな、あのチョコクランチ。
それより手作りをくれた真尋に、何を返せばいいのやら。
「あいつ、質より量だしな。高い物には興味ないし」
ブランド物にも、高級料理にも、宝石にも見向きもしない。慎ましいと言えば聞こえはいいが、ただただ無欲なんだよな。
そりゃ親父の会社継いだ訳じゃないから給料はそんな良くはねぇけど、貯金だってあるし贅沢くらいさせてやれるのに。
指輪もネックレスもピアスもやったから、これ以上は着けられんって怒られそうだしな。アクセサリーはやめとくか。
「はー…もうちょいだけでも我儘言ってくんねぇかな」
「何かお悩みですか?」
いろんな条件で検索していたスマホを閉じて頬杖をつくと、後ろから甘ったるい声がかけられた。振り向くと別部署の女性社員がいて顔には出さないよう内心で舌打ちをする。
若いし可愛いとチヤホヤされてるみたいだけど、俺にしてみればただの頭の中が花で埋もれた派手な女だ。用もないのに何かと話しかけてくる。
「いえ、プライベートの事なので」
「もしかしてホワイトデーですか? もうすぐですもんね」
「……」
この手の女は、こっちが一線引いてても平気で入って来ようとするから一番苦手だ。学生の時と違い下手に返せないし、万が一香月の名に傷が付いたら真尋との事を認めてくれた親父に申し訳が立たない。
「良ければオススメのお店とかお教えしましょうか? 下見に行くのもご一緒出来ますし」
「結構です」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ。それに、ただの下見ですし。デートでも浮気でもないです」
恋人がいる奴が恋人以外と二人きりで食事ってそりゃもうデートだし浮気だろ。バレンタインの時もどっかの馬鹿のせいで真尋を不安にさせたのに、何でむしろ黒確定の道を進むと思ってんだ。
溜め息をついた俺は椅子ごと相手へと振り向きにこにこしている女を見上げる。
この世で自分が一番可愛いと信じて疑わない、絶対に自分が選ばれると思ってる愚かな女。残念だけど、真尋以外はどんだけ外見を作っていようが俺にとっては全員同じなんだよ。
「すみませんが、俺は可愛い恋人一筋なんで。他当たって貰えますか?」
「え……」
「それに、仮に何も用意出来なかったとしても、怒ったり拗ねたりするような奴じゃないんで」
「…そ、そうですか……」
真尋と出会う前ならあの手の女でも相手にはしたけど、今は真尋以外はどうでもいいし反応すらしねぇからな。
引き攣った顔で頭を下げて離れて行く後ろ姿を一瞥し、ついでにコーヒーでも飲むかと立ち上がって休憩室に向かう。
「あー…でもマジでどうしよう」
せめて何か一つでも欲しいって言ってくれればいいのにと思いつつ、何にでも喜ぶ真尋の笑顔を思い浮かべた俺はまだ午前中にも関わらず帰って真尋を抱き締めたいと思った。
「なぁ、廉。欲しいものあげてくんね?」
ホワイトデー二日前。風呂から上がりソファで寛いでいた俺に隣にいた真尋が難しい顔でそう聞いてきた。
ずーっとクッション抱えてるから何か悩んでんだなとは思ったけど、もしかしてホワイトデーの事を考えてたのか? 真尋も真尋で思い浮かばなかったのか。
だが、そうは言っても俺の欲しいものもそうない訳で。
「俺は真尋以外いらねぇんだけど」
「そういうんじゃねぇよ。…ブランドものまでは行かなくても、何かねぇの? 古くて使えなくなったもんとか、こういうのが欲しいとか」
「特にないな」
「…そっか」
あからさまに肩を落とす姿に苦笑し、クッションを取り上げて腕を広げるとすぐに首へと腕を回してくる真尋が愛しい。片手で腰を抱き寄せ髪を撫でれば力を抜いて寄りかかってくる。
「明日ホワイトデーなのに、何も用意出来てねぇ」
「いいって。バレンタインくれただろ?」
「廉もくれただろ。しかも嬉しいやつ」
「あれは俺がしたかっただけだから」
「俺だってしたいからしたんだっつの。ホントにない? 一つも?」
本当に素直になったな、コイツ。最初はずっと毛を逆立てて威嚇して来てたのに。
それにしても必死だな。真尋以外欲しいもんがないってのは俺の本心だし、俺もブランドだの貴金属だのに興味はない。ただ〝香月の人間〟として身に付けてるだけだ。
「そうだなぁ……」
「この際、廉が欲しいものなら何でもいい」
「………」
何でもいいとか言っちまうのか。
欲しいのは真尋で、且つ俺へのお返しになるもの…っつったらアレしかねぇよな。
「じゃあ、コスプレ」
「…は?」
「コスプレ。袴は学祭で見たから、今度はメイドかセーラーか…チャイナもいいな。お前、足綺麗だし」
ハーフパンツから覗く細くてなめらかな足を撫でると真尋がビクリと肩を跳ね上げた。風呂上がりだからか、しっとりと手に吸い付くような感触を確かめるように指先でなぞり太ももへと滑らせていく。
内腿にはいくつも赤い痕が散っていて、薄くなったものもあれば昨夜付けたばかりの青紫色のものもあり、白い肌に映えてすげぇ艶かしい。
「…れ、廉…」
「普通の女装でもいいけど、どうする?」
「…じゃあ普通の女装で…」
「ミニスカートな」
「……分かった。香織ちゃんにお願いする」
本気で俺のためなら着てくれるらしく、妹にまで頼もうとする健気な恋人にムラッとした俺は、顔を赤くして震える真尋をソファに押し倒し柔らかな唇を塞いだ。
首や胸に痕を付けまくったおかげで怒られたけど、久し振りに甘えたな真尋が見れたから俺は非常に満足だった。
そして当日。真尋から待ち合わせ場所と時間が指定され、定時までに仕事を終わらせた俺は先に着いて待っていた。
真尋は今日、香織にコーディネートして貰うため一緒に出掛けていて、香織からは途中経過のメッセージだけが来ていた。一枚も写真を送って来なかった辺りアイツは心得てる。
果たしてどんな服装で来るのか、楽しみで仕方がない。
「あのー、お一人ですか?」
「…いや、待ち合わせだけど」
「あ、そ、そうですよね、こんなイケメンが一人な訳…」
「廉」
時間を確認するため腕時計を見ていると一人の女に声をかけられた。端的に答えポケットに手を突っ込んだ時、腕に何かが巻き付き聞き馴染んだ声に名前を呼ばれる。
見下ろせばとんでもなく可愛くなった真尋がいて…。
「ま、ひろ…?」
「悪い、ちょっと遅くなった」
「いや、時間には間に合ってるけど…」
ピンクブラウンの緩く巻かれた肩下までのウィッグと真尋の良さを全面に引き出したナチュラルなメイク。キスマークを隠すためか、ハイネックの黒いニットにゆるっとしたブラウンのカーディガンを羽織ってて、俺の腕に回された手元を見るとピンクのネイルが塗ってあった。
チェックのプリーツ加工が施されたミニスカートから伸びる足にはニーハイソックスと黒いミドル丈のブーツが合わせてあって、どこから見ても美少女と化した真尋に俺は瞬きも忘れて固まる。
「誰?」
「…! いえ、私は通りすがりのただのモブなので…! し、失礼しました!」
「モブ?」
俺に声をかけて来た女は真尋と目が合うなり頬を染め早口で捲し立てるとあっという間に走り去って行った。呆気にとられた真尋はしばらく女が走って行った方を見ていたが、俺が何も言わない事に気付いたのかふっと見上げて首を傾げる。
くっそ…何だこの可愛い生き物は。
「もしかして俺、変?」
「いや…むしろ可愛すぎてやべぇ。っつか、何で学祭ん時も今もお前は可愛くされ過ぎるんだ」
「そりゃ、やるからには本気でやんねぇと…あ、口調も女の子っぽくしないとダメって香織ちゃんに言われたんだった」
本気の度合いが毎回やり過ぎの域に達してるんだよ。袴にストレートのウィッグも良かったけど、こういう髪型や色も似合うんだな。
今すぐホテルに連れ込みてぇ…っつか、周りの奴らがジロジロ見てんのが腹立つ。
「真尋」
「ん?」
「ホテル、部屋取ってるから行くぞ」
「へ? デートは?」
「無理。そんな可愛くなったお前、誰にも見せたくない」
「……!」
野郎共の視線から隠すように真尋の肩に腕を回し予約したホテルへと歩き出す。別に家でもいいんだが、せっかくのホワイトデー、たまには気分を変えるのも有りかとそれなりにいいホテルを予約した。貯金はなるべく使わないって約束してるからスイートルームは無理だったけど、夜景は良く見えるはずだ。
ふと真尋が黙り込んでいる事に気付いて振り向くと、顔を伏せていてしまったと思った。
「悪い真尋。やっぱデートしたいよな。今からでも…」
「いい」
「え?」
「いいから…ホテル、行こ」
チラリと俺を見上げる顔は赤くなっていて、少なからず真尋も俺と二人きりになりたいと思ってくれているんだと安心した。
というか、その顔でもじもじされると堪らないんだが。
腰元に抱き着いてくる真尋の髪(ウィッグだけど)に吐息だけで笑って口付け、さっきよりは歩調を緩めて夕飯をどうするか話しながらホテルへと並んで歩いた。
途中でコンビニに寄り必要なものを適当に買ってからチェックインしたんだが、真尋は部屋に着くなり窓にへばりついて離れようとしない。
そんなに夜景好きだったっけ?
「真尋、食わねぇのか?」
「食べる」
気が済んだのか機嫌良く戻って来た真尋は当たり前のように俺の膝の上に座りおにぎりの封を切る。最初に見た時も思ったけど、この絶対領域ってのを思い付いた奴はすげぇな。手フェチの俺に新たなフェチズムを目覚めさせようとする真尋、恐るべし。
「真尋」
「何?」
「そこにある俺の鞄取ってくれ」
「ん。……はい」
「サンキュ」
ソファの端に置いていたビジネスバッグから目当てのものを取り出した俺は、おにぎりを頬張る真尋にそれを差し出す。全然ホワイトデーっぽくなくなったけど、思い付いたのはこれくらいしかなかった。
まぁでも、嫌いなものではないからアリだろう。
「俺からはこれな」
「旅行雑誌?」
「もう少し暖かくなったら、有給取って行こうかなって。今日渡せるもんじゃなくて悪いけど」
「え、そんなの全然いいよ。廉と旅行出来るの嬉しい」
「そっか」
話し方、意識的に変えてんのか知らないけどいつもより大人しめで可愛いんだが物足りない。真尋=口悪いだからな。
先に弁当を完食していた俺は、嬉しそうに旅行雑誌を捲りながら食事を摂る真尋の横顔に微笑み華奢な身体を抱き締めた。
食事を終え、案外柔らかな毛質のウィッグであそんでいると、真尋が何かを言いたそうにチラチラと俺を見ている事に気付いた。だけど敢えて気付いてない振りをして首筋に鼻先を寄せれば小さな声が聞こえてくる。
「…あ、のさ……」
「ん?」
「もう一個、プレゼント的なものがあって…」
「?」
プレゼント的なもの?
曖昧な言い方を不思議に思い顔を覗き込むが何故か目を合わせてくれない。もしかして恥ずかしがってんのか?
「これは、俺、自分で用意した物なんだけど……」
「何だよ」
「ベッド、仰向けになって」
なかなか教えてくれない真尋に眉を顰めつつ、言われた通り枕に凭れかかるようにして寝転がると、ブーツを脱いだ真尋が俺の腰元に跨ってきた。やべぇ、これだけで勃ちそう。
視線を彷徨わせ何度か深呼吸をした真尋は、膝立ちになるとスカートの裾を握りゆっくりと捲り上げた。そうして見えたものに鼻血を出さなかった自分を褒めたいくらい煽情的な光景が広がっていて、俺の喉がごくりと鳴る。
真尋は女性物の下着を身に着けていて、既に反応しているそこは窮屈そうに収まっていた。
やべぇな……可愛さとエロさがいつも以上に増してて俺の理性が吹っ飛びそう。
「…っ…おしまい!」
「あ」
じっと見てると恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、真尋は裾を戻して俺の上から降りようとした。だがそれを許す俺じゃない。
ここまでしておいてお預けはさすがにひどすぎるだろう。
腕を掴んで引き寄せ、上に倒れ込んで来た真尋のスカートをヒラヒラさせる。
「もっとちゃんと見せてくんねぇと」
「み、見ただろ…っ」
「見れてない。照れ屋で恥ずかしがり屋のくせに俺のために頑張る真尋、すげぇ可愛い。…いいなこれ、すぐ指が入る」
「あ…っ、ちょ、待て、まだ風呂…っ」
「この格好のまま抱きてぇんだけど」
スカートの裾から手を入れ薄い生地に覆われた形の良い尻を撫でたあと、下着の足ぐりから指を入れ奥の窄まりに触れると真尋が慌てたように起き上がろうとする。
それを片手で抱き留め上下を入れ替えれば今にも泣きそうな顔が目に入った。羞恥心でいっぱいいっぱいになってるんだろうけど、こんな極上のお返し、堪能しないと勿体ないしな。
「な、いいだろ?」
「…っ…バカ! 変態!」
「知ってるくせに」
火照って熱を持つ頬を指の背で撫でニヤリと笑いながら言えば真尋はぐっと口を噤む。そういうとこも好きなんだってのは知ってるからな。
ふんっと顔を逸らす真尋にどうしようもない愛しさを感じた俺は、真尋の一番の弱点でもある小振りな耳へと軽く噛み付いたのだった。
FIN.
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夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
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