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ミヅハ

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小指の先に恋願う

約束を何度でも【ホワイトデーSS】

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 三月十四日、ホワイトデー。
 留年を含めて四年在籍した高校を卒業した凌河は目前に迫ったその日に向けて準備を進めていた。
 甘いものと綺麗なものが好きな七瀬のために選んだのは、真っ白な土台に淡いピンク色のチョコレートペタルで作られた薔薇が一輪咲いた小さな円形のケーキだ。ホワイトデー仕様で可愛らしいラッピングを施して貰える事になっている。
 それにプラスして、ピアスホールを開けなくても着けられるようにマグネットピアスもプレゼントするのだが、これは凌河の耳に着いている青いスタッドピアスと同じもので、父親の知り合いにオーダーして特別に作って貰った一点物だ。
 以前に七瀬が、「凌河さんとお揃いのピアスが欲しいけど、開けるのが怖くて勇気が出ない」と言っていたため、マグネットタイプにした。カフスやイヤリングも考えたが、七瀬はピアスがいいと言っていたからこの形だ。

 先月のバレンタインでは、七瀬にとって初めて尽くしのプレゼントを貰った。食べるのが勿体なさすぎてなかなか口に運べなかったけど、絶対腐らせる事だけはしたくなかったからちゃんと完食して、メッセージカードは大事にしまっている。
 あちこちから甘いものを差し出されるバレンタインは、凌河にとって苦痛以外の何ものでもなかった。けれど七瀬のおかげで初めて嬉しい、幸せだと思える日に代わり、より一層七瀬への愛が深まった日となったのだ。
 そんな七瀬は今、凌河の腕の中で小さな寝息を立ててあどけない表情で眠っている。

(可愛いなぁ…)

 さっきまで散々組み敷いていたから涙のあとが残っている。最初は行為のたびに恥ずかしそうにしていたけど、今は抱くたびに艶を増し、それにより凌河の自制がかろうじて効いてるくらいで毎回抱き潰さないようにと必死だ。
 七瀬の全てが可愛くて仕方がない。

(七瀬の事だから、もうすぐホワイトデーだって事は忘れてるんだろうな)

 だからこそ、当日は素敵な思い出になるようにしてあげたい。何せ七瀬にとってはバレンタイン同様初めて経験するイベントで、だからこそ誰でもないにと凌河は準備しているのだ。
 喜んでくれたらいいなと思っている。

「おやすみ、七瀬」

 しっかりと閉じられた瞼に口付け七瀬を抱き寄せた凌河は、いつもより乱れている髪に頬擦りして眠る体勢に入った。



 当日、午後十七時。凌河は学校から帰宅して着替えた七瀬をある場所へと連れ出していた。
 こっちに戻ってくる以前の生活により、何かと未経験が多い七瀬のために自分が出来る事は何でもしてあげたいと思っている凌河は、時間さえあれば近隣を散歩したり、休みの日には出かけたりして七瀬にいろんなものを見せている。
 今日は少し前にオープンしたばかりの、〝ミニ水族館のあるレストラン〟に来ていた。
 店内の壁に作られた水槽や、所々に置かれた様々な形の水槽、大きな魚はいないが、熱帯魚やクラゲなどが悠然と泳いでいて何だかホッとする。
 店内は薄暗いが、七瀬のワクワクした表情は良く見えて凌河も自然と笑顔になった。

「水族館をコンセプトにしたレストランなんて初めて。ありがとう、凌河さん。こんなに素敵な場所に連れて来てくれて」
「どういたまして。何注文する?」
「えっと…じゃあオムライス」
「だけでいいの?」
「うん。何だか胸がいっぱいで」

 この後にもサプライズはあるのだが、遠慮がちで慎ましい七瀬はすでに嬉しくて堪らないらしい。注文を終えた凌河は小さく笑い、手を伸ばして七瀬の頬に触れると感触を確かめるように軽く摘む。

「ねぇ、七瀬」
「?」
「今日は何の日か知ってる?」
「今日? 何かあったかな」

 思い出そうとしているのか、斜め上を見上げて首を傾げる七瀬にやっぱりなと思った凌河は頬から手を離して、テーブルに乗せられた自分よりも小さな左手を握る。
 七瀬がイベント事に疎いのは母親への献身からだと分かってはいるのだが、バレンタインやクリスマス、誕生日など、凌河に関係する事ならちゃんと覚えてくれてるのに、何故自分に対しては意識が低いのだろうか。
 薬指に嵌められた指輪を撫で指を絡めるように握ると照れ笑いを浮かべる姿が可愛い。

「なら、帰ってからネタばらしするね」
「いい日?」
「すごくいい日だよ」
「じゃあ楽しみにしてる」

 少しだけ不安そうだった顔がパッと華やぎ、手を握り返されたところで料理が運ばれて来た。手を離してそれぞれの前に並べて貰い、二人でいただきますと手を合わせる。
 お互い一口ずつ交換したが、どっちも美味しくてこれならまた来るのもありかもしれないと凌河は思った。


 食事を終えてもまだ水槽を見たいという七瀬に思う存分眺めて貰ったあと、店を出ると既に外は真っ暗になっており等間隔で設置された街灯が道を照らしている。
 ご機嫌な七瀬と手を繋ぎマンションへと向かうのだが、店に下げられた〝ホワイトデー〟の文字を見せないようにするため、帰路には敢えて人通りの少ない道を選んだ。疑問も抱かず着いて来る七瀬に少しだけ悪戯心が湧いて足を留めた凌河は、不思議そうに見上げる恋人へと口付ける。
 触れるだけで離れ、柔らかな頬を摘むと薄暗い中でも分かるくらい七瀬の顔が赤くなった。

「七瀬、顔真っ赤だね」
「りょ、凌河さんのせい…っ」
「そうだけど、七瀬が可愛いからつい。嫌だった?」
「……嫌なはずないって、分かってるくせに…」

 繋いでいる側とは反対の手が凌河の服を掴む。長い睫毛に縁取られた目が伏せられふわりと色香が舞った。
 初めて身体を重ねて以降何度か夜を共にしているが、凌河の愛情を一身に受ける七瀬は日に日に綺麗になっていく。これまで来る者拒まずで男女共に抱いて来た凌河だが、目を伏せただけで身体が欲を孕むのは初めてだった。
 参ったなと僅かに赤らんだ顔を隠すように手で口元を隠すと、一歩七瀬に近付いて柔らかな髪に頬擦りする。

「…家まで我慢するから、玄関入ったらすぐ寝室に連れて行っていい?」
「え?」
「七瀬といると、いつでもどこでも抱きたくなる」
「……」

 物凄く恥ずかしい事を言っている自覚はあるが、下手に隠すと七瀬が不安を感じてしまうため素直に話すに限る。だけど黙り込んでしまったからさすがにマズかったかと顔を見れば、耳まで真っ赤にして固まっている七瀬がいて凌河は目を瞬いた。

「七瀬?」
「……そういう事言うの、ズルい」
「ご、ごめん?」

 両手で顔を覆い小さく零した七瀬に困惑していると、距離が縮まって七瀬の方から抱き着いて来た。背中に回された手が強く服を握る。

「……俺も、凌河さんに抱かれたい、から…連れてって…欲しい…」

 小さな声で大胆な事を言う七瀬に、凌河の理性がプッツン仕掛けたのは言うまでもない。




「七瀬、起き上がれる?」
「…ん…たぶん…」
「ごめんね、無理させた」
「ううん……俺も…ねだっちゃったし…」

 家に帰るなり玄関で七瀬の腰が立てなくなるほど口付けを交わしたあと、抱き上げて寝室へと向かい服を脱がすのももどかしいほど性急に事に及んで二時間。
 シーツも七瀬の身体も何もかも綺麗にしたあと、凌河はある物を手に疲れ切った彼へと声を掛けた。
 緩慢な動きで起きようとする背中を支えてクッションを差し込みこめかみに口付けると、七瀬は恥ずかしそうに首を竦める。

「気持ちいいって証拠でしょ? 嬉しいよ、俺は」
「は、はしたなくない?」
「むしろ可愛くて堪らないかな」
「そっか…良かった」

 好きな人に欲しがられてはしたないと引く奴はいないと思うのだが、何もかも凌河が初めての七瀬からすれば不安でならなかったのだろう。ホッと肩を撫で下ろす姿に微笑み髪を撫でると甘えるように抱き着いてきた。

「七瀬、これ」
「?」

 少しして、今日の一番の目的であるものの一つ、マグネットピアスが入った小ぶりな箱を七瀬の手の平へと乗せたのだが、受け取りはしつつも不思議そうに首を傾げる姿にふっと笑った凌河は耳元に唇を寄せ問い掛けた。

「七瀬は、ホワイトデーって知ってる?」
「ホワイトデー…は知ってる。あれ? もしかして今日なの?」
「そうだよ。だからこれは、俺からのお返し」
「そうだったんだ…ありがとう、凌河さん」
「あ、七瀬。まだあるよ」
「え?」

 七瀬の手でもすっぽりと収まるほど小さな箱を大事そうに包んでお礼を言われ慌ててもう一つを差し出すとキョトンと目を瞬く。
 今度は膝に乗せ、リボンを解いて被せるタイプの蓋を取り外せば思っていた以上の出来栄えとなったケーキが現れた。生クリームの甘い匂いが広がり部屋に満ちる。

「凄い…綺麗……」
「この花びらはチョコで出来てるんだよ」
「食べるの勿体ない…」
「七瀬ならそう言うと思ったけど、頑張って食べてあげてね」
「う、うん。でも、こんなに貰っていいの?」

 ピアスの入った箱とケーキを交互に見て眉尻を下げる七瀬の隣に腰を下ろした凌河は、不安定な場所にあるケーキだけ一度サイドテーブルに移動させ七瀬が持ったままの箱を抜き取り包装を剥いで蓋を開けた。
 現れたものをじっと見る七瀬の頬を撫でながら長めの後れ毛を耳にかけて、緩衝用スポンジから一つ抜いてマグネットの部分を分離させ、耳朶を挟むようにしてくっつけさせる。前から見れば完璧にピアスだ。
 スマホのカメラで撮影し、写真を七瀬に見せるとパッと顔が明るくなった。

「ピアス…凌河さんとお揃い」
「これなら耳に穴開けなくても着けられるから」
「嬉しい…」

 ピアスが着いた耳を人差し指で突つき喜びを噛み締める様子に贈って良かったと安堵する。反対にも着けて、耳の裏側をなぞると余韻でまだ敏感になっているのか七瀬が僅かに反応した。

「ホワイトデーは三倍返しが基本なんだよ」
「さ、三倍?」
「そう、貰った分の三倍。でも、七瀬が初めて作ってくれたチョコのお返しが三倍なんて安すぎるよね。全然足りてない」

 むしろ何百倍、何千倍でも届かない気がしてそれはもう悩んだ。だけど生きていけるだけの生活を送ってきた七瀬に、いきなり高いものやたくさんのものをあげても困るだけだろう。
 だから七瀬が好きなもの、欲しいものだけを選んだ。

「そんな事…充分過ぎるくらいなのに」
「来年は、七瀬の好きなもの全部言えるくらい知ってるはすだから、楽しみにしててね」
「凌河さん…」

 これから先の未来に何があったとしても七瀬を手放すつもりはないし、悲しませたり辛い思いをさせるつもりもない。楽しい事ばかりではないかもしれないけど、七瀬にはいつだって笑顔でいて欲しいと凌河は思う。
 柔らかな頬を両手で挟み額を合わせて目を閉じると七瀬の手が重ねられ軽く唇が触れ合った。

「俺も、凌河さんが好きなもの全部言えるくらい知りたいから、これからもたくさんお互いの事話そうね」
「うん、約束」
「ふふ、また約束が増えた」

 お互いの小指を絡ませ合い交わす約束もこれで何度目だろう。今までにした約束も新しいもの以外はほぼ果たしている。
 あの日屋上で誓い合った事は死が二人を分かつまで…いや、分かたれたとしても続くものだけど、小さくて他愛ない約束も七瀬となら交わしたいと心の底から思う。

「愛してるよ、七瀬。これから先もずっと、この気持ちだけは変わらないから」
「うん。俺も、ずっと凌河さんだけが大好き」
「ケーキ、食べる?」
「食べたい」
「フォーク持って来るね」
「ありがとう」

 触れるだけの口付けをし、ベッドから降りた凌河はキッチンへと向かう途中で壁に寄り掛かり口元を手で覆って息を吐いた。

「……幸せすぎる」

 七瀬が与えてくれる言葉も、温もりも、何もかもが凌河を満たしてくれる。七瀬と再会してからは幸せな事だらけだ。

「絶対七瀬を世界一の幸せ者にする」

 たくさんの事を諦めて来た七瀬だから、凌河に出来る事は何だってしてあげたい。あのケーキはきっと七瀬の笑顔を引き出してくれるだろう。
 容易に反応が想像出来て一人笑みを零した凌河は、フォークを手に愛しい恋人の待つ寝室へと戻るのだった。





FIN.
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