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小さな兎は銀の狼を手懐ける【完】
兎は狼に甘やかされる【バレンタインSS】
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今日はどうやらバレンタインらしい。
どうやらってのは、ここ一ヶ月ほど忙しくてバタバタしていたせいで、カレンダーやテレビを見る暇もなかったから。
そんでもってようやく仕事も一段落して家に帰ったオレを待っていたのは、エプロン姿の朔夜と手の込んだ料理と手作りのチョコだった。
「………………」
「上総?」
まさか朔夜がここまで出来るようになってたとは思わなかったし、何より去年まではしっかり覚えていたバレンタインを忘れた事がすごくショックで、オレはコートも脱がずにリビングに崩れ落ちた。
「?」
「……ごめん、オレ何も用意してない」
最悪だ。忙しくても気付ける時間はあったし、何かを用意する暇だってあったはず……たぶん。いや、たぶんじゃない、絶対あった。忙しいって甘えてたオレが悪い。
だけど朔夜は、項垂れ謝るオレの脇の下に手を入れて立たせると腰を曲げて抱き締めてくれた。
「だから準備した」
「え?」
「上総、毎日午前様だったし。今年は俺がする」
「……朔夜」
え、オレの彼氏最高過ぎない?
謎にオオカミスイッチ入ってエロくなるし、噛むし、痕付けてくるけど、やっぱりめちゃくちゃ優しい。
オレは感動して朔夜の背中に腕を回すと首筋に頬擦りした。
「ありがとな。すっごく嬉しい」
「ん」
「朔夜、大好きだ」
「俺も好き」
何だろな、朔夜って基本的にはこういう事するタイプじゃないんだよ。でもこれがオレ限定なんだってのは分かってるからよけい嬉しいって言うか……オレだけにデレるオオカミとか可愛くないか?
感極まって強めに抱き着いていると、後頭部を撫でられ耳元にキスされた。
「あんま煽んねぇでくんね?」
「煽ってるつもりはないんだけど?」
「……風呂」
「え、お風呂まで用意してくれてんのか?」
何をどうしたら煽ってる事になるんだと腕の力を緩めて見上げると、溜め息をついたあと腕を離して洗面所の方を指差す。まさかの言葉に驚けば当然だろみたいな顔された。
何て至れり尽くせりなんだ。
「ありがと。じゃあお言葉に甘えて入ってくるな」
「その間に並べとく」
「楽しみだなー」
匂い的にビーフシチューっぽい? ニンニクの匂いもしてたな。
先にリビングに荷物を置いて、寝室から着替えを取って洗面所に行く。服を脱いで浴室の扉を開けると湯気と一緒にいい匂いがして来た。
「うわ、入浴剤まで入ってる」
しかもオレの好きなゆずの香り。
今日の朔夜、バレンタインにしても甲斐甲斐し過ぎないか? そりゃ普段からもそうじゃないかと言われればそうなんだけど、今日のはいつも以上というか……オレはこのあと何を求められるんだろうか。
頭と体と顔を洗い、スッキリしたところで湯船に浸かる。温度も丁度いいし、ゆずの香りで疲れもリフレッシュされておじさんみたいな声が出てしまった。
朔夜は入ったのかな。
「……やば。寝落ちる前に上がろう」
気持ち良すぎて一瞬落ちてた。あんまり長湯しても朔夜が心配するしそろそろ上がろうと浴室から出ると、タイミング良いんだか悪いんだか朔夜が入って来て目を瞬く。慌ててタオルで前を隠したけど、見られてないよな?
いや、それこそ自分じゃ見れないとこまで朔夜には見られてるけど、明るい場所で見られるのは普通に恥ずかしい。
「ど、どうした?」
「少しおせーから、心配した」
「そうか? まぁちょっとゆずの匂いでリラックスし過ぎたかもだけど」
「逆上せてねぇ?」
「ないない」
近付いて来た朔夜はオレの頬を両手で挟んで確かめるように顔を覗き込み、言葉通り大丈夫だと分かるとほっとして額をくっ付けてきた。
おかしいな、オレの方が年上のはずなのに、朔夜の過保護が増してる気がする……あ、そっか。この間スマホ見ながら入ってうっかり逆上せたから。あれ以降スマホ持って入るの禁止にされたんだよな……まぁアレはオレが悪いし、仕方ないな、うん。
「上総、タオル」
「いやいや、いいよ、自分でする」
「何で」
「何でって……恥ずかしいから」
「上総の身体はいつも見てる」
「だから恥ずかしいんだって。いいから、リビングで待ってろ」
「…………」
タオルに手を掛ける朔夜の身体を押して距離を取ろうとした瞬間、オレの抵抗なんて何のそのみたいな圧倒的な力の差で剥ぎ取られた。蛍光灯の光の下でオレの一糸纏わぬ姿が朔夜の眼前に晒される。
「おま、お前…っ」
「風邪引く」
「朔夜が出てってくれれば早かったんだけどな?」
こうなったらもう聞いてくれないのは分かっているから諦めるけど、優しい手付きで髪を拭かれ背中と前を拭かれ、だけど下に伸びた手は即座に止めた。途端に憮然とする朔夜からタオルを取り上げ背中を押す。
「下は自分でするから」
「手でも口でもしてんだから今更……」
「そ、そういう事を言うな…っ」
大体、何で平然と口に出せるんだコイツは。
風呂上がりのせいだけじゃない顔の熱さを感じながらどうにか朔夜を追い出し、俺は深い深い溜め息をついた。
「……ほんっともう、危ない…」
俺の身体はすっかり朔夜に塗り替えられてるから、あの長い指が少しでも身体に触れるとドキドキしてしまう。あの言葉だって思い出しそうになったし…あのままだったら確実に反応してた。
ヤバいヤバい、またいらん事を考えそうになってる。
頭を振って煩悩を吹き飛ばし、急いで拭いて急いで部屋着を身に着けた俺は夕飯の事だけ考えて洗面所の扉を開けた。
「うっま! これすっごく美味いよ、朔夜!」
「ん」
「ホント、腕上げたよな」
「上総には敵わねぇよ」
「そんな事ないって。俺はこんな凝ったの作れないし」
同棲を初めてからの朔夜は本当に目まぐるしくて、掃除や洗濯はもちろん、こうやって料理までしてくれるようになった。自分だって働いてるのに、俺の帰りが遅いと率先してやってくれるし、高校の時はあんなに面倒臭がりだったのにホントどうしたって感じだ。
でもやってくれるのは正直嬉しいし助かってる。だからオレも、出来る時はやるんだけど、たぶんもう朔夜の方が色んな意味で上だ。
ビーフシチューもガーリックトーストも、トマト抜きのシャキシャキサラダもオレの好きな唐揚げも、全部美味しい。おかげで普段はあまり飲まないお酒が進む進む。
「上総、あんまり飲みすぎるなよ」
「だーいじょうぶだってー。明日は休みなんだしー」
「……水も飲め」
「はーい」
大好きな人が家で美味しいもの作って待っててくれて、こうして頭を撫でてくれる。何て幸せなんだろうか。
もう一本と酎ハイに手を伸ばしたところで膀胱が限界を訴えてきた。
「トイレ行ってくる」
「大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫……うわ!」
「上総!」
ヘラリと笑って手を振ったものの足がもつれてダイニングの椅子に置いてあった朔夜の鞄を落として中身をぶち撒けてしまった。
やっちゃった。思った以上に酔ってるっぽいな、俺。
「ごめん朔夜…………ん?」
「いや、俺も悪い。怪我してねぇ?」
「それは大丈夫だけど……」
散らばった手帳やら財布やらペンやらを拾っていると、鞄の外ポケットの中からチラリと顔を覗かせてるものが目に入った。気になったオレはピンク色のそれを引っ張り出して目を見瞠る。
どう見てもそれは、可愛らしくラッピングされたバレンタイン仕様のプレゼントだ。オレはスっと酔いが覚めるのを感じ朔夜を振り返る。
「朔夜、これはどういう事だ?」
「? 何それ」
「オレが聞きたいんだけど? 誰に貰ったんだよ」
「知らねぇ」
朔夜の鞄に入ってたんだから知らない訳あるか! そう言って詰め寄ろうとしたんだけど、先に決壊しそうな膀胱をどうにかしないとダメだ。
「先にトイレ行ってくるから、それまでに思い出しとけ」
「マジで知らねぇんだが…」
朔夜が嘘をつかないっていうのは知ってるけど、実際朔夜が仕事で使ってる鞄から出て来たからなぁ。
とりあえずトイレに行ってスッキリしたオレは、眉間に皺を寄せて考えている朔夜の隣に座り箱を差し出した。
「本当に見覚えもないのか? 誰かから渡されたとか、渡されそうになったとか。会社のデスクに置いてあったとか」
「いや…………あ、一個思い出した」
「何?」
「帰る途中に声かけて来た女いた」
「それで?」
「無視して帰って来たから知らねぇ」
「……つまり、こっそり入れられた? 何その子、忍者か何かか?」
朔夜の鞄、外ポケットにはチャックもボタンもついてないから入れ放題ではあるんだよな。朔夜は基本的に帰って来たら弁当だけ出してあとは放置だし、外ポケットが盛り上がってても気付かないから……これは知らないで正解なのかも。
「これ、手作りっぽいし、申し訳ないけど食べない方がいいな」
「上総以外とか無理」
「オレもさすがに知らない人のは無理かな」
疑いたくはないけど何が入ってるか分からないし、ホントくれた子には悪いけど破棄させて頂きます。
すっかりふわふわしていた気持ちがなくなったオレは、それを手に立ち上がるとキッチンに行ってゴミ箱に捨てて手を合わせた。
「ごめんなさい」
「勝手に入れた奴が悪いだろ」
「そうだけど、朔夜を思って作ったんだろうから……」
人様が作った物を開けもせず捨てる事の心苦しさよ。朔夜はゲイだし、オレ以外に興味がないのは嬉しいんだけど、今後は気を付けて貰わないとな。
リビングに戻り、何となく胡座を掻く朔夜の膝に座るとすぐに抱き締めてくれる腕が心地良い。腹に回る左手を取り指輪が嵌った薬指をじっと見てると右手で顎が撫でられた。
「上総」
「何……んっ」
指先が顎のラインをなぞるように動き擽ったさで首を竦めてると、低い声に呼ばれて顔を上げればすぐに唇が塞がれた。
「…腹、いっぱいになった?」
「まぁ、そこそこには」
「じゃあ次は俺の番」
「?」
「食わせて」
何がきっかけだったのか、見事にオオカミスイッチを押したらしいオレは素直な朔夜に苦笑し両腕を首に回して引き寄せると、薄い唇に触れるだけのキスをしてから頷いた。
これだけ頑張ってくれたんだから、今日は朔夜の好きにさせてやりたい。
「いいよ。好きなだけ食べて」
「ん」
「でもこっちは勿体ないから、先に片付けような」
「…………分かった」
ものすごく不満そうな間があったけど、残ったものは明日も食べたいから立ち上がって一緒に片付けを始める。
ちなみにバレンタインのチョコは生クリームをたっぷり乗せて仕上げるガトーショコラだった。正直今すぐ食べたいくらい美味しそうだったけど、朔夜が待てないだろうからそれは明日のお楽しみに取っておく。
いつもいつも思うけど、こんなチビでガリな身体のどこにそんな興奮してくれるんだか。
「上総」
「ん、待っ…ベッドまで待てって…うわ、ここで脱がすな!」
「無理」
「あ、ちょ…っ」
そうだった、朔夜は欲望に忠実な奴だった。
結局リビングで一回イかされたオレは、背中が痛いからと情に訴えてどうにかベッドに連れて行って貰い、ほぼ朝とも言える時間まで朔夜に美味しく頂かれてしまいましたとさ。
起きた時、身体中がキスマと噛み跡だらけだったのはさすがに怒ったけど。
FIN.
どうやらってのは、ここ一ヶ月ほど忙しくてバタバタしていたせいで、カレンダーやテレビを見る暇もなかったから。
そんでもってようやく仕事も一段落して家に帰ったオレを待っていたのは、エプロン姿の朔夜と手の込んだ料理と手作りのチョコだった。
「………………」
「上総?」
まさか朔夜がここまで出来るようになってたとは思わなかったし、何より去年まではしっかり覚えていたバレンタインを忘れた事がすごくショックで、オレはコートも脱がずにリビングに崩れ落ちた。
「?」
「……ごめん、オレ何も用意してない」
最悪だ。忙しくても気付ける時間はあったし、何かを用意する暇だってあったはず……たぶん。いや、たぶんじゃない、絶対あった。忙しいって甘えてたオレが悪い。
だけど朔夜は、項垂れ謝るオレの脇の下に手を入れて立たせると腰を曲げて抱き締めてくれた。
「だから準備した」
「え?」
「上総、毎日午前様だったし。今年は俺がする」
「……朔夜」
え、オレの彼氏最高過ぎない?
謎にオオカミスイッチ入ってエロくなるし、噛むし、痕付けてくるけど、やっぱりめちゃくちゃ優しい。
オレは感動して朔夜の背中に腕を回すと首筋に頬擦りした。
「ありがとな。すっごく嬉しい」
「ん」
「朔夜、大好きだ」
「俺も好き」
何だろな、朔夜って基本的にはこういう事するタイプじゃないんだよ。でもこれがオレ限定なんだってのは分かってるからよけい嬉しいって言うか……オレだけにデレるオオカミとか可愛くないか?
感極まって強めに抱き着いていると、後頭部を撫でられ耳元にキスされた。
「あんま煽んねぇでくんね?」
「煽ってるつもりはないんだけど?」
「……風呂」
「え、お風呂まで用意してくれてんのか?」
何をどうしたら煽ってる事になるんだと腕の力を緩めて見上げると、溜め息をついたあと腕を離して洗面所の方を指差す。まさかの言葉に驚けば当然だろみたいな顔された。
何て至れり尽くせりなんだ。
「ありがと。じゃあお言葉に甘えて入ってくるな」
「その間に並べとく」
「楽しみだなー」
匂い的にビーフシチューっぽい? ニンニクの匂いもしてたな。
先にリビングに荷物を置いて、寝室から着替えを取って洗面所に行く。服を脱いで浴室の扉を開けると湯気と一緒にいい匂いがして来た。
「うわ、入浴剤まで入ってる」
しかもオレの好きなゆずの香り。
今日の朔夜、バレンタインにしても甲斐甲斐し過ぎないか? そりゃ普段からもそうじゃないかと言われればそうなんだけど、今日のはいつも以上というか……オレはこのあと何を求められるんだろうか。
頭と体と顔を洗い、スッキリしたところで湯船に浸かる。温度も丁度いいし、ゆずの香りで疲れもリフレッシュされておじさんみたいな声が出てしまった。
朔夜は入ったのかな。
「……やば。寝落ちる前に上がろう」
気持ち良すぎて一瞬落ちてた。あんまり長湯しても朔夜が心配するしそろそろ上がろうと浴室から出ると、タイミング良いんだか悪いんだか朔夜が入って来て目を瞬く。慌ててタオルで前を隠したけど、見られてないよな?
いや、それこそ自分じゃ見れないとこまで朔夜には見られてるけど、明るい場所で見られるのは普通に恥ずかしい。
「ど、どうした?」
「少しおせーから、心配した」
「そうか? まぁちょっとゆずの匂いでリラックスし過ぎたかもだけど」
「逆上せてねぇ?」
「ないない」
近付いて来た朔夜はオレの頬を両手で挟んで確かめるように顔を覗き込み、言葉通り大丈夫だと分かるとほっとして額をくっ付けてきた。
おかしいな、オレの方が年上のはずなのに、朔夜の過保護が増してる気がする……あ、そっか。この間スマホ見ながら入ってうっかり逆上せたから。あれ以降スマホ持って入るの禁止にされたんだよな……まぁアレはオレが悪いし、仕方ないな、うん。
「上総、タオル」
「いやいや、いいよ、自分でする」
「何で」
「何でって……恥ずかしいから」
「上総の身体はいつも見てる」
「だから恥ずかしいんだって。いいから、リビングで待ってろ」
「…………」
タオルに手を掛ける朔夜の身体を押して距離を取ろうとした瞬間、オレの抵抗なんて何のそのみたいな圧倒的な力の差で剥ぎ取られた。蛍光灯の光の下でオレの一糸纏わぬ姿が朔夜の眼前に晒される。
「おま、お前…っ」
「風邪引く」
「朔夜が出てってくれれば早かったんだけどな?」
こうなったらもう聞いてくれないのは分かっているから諦めるけど、優しい手付きで髪を拭かれ背中と前を拭かれ、だけど下に伸びた手は即座に止めた。途端に憮然とする朔夜からタオルを取り上げ背中を押す。
「下は自分でするから」
「手でも口でもしてんだから今更……」
「そ、そういう事を言うな…っ」
大体、何で平然と口に出せるんだコイツは。
風呂上がりのせいだけじゃない顔の熱さを感じながらどうにか朔夜を追い出し、俺は深い深い溜め息をついた。
「……ほんっともう、危ない…」
俺の身体はすっかり朔夜に塗り替えられてるから、あの長い指が少しでも身体に触れるとドキドキしてしまう。あの言葉だって思い出しそうになったし…あのままだったら確実に反応してた。
ヤバいヤバい、またいらん事を考えそうになってる。
頭を振って煩悩を吹き飛ばし、急いで拭いて急いで部屋着を身に着けた俺は夕飯の事だけ考えて洗面所の扉を開けた。
「うっま! これすっごく美味いよ、朔夜!」
「ん」
「ホント、腕上げたよな」
「上総には敵わねぇよ」
「そんな事ないって。俺はこんな凝ったの作れないし」
同棲を初めてからの朔夜は本当に目まぐるしくて、掃除や洗濯はもちろん、こうやって料理までしてくれるようになった。自分だって働いてるのに、俺の帰りが遅いと率先してやってくれるし、高校の時はあんなに面倒臭がりだったのにホントどうしたって感じだ。
でもやってくれるのは正直嬉しいし助かってる。だからオレも、出来る時はやるんだけど、たぶんもう朔夜の方が色んな意味で上だ。
ビーフシチューもガーリックトーストも、トマト抜きのシャキシャキサラダもオレの好きな唐揚げも、全部美味しい。おかげで普段はあまり飲まないお酒が進む進む。
「上総、あんまり飲みすぎるなよ」
「だーいじょうぶだってー。明日は休みなんだしー」
「……水も飲め」
「はーい」
大好きな人が家で美味しいもの作って待っててくれて、こうして頭を撫でてくれる。何て幸せなんだろうか。
もう一本と酎ハイに手を伸ばしたところで膀胱が限界を訴えてきた。
「トイレ行ってくる」
「大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫……うわ!」
「上総!」
ヘラリと笑って手を振ったものの足がもつれてダイニングの椅子に置いてあった朔夜の鞄を落として中身をぶち撒けてしまった。
やっちゃった。思った以上に酔ってるっぽいな、俺。
「ごめん朔夜…………ん?」
「いや、俺も悪い。怪我してねぇ?」
「それは大丈夫だけど……」
散らばった手帳やら財布やらペンやらを拾っていると、鞄の外ポケットの中からチラリと顔を覗かせてるものが目に入った。気になったオレはピンク色のそれを引っ張り出して目を見瞠る。
どう見てもそれは、可愛らしくラッピングされたバレンタイン仕様のプレゼントだ。オレはスっと酔いが覚めるのを感じ朔夜を振り返る。
「朔夜、これはどういう事だ?」
「? 何それ」
「オレが聞きたいんだけど? 誰に貰ったんだよ」
「知らねぇ」
朔夜の鞄に入ってたんだから知らない訳あるか! そう言って詰め寄ろうとしたんだけど、先に決壊しそうな膀胱をどうにかしないとダメだ。
「先にトイレ行ってくるから、それまでに思い出しとけ」
「マジで知らねぇんだが…」
朔夜が嘘をつかないっていうのは知ってるけど、実際朔夜が仕事で使ってる鞄から出て来たからなぁ。
とりあえずトイレに行ってスッキリしたオレは、眉間に皺を寄せて考えている朔夜の隣に座り箱を差し出した。
「本当に見覚えもないのか? 誰かから渡されたとか、渡されそうになったとか。会社のデスクに置いてあったとか」
「いや…………あ、一個思い出した」
「何?」
「帰る途中に声かけて来た女いた」
「それで?」
「無視して帰って来たから知らねぇ」
「……つまり、こっそり入れられた? 何その子、忍者か何かか?」
朔夜の鞄、外ポケットにはチャックもボタンもついてないから入れ放題ではあるんだよな。朔夜は基本的に帰って来たら弁当だけ出してあとは放置だし、外ポケットが盛り上がってても気付かないから……これは知らないで正解なのかも。
「これ、手作りっぽいし、申し訳ないけど食べない方がいいな」
「上総以外とか無理」
「オレもさすがに知らない人のは無理かな」
疑いたくはないけど何が入ってるか分からないし、ホントくれた子には悪いけど破棄させて頂きます。
すっかりふわふわしていた気持ちがなくなったオレは、それを手に立ち上がるとキッチンに行ってゴミ箱に捨てて手を合わせた。
「ごめんなさい」
「勝手に入れた奴が悪いだろ」
「そうだけど、朔夜を思って作ったんだろうから……」
人様が作った物を開けもせず捨てる事の心苦しさよ。朔夜はゲイだし、オレ以外に興味がないのは嬉しいんだけど、今後は気を付けて貰わないとな。
リビングに戻り、何となく胡座を掻く朔夜の膝に座るとすぐに抱き締めてくれる腕が心地良い。腹に回る左手を取り指輪が嵌った薬指をじっと見てると右手で顎が撫でられた。
「上総」
「何……んっ」
指先が顎のラインをなぞるように動き擽ったさで首を竦めてると、低い声に呼ばれて顔を上げればすぐに唇が塞がれた。
「…腹、いっぱいになった?」
「まぁ、そこそこには」
「じゃあ次は俺の番」
「?」
「食わせて」
何がきっかけだったのか、見事にオオカミスイッチを押したらしいオレは素直な朔夜に苦笑し両腕を首に回して引き寄せると、薄い唇に触れるだけのキスをしてから頷いた。
これだけ頑張ってくれたんだから、今日は朔夜の好きにさせてやりたい。
「いいよ。好きなだけ食べて」
「ん」
「でもこっちは勿体ないから、先に片付けような」
「…………分かった」
ものすごく不満そうな間があったけど、残ったものは明日も食べたいから立ち上がって一緒に片付けを始める。
ちなみにバレンタインのチョコは生クリームをたっぷり乗せて仕上げるガトーショコラだった。正直今すぐ食べたいくらい美味しそうだったけど、朔夜が待てないだろうからそれは明日のお楽しみに取っておく。
いつもいつも思うけど、こんなチビでガリな身体のどこにそんな興奮してくれるんだか。
「上総」
「ん、待っ…ベッドまで待てって…うわ、ここで脱がすな!」
「無理」
「あ、ちょ…っ」
そうだった、朔夜は欲望に忠実な奴だった。
結局リビングで一回イかされたオレは、背中が痛いからと情に訴えてどうにかベッドに連れて行って貰い、ほぼ朝とも言える時間まで朔夜に美味しく頂かれてしまいましたとさ。
起きた時、身体中がキスマと噛み跡だらけだったのはさすがに怒ったけど。
FIN.
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