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ミヅハ

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焦がれし星と忘れじの月【完】

贈り物には意味がある【バレンタインSS】

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※結婚式前のお話です


 二月の一大イベントであるバレンタインは、詩月にとっては緊張と不安で胸がいっぱいになる日だ。
 甘い物が嫌いな龍惺のために、去年はミートパイを作ってチョコの代わりにタイピンをあげた。ホワイトデーには有名洋菓子店のフルーツタルトと、一つだけ小さなダイヤモンドがついたブレスレットをお返しされて、それは今も右手首に着いている。
 何だか耳以外の装飾品は全部貰った気がして、全身がキラキラしているようで嬉しい。今着ている服も合わさって、まるで自分の全部が龍惺で出来ているような、そんな感じ。

(何か、変態くさい……? )

 龍惺が聞けば喜んではくれそうだが、下手に口にするとさらに着飾られそうだから今思った事は内緒にしておかなければいけない。
 買いたがりの恋人の顔を思い浮かべて苦笑し、お菓子のレシピがたくさん載った雑誌をもう一度開いた。特集が組まれているだけあって種類は豊富だが、やはりどれも甘い物がメインで龍惺には不向きだ。
 パラパラと捲りながらどうしようかと思っていたら、次のページにあった記事に目を瞬く。

「男が女性にプレゼントを贈る時の心理……」

 バレンタインは何も女性だけのイベントではない。自分たちのように同性同士であげる人たちもいるし、彼氏が彼女にあげる場合もある。つまりこのページは、彼氏が彼女にあげるその時の気持ちを記事にしているのだ。
 チョコで凝った演出が出来ないため別のもので頑張るしかないのだが、これなら龍惺も喜んでくれるのではないかという項目を見付けた。

「…………」

 実行するには勇気がいるが、それでもこれは龍惺が確実に喜ぶ数少ない事だ。せっかくのバレンタインなのだから、たまには大胆になったっていいだろう。

「……よし、これにしよう」

 覚悟を決めて雑誌を閉じた詩月はラックへと片付け、まずは買い物だとソファから立ち上がると、防寒対策をしてからショルダーバッグを下げて家を出る。冷気が頬を撫で思わず首を竦めたが、まずは繁華街に行こうと決めてエレベーターに乗り込んだ。


 欲しい物も買えて、夕飯の買い物をしているとスマホが震えている事に気付いた。誰からだろうと確認すると、まだ仕事中のはずの龍惺で不思議に思いつつも通話ボタンを押して耳に当てる。

「もしもし?」
『詩月? 今どこに……買い物か?』
「うん。……あれ、もしかしてお家にいるの?」
『瀬尾に帰された。迎えに行こうか?』
「ううん、それは大丈夫なんだけど……どうして帰されたの?」
『あー……いや、気にするな。帰り気を付けてな』
「ちょっと待っ……切れちゃった」

 おかしい。いつもなら絶対迎えに行くって言うはずなのに、今日はやけに素直に引き下がったし電話の切り方も変だった。
 何かを隠している。そう確信した詩月は瀬尾へと電話をかけてみる事にした。もたもたと番号を探し出し、発信ボタンを押す。数コールで低めの柔らかい声が応えた。

『もしもし、どうしました?』
「あ、瀬尾さん? お仕事中にごめんね。龍惺の事なんだけど……」
『また何かしでかしましたか?』
「う、ううん、そうじゃないの。えっと、今お家にいるみたいなんだけど、瀬尾さんに帰されたって言うからどうしてかなって」

 隠し事をされていると思ってはいるが、その内容が詩月を傷付けるものではないと分かっている。だから至って普通に問い掛けたのだが、瀬尾は平坦な声で事もなげに返してきた。

『ストーカー対策です。ここ最近、龍惺さん目当てで用もなく電話をかけてくるお嬢さんがいるんですよ』
「す、ストーカー?」
『取引先のご息女なのですが、ご自分に自信がおありなのか龍惺さんをオトせると思っているんですよね……厚顔無恥も極めるといっそ清々しいですね』

 表情は分からないし声にも抑揚はないが、これは相当怒っているなと詩月は思った。何だかんだ厳しい事を言いつつも、瀬尾は龍惺を尊敬している。
 邪魔にしかなり得ない存在はただ目障りでしかないのだ。

『という訳で、〝後ほどお伺いしますね〟と猫撫で声での電話があったのでとりあえずご帰宅頂きました。取り次ぐつもりはありませんが念の為に。少しばかり大きな会社なので、この件に関しては会長から直々にお話して頂こうと思っております』
「た、大変なんだね……」
『無駄に外面を良くするからこういう事になるんですよ。もう少ししたら解決すると思いますので、詩月さんはあまりお気になさらないで下さいね』
「うん、ありがとう。瀬尾さんも、無理はしないでね」
『ありがとうございます』

 少しばかり柔らかくなった声が暇の挨拶を告げ通話が終了する。
 それにしてもストーカーとは穏やかではない。航星が直接出るという事はそれなりに大事なのに、相手の親は何をしているのやら。

「最近お疲れ気味だったのはこのせいか……」

 ならば明日のバレンタインは尚更頑張らないといけない。改めてそう決意し、早めに買い物を済ませて龍惺が待つ家へと急ぐのだった。




 翌日、「行きたくねー」と嘆く龍惺を宥めて見送ったあと、一通りの家事を終わらせて今はソファで休憩を取っていた。
 ストーカーの件は昨日教えてくれたが、おおよそ瀬尾が話していた内容と同じで近日中には落ち着くらしい。大手とはいえ玖珂を敵に回したくはないだろうと言ってはいたが、もし本気で龍惺の事が好きなら諦めないのではと思ったがそれは言わないでおいた。
 心底嫌そうだったし、やっと解決すると思っている彼を谷底に突き落とすような事は出来ない。

「さて、夕飯の準備でもしますか」

 まだ時間的には早いが、煮込み料理だから問題はないだろう。今日が何の日か知ってか知らずか、龍惺からは肉じゃがをリクエストされたため、バレンタインらしくはないがメインはそれになった。
 あとはいくつかの副菜と汁物でいつもと変わり映えのない夕飯となる。
 逆にいつも通り過ぎて、今日って何の日だったっけと思ってしまったくらいだ。
 龍惺と再会してからは毎日のように料理をしているおかげかずいぶん手際も良くなりあっという間に調理が終わってしまった。
 チラリと時計を見るが、龍惺が帰ってくるまではまだまだ時間がある。DVDが並ぶ棚に行き数少ない恋愛映画から一本選んでプレイヤーに入れると、予告の間にカフェオレを淹れてソファに腰を下ろした。
 ただ夜の事を考え過ぎて、内容はまったく入って来なかったのだけど。



 いつもと同じくらいの時間に帰宅した龍惺は、リビングに入るなり詩月を抱き締めて来た。耳元で吐かれた溜め息に疲れの色が見えて眉尻を下げる。
 背中を摩っているとポツリと話し出した。

「ストーカーの件、どうにか片付いた」
「あれ? 早かったね」
「どんな用件の来訪でも取り次がねぇようにしてたら、今日無理やり中まで入ったらしくてな。社長室までは鍵がねぇと上がれねぇから、それが分かって大暴れ。無事連行されてった」
「わぁ……お疲れ様」
「マジで疲れた。癒して」
「よしよし」

 首筋に頬ずりして来る龍惺の頭を撫でて苦笑いを零す。
 ストーカー擬きには遭った事はあるが、そこまでひどい事はされていないし、結局龍惺がどうにかしてくれた身としてはこんな事しか出来ないのが心苦しい。こうする事で癒されるなら存分に甘えて欲しいと思った。

「……ん、落ち着いた。風呂入ってくる」
「うん。夕飯の準備しておくね」
「ああ」

 離れる際、軽く口付けられ目を瞬くも、気怠げに浴室へと歩いて行く背中を見て思わず笑みを零した詩月は夕飯の仕上げに取り掛かったのだった。



 夕食後、さっそくチョコ代わりのプレゼントを隠し場所から持って来た詩月は、一つ深呼吸をしてソファで寛いでいる龍惺へと差し出す。去年もそうだが、贈り物をする時はどうしてこんなにも緊張するのだろうか。

「ハッピーバレンタイン」
「お、サンキュー。今年は何?」
「開けてみて?」

 実物を見る前に言ってしまっては面白くない。そう思い敢えて言わずに促すと龍惺は小さく笑ってリボンを解き袋の口を開ける。それから中身を引っ張り出して広げ目を見瞠った。

「服のプレゼントは初めてじゃねぇ? しかもすげぇ黒いな」
「たまには真っ黒もいいかなって。ね、着てみて」
「はいはい」

 微笑んで詩月の頭を撫でてから立ち上がった龍惺はプレゼント一式を持って一度寝室へと消えて行く。しばらくして出てきた彼の姿を見た瞬間、詩月は声にならない声を上げた。

「……!」
(か、か、カッコイイ……! )

 バレンタインという事もあり、ハイネックにジャケット、パンツまで茶色……ではなく黒一色にしてみたのだが、龍惺のスタイルの良さが際立ってあまりの格好良さに思わず両手で口を覆うくらい感動してしまった。
 これは絶対に外では着させられない。

(どうしよう……ドキドキする)

 今からあの雑誌にあった事を実行しようと思っているのにドキドキと緊張で手が震えてしまう。だけどそれ・・をやってこそのバレンタインなのだからと心の中で気合いを入れ、龍惺へと手を伸ばした。

「龍惺……」
「ん? ……詩月?」

 ジャケットの襟元を広げて肩から落とし、ハイネックの裾から手を入れ硬い腹に触れると龍惺がピクリと反応する。シャープなラインを描く顎に口付けそのまま耳の裏まで滑らせると大きな手が腰に触れて来た。

「誘ってんの?」
「…ん、乗ってくれる?」
「……いいよ。ベッド行くか」

 胸元までたくし上げ厚い胸板に触れながら視線だけで見れば、龍惺の瞳が欲を孕んでいて嬉しくなった。
 唇が重なりそのまま抱き上げられ、戯れるように触れるだけのキスをしながら寝室まで行くとベッドに下ろされる。その上に龍惺が被さってスプリングが軋んだ。

「お前から誘ってくれたんだから、手加減はいらねぇよな?」

 意地悪スイッチまで入ってしまった龍惺に戸惑いつつも、バレンタインだしいいかと納得した詩月は、微笑みながら龍惺へと腕を伸ばした。




 どれほどの時間が経ったのか、龍惺も詩月も情事後の余韻に浸りベッドの上でまったりと過ごしていた。
 散々動いていたのに元気な龍惺が思い出したかのように口を開く。

「にしても、せっかく着たのに脱がせられるとは思わなかったな」
「……雑誌にね、男が服を贈る時って、それを脱がせたいからだってあったから…ちょっと頑張りました」

 おかげで腰と関節が痛くて起き上がれないけど、あの時の龍惺の顔が嬉しそうだったから満足だ。
 鼻まで布団を上げてチラリと見れば、肘枕をしている龍惺がクスリと笑って額を突つく。

「茹で蛸かってくらい真っ赤だったもんな。すげぇ可愛かったし癒された」
「……龍惺もそうなの?」
「俺の場合は純粋に詩月に似合いそうだから、だな。でもこれからはそう思って買うのもいいかもな」
「もう服はお腹いっぱいです」

 何度このやり取りをするつもりなのか。首を振って言外に拒否したあと寝返りを打って背中を向けると、骨張った指が剥き出しになった肩の曲線をなぞってきた。
 ゾワゾワと肌が粟立ち身体を震わせればその指が今度は肩甲骨に移動する。

「擽ったい」
「それだけじゃねぇだろ?」
「……っ…」

 骨の出っ張りをなぞりそのまま下に向かって行く指先の意図する事を知り慌てて押さえる。だが背中に温もりが触れたと思った瞬間、何も身に着けていない臀部に硬いものが当たりギョッとした。

「な、何で大きく…っ…あれだけしたのに……」
「お前の反応が可愛くて勃った」
「どこが……あ、ダメ…っ」
「ほら、全力で抵抗しねぇと挿入るぞ」

 尻たぶが開かれ先端が窄まりに軽く埋め込まれる。さっきまでしていたためまだ柔らかく、龍惺が少しでも力を込めれば難なく収まっていきそうだ。
 押さえた手を握り顔だけ振り返ると、ニヤニヤと笑う端正な顔と目が合い眉を顰めた。

「……どうする?」
「ん…っ」

 少しだけ進み、また抜かれる。そんな事を繰り返されれば奥が疼くのも仕方なくて、詩月は真っ赤な顔で目に涙を浮かべて恨めしげに龍惺を見て小さく返した。

「意地悪……」



 来年はどんな事をしようか。誰かのために考える時間がこんなにも幸せなんて、龍惺と出会うまでは知らなかった。
 大人になって知ってる事や出来る事が増えて、それが龍惺のために使える事がものすごく嬉しい。
 自分を組み敷く彼の頬へと手を伸ばして触れ、詩月は微笑んだ。

「龍惺…大好き……」

 これから先も、龍惺のために出来る事を探していきたい。
 そう心に決めた詩月はまず目の前の唇に口付ける事にしたのだった。





FIN.
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