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焦がれし星と忘れじの月【完】
星月夜【クリスマスSS】
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今日はクリスマスだ。
去年とは違い、恋人として龍惺と過ごす大切な日。
バイトが終わったあと、詩月は一度龍惺と暮らす家に戻り、諸々の準備をしてから家を出た。
去年と同じ、大きなクリスマスツリーがある場所で待ち合わせているのだが、今年は学習して龍惺が来るまではどこかのお店に入って待とうと思っている。例えばあそこの、ガラス張りのカウンター席がツリーの方を向いているコーヒーショップ…………あれ?
カウンター席を見た詩月は目が点になった。
目を伏せてスマホを弄っているスーツ姿の男性が、詩月から見て右端に座っているのだがその人には見覚えがある。というか見覚えしかなくて、詩月は慌ててコーヒーショップに向かった。
時間的にはまだ仕事中のはずなのに、いつからそこにいたんだろう。
詩月は「いらっしゃいませ」と愛想良く言ってくれる店員に軽く頭を下げて店内に入ると、よく知るその広い背中に飛び付いた。
「龍惺!」
「詩月? あれ、お前いつの間に……」
「こっちのセリフだよ。まだお仕事中じゃなかったの?」
「瀬尾からの特別ボーナス」
「連絡くれれば良かったのに」
「サプライズだよ。ああほら、お前は冷えてんじゃねぇか」
首に回していた腕が外され振り向いた龍惺の手が頬に触れる。その手が暖かくて思わず微笑むと周りから視線を感じてハッとした。
そうだった、ここはコーヒーショップの店内で店員と客がいるんだった。
慌てて龍惺の手を外してへらりと笑うと、今度は腰を抱き寄せられてギョッとする。
「りゅ、龍惺……っ」
「見せ付けてやりゃいい。何たって今日はクリスマスだからな」
「そういう問題じゃ……」
「お前はいつまで経っても恥ずかしがり屋だな。ベッドの上じゃあんなに大胆になんのに」
「……っ、な、何言って……!」
何だか今日の龍惺はいつもよりも意地悪だ。
耳元で低く囁かれた言葉に真っ赤になっていると、ふっと笑った龍惺が腰を抱いていた手をポンっと頭に乗せ立ち上がった。
揶揄われた、と少しだけ怒ったように見上げればコートを羽織った龍惺に手を取られて出入口に連れて行かれる。店を出た瞬間に吹き付けた冷たい風に堪らず首を竦めた。
「さ、寒い……」
「さすがに夜は冷え込むな」
「風が冷たすぎてほっぺた痛い」
「さっさと車行くか。ほら」
マフラーを鼻先まで上げて身を縮こめて震えていると、龍惺がコートのポケットから何かを取り出し渡してくれる。何の気なしに受け取ってパッと顔を輝かせた。
「カイロだ」
「社員に貰った」
「嬉し~」
しかもすでに温めてある。この寒さの中でも負けない温かさにホッとして頬に当てていると、動こうとしない詩月に苦笑した龍惺が今度は肩を抱いて歩き出した。
本来の待ち合わせ場所だったツリーの横を通り過ぎようと来た時、不意に足を止めた龍惺が周りに視線をやったかと思うと、不思議そうな顔をしている詩月に口付けてきた。
「んっ」
驚いて小さく声を上げたが、目を開けたままの龍惺と視線が合い慌てて閉じる。何度か啄んでから離れゆっくり瞼を上げると意地悪く微笑んでる龍惺が眼前にいてビクッとした。
何だか本当に今日はいつも以上に外でのスキンシップが多い気がする。
詩月としてはそういった場面を見られる事が恥ずかしいのに、まるで本当に周りに見せ付けるような行動に顔が赤らむ。何で今日に限って……と心の中で零した時ふと気付いた。
「龍惺……もしかして、ウキウキしてる?」
「ウキウキ……まぁ、ちょっとは浮かれてる」
「やっぱり」
「そりゃ、お前とちゃんとした恋人になってから初めてのクリスマスだし……浮かれるだろ」
浮かれるとスキンシップ過多になるのか、この人は。
照れ臭そうに吐き捨てる姿が何だか可愛くて、小さく笑った詩月は肩に回された手を離し代わりに抱き着くようにして腕を絡める。
「僕もウキウキしてる」
「そうか」
「龍惺と付き合ってから、ずっとウキウキしてるんだよ」
「?」
絡めた先で手を握り、龍惺の肩に頭を寄り掛からせる。
「こんなにカッコよくて、優しくて、暖かくて、素敵な人が僕の恋人なんてって、ずーっと浮かれてる」
「……」
「大好きだよ、龍惺」
自分なりにウキウキ具合を表したつもりだったのに、なぜか溜め息をつかれてしまった。なんで、と顔を上げようとした瞬間抱き上げられ目を瞬く。
「龍惺……」
「あんま可愛い事言ってっと、デートやめて家に帰るぞ」
「え、どうして?」
「お前が煽ってくるから」
煽ったつもりはないのに、どこでどうそう思ったのか詩月にはサッパリ分からない。詩月は自分の言動の何が龍惺をそんな気にさせるのかが今だに分かっていないのだ。
さっきの言葉のどこに可愛い要素があったのかも理解出来ていない。
「予約時間迫ってっし、店行くぞ」
「……どこ?」
「行きたがってた肉バル」
「え、雑誌に載ってたところ?」
「ああ」
「嬉しい! 龍惺ありがとう!」
抱き上げたまま車に向かうらしく歩き出した龍惺には眉尻を下げる。ただでさえ長身美形で目立つ彼がそんな行動を取れば注目も浴びる訳で、詩月はなるべく周りを気にしないようにして行き先を問い掛けた。
だが返ってきた答えに一瞬にしてテンションが上がり、見られている事も忘れて首に抱き着くと龍惺が小さく笑った気配がする。
本当に些細な事を覚えてくれてる人だ。
嬉しくなった詩月は車に着くまでの間ずっと龍惺の髪に頬擦りしていた。
ちなみに、今年のクリスマスプレゼントは万年筆にした。
半月ほど前、テレビを見ていた龍惺がポツリと「へぇ、万年筆……いいな」と零していたのを聞いていたから、翌日すぐに買いに行って今はショルダーバッグの中に入っている。あとは渡すタイミングだけだった。
初めての肉バルは雑誌に掲載された店だけあって頼むもの全てが美味しくていつもより食べられた気がする。
満たされたお腹を撫でながら店を出て再び車に乗り込み、もう帰るのかなと思っていると家とは反対方向にハンドルが切られ首を傾げた。
「どこに行くの?」
「内緒」
またもサプライズかとそれ以上は聞かずに大人しく窓の外を流れる景色を見ていると、次第に人の姿も街の明かりもなくなっていき、緩やかな坂を登った先にあった広い駐車場に龍惺は車を停めた。
外灯さえもほとんどない場所に不安になっていると、後部座席からブランケットを取った龍惺がそれを渡してくる。
「肩に掛けてろ」
「う、うん。出るの?」
「あそこまで行く」
そう言って指を差すがそこに何があるのか残念ながら詩月の目には見えない。それでも車から降りて暗い中立っていると目も慣れてくるもので、よくやくここが街外れにある展望台だと知った。
持ったままだったブランケットが肩に掛けられ手を引かれる。
手摺りがある場所まで行くと眼下に街明かりが広がっていた。
「ここは光がほとんどねぇから、星がよく見えんだよ」
「……ほんとだ。綺麗だね」
「俺にはそういう情緒的なもんは分かんねぇけど、お前がそういうなら綺麗なんだろうな」
冬は空気が乾燥しているから星の瞬きが良く見えるとは言うが、街中は眩しくて忙しくて空を見上げる余裕なんかない。
龍惺の名前にもあるのに、こんな風にじっくりと星を眺めるのはずいぶん久し振りな気がする。
「ほら、月もあんぞ」
「……ふふ」
「何だよ」
「僕たちみたいだなって」
詩月にとって〝星〟と〝月〟は切っても切り離せないかけがえのないものだ。同じように龍惺も大切に思ってくれていると今の言葉で確信出来た。
少しだけ空いている隙間を埋めるように身を寄せると、詩月は空を見上げたまま微笑む。
「星と月ってずっと一緒にいるよね。たまに雲のせいで隠れたりするけど、その向こうにはちゃんといて寄り添い合ってる。……僕たちも同じように、ずっと一緒にいようね。もう隠れたりしないから、ずっと傍にいてね、龍惺」
「俺がお前から離れる事なんざ絶対ねぇけど、例え隠れたとしてもまた見付けてやる。それに、この俺がプロポーズまでしたんだ、嫌だっつっても離してやんねぇから、覚悟しとけよ」
左手が掬われ指輪に口付けられる。龍惺と生きていく上で覚悟する事はたくさんあったのに、彼はいつの間にか詩月が背負わなくていいように全部クリアしてくれていた。
詩月がしなくてはいけない事だったのに、気付かない内にいつも先回りして詩月が歩く道を綺麗にしてくれる。
この人とならいつまでも幸せでいられる、そう思わせてくれる龍惺には感謝しかなかった。
「あのね、僕ね、決めた事があるんだ。もし龍惺が浮気したら、その時は逃げるんじゃなくて殴ろうって」
「いや、二度としねぇけど」
「龍惺はモテるから。ほら、睡眠薬盛られたりするかもだし」
「ドラマの見過ぎだし、それも浮気にカウントするのかよ」
「僕以外の人に触らせた時点でアウトです」
「何それ。すげぇ嬉しい事言ってくれんじゃん」
何があったとしても二度と逃げたりしない。だから代わりに出来る事を思い付いたのに、龍惺はどこか嬉しそうだし詩月の独占欲には殊更喜んでくれている。
「龍惺、ちょっと屈んで」
「ん?」
軽く腰を曲げ顔を近付けてくれた龍惺の首に右腕を回して口付けてからはにかみ、もう一度触れ合わせて彼の唇を舐めるとピクリと震えた。
「家に帰ろう? 僕、今すっごく龍惺と触れ合いたい」
「……家まで我慢出来ねぇっつったら?」
「ホテル行く?」
「…………家まで我慢する」
きっと龍惺の頭の中で色んな考えが一気に駆け巡ったのだろう。それでも家までと言ってくれたのは、きっと動けなくなる詩月のためだ。
詩月は龍惺の手を取ると少しだけ早足になり、苦笑する彼を引っ張りながら車に向かった。
次の日、気を失うまで抱かれた詩月は昨夜渡すはずだったクリスマスプレゼントを仕事に行く前の龍惺に差し出す羽目になってしまった。
「万年筆」
「龍惺、欲しそうにしてたから」
「え、あれ聞こえてたのか?」
「うん」
「マジか……すげぇ嬉しい。ありがとな、詩月」
「どういたしまして」
「俺からのプレゼントは枕元に置いてあるからな」
「気付かなかった」
「寝惚けてたし。じゃあ行って来るな。まだ身体怠いんだろ? ゆっくり休んでろ」
「うん、もう一回寝る」
さすがにまだ腰の痛みもあるし身体が重くて家事は出来そうにない。
詩月は出社する龍惺に行ってらっしゃいのキスをして見送り、閉じそうな瞼を擦りながら再び寝室へと戻ると、確かに枕元にクリスマスカラーの包装袋が置いてあった。
リボンを解いて中身を取り出し目を瞬く。
「ショルダーバッグ」
いつも使っているものよりは少しだけ小さいけれど、帆布で出来た柔らかくシンプルなバッグは使い勝手も良さそうだ。
詩月は龍惺に感謝と喜びのメッセージを送ってからショルダーバッグを抱き締めて寝転び、そのまま二度目の眠りについた。
FIN.
去年とは違い、恋人として龍惺と過ごす大切な日。
バイトが終わったあと、詩月は一度龍惺と暮らす家に戻り、諸々の準備をしてから家を出た。
去年と同じ、大きなクリスマスツリーがある場所で待ち合わせているのだが、今年は学習して龍惺が来るまではどこかのお店に入って待とうと思っている。例えばあそこの、ガラス張りのカウンター席がツリーの方を向いているコーヒーショップ…………あれ?
カウンター席を見た詩月は目が点になった。
目を伏せてスマホを弄っているスーツ姿の男性が、詩月から見て右端に座っているのだがその人には見覚えがある。というか見覚えしかなくて、詩月は慌ててコーヒーショップに向かった。
時間的にはまだ仕事中のはずなのに、いつからそこにいたんだろう。
詩月は「いらっしゃいませ」と愛想良く言ってくれる店員に軽く頭を下げて店内に入ると、よく知るその広い背中に飛び付いた。
「龍惺!」
「詩月? あれ、お前いつの間に……」
「こっちのセリフだよ。まだお仕事中じゃなかったの?」
「瀬尾からの特別ボーナス」
「連絡くれれば良かったのに」
「サプライズだよ。ああほら、お前は冷えてんじゃねぇか」
首に回していた腕が外され振り向いた龍惺の手が頬に触れる。その手が暖かくて思わず微笑むと周りから視線を感じてハッとした。
そうだった、ここはコーヒーショップの店内で店員と客がいるんだった。
慌てて龍惺の手を外してへらりと笑うと、今度は腰を抱き寄せられてギョッとする。
「りゅ、龍惺……っ」
「見せ付けてやりゃいい。何たって今日はクリスマスだからな」
「そういう問題じゃ……」
「お前はいつまで経っても恥ずかしがり屋だな。ベッドの上じゃあんなに大胆になんのに」
「……っ、な、何言って……!」
何だか今日の龍惺はいつもよりも意地悪だ。
耳元で低く囁かれた言葉に真っ赤になっていると、ふっと笑った龍惺が腰を抱いていた手をポンっと頭に乗せ立ち上がった。
揶揄われた、と少しだけ怒ったように見上げればコートを羽織った龍惺に手を取られて出入口に連れて行かれる。店を出た瞬間に吹き付けた冷たい風に堪らず首を竦めた。
「さ、寒い……」
「さすがに夜は冷え込むな」
「風が冷たすぎてほっぺた痛い」
「さっさと車行くか。ほら」
マフラーを鼻先まで上げて身を縮こめて震えていると、龍惺がコートのポケットから何かを取り出し渡してくれる。何の気なしに受け取ってパッと顔を輝かせた。
「カイロだ」
「社員に貰った」
「嬉し~」
しかもすでに温めてある。この寒さの中でも負けない温かさにホッとして頬に当てていると、動こうとしない詩月に苦笑した龍惺が今度は肩を抱いて歩き出した。
本来の待ち合わせ場所だったツリーの横を通り過ぎようと来た時、不意に足を止めた龍惺が周りに視線をやったかと思うと、不思議そうな顔をしている詩月に口付けてきた。
「んっ」
驚いて小さく声を上げたが、目を開けたままの龍惺と視線が合い慌てて閉じる。何度か啄んでから離れゆっくり瞼を上げると意地悪く微笑んでる龍惺が眼前にいてビクッとした。
何だか本当に今日はいつも以上に外でのスキンシップが多い気がする。
詩月としてはそういった場面を見られる事が恥ずかしいのに、まるで本当に周りに見せ付けるような行動に顔が赤らむ。何で今日に限って……と心の中で零した時ふと気付いた。
「龍惺……もしかして、ウキウキしてる?」
「ウキウキ……まぁ、ちょっとは浮かれてる」
「やっぱり」
「そりゃ、お前とちゃんとした恋人になってから初めてのクリスマスだし……浮かれるだろ」
浮かれるとスキンシップ過多になるのか、この人は。
照れ臭そうに吐き捨てる姿が何だか可愛くて、小さく笑った詩月は肩に回された手を離し代わりに抱き着くようにして腕を絡める。
「僕もウキウキしてる」
「そうか」
「龍惺と付き合ってから、ずっとウキウキしてるんだよ」
「?」
絡めた先で手を握り、龍惺の肩に頭を寄り掛からせる。
「こんなにカッコよくて、優しくて、暖かくて、素敵な人が僕の恋人なんてって、ずーっと浮かれてる」
「……」
「大好きだよ、龍惺」
自分なりにウキウキ具合を表したつもりだったのに、なぜか溜め息をつかれてしまった。なんで、と顔を上げようとした瞬間抱き上げられ目を瞬く。
「龍惺……」
「あんま可愛い事言ってっと、デートやめて家に帰るぞ」
「え、どうして?」
「お前が煽ってくるから」
煽ったつもりはないのに、どこでどうそう思ったのか詩月にはサッパリ分からない。詩月は自分の言動の何が龍惺をそんな気にさせるのかが今だに分かっていないのだ。
さっきの言葉のどこに可愛い要素があったのかも理解出来ていない。
「予約時間迫ってっし、店行くぞ」
「……どこ?」
「行きたがってた肉バル」
「え、雑誌に載ってたところ?」
「ああ」
「嬉しい! 龍惺ありがとう!」
抱き上げたまま車に向かうらしく歩き出した龍惺には眉尻を下げる。ただでさえ長身美形で目立つ彼がそんな行動を取れば注目も浴びる訳で、詩月はなるべく周りを気にしないようにして行き先を問い掛けた。
だが返ってきた答えに一瞬にしてテンションが上がり、見られている事も忘れて首に抱き着くと龍惺が小さく笑った気配がする。
本当に些細な事を覚えてくれてる人だ。
嬉しくなった詩月は車に着くまでの間ずっと龍惺の髪に頬擦りしていた。
ちなみに、今年のクリスマスプレゼントは万年筆にした。
半月ほど前、テレビを見ていた龍惺がポツリと「へぇ、万年筆……いいな」と零していたのを聞いていたから、翌日すぐに買いに行って今はショルダーバッグの中に入っている。あとは渡すタイミングだけだった。
初めての肉バルは雑誌に掲載された店だけあって頼むもの全てが美味しくていつもより食べられた気がする。
満たされたお腹を撫でながら店を出て再び車に乗り込み、もう帰るのかなと思っていると家とは反対方向にハンドルが切られ首を傾げた。
「どこに行くの?」
「内緒」
またもサプライズかとそれ以上は聞かずに大人しく窓の外を流れる景色を見ていると、次第に人の姿も街の明かりもなくなっていき、緩やかな坂を登った先にあった広い駐車場に龍惺は車を停めた。
外灯さえもほとんどない場所に不安になっていると、後部座席からブランケットを取った龍惺がそれを渡してくる。
「肩に掛けてろ」
「う、うん。出るの?」
「あそこまで行く」
そう言って指を差すがそこに何があるのか残念ながら詩月の目には見えない。それでも車から降りて暗い中立っていると目も慣れてくるもので、よくやくここが街外れにある展望台だと知った。
持ったままだったブランケットが肩に掛けられ手を引かれる。
手摺りがある場所まで行くと眼下に街明かりが広がっていた。
「ここは光がほとんどねぇから、星がよく見えんだよ」
「……ほんとだ。綺麗だね」
「俺にはそういう情緒的なもんは分かんねぇけど、お前がそういうなら綺麗なんだろうな」
冬は空気が乾燥しているから星の瞬きが良く見えるとは言うが、街中は眩しくて忙しくて空を見上げる余裕なんかない。
龍惺の名前にもあるのに、こんな風にじっくりと星を眺めるのはずいぶん久し振りな気がする。
「ほら、月もあんぞ」
「……ふふ」
「何だよ」
「僕たちみたいだなって」
詩月にとって〝星〟と〝月〟は切っても切り離せないかけがえのないものだ。同じように龍惺も大切に思ってくれていると今の言葉で確信出来た。
少しだけ空いている隙間を埋めるように身を寄せると、詩月は空を見上げたまま微笑む。
「星と月ってずっと一緒にいるよね。たまに雲のせいで隠れたりするけど、その向こうにはちゃんといて寄り添い合ってる。……僕たちも同じように、ずっと一緒にいようね。もう隠れたりしないから、ずっと傍にいてね、龍惺」
「俺がお前から離れる事なんざ絶対ねぇけど、例え隠れたとしてもまた見付けてやる。それに、この俺がプロポーズまでしたんだ、嫌だっつっても離してやんねぇから、覚悟しとけよ」
左手が掬われ指輪に口付けられる。龍惺と生きていく上で覚悟する事はたくさんあったのに、彼はいつの間にか詩月が背負わなくていいように全部クリアしてくれていた。
詩月がしなくてはいけない事だったのに、気付かない内にいつも先回りして詩月が歩く道を綺麗にしてくれる。
この人とならいつまでも幸せでいられる、そう思わせてくれる龍惺には感謝しかなかった。
「あのね、僕ね、決めた事があるんだ。もし龍惺が浮気したら、その時は逃げるんじゃなくて殴ろうって」
「いや、二度としねぇけど」
「龍惺はモテるから。ほら、睡眠薬盛られたりするかもだし」
「ドラマの見過ぎだし、それも浮気にカウントするのかよ」
「僕以外の人に触らせた時点でアウトです」
「何それ。すげぇ嬉しい事言ってくれんじゃん」
何があったとしても二度と逃げたりしない。だから代わりに出来る事を思い付いたのに、龍惺はどこか嬉しそうだし詩月の独占欲には殊更喜んでくれている。
「龍惺、ちょっと屈んで」
「ん?」
軽く腰を曲げ顔を近付けてくれた龍惺の首に右腕を回して口付けてからはにかみ、もう一度触れ合わせて彼の唇を舐めるとピクリと震えた。
「家に帰ろう? 僕、今すっごく龍惺と触れ合いたい」
「……家まで我慢出来ねぇっつったら?」
「ホテル行く?」
「…………家まで我慢する」
きっと龍惺の頭の中で色んな考えが一気に駆け巡ったのだろう。それでも家までと言ってくれたのは、きっと動けなくなる詩月のためだ。
詩月は龍惺の手を取ると少しだけ早足になり、苦笑する彼を引っ張りながら車に向かった。
次の日、気を失うまで抱かれた詩月は昨夜渡すはずだったクリスマスプレゼントを仕事に行く前の龍惺に差し出す羽目になってしまった。
「万年筆」
「龍惺、欲しそうにしてたから」
「え、あれ聞こえてたのか?」
「うん」
「マジか……すげぇ嬉しい。ありがとな、詩月」
「どういたしまして」
「俺からのプレゼントは枕元に置いてあるからな」
「気付かなかった」
「寝惚けてたし。じゃあ行って来るな。まだ身体怠いんだろ? ゆっくり休んでろ」
「うん、もう一回寝る」
さすがにまだ腰の痛みもあるし身体が重くて家事は出来そうにない。
詩月は出社する龍惺に行ってらっしゃいのキスをして見送り、閉じそうな瞼を擦りながら再び寝室へと戻ると、確かに枕元にクリスマスカラーの包装袋が置いてあった。
リボンを解いて中身を取り出し目を瞬く。
「ショルダーバッグ」
いつも使っているものよりは少しだけ小さいけれど、帆布で出来た柔らかくシンプルなバッグは使い勝手も良さそうだ。
詩月は龍惺に感謝と喜びのメッセージを送ってからショルダーバッグを抱き締めて寝転び、そのまま二度目の眠りについた。
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