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番外編
【後編】小旅行(真那視点)
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園内に入ってからずっとつけてる人がいる事には気付いていた。どこかの雑誌記者かとも思い、それならそれでヒナとの事を書かれても今更だしと気にせずにいたんだけどどうも違うように思える。
不自然にならない程度にチラチラ見てたけど、あの記者が見ているのは恐らくヒナだ。試しにトイレに行くフリをして少しだけヒナと距離を空けてみたらカメラを構えたから間違いない。
俺との関係を公表したけどヒナは一般人だ。事務所からもヒナへの取材や張り込みはしないよう通達が出たはず。
それなのにヒナを付け狙うつもりなら俺は容赦しない。
「真那? 食べないのか?」
「ん? 食べるよ」
「どうした? 具合い悪い?」
「ううん、大丈夫」
売店で買った飲み物とホットドッグに全然口を付けていない俺にヒナの心配そうな声がかかった。
いつも通りを装って笑顔で首を振り烏龍茶に口を付ける。
危ない危ない。ヒナに気付かれて怯えさせる訳にはいかないから、事が済むまでは平常心でいないと。
「次はどれに乗るの?」
「んー、あらかた乗り尽くしたんだよな。でも真那もオレも明日から仕事再開だし、早めに帰った方がいいからもう観覧車行く?」
「乗りたい物あるなら遠慮しなくていいんだよ?」
「たくさん乗ったって。それに…今は二人きりになりたい」
そう言って俺に寄り掛かってくるヒナにドキッとする。でもこれはたぶん、行く先々で視線を感じるから見られない場所に行きたいって事だと思う。
列に並んでても、歩いてても、今だって誰かしらが俺たちを見ていて何かを話してる。ヒナは注目されるのが苦手だから、余計にキてるみたいだ。
俺のせいでもあるけど、プライベートくらいそっとしておいてくれないかな。
「そうだね。食べたら観覧車行こうか」
「うん」
こっくりと頷き、半分は減らしていたホットドッグを再び食べ始める。
視界の端には依然付かず離れずの距離に記者が映ってすごく鬱陶しいけど、とりあえずは俺も手に持ったままだったホットドッグを食べてしまおう。
「ご馳走様。ヒナ、移動しようか」
「ん。…あ、いいよ。自分で捨てる」
「ついでだから」
ホットドッグを包んでいた紙と空になったプラコップをヒナの手から取り立ち上がって途中にあるゴミ箱に捨てる。
観覧車に乗る前にどうにかしたいな……あ、そうだ。
「……ヒナ、ごめん。水島さんから電話」
「じゃああそこで待ってるな」
「すぐ終わらせるから」
「ちゃんと用件聞かないとダメだからな」
「うん」
大きな園内マップの看板を指差すヒナに頷き通話をするフリをしてスマホを耳に当てる。本当ならヒナは離れなくてもいいんだけど、あいつに近付く為には距離をとる必要があった。
少しでもヒナと離れたくないのに…ホント、腹立たしいよね。
ヒナはマップを見る為に背中を向けてるから、俺は記者の背後から回り込むように移動し、怪しい動きをする相手に声をかけた。
「どこの出版社の人?」
「……!?」
「それ、カメラだよね。あの子の事ずっと付けてたの気付いてたよ」
「……」
記者が持っているボールペンには恐らく小型カメラが仕込まれているはず。もしかしたらもう既に何枚か写真を撮られてるかもしれないけど、それを使って適当な記事を書くつもりなら許さない。
「どうして黙ってるの?」
「……」
「うちの事務所から通達が出てたはずだけど…もしかして、ハヤテのタレントにオファー出来ないくらいの弱小出版社?」
「…っ…」
「そうなんだ。……でも、例えそうだとしても、あの子をネタにするつもりなら潰すよ?」
うちにアポも取れないような小さな出版社くらい、傑さんならどうとでも出来る。それに、傑さんはヒナの事を可愛がってくれてるから、ヒナに何かあれば動いてくれるだろう。
睨み付け、今すぐにでも実行出来るとスマホを振って見せると、記者は顔面蒼白になりくるりと踵を返して走り去って行った。
結局社名は聞けなかったけど念の為傑さんに知らせようと水島さんにメッセージを送り、スマホをしまいながらヒナがいる場所に戻ると驚く事に色んな人に囲まれてた。
「ちっちゃーい、可愛いー」
「私、ライブ参戦してたんだよ」
「マジでこの子が真那の恋人? へぇ」
「ちょっと、怯えてるからジロジロ見ない」
「あの、えっと…」
ああ、俺が離れたばっかりにヒナが困ってる。
大股で近付き人の間を抜けてオロオロしているヒナを抱き締めると、俺の登場でキョトンとしてた周りが一気にザワついた。
「真那だ!」
「うわ、本物……」
「ダメじゃん、大事な恋人一人にしちゃ」
「さっきナンパされてたんだよ」
「ナンパ?」
どこの不届き者が俺のヒナに手を出そうとしたのかと眉根が寄る。でも、この人たちがそれを追い払ってくれたなら感謝だ。
ヒナを困らせた事は褒められた事じゃないけど。
「ヒナを助けてくれてありがとう。俺たちもう行くから」
「あはは、どういたしましてー」
「頑張ってね!」
「え、えっと、ありがとうございます…っ」
「バイバーイ」
「初めて生で芸能人見た…」
「感動しすぎでしょ」
ずいぶん気さくな人たちだった。
俺はヒナの肩を抱いたまま少し歩くと、足を止めて自分よりも低い位置にある可愛い顔を覗き込む。
「一人にしてごめんね」
「え、何で謝るんだ? 電話だったんだろ?」
「でもすぐに戻れなかったから」
「それこそ謝るものじゃないだろ。ちゃんと用件聞けって言ったのオレなんだから」
ヒナに嘘をついてるのは心苦しいけど、記者の事を言ったら逆に心配されそうだから言えない。
疑いもせず俺を見上げるヒナの頬に口付け髪を撫でると不思議そうな顔で首を傾げる。そんな仕草も似合ってて可愛い。
「ほら、観覧車行くぞ」
「うん。……頂上でキスする?」
「へ? な、何で?」
「観覧車の頂上でキスしたら、ずっと一緒にいられるんだって」
「……」
こういったジンクスはわりと有名だと思うんだけど、遊園地に来る事自体久し振りなヒナはやっぱり知らなかったみたい。
現実的な事を言えば、本当にキスをしたところでずっと一緒にいられるかはその人たち次第だし、俺とヒナに至ってはそんな事しなくても死ぬまで一緒だろうなっていうのは確信してるからするしないはどっちでもいいんだ。
欲を言えば俺がしたいだけで…そんな事を考えていると、ヒナに弱めの力で袖が引かれた。
「?」
「……する」
本当に、俺の恋人はどうしようもなく可愛い。
観覧車はやっぱり人気なだけあって列も長く、乗るまでに結構時間が掛かった。でも夕日が差し掛かった頃に乗り込めたから、街がオレンジ色に染まっていくのが見えてヒナも嬉しそうだ。
「凄いな、全部夕日に照らされてる」
「ヒナの顔も赤いよ」
「真那もだろ」
眩しいくらいの夕日がゴンドラの中に差し込み目を細める。目を伏せて少しだけ口を噤んだヒナは、俺の手を握ると両手で包んで自分の唇に寄せた。
「真那、ありがとな。せっかくのオフなんだから本当は休んだ方がいいのに、こうして長い時間車運転して連れて来てくれて…嬉しかった」
「俺もヒナと行きたかったから」
「真那はいっつもそう言ってくれるよな。俺がどんな我儘言っても自分がしたいからって…真那のそういうとこ、凄く好きだ」
ヒナの我儘なんて可愛すぎて俺にとっては我儘の内に入らない。というより、ヒナに何をお願いされてもどうにかして叶えようって思うから、やっぱり我儘とは思わないかも。
指が柔らかな唇に触れ、親指でなぞるとヒナが視線だけで俺を見てくる。
「だから、真那も我儘言ってよ。オレに出来る事なら何でもしてあげたいって思ってるから」
「エッチな事でもいいの?」
「……善処はする」
「じゃあ前向きに捉えようかな」
とは言いつつも、その時になったら恥ずかしがりながらもしてくれるんだろうな。
クスリと笑いふにふにと下唇の感触を確かめていたら、ヒナが俺の後ろを見て小さく「あ」と声を漏らした。そっちに視線をやるとどうやらもうすぐ頂上のようで、もう一度ヒナを見ると夕日とは違う赤みが頬に差してた。
「おいで、ヒナ」
「……」
空いている手を広げると躊躇いながらも立ち上がり俺の膝に座る。ゴンドラ傾いてるけど、ヒナはそれどころじゃないみたい。
ヒナの頬を撫で額を合わせたら視線を逸らされたけど、手は俺の服を握ってるから緊張してるんだなってのが分かる。こうやって改められるの、ヒナは恥ずかしくて堪らないんだよね。
「ヒナ、もう頂上に来るよ」
「う、うん…」
「他の人たちも、こうしてたりするのかな」
「ずっと一緒にいたいんなら、するんじゃないのか?」
「そうだね」
ヒナはいつでも真っ直ぐで、俺が喜ぶ言葉を惜しげもなく言ってくれる。
ゴンドラが僅かに揺れて頂上に差し掛かった。
「ヒナ、ずっとずーっと、一緒にいようね」
「ん」
「愛してるよ」
ピクリと目蓋が震えて閉じられる。
本音を言えばジンクスに信憑性を置いてはいないけど、ヒナが信じるならそれを現実にするのが俺の役目だ。
重なった唇を離すのが惜しくて数回啄んだあと舌を滑り込ませるとヒナの肩が跳ねた。
「ん…っ…」
ヒナの小さな舌を絡め取り吸い上げる。駄目だって分かってるけど、甘い声が聞こえるともっと欲しくなってしまう。
お互いの息が上がるくらい貪り合ってるとヒナの手が俺の頬を挟み音を立てて唇が離れた。
「…っ…は…バ、カ…も、下に着く…っ」
「ん…ごめんね」
真っ赤な顔で荒く呼吸するヒナの背中を宥めるように撫で、頬を触れ合わせながら抱き締める。身体も熱くなってるし、たぶん下も反応してるだろうけど敢えて触れないようにして落ち着かせる事だけ考えた。
しばらくして顔の赤らみも収まったヒナは慌てて向かいの椅子に戻り、係の人が開けた扉から何事もなかったかのように降りて歩き出す。それが照れ隠しだっていうのは俺だけが分かる事だ。
少し遅れて歩く俺に気付いて振り返った顔がちょっとだけ拗ねてて、何回言っても、何度思っても足りない〝可愛さ〟にクスリと笑みが零れた。
「帰ろうか」
「うん」
手を握り、指を絡めて今度は並んで歩く。
この先も周りなんか気にせずに、こうしてヒナと手を繋いで色んなところに行きたい。今まで一人で頑張って来たヒナに楽しい思い出をたくさん残してあげたい。
「次はどこに行きたい?」
「え、もう次の話か? んー、とりあえず今は、家に帰って真那とゆっくりしたいかな」
「それは賛成」
本当に無欲だなと思いながらもヒナの言葉には大きく頷く。落ち着ける場所で早くヒナを抱き締めたいし、キスしたい。もちろんそれ以上だって。
俺とヒナはここでもお土産を買ってから退園し、車に乗り込んで共に暮らす家へと走らせた。
玄関に入るなりヒナを抱き上げて寝室に連れて行って怒られたのは俺の胸の内だけに留めておく事にする。
「真那、陽向くん、楽しかったかい?」
「……傑さんのそれがなければ素直にお礼を言ったのにね」
「えっと…」
お土産を渡したいって言うヒナの為に一緒に社長室に向かい、にこにこしている傑さんにお礼を言って頭を下げたヒナがお土産を差し出した手を掴んだ傑さんは、俺が止めるより先にヒナを抱き締めた。
それにイラッとして引き剥がし、もう触られるまいとヒナを抱き上げてお土産をデスクに置いた俺は、一応社長だしと会釈してそのまま部屋を出る。
ヒナはまた挨拶出来なかったって慌ててたけど、傑さんにはもうヒナを近付けさせない。
あのセクハラ社長は、ヒナには危険すぎる。
不自然にならない程度にチラチラ見てたけど、あの記者が見ているのは恐らくヒナだ。試しにトイレに行くフリをして少しだけヒナと距離を空けてみたらカメラを構えたから間違いない。
俺との関係を公表したけどヒナは一般人だ。事務所からもヒナへの取材や張り込みはしないよう通達が出たはず。
それなのにヒナを付け狙うつもりなら俺は容赦しない。
「真那? 食べないのか?」
「ん? 食べるよ」
「どうした? 具合い悪い?」
「ううん、大丈夫」
売店で買った飲み物とホットドッグに全然口を付けていない俺にヒナの心配そうな声がかかった。
いつも通りを装って笑顔で首を振り烏龍茶に口を付ける。
危ない危ない。ヒナに気付かれて怯えさせる訳にはいかないから、事が済むまでは平常心でいないと。
「次はどれに乗るの?」
「んー、あらかた乗り尽くしたんだよな。でも真那もオレも明日から仕事再開だし、早めに帰った方がいいからもう観覧車行く?」
「乗りたい物あるなら遠慮しなくていいんだよ?」
「たくさん乗ったって。それに…今は二人きりになりたい」
そう言って俺に寄り掛かってくるヒナにドキッとする。でもこれはたぶん、行く先々で視線を感じるから見られない場所に行きたいって事だと思う。
列に並んでても、歩いてても、今だって誰かしらが俺たちを見ていて何かを話してる。ヒナは注目されるのが苦手だから、余計にキてるみたいだ。
俺のせいでもあるけど、プライベートくらいそっとしておいてくれないかな。
「そうだね。食べたら観覧車行こうか」
「うん」
こっくりと頷き、半分は減らしていたホットドッグを再び食べ始める。
視界の端には依然付かず離れずの距離に記者が映ってすごく鬱陶しいけど、とりあえずは俺も手に持ったままだったホットドッグを食べてしまおう。
「ご馳走様。ヒナ、移動しようか」
「ん。…あ、いいよ。自分で捨てる」
「ついでだから」
ホットドッグを包んでいた紙と空になったプラコップをヒナの手から取り立ち上がって途中にあるゴミ箱に捨てる。
観覧車に乗る前にどうにかしたいな……あ、そうだ。
「……ヒナ、ごめん。水島さんから電話」
「じゃああそこで待ってるな」
「すぐ終わらせるから」
「ちゃんと用件聞かないとダメだからな」
「うん」
大きな園内マップの看板を指差すヒナに頷き通話をするフリをしてスマホを耳に当てる。本当ならヒナは離れなくてもいいんだけど、あいつに近付く為には距離をとる必要があった。
少しでもヒナと離れたくないのに…ホント、腹立たしいよね。
ヒナはマップを見る為に背中を向けてるから、俺は記者の背後から回り込むように移動し、怪しい動きをする相手に声をかけた。
「どこの出版社の人?」
「……!?」
「それ、カメラだよね。あの子の事ずっと付けてたの気付いてたよ」
「……」
記者が持っているボールペンには恐らく小型カメラが仕込まれているはず。もしかしたらもう既に何枚か写真を撮られてるかもしれないけど、それを使って適当な記事を書くつもりなら許さない。
「どうして黙ってるの?」
「……」
「うちの事務所から通達が出てたはずだけど…もしかして、ハヤテのタレントにオファー出来ないくらいの弱小出版社?」
「…っ…」
「そうなんだ。……でも、例えそうだとしても、あの子をネタにするつもりなら潰すよ?」
うちにアポも取れないような小さな出版社くらい、傑さんならどうとでも出来る。それに、傑さんはヒナの事を可愛がってくれてるから、ヒナに何かあれば動いてくれるだろう。
睨み付け、今すぐにでも実行出来るとスマホを振って見せると、記者は顔面蒼白になりくるりと踵を返して走り去って行った。
結局社名は聞けなかったけど念の為傑さんに知らせようと水島さんにメッセージを送り、スマホをしまいながらヒナがいる場所に戻ると驚く事に色んな人に囲まれてた。
「ちっちゃーい、可愛いー」
「私、ライブ参戦してたんだよ」
「マジでこの子が真那の恋人? へぇ」
「ちょっと、怯えてるからジロジロ見ない」
「あの、えっと…」
ああ、俺が離れたばっかりにヒナが困ってる。
大股で近付き人の間を抜けてオロオロしているヒナを抱き締めると、俺の登場でキョトンとしてた周りが一気にザワついた。
「真那だ!」
「うわ、本物……」
「ダメじゃん、大事な恋人一人にしちゃ」
「さっきナンパされてたんだよ」
「ナンパ?」
どこの不届き者が俺のヒナに手を出そうとしたのかと眉根が寄る。でも、この人たちがそれを追い払ってくれたなら感謝だ。
ヒナを困らせた事は褒められた事じゃないけど。
「ヒナを助けてくれてありがとう。俺たちもう行くから」
「あはは、どういたしましてー」
「頑張ってね!」
「え、えっと、ありがとうございます…っ」
「バイバーイ」
「初めて生で芸能人見た…」
「感動しすぎでしょ」
ずいぶん気さくな人たちだった。
俺はヒナの肩を抱いたまま少し歩くと、足を止めて自分よりも低い位置にある可愛い顔を覗き込む。
「一人にしてごめんね」
「え、何で謝るんだ? 電話だったんだろ?」
「でもすぐに戻れなかったから」
「それこそ謝るものじゃないだろ。ちゃんと用件聞けって言ったのオレなんだから」
ヒナに嘘をついてるのは心苦しいけど、記者の事を言ったら逆に心配されそうだから言えない。
疑いもせず俺を見上げるヒナの頬に口付け髪を撫でると不思議そうな顔で首を傾げる。そんな仕草も似合ってて可愛い。
「ほら、観覧車行くぞ」
「うん。……頂上でキスする?」
「へ? な、何で?」
「観覧車の頂上でキスしたら、ずっと一緒にいられるんだって」
「……」
こういったジンクスはわりと有名だと思うんだけど、遊園地に来る事自体久し振りなヒナはやっぱり知らなかったみたい。
現実的な事を言えば、本当にキスをしたところでずっと一緒にいられるかはその人たち次第だし、俺とヒナに至ってはそんな事しなくても死ぬまで一緒だろうなっていうのは確信してるからするしないはどっちでもいいんだ。
欲を言えば俺がしたいだけで…そんな事を考えていると、ヒナに弱めの力で袖が引かれた。
「?」
「……する」
本当に、俺の恋人はどうしようもなく可愛い。
観覧車はやっぱり人気なだけあって列も長く、乗るまでに結構時間が掛かった。でも夕日が差し掛かった頃に乗り込めたから、街がオレンジ色に染まっていくのが見えてヒナも嬉しそうだ。
「凄いな、全部夕日に照らされてる」
「ヒナの顔も赤いよ」
「真那もだろ」
眩しいくらいの夕日がゴンドラの中に差し込み目を細める。目を伏せて少しだけ口を噤んだヒナは、俺の手を握ると両手で包んで自分の唇に寄せた。
「真那、ありがとな。せっかくのオフなんだから本当は休んだ方がいいのに、こうして長い時間車運転して連れて来てくれて…嬉しかった」
「俺もヒナと行きたかったから」
「真那はいっつもそう言ってくれるよな。俺がどんな我儘言っても自分がしたいからって…真那のそういうとこ、凄く好きだ」
ヒナの我儘なんて可愛すぎて俺にとっては我儘の内に入らない。というより、ヒナに何をお願いされてもどうにかして叶えようって思うから、やっぱり我儘とは思わないかも。
指が柔らかな唇に触れ、親指でなぞるとヒナが視線だけで俺を見てくる。
「だから、真那も我儘言ってよ。オレに出来る事なら何でもしてあげたいって思ってるから」
「エッチな事でもいいの?」
「……善処はする」
「じゃあ前向きに捉えようかな」
とは言いつつも、その時になったら恥ずかしがりながらもしてくれるんだろうな。
クスリと笑いふにふにと下唇の感触を確かめていたら、ヒナが俺の後ろを見て小さく「あ」と声を漏らした。そっちに視線をやるとどうやらもうすぐ頂上のようで、もう一度ヒナを見ると夕日とは違う赤みが頬に差してた。
「おいで、ヒナ」
「……」
空いている手を広げると躊躇いながらも立ち上がり俺の膝に座る。ゴンドラ傾いてるけど、ヒナはそれどころじゃないみたい。
ヒナの頬を撫で額を合わせたら視線を逸らされたけど、手は俺の服を握ってるから緊張してるんだなってのが分かる。こうやって改められるの、ヒナは恥ずかしくて堪らないんだよね。
「ヒナ、もう頂上に来るよ」
「う、うん…」
「他の人たちも、こうしてたりするのかな」
「ずっと一緒にいたいんなら、するんじゃないのか?」
「そうだね」
ヒナはいつでも真っ直ぐで、俺が喜ぶ言葉を惜しげもなく言ってくれる。
ゴンドラが僅かに揺れて頂上に差し掛かった。
「ヒナ、ずっとずーっと、一緒にいようね」
「ん」
「愛してるよ」
ピクリと目蓋が震えて閉じられる。
本音を言えばジンクスに信憑性を置いてはいないけど、ヒナが信じるならそれを現実にするのが俺の役目だ。
重なった唇を離すのが惜しくて数回啄んだあと舌を滑り込ませるとヒナの肩が跳ねた。
「ん…っ…」
ヒナの小さな舌を絡め取り吸い上げる。駄目だって分かってるけど、甘い声が聞こえるともっと欲しくなってしまう。
お互いの息が上がるくらい貪り合ってるとヒナの手が俺の頬を挟み音を立てて唇が離れた。
「…っ…は…バ、カ…も、下に着く…っ」
「ん…ごめんね」
真っ赤な顔で荒く呼吸するヒナの背中を宥めるように撫で、頬を触れ合わせながら抱き締める。身体も熱くなってるし、たぶん下も反応してるだろうけど敢えて触れないようにして落ち着かせる事だけ考えた。
しばらくして顔の赤らみも収まったヒナは慌てて向かいの椅子に戻り、係の人が開けた扉から何事もなかったかのように降りて歩き出す。それが照れ隠しだっていうのは俺だけが分かる事だ。
少し遅れて歩く俺に気付いて振り返った顔がちょっとだけ拗ねてて、何回言っても、何度思っても足りない〝可愛さ〟にクスリと笑みが零れた。
「帰ろうか」
「うん」
手を握り、指を絡めて今度は並んで歩く。
この先も周りなんか気にせずに、こうしてヒナと手を繋いで色んなところに行きたい。今まで一人で頑張って来たヒナに楽しい思い出をたくさん残してあげたい。
「次はどこに行きたい?」
「え、もう次の話か? んー、とりあえず今は、家に帰って真那とゆっくりしたいかな」
「それは賛成」
本当に無欲だなと思いながらもヒナの言葉には大きく頷く。落ち着ける場所で早くヒナを抱き締めたいし、キスしたい。もちろんそれ以上だって。
俺とヒナはここでもお土産を買ってから退園し、車に乗り込んで共に暮らす家へと走らせた。
玄関に入るなりヒナを抱き上げて寝室に連れて行って怒られたのは俺の胸の内だけに留めておく事にする。
「真那、陽向くん、楽しかったかい?」
「……傑さんのそれがなければ素直にお礼を言ったのにね」
「えっと…」
お土産を渡したいって言うヒナの為に一緒に社長室に向かい、にこにこしている傑さんにお礼を言って頭を下げたヒナがお土産を差し出した手を掴んだ傑さんは、俺が止めるより先にヒナを抱き締めた。
それにイラッとして引き剥がし、もう触られるまいとヒナを抱き上げてお土産をデスクに置いた俺は、一応社長だしと会釈してそのまま部屋を出る。
ヒナはまた挨拶出来なかったって慌ててたけど、傑さんにはもうヒナを近付けさせない。
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