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番外編
自分だけの居場所
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真那がお世話になっている事務所でバイトを始めて一ヶ月。それなりに仕事にも慣れて、事務の社員さんとも仲良くなれて来た今日この頃、オレはとある事に悩んでいた。
「ヒナ」
「真那、おかえり。今日はもう終わり?」
自分のデスクに座り仕事をしていると歌番組の収録から戻った真那が事務室まで来て声をかけてくれた。
立ち上がって小走りで駆け寄りカウンター越しに話し掛ける。
「うん。ヒナは?」
「オレはもう少し掛かりそうだから、控え室で待ってて貰ってもいいか?」
「分かった、待ってるね」
真那の手が髪を撫で額に唇が触れる。事務室から出て行く真那を手を振りながら見送って席に戻ると、女性社員の赤松さんが朗らかに笑った。
「貴方たち、相変わらず仲が良いわねぇ」
「元々幼馴染みでしたから」
「それでも、恋人にまでなるなんてよっぽどよ? 喧嘩とかしなかったの?」
「真那は凄く優しいんで、喧嘩になるような事がまずなかったんですよね。オレ、鬱陶しいくらいあとをついて回ってたのに、嫌な顔一つしないでいつも手を繋いでくれて」
「愛ね」
女の人はいくつになっても乙女心を持ってるって言うけど、最近それが本当なんだなって思うようになってきた。赤松さんもそうだけど、事務の女性社員さんは皆さん恋バナが好きなようで、旦那さんの愚痴の次にオレと真那の事を聞きたがる。
でも何分忙しい真那だからオフの日以外は帰りが遅いし、朝も早かったりゆっくりだったりで割と擦れ違う事も多い。オレは大学行ってるし午前だけとか午後だけとかでバイト入ったりするし。
真那のオフに合わせて休みをくれるところは本当に感謝してた。
「陽向くん、それ終わったら上がっていいわよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
「彼氏を待たせるのも悪いものね」
「あはは…」
事務の社員さんはみんな優しくて、多少のお節介はあれど本当に嫌なところまでは踏み込んで来ない。おかげで仕事もやりやすいし、真那との事も気にしなくていいから凄く楽しくて。
平リーマンになる予定だったけど、このままここで働かせて貰うのもありかもしれない。ホント、傑さんには感謝してもし切れないな。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「また明日ね、陽向くん」
「お疲れ様ー」
「お疲れ様です」
自分が与えられた仕事の最終確認をしてデスクを片付け、身支度を整えて社員さんに挨拶をして事務室を出る。【soar】の控え室は三階だから、オレは関係者用のエレベーターに乗り込んだ。
今日の夕飯は何にしようかな。久し振りに真那も一緒だし、並んで作るって言うのもありかも。
そんな事を思いながら目的階で止まったエレベーターから降りると、何やら声が聞こえてきた。…もしかして。
「真那さん、一回でいいから食事行きましょうよ。同じ事務所に所属するアイドル同士、仲を深めませんか?」
全フロアにカーペットが引かれてるから足音はしないんだけど、心境的に忍足で声のする方へ近付くと甘えたような声がそんな事を言っていて溜め息をつく。
最近オレが頭を悩ませてる事、それがこれだ。
無表情で目も合わせない真那に身体を左右に揺らしながら話し掛けてる小柄な女の子は、半年前にこの事務所からデビューした夏川 夢乃さんだ。
オレよりも年下な十六歳の女子高生で、神の審美眼を持つ事務所と言われるだけあってめちゃくちゃ可愛らしい。
生粋の真那ファンで、真那に会いたいが為にアイドルを目指したと公言するほど真那が好きらしく、恋人だと公表された日からずっとオレはライバル視されていた。可愛い子に睨まれるのはどんな状況でも悲しい。
「私、美味しいお店知ってるんですけど、真那さんは和洋中だとどれが好きですか? 私は断然洋食派です!」
「……」
「あ、そうだ。良かったら連絡先交換しません? 真那さんともっとお話したいです」
「…………」
「そうそう、私のマネージャーも、【soar】の皆さんのファンなんですよ」
「………………」
め、めげないな、あの子。真那一言も返してないけど。
ちなみにこの事務所、所属タレント同士の恋愛は禁止されてる。契約書にも記載してあったはずだけど、ちゃんと読まなかったのかな。
あ、真那がイライラし始めた。ああやって無視しないのは一応後輩として認識してるからだろうけど、さすがに執拗すぎたようだ。
仕方ない、出るか。
「真那」
「ヒナ」
聞き耳を立てていた曲がり角から出て声をかけると、ふわりと笑った真那が大股でやって来てオレは抱き上げられた。そのままぎゅーっと抱き締められて首筋に頬擦りされる。
犬がいると思いながら頭を撫でていると、痛いくらいの視線を感じて夏川さんの方を見たら物凄く怖い顔でオレを見てた。視線でやられそう。
「ヒナ、終わった?」
「うん、終わったけど…」
「じゃあ帰ろう」
「え、このまま?」
「みんな知ってるから気にしないよ」
そういう問題じゃないんだけど…今の真那には何を言っても無駄だろうし車に辿り着くまでは下ろしてくれないだろう。
気まずさと居た堪れなさで目を伏せてたオレは、夏川さんが何かを言いたげにこっちを見ていた事には気付かなかった。
物凄いデジャブ。
オレの前には腰に手を当ててオレを睨み付けてる夏川さんがいて、いつかのあの子と重なり無意識に身体が強張った。でも今は何を言われても動じないって決めたから、真っ直ぐに夏川さんを見て問い掛ける。
「何かご用でしょうか?」
「……どうして?」
「え?」
「どうしてあなたなの? 私の方が絶対に真那さんの事好きなのに、どうして貴方が選ばれるの?」
目の前で大きな目に涙をいっぱいに溜めてオレを見る夏川さんに胸が痛くなる。どうして選ばれたのって言われたら、幼馴染みだったからとしか答えようがないんだけど。
そう、幼馴染みで一番近くにいたから……。
自分で答えとして出した思考に胸を痛めていると、夏川さんの「ズルい」って言葉が聞こえてきた。
「ズルいよ…あんなに優しい笑顔を向けられて抱き締められて……ねぇ、あなた幼馴染みなんでしょう? だったら少しくらい私にも真那くんとの時間をちょうだい? 一日だけでもいいの」
その言い方に少しだけムッとする。
真那には真那の意思があるんだから、ほんの少しだろうと本人が嫌だと言えばオレには口は出せない。好きな人と一緒にいたいって言う気持ちはもちろん分かるけど、オレはどれだけ短い時間でも真那を誰かに一人占めされるのは我慢できなかった。
「お願い…!」
「……ごめんなさい、それは出来ません」
「え…」
「オレ、真那の事本当に好きだから…ほんの少しでも他の人に笑ったり触ったりして欲しくないんです。オレだけの真那でいてくれなきゃ嫌だし、真那にもそう思って欲しい。オレ、めちゃくちゃヤキモチ妬きなんですよ」
「……」
「だから、真那の隣は誰にも渡さない」
真那の隣はオレだけの特等席だ。抱き締めて貰えるのもオレだけの特権だし、キスもそれ以上もオレだけが享受出来る幸せなんだ。
オレがハッキリ言い切ると、唇を噛んだ夏川さんはしばらくしてポツリと零した。
「……私、あなたの事嫌い」
「うん」
「でも、真那さんには幸せになって欲しいから…諦めます」
「……ありがとう」
「真那さんはそれはもうモテるんだから! 精々頑張りなさいよね!」
ビシッとオレに指を差してそう啖呵を切った夏川さんは、ふんっと鼻を鳴らして踵を返すと振り向く事なく去って行った。
嫌われるのは仕方ないとして、素直に話を聞いてくれて良かったよ。
安堵の息を吐き事務室に戻るかと顔を上げた瞬間後ろから嗅ぎ慣れた匂いと共に腕が回された。
「ヒナ」
「え、あれ? 真那、何で、いつから…」
さっきまで誰の気配もしなかったのに、一体いつからいてどこから聞いていたのかオレはテンパってしどろもどろになる。
真那はオレのこめかみに口付けると更に腕の力を強めてきた。
「ヒナの気持ち、ハッキリ言ってくれて凄く嬉しい。俺も大好きだよ、ヒナ」
「ぜ、全部聞いて…」
「止めに入ろうと思ったらヒナの声が聞こえたから」
本人に聞かれるのはさすがに恥ずかし過ぎる。僅かに熱くなった顔を隠すように顔を背けると、クスリと笑った真那が耳に噛み付いてきた。痛くはなかったけど驚いて振り向くと今度は唇が塞がれる。
「ん…ちょ、ここ事務所…」
「ヒナもモテるから、俺もたくさん頑張らないと」
「いや、モテないから」
「……そのままのヒナでいてね」
何か変な間があったけど?
とにかく、真那にこれ以上頑張られたらオレが追い付けなくなる。ただでさえ年の差が二つもあるのに……そういえば、さっき夏川さんにどうしてオレが選ばれたのかって答えを出した時、嫌だなって思った事があったんだよな。聞いてみようかな。
「なぁ、真那。もしオレが幼馴染みじゃなかったら、オレと真那って出会ってすらなかったのかな」
「…それは正直分からない。でも、隣同士なのもずっと幼馴染みなのも今恋人なのも、全部偶然じゃなくて運命だとしたら確率は上がるよね」
「運命?」
「うん。ちなみに俺は運命だと思ってるよ。だから俺とヒナの未来は絶対に繋がってて、例え幼馴染みじゃなくてもヒナと出会ってヒナを好きになってたんじゃないかな」
「……そっか」
本当は少しだけ怖かった。幼馴染みじゃないオレが真那と出会う確率なんてそれこそめちゃくちゃ低いだろうし、まず擦れ違ったとしても知り合いにすらなれない。
でも真那は、どんな過程であれオレと出会えて恋人になれるって信じてくれてるんだな。
ヤバい、めちゃくちゃ嬉しい。
「でも幼馴染みじゃなかったら、ヒナに好きになって貰うのは大変そうだね」
「そんな事ないだろ。オレ、結構小さい頃から真那の事好きだったみたいだし。案外すぐ好きになるかもしれないぞ?」
「え?」
「真那は自分の方が好きだって思ってるかもしれないけど、オレだって負けないくらい好きなんだからな?」
「ヒナ」
真那が好き好き言うから逆に照れ臭くて、自分からはあんまり言えないけどちゃんと同じくらい想ってる。夏川さんは自分の方がって言ってたけど、どう考えても好きな気持ちはオレの方が大きいはずだ。
「愛してるよ、ヒナ」
「オレも愛してる」
自分を抱く腕を軽く叩き力が緩んだところで身体を反転させて真那の首に両腕を回すと、真那は腰を曲げて顔を近付けてきた。
それを微笑んで受け入れたオレは浮かれてたのかここがどこだかすっかり忘れてたんだ。
気付いたら見知った顔が生温かい目でオレたちを見ていて、一気に赤くなったオレは真那の腕から抜けて事務室へと走って戻った。
でも追ってきた真那に抱き上げられ、そのまま連れて帰られたおかげで次の日少し大変だったのはここだけの話だったりする。
「ヒナ」
「真那、おかえり。今日はもう終わり?」
自分のデスクに座り仕事をしていると歌番組の収録から戻った真那が事務室まで来て声をかけてくれた。
立ち上がって小走りで駆け寄りカウンター越しに話し掛ける。
「うん。ヒナは?」
「オレはもう少し掛かりそうだから、控え室で待ってて貰ってもいいか?」
「分かった、待ってるね」
真那の手が髪を撫で額に唇が触れる。事務室から出て行く真那を手を振りながら見送って席に戻ると、女性社員の赤松さんが朗らかに笑った。
「貴方たち、相変わらず仲が良いわねぇ」
「元々幼馴染みでしたから」
「それでも、恋人にまでなるなんてよっぽどよ? 喧嘩とかしなかったの?」
「真那は凄く優しいんで、喧嘩になるような事がまずなかったんですよね。オレ、鬱陶しいくらいあとをついて回ってたのに、嫌な顔一つしないでいつも手を繋いでくれて」
「愛ね」
女の人はいくつになっても乙女心を持ってるって言うけど、最近それが本当なんだなって思うようになってきた。赤松さんもそうだけど、事務の女性社員さんは皆さん恋バナが好きなようで、旦那さんの愚痴の次にオレと真那の事を聞きたがる。
でも何分忙しい真那だからオフの日以外は帰りが遅いし、朝も早かったりゆっくりだったりで割と擦れ違う事も多い。オレは大学行ってるし午前だけとか午後だけとかでバイト入ったりするし。
真那のオフに合わせて休みをくれるところは本当に感謝してた。
「陽向くん、それ終わったら上がっていいわよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
「彼氏を待たせるのも悪いものね」
「あはは…」
事務の社員さんはみんな優しくて、多少のお節介はあれど本当に嫌なところまでは踏み込んで来ない。おかげで仕事もやりやすいし、真那との事も気にしなくていいから凄く楽しくて。
平リーマンになる予定だったけど、このままここで働かせて貰うのもありかもしれない。ホント、傑さんには感謝してもし切れないな。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「また明日ね、陽向くん」
「お疲れ様ー」
「お疲れ様です」
自分が与えられた仕事の最終確認をしてデスクを片付け、身支度を整えて社員さんに挨拶をして事務室を出る。【soar】の控え室は三階だから、オレは関係者用のエレベーターに乗り込んだ。
今日の夕飯は何にしようかな。久し振りに真那も一緒だし、並んで作るって言うのもありかも。
そんな事を思いながら目的階で止まったエレベーターから降りると、何やら声が聞こえてきた。…もしかして。
「真那さん、一回でいいから食事行きましょうよ。同じ事務所に所属するアイドル同士、仲を深めませんか?」
全フロアにカーペットが引かれてるから足音はしないんだけど、心境的に忍足で声のする方へ近付くと甘えたような声がそんな事を言っていて溜め息をつく。
最近オレが頭を悩ませてる事、それがこれだ。
無表情で目も合わせない真那に身体を左右に揺らしながら話し掛けてる小柄な女の子は、半年前にこの事務所からデビューした夏川 夢乃さんだ。
オレよりも年下な十六歳の女子高生で、神の審美眼を持つ事務所と言われるだけあってめちゃくちゃ可愛らしい。
生粋の真那ファンで、真那に会いたいが為にアイドルを目指したと公言するほど真那が好きらしく、恋人だと公表された日からずっとオレはライバル視されていた。可愛い子に睨まれるのはどんな状況でも悲しい。
「私、美味しいお店知ってるんですけど、真那さんは和洋中だとどれが好きですか? 私は断然洋食派です!」
「……」
「あ、そうだ。良かったら連絡先交換しません? 真那さんともっとお話したいです」
「…………」
「そうそう、私のマネージャーも、【soar】の皆さんのファンなんですよ」
「………………」
め、めげないな、あの子。真那一言も返してないけど。
ちなみにこの事務所、所属タレント同士の恋愛は禁止されてる。契約書にも記載してあったはずだけど、ちゃんと読まなかったのかな。
あ、真那がイライラし始めた。ああやって無視しないのは一応後輩として認識してるからだろうけど、さすがに執拗すぎたようだ。
仕方ない、出るか。
「真那」
「ヒナ」
聞き耳を立てていた曲がり角から出て声をかけると、ふわりと笑った真那が大股でやって来てオレは抱き上げられた。そのままぎゅーっと抱き締められて首筋に頬擦りされる。
犬がいると思いながら頭を撫でていると、痛いくらいの視線を感じて夏川さんの方を見たら物凄く怖い顔でオレを見てた。視線でやられそう。
「ヒナ、終わった?」
「うん、終わったけど…」
「じゃあ帰ろう」
「え、このまま?」
「みんな知ってるから気にしないよ」
そういう問題じゃないんだけど…今の真那には何を言っても無駄だろうし車に辿り着くまでは下ろしてくれないだろう。
気まずさと居た堪れなさで目を伏せてたオレは、夏川さんが何かを言いたげにこっちを見ていた事には気付かなかった。
物凄いデジャブ。
オレの前には腰に手を当ててオレを睨み付けてる夏川さんがいて、いつかのあの子と重なり無意識に身体が強張った。でも今は何を言われても動じないって決めたから、真っ直ぐに夏川さんを見て問い掛ける。
「何かご用でしょうか?」
「……どうして?」
「え?」
「どうしてあなたなの? 私の方が絶対に真那さんの事好きなのに、どうして貴方が選ばれるの?」
目の前で大きな目に涙をいっぱいに溜めてオレを見る夏川さんに胸が痛くなる。どうして選ばれたのって言われたら、幼馴染みだったからとしか答えようがないんだけど。
そう、幼馴染みで一番近くにいたから……。
自分で答えとして出した思考に胸を痛めていると、夏川さんの「ズルい」って言葉が聞こえてきた。
「ズルいよ…あんなに優しい笑顔を向けられて抱き締められて……ねぇ、あなた幼馴染みなんでしょう? だったら少しくらい私にも真那くんとの時間をちょうだい? 一日だけでもいいの」
その言い方に少しだけムッとする。
真那には真那の意思があるんだから、ほんの少しだろうと本人が嫌だと言えばオレには口は出せない。好きな人と一緒にいたいって言う気持ちはもちろん分かるけど、オレはどれだけ短い時間でも真那を誰かに一人占めされるのは我慢できなかった。
「お願い…!」
「……ごめんなさい、それは出来ません」
「え…」
「オレ、真那の事本当に好きだから…ほんの少しでも他の人に笑ったり触ったりして欲しくないんです。オレだけの真那でいてくれなきゃ嫌だし、真那にもそう思って欲しい。オレ、めちゃくちゃヤキモチ妬きなんですよ」
「……」
「だから、真那の隣は誰にも渡さない」
真那の隣はオレだけの特等席だ。抱き締めて貰えるのもオレだけの特権だし、キスもそれ以上もオレだけが享受出来る幸せなんだ。
オレがハッキリ言い切ると、唇を噛んだ夏川さんはしばらくしてポツリと零した。
「……私、あなたの事嫌い」
「うん」
「でも、真那さんには幸せになって欲しいから…諦めます」
「……ありがとう」
「真那さんはそれはもうモテるんだから! 精々頑張りなさいよね!」
ビシッとオレに指を差してそう啖呵を切った夏川さんは、ふんっと鼻を鳴らして踵を返すと振り向く事なく去って行った。
嫌われるのは仕方ないとして、素直に話を聞いてくれて良かったよ。
安堵の息を吐き事務室に戻るかと顔を上げた瞬間後ろから嗅ぎ慣れた匂いと共に腕が回された。
「ヒナ」
「え、あれ? 真那、何で、いつから…」
さっきまで誰の気配もしなかったのに、一体いつからいてどこから聞いていたのかオレはテンパってしどろもどろになる。
真那はオレのこめかみに口付けると更に腕の力を強めてきた。
「ヒナの気持ち、ハッキリ言ってくれて凄く嬉しい。俺も大好きだよ、ヒナ」
「ぜ、全部聞いて…」
「止めに入ろうと思ったらヒナの声が聞こえたから」
本人に聞かれるのはさすがに恥ずかし過ぎる。僅かに熱くなった顔を隠すように顔を背けると、クスリと笑った真那が耳に噛み付いてきた。痛くはなかったけど驚いて振り向くと今度は唇が塞がれる。
「ん…ちょ、ここ事務所…」
「ヒナもモテるから、俺もたくさん頑張らないと」
「いや、モテないから」
「……そのままのヒナでいてね」
何か変な間があったけど?
とにかく、真那にこれ以上頑張られたらオレが追い付けなくなる。ただでさえ年の差が二つもあるのに……そういえば、さっき夏川さんにどうしてオレが選ばれたのかって答えを出した時、嫌だなって思った事があったんだよな。聞いてみようかな。
「なぁ、真那。もしオレが幼馴染みじゃなかったら、オレと真那って出会ってすらなかったのかな」
「…それは正直分からない。でも、隣同士なのもずっと幼馴染みなのも今恋人なのも、全部偶然じゃなくて運命だとしたら確率は上がるよね」
「運命?」
「うん。ちなみに俺は運命だと思ってるよ。だから俺とヒナの未来は絶対に繋がってて、例え幼馴染みじゃなくてもヒナと出会ってヒナを好きになってたんじゃないかな」
「……そっか」
本当は少しだけ怖かった。幼馴染みじゃないオレが真那と出会う確率なんてそれこそめちゃくちゃ低いだろうし、まず擦れ違ったとしても知り合いにすらなれない。
でも真那は、どんな過程であれオレと出会えて恋人になれるって信じてくれてるんだな。
ヤバい、めちゃくちゃ嬉しい。
「でも幼馴染みじゃなかったら、ヒナに好きになって貰うのは大変そうだね」
「そんな事ないだろ。オレ、結構小さい頃から真那の事好きだったみたいだし。案外すぐ好きになるかもしれないぞ?」
「え?」
「真那は自分の方が好きだって思ってるかもしれないけど、オレだって負けないくらい好きなんだからな?」
「ヒナ」
真那が好き好き言うから逆に照れ臭くて、自分からはあんまり言えないけどちゃんと同じくらい想ってる。夏川さんは自分の方がって言ってたけど、どう考えても好きな気持ちはオレの方が大きいはずだ。
「愛してるよ、ヒナ」
「オレも愛してる」
自分を抱く腕を軽く叩き力が緩んだところで身体を反転させて真那の首に両腕を回すと、真那は腰を曲げて顔を近付けてきた。
それを微笑んで受け入れたオレは浮かれてたのかここがどこだかすっかり忘れてたんだ。
気付いたら見知った顔が生温かい目でオレたちを見ていて、一気に赤くなったオレは真那の腕から抜けて事務室へと走って戻った。
でも追ってきた真那に抱き上げられ、そのまま連れて帰られたおかげで次の日少し大変だったのはここだけの話だったりする。
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