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父さんと母さん

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 あれから時間が経ち、街の景色がオレンジから夜の暗がりに変わり始めた頃、父さんと母さんが揃って帰宅して来た。
 何食べてもいいって言われたから夕飯を作ってたら、バタバタと足音を立てながらリビングの扉を開けた父さんがキッチンに立つオレを抱き締める。目を瞬いていると、暖かな手が頭を撫で少しだけ涙声になった父さんがオレの名前を呼んだ。

「ずっと一人にしてごめんな、陽向」
「…お父さん、口には出さなかったけど、陽向を一人残して来た事をずっと気にしてたのよ。陽向ったら、こっちが電話するまでメッセージだけで済ませるんだもの」
「そっちの方が一度に知らせられるし…」
「そうかもしれないけど……」

 何か言いたげな母さんに眉尻を下げてコンロの火を止めたら、父さんの腕が離れオレの顔をじっと見て微笑んだ。それから真那へと視線を移し軽く頭を下げる。

「真那くん、陽向の傍にいてくれてありがとう」
「ううん、俺がいたいだけだから」
「それにしても、相変わらず綺麗な顔してるなぁ」
「エミリアにそっくりよね」

 エミリアさんとは真那のお母さんの事だ。どえらい美人で、真那同様幼い頃から大層モテモテだったそう。そんなエミリアさんを射止めたのは、これまだどえらいイケメンの柊真とうまさん。
 まぁ、オレはママさんパパさんって呼んでるけど。
 二人の最強遺伝子によってこんな美形が生まれたんだと思うと、やっぱり血は侮れないって思うね。

「それより陽向、夕飯作ってくれたのね。凄くいい匂い」
「これくらいしか出来ないから…」
「そんな事ないわ。陽向、ありがとう」
「陽向の顔を見たら疲れなんて吹っ飛んだよ。……そういえば、大事な話があるって…」

 いきなり本題を振られそうになりドキッとする。真那に甘えて落ち着いたとはいえ、二人を前にするならもう少し時間が欲しい。
 そう思っていたら、母さんが苦笑して父さんの肩を叩いた。

「あなた、その話は夕飯のあとでもいいでしょう? せっかく陽向が作ってくれたんだもの、温かいうちに食べたいわ」
「そうだね、先に頂こうか」
「準備するから着替えて来たら?」
「ええ、ありがとう」
「ヒナ、手伝う」
「ありがと」

 父さん母さんと入れ違いにオレの傍に来た真那が申し出てくれたから、オレは有り難く食器を準備して貰い盛り付けていく。

「美味しそうだね」
「摘み食いするなよ」
「しないしない」

 するような奴じゃないけど念の為そう言えば笑いながら真那は首を振る。その様子を母さんが微笑んで見てた事、オレは気付かなかった。



 夕飯を食べ終え洗い物をしていたら、スっと隣に立った母さんが小さく咳払いしたあとリビングにいる二人に聞こえないよう声を潜めて聞いてきた。

「ねぇ、陽向。もしかして真那くんとお付き合いしてる?」
「…!?」

 いきなりのぶっ込み発言にギョッとして思わず食器を落としてしまいガシャンっと音が鳴る。幸い割れやすいものじゃなかったからヒビも入らなかったけど、オレは色んな意味でドキドキしてた。

「ヒナ? 大丈夫?」
「だ、大丈夫。大丈夫だから」

 素早く反応して立ち上がった真那に何度も頷いて目でこっちに来るなと訴えれば困った顔をしながらも床に座り直す。まさかズバリ聞かれるとは思ってなかったから、心臓が物凄い速さで脈打って痛いくらいだ。

「大事な話って、その事?」
「な、何で……」
「お母さんだもの、分かるわよ。何より、真那くんが陽向に甘々だから。見てるお母さんの方が照れるわ」
「……」

 そ、そんなに分かりやすいのか、アイツ。
 チラリとリビングを振り返り再び父さんと話し出した真那を見る。オレといる時みたいに表情はないけど、楽しそうにはしてるから案外話が合うのかもしれない。

「エミリアから、真那くんはそういう意味で陽向が好きだから、陽向が受け入れてくれるなら許してあげて欲しいって言われてたの」
「ママさんが?」
「そうよ。でもそう言われなくても、陽向なら受け入れるんじゃないかなって思ってた。だって、陽向も真那くんが大好きだから」
「……いいのか? 男同士なのに…」
「陽向が選んだ人なら性別なんて関係ないわ。それに、真那くんなら安心出来るもの」

 オレが選んだ人なら男も女も関係ない。どうしたって同性カップルは世間的には後ろ指差されるのに、そういう事をサラッと言える母さんはやっぱり凄い。

「真那くんの隣にいれば、陽向は世界一幸せ者よ」

 それは自分でも分かる。真那との未来は幸せしか待ってないなって思うくらい愛情表現してくれるから。それにしても、離れて暮らしてる母さんでさえそう思うって事は、オレが真那を選んだ事はやっぱり間違ってなかったんだ。

「それじゃあ、お父さんにも話しましょうか」
「うん」

 でも父さんの反応は分からないから、四人分の飲み物を入れてリビングに運び、ドキドキしながら真那の隣に腰を下ろす。不意に頭を撫でられたから見上げれば、「大丈夫だよ」って言うみたいに微笑む真那がいて勇気が出た。うん、真那がいるんだから大丈夫だ。
 真那の手を握りソファに座る父さんを見上げて息を吸ったオレは、思い切って繋いだ手を肩のところまで上げ打ち明けた。

「父さん! オレ、真那と付き合ってる!」
「………ん?」
「こ、恋人として…付き合ってる…」
「………………え!?」

 なかなか言葉の意味が理解出来なかったのか、たっぷり間を明けて素っ頓狂な声を上げた父さんはオロオロしながらオレと真那を交互に見る。

「え、え? 本当に? 本っ当に付き合ってるのか?」
「本当の本当に付き合ってる」
「……そんな…陽向に恋人が出来るなんて……そんな…」
「陽向だって年頃なんだから、恋人くらい出来るわよ。それに、こんなに可愛いんだもの。ね、真那くん」
「うん。ヒナは世界一可愛い」

 絶対そんな事はない。
 母親と恋人(真那は小さい頃からだけど)の欲目に苦笑して父さんを見ると頭を抱えて唸っている。でも真那と付き合ってるからとか、同性がどうとかじゃなくて、オレに〝恋人〟が出来た事が嫌みたいだ。

「そりゃいつかは出来ると思ってたよ、いつかはね。でもまだ早いよ…だってまだ十六歳なのに…」
「あなたったら……ほら、ちゃんと答えてあげないと」
「…そう、だね……うん。真那くんは、陽向が生まれた時から本当の弟のように可愛がってくれて、俺たち以上に傍にいてくれたね。思春期に入っても嫌な顔一つせず、陽向のしたいようにさせてくれて感謝してるんだよ。陽向も真那くんを慕っていたし、真那くんが陽向にだけ笑顔を見せるのも知ってた。だから…だから、こうなる予感はしてたんだよなぁ……」

 そう言って今度は額を押さえて項垂れる。もしかして、相手が真那じゃなかったらもっと落ち込んだりしたんだろうか。
 ってか、父さんまでくっつく予想してたとか、どれだけオレたち…ってか真那は分かりやすかったんだ?

「…真那くん」
「?」
「真那くんは今忙しい身だよね。テレビにも雑誌にも出て、自由な時間なんてないんじゃないか? それこそ、家に帰るのだって遅いだろう?」
「うん。有り難い事に仕事はたくさん貰ってる。十八になったからそれこそ日付が変わってから帰ったり、ライブや撮影で泊まりがけになったりもする」
「俺が言える事じゃないのは重々承知してるんだけど…それだと陽向に寂しい思いをさせるんじゃないか? 陽向は俺たち以上に君に信頼を寄せているから…」

 親より幼馴染みに信頼を寄せてるとか言われるオレって…いや、あながち間違ってはないんだけど、二人の事だって同じくらい信頼はしてるんだけどな。
 真那は繋いだままの手を引きオレの手の甲に口付け僅かに微笑む。

「ヒナが寂しいって思うならそれは俺の愛情不足だから。傍にいてって言うならいるし、ロケでもライブでも、ついて来てくれるなら連れて行く。俺はヒナが一番大切で大好きだから、ヒナの為なら何でも出来るよ」
「耳が痛いな…。じゃあもし、陽向がアイドルを辞めて欲しいって言ったら…どうする?」
「俺がアイドルを続けてるのはヒナが応援してくれてるからだから、もしヒナがそう言うなら辞める」
「真那…っ」

 そんなのダメだ。そう言おうとしたけど、真那はオレに向かって優しく笑うと繋いでいない方の手で頬を撫でてきた。

「…って言いたいけど、そうするとヒナは絶対後悔するから、辞めない」

 その答えにオレも父さんも母さんもポカンとしてたけど、少しして吹き出した父さんはソファの背凭れに身体を預けて大きく息を吐いた。
 その顔が晴れ晴れしてて、それを見た母さんもふふっと笑う。

「そっか、陽向の為に辞めないのか。その選択肢はなかったな」
「あなたの負けね」
「まぁでも、真那くんなら陽向の事任せられるからいいよ。うん、変な人に引っ掛かるより全然いい」
「陽向、すぐに騙されそうだものね」
「ヒナはお人好しだから」
「みんなオレを何だと思ってるんだ」

 もう高校生なんだから、そう簡単に騙される訳ないだろ。それに、オレはお人好しじゃなくてNOと言えない情けない男なだけだ。
 ジト目で三人を見ると楽しそうに笑い和やかな雰囲気が流れる。それにやれやれと溜め息をついたけど、もう一つ言おうと思っていた事を思い出し父さんと母さんに向き直った。

「まだ言いたい事あった。オレ、真那と一緒に暮らしたいから許可して下さい」
「それは駄目」
「え」

 もう許して貰える気満々だったからまさか却下されるとは思ってなくて、目を瞬いて父さんを見上げたオレは改めて首を振られて呆然とする。
 ダメって言われるのは予想してなかった。
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