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同じ香りなのに、どこか違う

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 皆さんこんにちは。オレは今、両親が転勤になった北陸地方に真那と一緒に来ています。


「ちょ、アレ!」
「嘘! 真那いるんだけど!」
「ちょー綺麗…何あの顔、ヤバすぎる」

 新幹線を降りた途端さっそく気付いた女の子たちが騒いでるけどそれもそのはず。真那はこれっぽっちも変装してないからそりゃもう目立って仕方がない。せめて帽子被れって言っても聞かなくて、もうまっさらな状態でホームに立ってるから注目集めまくりだ。
 新幹線内でもヒソヒソコソコソされてたのに。

「ヒナ、荷物貸して」
「いいよ、自分のくらい持つって」
「俺が持ちたいから、俺のお願い叶えて」
「……その言い方はズルいだろ」

 良い様に言いくるめられた気がしないでもないけど、微笑んで手を出してくる真那にボストンバッグを渡したら周りが更にザワつき始めた。

「真那が笑ってる……」
「え、ってか、あの子誰? 友達?」
「にしては距離近くない?」
「雰囲気が妙に甘い気が……」

 マズイ、早く駅から出ないと。今はいつ何時でもカメラを構えられる時代だから、こういうとこ撮られるのはあんま宜しくない。やっぱりマスクだけでもさせるべきだったか。

「真那、行くぞ」
「ん。ヒナ、階段気を付けてね」
「子供じゃないんだから大丈夫だ」
「ヒナ、案外ドジだよ」
「……そんな言われるほどドジじゃない」

 うっかりする事はあっても何もない場所で躓いたりするような鈍臭さは持ってないはずだから真那の言葉には全力で否定したはずなのに、真那は階段を登るオレの真後ろにピッタリと張り付いた。
 ……まさか、本気で落ちると思ってるのか。



 今日と明日、一泊二日の予定でここに来たのは、オレの両親に真那との交際と一緒に暮らす事を認めて貰うためだ。
 数日前、オレは真那に心の奥底にある気持ちをぶち撒けた。
 困らせなくない、申し訳ない顔をされたくない、謝られたくない。いつの間にか出来た〝本音を飲み込む癖〟を、真那は曝け出させてくれた。でも、だからと言って治った訳ではないから気付いた真那がその都度「教えて」って言ってくれる。
 無意識にやってても分かるんだから真那の観察眼には脱帽だ。

「それにしても、本当に大丈夫だったのか?」
「ちょうどこっちでのロケがあったし、タイミング良かったから大丈夫。水島さんも、前日現地入りするならって許してくれたし」
「だからって変装もしないで……」
「声かけられたらロケの下見だって言えばいいんだよ」
「出演者はしないだろ」

 しかもスタッフも連れないでなんて、苦しい言い訳だ。
 移動の間でも遠巻きに男女関係なく見られながら改札を抜けて駅構内から出る。確か母さんが待ってくれてるはずだけど。

「陽向!」

 キョロキョロしてると名前を呼ばれて振り向く。そこには二年振りに会う母さんがいて、走り寄るなり抱き締められた。

「久し振りね、陽向。元気だった? 少し背が伸びたかしら。あれから一度も帰れなくてごめんね、寂しかったでしょう?」

 また謝られてしまった。
 オレは母さんの背中を撫でてなるべく明るい声で答える。

「うん、元気。仕事忙しいんだから気にしなくていいって。真那もいてくれるから大丈夫だよ」
「昔から陽向は、真那くんにべったりだったものね」
「真那、オレにべったりだったんだ」
「はいはい」

 クスクスと笑って腕を離した母さんは、斜め後ろにいた真那を見上げると柔らかく目を細める。

「真那くんも久し振りね。いつも陽向の事を気にかけてくれてありがとう」
「おばさん、久し振り。ううん、俺がヒナと一緒にいたいだけだから」
「でも忙しいでしょう? 凄く人気だもの。テレビで見ない日はないわ」
「忙しくても、なるべくヒナとの時間は作りたいんだ。ヒナの顔を見るだけで疲れも吹っ飛ぶし」

 真那の表情はないに等しいんだけど、そう話す声が甘くて何か照れる。母さんなんてポカンとしてるし、下手したら気付かれそうだ。
 母さんに見えないように人差し指と親指で真那の服を摘むと、気付いた真那がオレを見て微笑む。

「そんな真那くんだから、陽向も甘えられるんでしょうね」
「え?」
「何でもないわ。じゃあとりあえず、家に行きましょうか」
「うん」

 先に立って歩き出した母さんに続こうと足を出したら髪を撫でられ手を取られた。そのまま握られ慌てて離そうとするけど、絶対離さないと言わんばかりに力を強められ眉を顰める。

「誰かに見られたらどうすんだ」
「見られてもいいよ。ヒナは正真正銘俺の恋人だから、撮られたとしてもちゃんも言う」
「でもそれは…」
「俺たちにはたくさん味方がいる。きっと、俺のファンだって分かってくれるよ」

 あんなに可愛い奏音さんがダメだったのに、男のオレならいいとはならないんじゃないかと思うんだけど。
 でも不思議と、真那が言うと何とかなりそうな気がするんだよな。



 母さんと父さんの家は2LDKのマンションで、中に入った時〝我が家〟の匂いがして胸がキュッとなった。自分の親が住んでる場所なのに、オレが住んでる家と空気が違うのは間取りのせいだと思いたい。

「来て貰って早々で申し訳ないんだけど、お母さんまだ仕事が残ってて。夕方には帰るからここで待っててくれる?」
「ごめんな、忙しいのに」
「何言ってるの。息子が会いに来てくれたのに、仕事ばかりのお母さんとお父さんが悪いのよ。家にあるものは何でも食べていいからね」
「ありがとう」

 慌ただしく出掛けて行った母さんを見送り息を吐く。
 ああいう姿も何度も見てきた。愛されてるのはちゃんと分かるからこそ申し訳なくされるのが余計に心苦しい。
 少し離れた場所にいた真那の手を引いてソファに座らせると、首を傾げる綺麗な顔をじっと見つめて口をもごつかせる。真那はオレが言うまで待ってくれるらしく、両手を握り親指で手の甲を撫でた。

「……あ、甘えても、いいか…?」
「もちろん。おいで、ヒナ」

 指先に口付けられその手が真那の首に回される。そのまま膝に座るとぎゅーっと抱き締められた。
 真那の匂いと温もりに包まれると安心して身体から力が抜けて、オレもしっかり抱き着き首筋に頬を寄せて目を閉じたら何でか真那が小さく笑う。

「?」
「ヒナに甘えていいか聞かれたの初めてだから」
「普段は言わなくても真那が甘やかしてくれるから…」
「うん。だから嬉しい」

 嬉しいのか。こんな事で真那が喜んでくれるなら、ちょっとずつこういうの増やしてもいいかもしれない。すぐに出来るかどうかは別として。
 こめかみに真那の唇が触れ宥めるように髪を撫でられる。

「緊張してる?」
「……してる」
「ヒナが思うように話してみたらいいよ。おじさんもおばさんも、ヒナの話なら聞いてくれるはずだから」
「それは分かってるんだけど…」

 行きたい場所を言うとか、進路の話をするとかとは訳が違う。そもそも、色恋の話を親とするのが恥ずかしい。
 ぐりぐりと真那の肩に額を擦り付けていると、耳元で「ヒナ」と呼ばれた。

「顔上げて」
「? …ん…!?」

 言われて何の気なしに顔を上げると思ったよりも近くに真那の顔があって、あれ? と思ってる間に唇が塞がれた。驚いて逃げようとしたら、襟首を押さえられて更に深くなる。

「ん…は、…ぅ…ンン…っ」

 ぬるりと舌が入って来て口内を這いずり回る。上顎を擦られるとゾクゾクして力が入らなくなり必死に真那の服を掴んだ。
 こういうキスは腰に来るからダメだって言ってるのに、真那はいつも容赦なく口の中をまさぐってくる。

「…ッ…ま、な…ん…っ」
「……可愛い、ヒナ」
「ば、か…ここ、どこだと思って…っ」
「ヒナの家」
「ちが…」
「違わない。おじさんとおばさんがいて、本当ならヒナもここに住むはずだったんだから、ヒナの家で間違いないんだよ」

 一瞬真那の言葉の意味が分からなかったけど、噛み砕いて言われたおかげで理解は出来た。確かに、真那がいなければオレも転勤について行ってただろうから、ここに住んでたかもってのは間違ってない。
 ただやっぱり違和感はあるし、普段は二人だけの生活をしてる両親の家でなんて気が引ける。

「……だとしても、ここではしたくない」
「ん、分かった」

 ふいっと顔を逸らして拗ねたように言うと、真那はクスクスと笑って頬に口付け抱き締めてくれる。でも今は、包まれるより触れて欲しい。

「真那……頭、撫でて欲しい」

 腰を抱く手を取り自分の頭まで持っていってねだると、真那は僅かに目を見開いたあと力が抜けたようにオレの肩に顔を伏せ息を吐く。

「な、何…」
「ヒナがいつも以上に素直で可愛くてヤバい」
「何だよ、それ」
「絶対許可貰おうね」
「う、うん……?」

 元よりそのつもりで来たんだけど、何故か改めて意気込む真那に首を傾げつつオレは両親の帰宅を待つ。
 隣に真那がいてくれて本当に良かった。
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