焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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新婚旅行編

未来に続く約束

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 微睡みの中、柔らかなベッドが揺れた気がした。抵抗する目蓋をどうにか開けてぼんやりとした視線を彷徨わせるとすっかり外が明るくなっている事に気付く。
 力が入らなくて起き上がれない中どうにか寝返りを打てば、ちょうど隣の部屋から龍惺が戻って来た。

「ああ、起きたか?」
「……ぁ……」
「喉やられたな。ちょっと待ってろ」

 挨拶しようと思って開けた口から出たのは掠れた声で、苦笑した龍惺は買って来てくれてのか、水のペットボトルのキャップを外して口に含み、起き上がれない僕に口移しで飲ませてくれた。
 渇いた喉が潤ってホッと息を吐けば端に腰掛けた龍惺の手が髪を梳く。

「あとで露天風呂入るか。もう少ししたら朝食の時間だけど、起きれそうか?」
「まだもうちょっと無理かも」
「だよな」
「ごめんね」
「何で謝んだよ。いいからお前はゆっくり休んでろ」
「うん」

 布団から手を出して伸ばせばすぐに握って微笑んでくれる。一番安心出来る大きな手を頬まで引き寄せて目を閉じると、ベルガモットの香りがふわりと漂ってきた。

「それにしても」
「?」
「昨夜はすごかったな」
「何が…………!」

 一瞬何の事か分からなかったけど、龍惺の顔を見たら言いたい事が分かって顔が一気に赤くなった。ニヤニヤと見てくる視線から逃げるように手を離して布団を頭まで被ると、クスクスと笑う声が布越しに聞こえてくる。

「あんなに感じまくってる詩月、初めて見た」

 あの時の事は朧気だけど覚えてる。ずっと身体が痙攣してて、龍惺の指先が触れるだけでも達してた気がする。喉の感じからしてずっと声上げてたみたいだし。
 微かにベッドが軋む音がして、龍惺が近付いた気配がしたと思った瞬間布団が剥がされた。

「!?」
「可愛過ぎて俺の方がおかしくなりそうだった。あそこでお前が気絶しなきゃ朝まで抱いてたな」
「……っ!」

 鼻先が触れそうなほどの至近距離でそんな事を言われ、治まって来ていた顔の熱が勢い良くぶり返す。
 何も言えなくて口をパクパクさせていると、吐息だけで笑った龍惺の手が頬を撫で目元に口付けられた。

「すげぇ真っ赤」
「だ、誰のせいだと……っ」
「俺のせいだろ? それがいいんじゃねぇか」
「……龍惺、変」
「お前相手だからな」

 たまに龍惺が何を言ってるか分からなくなるのは、僕の理解力が足りないせい……じゃないと思いたい。
 頭の中いっぱいにハテナを浮かべていると、朝食の時間になったのか扉がノックされ龍惺は僕の頭を撫でてから立ち上がり応答しに行った。

「顔が熱い……」

 熱でもあるんじゃないかってくらい火照ってる。
 朝ご飯が来たならテーブルに行かないとと思い、両手をついてとりあえず座ってみた。腰は怠いけど第一関門はクリアだ。
 あとは立てるかどうかで、僕は足をベッドから下ろして床に付けゆっくりと立ち上がってみる。
 立てたけど、一歩踏み出したところで膝から力が抜けて躓いた。

「わ!」
「詩月!」

 転ぶと思って目を瞑り衝撃に備えてたら逞しい腕が支えてくれる。バクバクする胸を押さえながら見上げると少しだけ怒った顔をした龍惺がいてしまったと思った。
 無言で抱き上げられそのままテーブルまで連れて行かれる。

「りゅ、龍惺……?」

 座る事は出来るから隣に降ろされるかなと思ってたんだけど、腰を下ろした龍惺の膝の上に横向きに座らされて強く抱き締められた。
 長く息を吐いた龍惺が額に頬擦りしてくる。

「頼むから、俺の見てねぇとこで危ない事すんな。心臓に悪い」
「ご、ごめんなさい」
「あと、転びそうな時に目ぇ瞑んのはやめとけ」
「……はい」

 龍惺が心配性だっていうのは重々承知してたから気を付けてたのに、ついうっかり朝ご飯を優先したばかりに龍惺の心臓にまで負担をかけてしまった。
 申し訳なくて龍惺の頬に触れて撫でると目を閉じて擦り寄せて来る。
 久し振りに見る可愛い龍惺に思わずキュンとしてしまった。

「ふふ、龍惺可愛い」
「こんな図体でけぇ野郎に可愛いとか、お前も大概変わってるよな」
「龍惺だって僕の事可愛いって言うじゃない」
「それとこれとは違うだろ……ったく」

 あ、可愛い龍惺終わっちゃった。
 残念に思っていると、頬に触れていた手が取られ唇を塞がれる。軽く啄まれたあと離れてくるりとテーブルの方を向かされた。

「さ、朝飯食うぞ」
「じゃあ隣に……」
「お前の席はここ」

 食べるなら降りようと思ったのに、腰を掴まれてついでに箸も持たされてしまう。目の前には美味しそうな朝ご飯が寄せられ、完全に龍惺の膝の上で食べる事になってしまった。

「邪魔じゃない?」
「お前を邪魔だと思った事は一度もない。ほら、あーん」
「……あー」

 そういう事じゃないって言おうとしたんだけど、口元にだし巻き玉子が運ばれ目を瞬いてから口を開ける。噛んだ瞬間じわっとお出汁の味が口内に広がってすごく美味しい。
 この旅館のお料理、食事処もそうなんだけど全部全部美味しくて、この朝食で最後だなんてすごく残念。そんな気持ちが顔に出てたのか、龍惺が小さく笑って解した魚の身を食べさせてくれた。

「あっという間だったな」
「うん。でもすっごく楽しかった」
「俺の立場上そんな頻繁には無理だけど、絶対また来ような。来年の記念日には飛行機に乗んのもいいし、船でもいい」
「もう来年の話してくれるの?」
「来年だけじゃなくて、再来年も明後年もそれ以上も。これからいくらだって未来の話が出来るんだ。詩月にも話して欲しい」

 その言葉に少しだけ驚いて龍惺を振り返ると、優しく微笑む顔が近付きこめかみに口付けられる。
 あの頃には出来なかった未来の話。僕たちがこの先もずっと、こうして思い出を作っていくっていう約束。

「来年は龍惺が行きたいところに行こう? 再来年は僕が決めて、その次はまた龍惺。そんな風に交代で考えようよ」
「そうだな、それも楽しそうでいいな」
「龍惺とならどこでも幸せだから、一緒にいろんな事しようね」
「ああ」

 持っていただけになっていた箸を置き、振り返って龍惺の首に腕を回してはにかむと彼の薄い唇へ口付けた。





 お昼前に旅館をチェックアウトする際、女将さんにたくさんの感謝をしてお別れし、荷物をトランクに詰めて車に乗り込んだ僕と龍惺は帰るために現在高速道路を通ってる。
 途中で行きとは違うサービスエリアにも寄るけど、時間に余裕があるからか割とゆっくり景色が流れてる気がして少しだけぼんやりしていると龍惺に呼ばれた。

「何?」
「土産渡してぇから実家寄るな」
「うん」
「誠一さんとこはどうする? 時間かかるけど、今日行くなら連れてく」
「お父さんのは送っておくからいいよ。龍惺は、お家に帰ったらゆっくり休んでね」
「いいのか? 誠一さん、詩月に会いてぇんじゃねぇの?」
「テレビ電話するから」

 龍惺の実家は帰り道にあるからいいけど、僕の実家は逆だし家からでも数時間かかる。ずっと運転し通しで疲れている龍惺に更に距離のある運転なんてさせられない。
 僕のお父さんだから気にかけてくれるんだろうけど、今は龍惺の休息の方が大事だ。

「お前、意外に誠一さんには辛辣だよな」
「そうかな? 親子なら普通だと思うよ?」
「そうなの、か?」
「そうだよ。龍惺だって、航星さんには厳しいじゃない」
「……それもそうか」

 龍惺と航星さんのやり取りって、なんか友達同士の口喧嘩みたいな感じなんだよね。航星さんは軽くあしらってるように見えるけど。
 あの頃を考えると、本当に仲良くなったなって思う。

「次のサービスエリア寄るか」
「うん」

 チラリと時計を見ると、もうすでに二時間は車を走らせてくれてる。行きもそうだし、遊園地に行く時もお出かけの時も、ずっと集中して運転してくれてるんだよね。
 僕に何か出来る事ないかな。

「何でも一つ願いが叶うとしたら、龍惺は何をお願いする?」
「誰が叶えてくれるかによるな」
「僕」
「詩月か。そうだな……裸エプロン?」

 龍惺が望んでくれるならと思って聞いたのに、予想もしていなかった言葉が出て面食らってしまった。
 は、裸エプロン?

「え、本当にして欲しいの?」
「詩月がしてくれんなら見てぇかな」
「じゃあ龍惺も……」
「何でだよ」

 僕は貧相だから何の面白味もないけど、龍惺ならすごくセクシーな裸エプロンになりそう。でもそうなるとずっとドキドキしてダメかもしれない。
 うっかり想像してしまって顔が赤くなる。
 そんな僕を横目で見た龍惺はクスクスと笑いながらハンドルから片手を外し頭をポンポンと軽く叩いてきた。

「エロいなー、詩月。何想像したんだ?」
「な、何も想像してない、です」
「はは、分っかりやす」
「もう、龍惺が裸エプロンとか言うからだよ」
「浮かんだのがそれだったんだよ。お前が恥ずかしがり屋なのは知ってんだから、無理なら無理でいいんだって」

 仮に龍惺が本気でやって欲しいって言っても裸エプロンはさすがに恥ずかしすぎて無理かもしれない。
 サービスエリアへとハンドルを切る龍惺の横顔をチラリと見て、たっぷり時間をかけて考えた僕は、車が駐車場に停まった頃に眉尻を下げて手を合わせた。

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