焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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新婚旅行編

欲しいもの

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 遊園地の思い出話に花を咲かせてて寝るのが遅くなった僕と龍惺は、大きく欠伸をしながらもどうにか起きて、運ばれて来た朝食を食べたあと少し休憩してから車に乗り込んだ。
 途中で眠気覚ましにコーヒーが飲みたいと龍惺が言うものだから近くのコーヒーショップをナビで検索し、龍惺には駐車場にいて貰って僕が買いに行く。エスプレッソ追加で濃い目にして貰ったコーヒーとカフェオレを購入し店員さんにお礼を言って車に戻ると、珍しく車の中でうたた寝している龍惺がいて目を瞬いた。

(疲れてるのかな)

 ずっと運転してるし、昨日は遊園地で遊んだあとなのに夜更かししちゃったし、寝不足も相俟って寝落ちちゃったんだろうな。
 起こさないように助手席に乗り、とりあえず今は半ドアで閉めておく。

(今日は早めに切り上げた方がいいかも)

 こうして考えると、五日目は家でのんびりの予定にしておいて本当に良かった。
 運転席と助手席の間にあるドリンクホルダーにコーヒーとカフェオレを置いて靴を脱ぎ、膝を抱えて龍惺の寝顔を眺める。
 睫毛長いなとか、鼻筋も通ってて綺麗な形してるなとか、唇薄くて少しだけカサついてるなとかここぞとばかりに見てるけど、気配とか割と敏感なはずなのに起きない。

(龍惺って、綺麗っていうより男らしい顔立ちなんだよね。美形な事には変わりないんだけど、ちゃんと男の人)

 身長も体格も僕よりも大きくて、抱き締められると包まれてるって感覚が強くて安心する。
 何だか寂しくなって軽く人差し指の先で腕をつんつんしてみると、僅かに身動いだから慌てて引っ込めた。

「……詩月……」
「? ……寝言?」

 どんな夢を見てるのかは分からないけど、幸せだと思える夢ならいいな。
 それよりも、ここからあとどれくらいかかるんだろう。何ならお昼からの出発でも良かったかもしれない。
 いっぱいデートしたいって気持ちでいっぱいだったから、早めに出るって言う龍惺の言葉に甘えちゃったけど……こういうとこがダメなんだよなぁ。
 もっと龍惺みたいにスマートな大人にならなきゃ。

「甘やかしの弊害が出てる気がする……」
「ん……」
「……起きた?」
「……悪い、落ちてたな」
「疲れてるんだよ。ごめんね、運転代われなくて」
「いいって。お前が助手席にいる事に意味があんだから」

 グリグリと僕の頭を撫でたあと、目頭を軽く揉んで少し冷めたコーヒーに口を付けた龍惺はメーターパネルを見て僕側のドアを指差す。半ドアだったの忘れてた。
 一回開けて今度はちゃんと閉めてから靴を履き直してシートベルトを装着する。これもすっかり慣れて、今ではスっと引っ張ってカチッと嵌められるようになった。最初は本当、手間取りまくってたからなぁ。
 シートに寄り掛かりいいよの意味を込めて運転席の方を見ると、龍惺はふっと笑って頷き車を発進させた。





 旅館からおよそ一時間。
 最初は予定通り繁華街まで行こうと思ってたんだけど、途中で巨大なショッピングモールを見付けたから龍惺に進路変更してもらった。大きな立体駐車場に車を停めて降り、連絡通路を渡ってモール内に入ると平日なのに思ったより人がいて少し驚く。
 お店が開く時間に合わせてくれたから全店舗営業中だけど、まずはどこから行こうかな。

「詩月」
「何?」
「万が一はぐれた時の事決めとくか」

 今まで一度もした事がない話をされ、思わずしっかりと握り合った手に視線を移すと、繋いでいない方の手で頭を撫でられ首を傾げる。
 擦れ違った二人の女性が龍惺を振り返りヒソヒソと話しているのが視界の端に見えた。

(はぐれたら、龍惺は絶対ナンパされまくる)

 高校生の時も、僕が少しでも待ち合わせ場所に遅れて行くと、必ずと言っていいほど傍に女の人が立ってたし。これだけカッコイイんだから仕方ないけど、龍惺の隣に僕以外の人がいるのは嫌だ。
 離れてた間は、龍惺が幸せならそれだけでいいって思ってたのに、ずいぶんと貪欲になってしまった。

「詩月、聞いてるか?」
「……え? あ、ごめんなさい。聞いてなかった……」
「大事な話してんだから、ちゃんと聞け」
「はい」

 軽く頬を抓まれ背筋を正して真剣な顔をすると、少しだけ目を瞬いた龍惺は小さく笑って近くの案内板を指差した。
 階数と各店舗名、それから現在地が記されたモール内マップだ。

「もしはぐれたら、まず自分が何階にいてどこの店の近くにいるか確かめろ。教えてくれたら俺が行くから、絶対そこから動くなよ」
「うん」
「まぁ、手ぇ離さなきゃまずはぐれる事はねぇんだけどな」
「ずっと繋いでる」

 今だって指を絡めたいわゆる恋人繋ぎをしているけど、龍惺は元々気にしない人だし、僕ももう周りの目は気にしていないからずっとこのままでいるつもり。
 男同士で気持ち悪いってヒソヒソされる事もあるけど、誰かが龍惺に近付くより全然マシだ。
 ギュッと繋いだ手に力を込めると、龍惺は僅かに頭を傾けたあと僕の額に口付けて来た。さすがにそれは想定外で、空いている方の手で押さえた僕に楽しそうな顔をし、「行くぞ」と言って歩き出す。
 さっきの女の人たち驚いた顔してた。ちょっと恥ずかしい。


 このショッピングモールには複数のアパレルショップを始め、本屋さんやアウトレットの雑貨屋さん、駄菓子屋さんにゲームセンターといろいろお店が入っていて、歩くだけでも楽しい場所だと思った。
 僕は基本的にウインドウショッピングが好きであんまり買う事はないんだけど、龍惺は気になったらすぐ中に入って店員さんとも話したりするから割と一店舗の滞在時間が長かったりする。
 今は靴屋さんにいるんだけど、次から次へとスニーカーが足元に置かれて僕は困惑していた。

「詩月は足首ほせぇからゴツイのも可愛くていいな。ああ、ハイカットとかもどうだ? こっちのは靴紐も選べるらしいから、好きな色や柄で決められるし形も悪くねぇよ?」
「ねぇ龍惺、僕つい最近スニーカー買って貰ったばっかりなんだけど」
「あって困るもんじゃねぇだろ? あ、この厚底、デザイン可愛くね?」

 欲しい物以外は買わないでって言ったのにもう忘れてる。でもこの厚底は部分部分がメッシュで通気性も良さそうだし、カラフルな靴紐が少し太めで確かに可愛い。真っ白なソール部分は雲みたいな形をしていて、アウトソールが防滑仕様で雨の日でも安心なタイプだ。
 汚れは目立つけど、僕が持ってるスキニーは黒が多いからやっぱり白の方がいいかな。

「じゃあこの厚底にする」
「これだけでいいのか? 並べたもん全部買っても箱で置いとけるけど」
「これが気に入ったから」

 履いてなんぼの靴なのに、そんなにあったら履く機会さえもなく仕舞ったままになりそうで、これだけにして貰えるように厚底スニーカーを持ち上げて笑いかける。そうすれば龍惺は諦めて一つだけにしてくれるから、支払っているうちに足元に並んでいた靴を元の場所に戻した。

「詩月、今履くか?」
「ううん。靴擦れしたら大変だし、帰ってから少しずつ慣らす」
「それもそうだな」
「ありがとう、龍惺。大事に履くね」
「ああ」

 今履いてるスニーカー、やっと履き慣れたところなんだよね。でも僕に似合いそうって龍惺が選んでくれた気持ちは嬉しいから腕に身を寄せてお礼を言うと、肩を抱かれて次はあそこに行こうと指を差される。
 その先にはお洒落な雑貨屋さんがあって、店頭にはオススメと書かれたポップが飾られたバス用品が陳列されていた。
 お店に近付いてみると、細々した物が商品棚に並べられている。

「詩月、こういうの好きなんだろ? 俺は使わねぇから気にもしてなかったけど、こないだおふくろから入浴剤使ったら喜んでたって聞いたから」
「龍惺が好きじゃないんだと思ってた」
「そんな洒落たもんに興味がなかったっつーのが正しいな。でも詩月が好きなら別。せっかくだし、買って帰ろう」
「いいの?」
「いいよ。むしろ、そういう時は教えて欲しい。大体は俺が興味ねぇだけだから」

 本当に龍惺って優しい。いつも僕が気負わないように言ってくれて、素直に欲しいって甘えさせてくれる。多少強引なところはあるけど、全部僕のためなんだよね。
 入浴剤のコーナーに向かいどれにしようかと目を通してみるけど……同じ香りの物でもこんなに種類があるんだ。

「龍惺、見てみて。バラの香りだって。こっちは桜で……わ、イチゴとかもある」
「あー…悪い、甘ったるいのは勘弁してくれ」
「ふふ、分かってる。ならやっぱり温泉が無難かな。ほら、全国湯めぐりとかあるよ」
「温泉ならいつでも連れてってやるのに」
「お家で入れる事に意味があるんだよ」
「そういうもんか?」

 確かに本物の温泉に入るのとは違うけど、いつでも手軽にお家のお風呂で温泉気分を味わえる事がすごいんだから。

「すげぇな……マカロンだのケーキだの、女が好きそう」
「贈り物に最適だよね」
「詩月はこういうタイプ、好きか?」
「好きだけど、勿体なくて使えない。特にこんな風に可愛くラッピングされてると開けるのも躊躇っちゃう」
「じゃあやめとくか」

 そもそも可愛すぎて男の自分には似合わないと思う。
 そう思いながら湯めぐりの箱を手に他にどんなものがあるか見ていると、様々なキャラクターのおまけ付き入浴剤の棚に代わった。ヒーロー物からアニメ、ゲームなどものすごい種類がある。その中の一つに懐かしの喫茶店メニューというバスボールを見付けて何気なく手に取った。
 どうやら中から、昔ながらの喫茶店メニューのミニチュアが出て来るらしい。

「メロンクリームソーダ、ナポリタン、プリンアラモード……」
(か、可愛い、可愛すぎる!)

 いつからかは忘れたけど、僕はミニチュアが好きで、特にこういった実際にある物が小さくなってるっていうのに堪らなく惹かれるんだよね。それが精巧であればあるほどうわぁってなる。だからドールハウスとかジオラマとかは飽きずにずっと見てられるくらい好き。

「いいのあったか?」
「龍惺、これも欲しい」
「ホント好きだな、ちっこいやつ」
「うん、好き」

 可愛いは正義って良く聞くけど、子供も動物も物も、そこにいるだけ、あるだけで癒されるんだからまったくもってその通りだと思う。
 ホクホク顔で頷くと、「ふーん」と言って目を細めた龍惺が顔を近付けて来た。

「俺とどっちが好き?」
「へ? そ、それは……」
「それは?」
「……りゅ、龍惺に決まってるでしょ」

 聞かなくても分かってるくせに、すぐにヤキモチ妬くんだから。そもそも物にヤキモチって……。
 鼻先が触れるくらい間近なのも恥ずかしくて頬が赤くなるのを感じながら目を逸らして答えると、視界の端に見えた龍惺はニヤリと笑いバスボールを四つフックから抜いて、僕が持っている分と湯めぐりをヒョイっと取り上げてレジに向かい出した。

「あれ、え? 龍惺? 一個でいいよ?」
「運試しだよ。全部で五種類あるみてぇだし、被らなければ大成功」
「大成功って……」

 そういうのって、こうやって買う物じゃないんじゃないかな。それに僕はどれが出ても嬉しいのに。
 でも龍惺は、いつもは合わせてくれる歩調を自分のペースに戻して足早にレジに行きあっという間に支払ってしまった。
 袋詰めまで終わってしまってはもう何も言えず、せめて荷物を持とうとしたんだけどそのために出した手を繋がれて引っ張られる。腕に軽くぶつかったから謝ろうと思って見上げれば、すごく優しい顔をした龍惺がいた。

「もっと欲しいもん言って」
「え?」
「詩月の〝これ欲しい〟って言葉、すげぇ好きだし嬉しいから」
「あんまり甘やかさないで」
「やだ、無理」

 まるで子供みたいな言い方に目を瞬いている間に歩き出した龍惺に手を引かれて自分も足を動かす。
 どうしよう、このままだと本当にダメ人間になってしまいそうだ。

「ねぇ龍惺、龍惺は欲しい物とかないの?」
「欲しい物? ……一番欲しかったもん手に入れてるから、他のもんは霞んで見えんだよな」
「一番欲しかったもの?」
「詩月」
「僕?」
「俺が初めて欲しいって思ったのは詩月で、今は傍にいてくれてるからな。他には思い浮かばねぇ」
「……」

 こういう事をサラリと言えちゃう龍惺、本当にすごいと思う。キザっぽいけど、それが似合うんだもんなぁ……ドキドキして来た。
 でもせめてお礼くらいはしたいんだけど。

「じゃあ、もし欲しいって思った物があったら教えて?」
「プレゼントしてくれんの?」
「うん、させて」
「分かった。もしあったら言うな」
「絶対だよ? こっそり自分で買ったりしちゃダメだからね?」
「はいはい」

 しっかり釘を刺しておかないと、龍惺は僕に見付からないように買ったりするからちゃんと目を光らせなきゃ。
 ぎゅっと腕に抱き着き「約束だよ」と小指を出せば、苦笑した龍惺は自分の小指を絡めて指切りしてくれた。


 そのあと、「あ」と短く声を上げた龍惺に連れられて入った生活雑貨のお店でパウチ型のレトルト食品やお菓子、キッチン用品などをたくさん買う龍惺を見た僕は、ショッピングモールはデートには不向きなんだと認識するのだった。
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