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新婚旅行編
迷子の女の子【龍惺視点】
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兎の耳を着けてはしゃぐ詩月は、そりゃもう可愛かった。
俺は途中で痛みを感じたから外したけど、詩月には後で全部着けさせてみっかな。
「空中ブランコ、結構高くて早かったね」
「だな。モチーフ的に子供向けかと思ってたけど、意外にちゃんとしてて驚いた」
「龍惺、ジェットコースター平気な人?」
「……たぶん? 来た事ねぇんだよな、こういうとこ」
家族で出掛ける事はあっても、大抵がリゾートホテルだの高級老舗旅館だのばっかで、それも親父の仕事のついでみてぇなもんだったから、遊園地に来た記憶はない。
親父は基本仕事人間だし、構って貰った記憶がない訳じゃねぇけど……まぁだからこそ継ぎたくねぇってなったんだろうな。
何気なく親子連れを見てると詩月が腕に抱き着いて来た。
「じゃあ今日は龍惺の初めてがいっぱいなんだね。一緒に体験出来て嬉しい。あ、カメラ持って来たんだよ。写真もたくさん撮ろうね」
こういうところ、ホントにいいなって思う。
変に慰めたり気まずそうにしたり、詩月は最初からそういうのなかったんだよな。俺が玖珂の息子だって知っても、驚きはしたけど「そうなんだ」で終わってたし。
他の奴らは〝玖珂〟の名前しか見てなかったのに。
だからか、詩月には〝玖珂〟の名前を使ってでもいろいろしてやりたいって思う。
「あ、ねぇ龍惺、射的あるよ」
「ん?」
「やってみて欲しいな。銃構えてるとこ、見てみたい」
そんなキラキラした目で見られたら断れるはずもなく、俺は射的屋の兄ちゃんに声をかけやり方を聞いてからコルクを銃口に詰め構える。意外にも勢い良く発射されたが、景品の横を掠めただけで成果はない。
っつーか、どうせなら上位のもんが欲しいよな。ここのマスコットキャラでもある兎か猫のぬいぐるみとか。
あの箱を倒せば貰えるらしい。あと四発でどこまで寄せられるかだな。
「詩月」
「?」
「あれ取れたら、ここにキスな」
「!」
人差し指で自分の頬を示すと赤くなって口をパクパクさせんのは、まぁ場所が場所だからだろう。でもこれ、取れなかったらただの恥ずかしい奴だよな。
まぁ結果は当然として、兎のぬいぐるみを無事獲得する事が出来た訳だけど、詩月の表情は複雑だ。
「ほら」
「……もう」
ぬいぐるみを渡し、顔を近付けると恥ずかしそうにしながらも頬に口付けてくれる。すぐにぬいぐるみに隠れたけど、耳が赤いから照れているのは丸分かりだ。
詩月には言わねぇけど、牽制の意味も含んでんだよな、これ。
さっきからチラチラチラチラ、視線が鬱陶しい。あの中継見たとして俺らの顔を覚えてる奴なんてそうそういねぇとは思ってんだけど、それでもこんだけ人がいりゃ気付く奴もいるっぽい。
俺や詩月の見た目で近付いてくるのも多いし、見せ付けておくのも悪くねぇだろ。詩月は気付きもしねぇが。
「詩月、次どれ?」
「ジェットコースター」
「お前は大丈夫なのか?」
「子供の頃はいっぱい乗ってたよ?」
「……ガキの頃平気だったもんって、大人になると意外に怖く感じたりするんだよな」
「え?」
それが当てはまるかどうかは人によるけど。
「ま、乗ってみりゃ分かるか」
「何で乗る前にそんな事言うかな……」
恨みがましく呟く詩月に苦笑し俺よりも小さな手を取って歩き出す。
詩月の事だから案外ケロッとしてるかもしれねぇしな。
ってか、ジェットコースター、二種類あんのか。
「どっち乗る?」
「? ……こっち、子供向けだよ?」
「詩月ならこっちのがいいかと思って」
「意地悪。龍惺だって乗るんだからね」
「写真撮ってやるから」
さすがに兎の顔したファンシーなジェットコースターに乗るのは勘弁だ。
肩を竦めた俺に可愛らしくムッとした詩月は、今度は先に立って少し早足で歩き、子供向けではなく普通のジェットコースターの方へと向かい始めた。
拗ねてるな、これ。
「詩月」
「……」
「しーずーく」
「…………何」
「可愛いな、お前」
「……?」
脈絡がなかったせいか、思いっきり怪訝な顔をされてしまった。それに吐息だけで笑い頭を撫でると、少しだけ機嫌が直ったのかさっきよりはゆっくりめの歩調になる。
兎の耳つけて兎のぬいぐるみを抱いてる詩月は文句なしに可愛くて、誰の目にも触れさせたくねぇから欲を言えばこのまま連れて帰りたい。そんな事すりゃ拗ねるどころか怒るだろうからしねぇけど。
初めてのジェットコースターは割とスリリングで、急降下するコースでは尻の浮く感覚が妙にゾワゾワして面白かった。詩月は隣で笑い声を上げてたから楽しかったんだろう。
ジェットコースターから降り、少し休憩しようと屋台から見えるベンチに詩月を座らせ飲み物を買いに行く。さすがに喉が渇いてる時にカフェオレはねぇから、オレンジジュースと烏龍茶を注文して戻れば詩月の隣に女の子が座っていた。
俺が戻るとビクッとして詩月の腕に隠れる。
「どうした?」
「あ、龍惺。この子、ご両親とはぐれたみたいで……」
「そうか。結構人が多いし、小せぇと見えねぇよな」
「カチューシャ、あげてもいい?」
「ああ、いいよ」
それでこの子が泣かなくなるなら安いもんだ。
余っていた三種類からハムスターのカチューシャを選んだその子の頭に着けてやり、笑顔で頭を撫でる詩月に自然と口元が緩む。
恐らく親の方も捜してるだろうし、早々にインフォメーションで迷子案内して貰った方がいい。
「お名前言える?」
「さな……」
「さなちゃんだね。ねぇさなちゃん。今から僕とこのお兄ちゃんと一緒に、パパとママを見付けてくれるお姉さんたちのところに行かない?」
「……やだ」
「怖くないよ?」
「やだ。お兄ちゃんといる」
今回は〝お姉ちゃん〟に間違われなかったのかとも思ったが、ヒーローショーでの件もあるためもしかしたら言われたけど訂正したのかもしれないな。
さなは詩月の腕に力いっぱいしがみついたまま首を振ってる。
見た目から優しい詩月は子供に好かれやすく、詩月も子供が好きだからか驚くくらい仲良くなるスピードが早い。傍か落ち着くってのもあるみてぇだが、さなは詩月と離れたくないんだろうな。
その様子にどうしようと考え込んだ詩月は、何かを訴えるようにチラリと俺を見上げてきた。
……はいはい、見付けてやりたいんだな。
苦笑して頷くとパッと嬉しそうな顔をしてさなへと視線を下ろす。
「じゃあさなちゃん、僕たちと一緒にパパとママを捜す?」
「いっしょ?」
「うん。見付かるまで一緒にいるよ」
「……お兄ちゃんといく」
この子、何歳くらいだろうか。洋兄んとこの美玖と同じくらいか、ちょい下くらいか? 何にせよ、こんだけ小せぇと満足には動けねぇだろうな。詩月はぬいぐるみを抱えてるし、俺の方が背ぇ高いからさな的には見付けやすいとは思うが……まぁ聞いてみるか。
俺は飲み物を詩月に渡してから腰を下ろしてさなと目線を合わせると、なるべく怖がらせないよう両手を差し出してみた。
「兄ちゃんで良ければおいで」
「……」
「大丈夫だよ。お兄ちゃん怖くないから」
「……うん」
小さく頷き腕を伸ばして来たさなを抱き上げるとその軽さに驚く。子供なんて抱っこした事ねぇしな……そうか、子供がいたらこんな感じなのか。
とりあえずさなが来た方に歩きつつ人混みに視線を走らせる。
「パパとママ、いたら教えてね」
「うん」
「ちょっと捜しても見付かんなかったら、迷子案内だな」
「そうだね」
もしかしたら両親もそこを頼りにしているかもしれないし、捜している間に放送が流れるかもしんねぇしな。
結局三十分くらいかけたが足では見付けられず、泣き出しそうなさなを宥めインフォメーションに向かえば真っ青な顔をした若い夫婦がいて、さなは無事両親との再開を果たせた。
何度も頭を下げる夫婦と笑顔のさなに手を振って別れる頃には昼も過ぎていて、屋台を見ながら何を食べるかという話になった時、唐突に詩月に腕を引かれつんのめる。
「龍惺、あれ、あれ食べたい」
「あれ? ……兎型のハンバーガー?」
「うん」
すげぇ食いにくそうだけど、詩月が食いたいならと列に並ぶ。ホットドッグやらポテトやらいろいろあるけど、ハンバーガーは兎の形で、パンケーキは猫の形をしているみたいだ。……俺はホットドッグでいいか。
ピークも過ぎたおかげですぐに購入出来たし、テーブルも確保出来た。向かい合って座りお互い食べ始める。
崩れないようにと刺してあったピックを抜き、豪快に耳にかぶりついた詩月は咀嚼しながらも何か考え込んでいるようで、嚥下したあと目を伏せてポツリポツリと話し始めた。
「さっき、さなちゃんを抱っこしてる龍惺見て思っちゃった。子供がいたらこんな感じなのかなって」
「それは俺も思った。俺たち周りからは親子連れに見えてんのかなとか、そうだといいなとか」
「ふふ。さなちゃん、すっごく可愛かった。龍惺が抱っこすると、小さい子がより小さく見えるね」
「初めて子供を抱っこしたけどな。思った以上に軽すぎてびびった」
子供と触れ合う機会なんてなかったし、美玖ともほとんど接してねぇから少しだけ新鮮に感じた。
どっちかってーと、子供の方が俺を怖がるし。
「一口食べる?」
「じゃあこっちもやる」
顔を上げにこっと笑った詩月はハンバーガーを指差して首を傾げる。頷いて容器を交換し、少し迷ってから耳がなくなった方を齧ると肉汁が溢れた。見た目は可愛らしいが、味はしっかりついていて美味い。
詩月も口いっぱいに頬張ってリスみてぇになってる。
「んーんー」
「そうだな、美味いな。喉詰めんなよ」
ハンバーガーを詩月の前に戻し、オレンジジュースを寄せながら言えば何度も頷く姿が微笑ましい。
何か、詩月が幸せそうにしてるだけで腹も胸も満たされるな。
「次、何乗るか考えとけよ」
食ったばっかだし、絶叫系以外でと言えばまた何度も頷く。
時間をかけつつもどうにかホットドッグを飲み込んだ詩月は、オレンジジュースを飲んだあと満面の笑顔でコーヒーカップを指差した。
俺は途中で痛みを感じたから外したけど、詩月には後で全部着けさせてみっかな。
「空中ブランコ、結構高くて早かったね」
「だな。モチーフ的に子供向けかと思ってたけど、意外にちゃんとしてて驚いた」
「龍惺、ジェットコースター平気な人?」
「……たぶん? 来た事ねぇんだよな、こういうとこ」
家族で出掛ける事はあっても、大抵がリゾートホテルだの高級老舗旅館だのばっかで、それも親父の仕事のついでみてぇなもんだったから、遊園地に来た記憶はない。
親父は基本仕事人間だし、構って貰った記憶がない訳じゃねぇけど……まぁだからこそ継ぎたくねぇってなったんだろうな。
何気なく親子連れを見てると詩月が腕に抱き着いて来た。
「じゃあ今日は龍惺の初めてがいっぱいなんだね。一緒に体験出来て嬉しい。あ、カメラ持って来たんだよ。写真もたくさん撮ろうね」
こういうところ、ホントにいいなって思う。
変に慰めたり気まずそうにしたり、詩月は最初からそういうのなかったんだよな。俺が玖珂の息子だって知っても、驚きはしたけど「そうなんだ」で終わってたし。
他の奴らは〝玖珂〟の名前しか見てなかったのに。
だからか、詩月には〝玖珂〟の名前を使ってでもいろいろしてやりたいって思う。
「あ、ねぇ龍惺、射的あるよ」
「ん?」
「やってみて欲しいな。銃構えてるとこ、見てみたい」
そんなキラキラした目で見られたら断れるはずもなく、俺は射的屋の兄ちゃんに声をかけやり方を聞いてからコルクを銃口に詰め構える。意外にも勢い良く発射されたが、景品の横を掠めただけで成果はない。
っつーか、どうせなら上位のもんが欲しいよな。ここのマスコットキャラでもある兎か猫のぬいぐるみとか。
あの箱を倒せば貰えるらしい。あと四発でどこまで寄せられるかだな。
「詩月」
「?」
「あれ取れたら、ここにキスな」
「!」
人差し指で自分の頬を示すと赤くなって口をパクパクさせんのは、まぁ場所が場所だからだろう。でもこれ、取れなかったらただの恥ずかしい奴だよな。
まぁ結果は当然として、兎のぬいぐるみを無事獲得する事が出来た訳だけど、詩月の表情は複雑だ。
「ほら」
「……もう」
ぬいぐるみを渡し、顔を近付けると恥ずかしそうにしながらも頬に口付けてくれる。すぐにぬいぐるみに隠れたけど、耳が赤いから照れているのは丸分かりだ。
詩月には言わねぇけど、牽制の意味も含んでんだよな、これ。
さっきからチラチラチラチラ、視線が鬱陶しい。あの中継見たとして俺らの顔を覚えてる奴なんてそうそういねぇとは思ってんだけど、それでもこんだけ人がいりゃ気付く奴もいるっぽい。
俺や詩月の見た目で近付いてくるのも多いし、見せ付けておくのも悪くねぇだろ。詩月は気付きもしねぇが。
「詩月、次どれ?」
「ジェットコースター」
「お前は大丈夫なのか?」
「子供の頃はいっぱい乗ってたよ?」
「……ガキの頃平気だったもんって、大人になると意外に怖く感じたりするんだよな」
「え?」
それが当てはまるかどうかは人によるけど。
「ま、乗ってみりゃ分かるか」
「何で乗る前にそんな事言うかな……」
恨みがましく呟く詩月に苦笑し俺よりも小さな手を取って歩き出す。
詩月の事だから案外ケロッとしてるかもしれねぇしな。
ってか、ジェットコースター、二種類あんのか。
「どっち乗る?」
「? ……こっち、子供向けだよ?」
「詩月ならこっちのがいいかと思って」
「意地悪。龍惺だって乗るんだからね」
「写真撮ってやるから」
さすがに兎の顔したファンシーなジェットコースターに乗るのは勘弁だ。
肩を竦めた俺に可愛らしくムッとした詩月は、今度は先に立って少し早足で歩き、子供向けではなく普通のジェットコースターの方へと向かい始めた。
拗ねてるな、これ。
「詩月」
「……」
「しーずーく」
「…………何」
「可愛いな、お前」
「……?」
脈絡がなかったせいか、思いっきり怪訝な顔をされてしまった。それに吐息だけで笑い頭を撫でると、少しだけ機嫌が直ったのかさっきよりはゆっくりめの歩調になる。
兎の耳つけて兎のぬいぐるみを抱いてる詩月は文句なしに可愛くて、誰の目にも触れさせたくねぇから欲を言えばこのまま連れて帰りたい。そんな事すりゃ拗ねるどころか怒るだろうからしねぇけど。
初めてのジェットコースターは割とスリリングで、急降下するコースでは尻の浮く感覚が妙にゾワゾワして面白かった。詩月は隣で笑い声を上げてたから楽しかったんだろう。
ジェットコースターから降り、少し休憩しようと屋台から見えるベンチに詩月を座らせ飲み物を買いに行く。さすがに喉が渇いてる時にカフェオレはねぇから、オレンジジュースと烏龍茶を注文して戻れば詩月の隣に女の子が座っていた。
俺が戻るとビクッとして詩月の腕に隠れる。
「どうした?」
「あ、龍惺。この子、ご両親とはぐれたみたいで……」
「そうか。結構人が多いし、小せぇと見えねぇよな」
「カチューシャ、あげてもいい?」
「ああ、いいよ」
それでこの子が泣かなくなるなら安いもんだ。
余っていた三種類からハムスターのカチューシャを選んだその子の頭に着けてやり、笑顔で頭を撫でる詩月に自然と口元が緩む。
恐らく親の方も捜してるだろうし、早々にインフォメーションで迷子案内して貰った方がいい。
「お名前言える?」
「さな……」
「さなちゃんだね。ねぇさなちゃん。今から僕とこのお兄ちゃんと一緒に、パパとママを見付けてくれるお姉さんたちのところに行かない?」
「……やだ」
「怖くないよ?」
「やだ。お兄ちゃんといる」
今回は〝お姉ちゃん〟に間違われなかったのかとも思ったが、ヒーローショーでの件もあるためもしかしたら言われたけど訂正したのかもしれないな。
さなは詩月の腕に力いっぱいしがみついたまま首を振ってる。
見た目から優しい詩月は子供に好かれやすく、詩月も子供が好きだからか驚くくらい仲良くなるスピードが早い。傍か落ち着くってのもあるみてぇだが、さなは詩月と離れたくないんだろうな。
その様子にどうしようと考え込んだ詩月は、何かを訴えるようにチラリと俺を見上げてきた。
……はいはい、見付けてやりたいんだな。
苦笑して頷くとパッと嬉しそうな顔をしてさなへと視線を下ろす。
「じゃあさなちゃん、僕たちと一緒にパパとママを捜す?」
「いっしょ?」
「うん。見付かるまで一緒にいるよ」
「……お兄ちゃんといく」
この子、何歳くらいだろうか。洋兄んとこの美玖と同じくらいか、ちょい下くらいか? 何にせよ、こんだけ小せぇと満足には動けねぇだろうな。詩月はぬいぐるみを抱えてるし、俺の方が背ぇ高いからさな的には見付けやすいとは思うが……まぁ聞いてみるか。
俺は飲み物を詩月に渡してから腰を下ろしてさなと目線を合わせると、なるべく怖がらせないよう両手を差し出してみた。
「兄ちゃんで良ければおいで」
「……」
「大丈夫だよ。お兄ちゃん怖くないから」
「……うん」
小さく頷き腕を伸ばして来たさなを抱き上げるとその軽さに驚く。子供なんて抱っこした事ねぇしな……そうか、子供がいたらこんな感じなのか。
とりあえずさなが来た方に歩きつつ人混みに視線を走らせる。
「パパとママ、いたら教えてね」
「うん」
「ちょっと捜しても見付かんなかったら、迷子案内だな」
「そうだね」
もしかしたら両親もそこを頼りにしているかもしれないし、捜している間に放送が流れるかもしんねぇしな。
結局三十分くらいかけたが足では見付けられず、泣き出しそうなさなを宥めインフォメーションに向かえば真っ青な顔をした若い夫婦がいて、さなは無事両親との再開を果たせた。
何度も頭を下げる夫婦と笑顔のさなに手を振って別れる頃には昼も過ぎていて、屋台を見ながら何を食べるかという話になった時、唐突に詩月に腕を引かれつんのめる。
「龍惺、あれ、あれ食べたい」
「あれ? ……兎型のハンバーガー?」
「うん」
すげぇ食いにくそうだけど、詩月が食いたいならと列に並ぶ。ホットドッグやらポテトやらいろいろあるけど、ハンバーガーは兎の形で、パンケーキは猫の形をしているみたいだ。……俺はホットドッグでいいか。
ピークも過ぎたおかげですぐに購入出来たし、テーブルも確保出来た。向かい合って座りお互い食べ始める。
崩れないようにと刺してあったピックを抜き、豪快に耳にかぶりついた詩月は咀嚼しながらも何か考え込んでいるようで、嚥下したあと目を伏せてポツリポツリと話し始めた。
「さっき、さなちゃんを抱っこしてる龍惺見て思っちゃった。子供がいたらこんな感じなのかなって」
「それは俺も思った。俺たち周りからは親子連れに見えてんのかなとか、そうだといいなとか」
「ふふ。さなちゃん、すっごく可愛かった。龍惺が抱っこすると、小さい子がより小さく見えるね」
「初めて子供を抱っこしたけどな。思った以上に軽すぎてびびった」
子供と触れ合う機会なんてなかったし、美玖ともほとんど接してねぇから少しだけ新鮮に感じた。
どっちかってーと、子供の方が俺を怖がるし。
「一口食べる?」
「じゃあこっちもやる」
顔を上げにこっと笑った詩月はハンバーガーを指差して首を傾げる。頷いて容器を交換し、少し迷ってから耳がなくなった方を齧ると肉汁が溢れた。見た目は可愛らしいが、味はしっかりついていて美味い。
詩月も口いっぱいに頬張ってリスみてぇになってる。
「んーんー」
「そうだな、美味いな。喉詰めんなよ」
ハンバーガーを詩月の前に戻し、オレンジジュースを寄せながら言えば何度も頷く姿が微笑ましい。
何か、詩月が幸せそうにしてるだけで腹も胸も満たされるな。
「次、何乗るか考えとけよ」
食ったばっかだし、絶叫系以外でと言えばまた何度も頷く。
時間をかけつつもどうにかホットドッグを飲み込んだ詩月は、オレンジジュースを飲んだあと満面の笑顔でコーヒーカップを指差した。
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