焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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高校生編

星と月

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 龍惺と恋人になってから早くも数ヶ月が経った。
 少しずつ暑さも増してきて、あと数週間もすれば夏休みになる。その前に期末試験があるのだが、遠巻きにされている詩月には分からないところを聞ける友人がいない。結果として龍惺に教えを乞う事になったのだけど、その事を早々に後悔した。

「ここはこっちの公式使うって言っただろ」
「は、はい」
「あとこれ、一か七か分かんねぇ」
「……はい」
「ここ、計算が違う」
「…………」

 現在、学校内にある図書室で隣合って教えてもらっているのだが、いつもは優しくて詩月にあれはこれはと聞いてきてくれる龍惺は、勉強に対してはとてもスパルタだった。
 躓いた問題は理解出来るまで繰り返しやらされ、解けるようになったら次は似た問題で試してくる。
 急いで書いて崩れてしまった文字にさえ厳しくて挫けそうだ。

「龍惺、怖い」
「赤点取りたくねぇんだろ? じゃあ頑張れ」
「……休憩しよ? 僕飲み物買ってくるから」
「…………ったく。いいよ、俺が買ってくる。いつものでいいか?」
「うん。ありがとう」

 溜め息をつき渋々立ち上がった龍惺はポケットに手を入れて図書室から出て行く。
 こういう時に自分が行くからと言っても押し問答にしかならない事はこの数ヶ月で学んだ。あと、ドリンク代さえ受け取ってくれない事も。
 だから最近は先回りして龍惺に飲み物を買ったりしているのだが、圧倒的に奢ってもらう率の方が高くて最近悩んでいた。
 何かお返し出来る事ってないだろうか。

 五分ほどして戻って来た龍惺は、カフェオレを差し出すと「それ飲んだら再開な」と言ってふっと笑った。





 スパルタ教師による連日の勉強会により無事赤点を回避どころか、おおよそ自分が取れるとは思えない点数に龍惺のすごさを知った夏休み前、終業式後はすぐに両親と旅行に行く事を伝えていたからかその前にデートしようと誘われた。
 今はその待ち合わせをしているのだが、今日は龍惺が連れて行きたいところがあるという事で詩月は何も知らないままだ。

 三ヶ月が経ち、龍惺の表情や口数もそれなりに増えた気がする。
 その間に実は龍惺が世界でも有名な大企業、〝玖珂コンツェルン〟の一人息子だと知って目が飛び出るくらい驚いたり、友人だという瀬尾を紹介して貰ったり、龍惺を見掛けるたびに何度か話しをした事のあるあさみが隣にいて胸がモヤモヤする事もあったりしたが、交際自体は順調で二ヶ月目でやっと手を繋ぐ事が出来た。
〝あの日〟以来抱き締められる事はなかったけど、頭を撫でられたり頬に触れられたりといったスキンシップは何度かあったのにも関わらず、手を繋ぐのに二ヶ月掛かったのは主に龍惺が気にしていたからだ。軽く触れるのとずっと触れているのとでは違うらしい。

 一部ではあさみが本命で詩月は浮気相手などと言われているが、龍惺の様子を見る限りは噂でしかないのだろう。ただその真意を聞く勇気は詩月にはなかった。


 待ち合わせ時間五分前に来た龍惺は先に待っていた詩月の頭を撫でると手を繋いで歩き出す。どこに行くのか聞いても着いてからのお楽しみとしか言わなくて首を傾げた。
 しばらく電車に揺られ、そのあとバスに乗り込み数十分。辿り着いた場所は、色とりどりの花が咲き誇る花畑ばかりのテーマパークで、その鮮やかな色彩に驚きと喜びの歓声を上げる。
 入場口から少し入ったところにある広場には子供でも楽しめるような乗り物や遊具もあり、ちょっとした公園のようだ。

「すごい! 綺麗!」
「こういうとこ好きだろ?」
「好き!」

 花に限らず目にも鮮やかで賑やかな物や場所は好きだ。
 少し下り坂になっていて、煉瓦で舗装された道の両側に区画分けされて咲いているのだが、穏やかな風が吹いてカラフルな絨毯がユラユラと揺れているように見える。
 人もそこまで多くないため写真もたくさん撮れそうで、さっそくスマホを取り出して一番上からの眺めを撮影した。画面いっぱいに花が満ちて思わず笑みが零れる。
 区画の間は土道だが通れるようになっていて、少し下から撮ればまるで花の中にいるような写真になりそうだと思った。

「詩月」
「?」

 土の道に入り花の間近でスマホを構えていると、不意に呼ばれて振り返った瞬間シャッターが切られる。レンズをこちらに向けた龍惺がニヤッと笑いもう一度カシャッと音がしたところで我に返った。

「い、今の顔、絶対間抜けだった…!」
「ンな事ねぇよ、可愛い」
「かわ…っ」
「詩月は花が似合うな」
「どうせ男らしくない顔してますよーだ」
「まぁ確かに綺麗な顔はしてるけど、それだけじゃねぇよ。雰囲気とか仕草とか、そういうの込みで言ってんの」

 自分の顔立ちがあまり好きではないため、世間では賛辞と称される言葉でも向けられるのはなるべくなら遠慮したい。
 だが龍惺に〝可愛い〟や〝綺麗〟と言われる事は不思議と嫌ではなく、むしろ嬉しいと感じるのはやっぱり好きな人だからだろうか。

 それからも詩月が花の写真を撮っていると龍惺に撮られるため、お返しにレンズを向けるとふっと微笑まれてこっちの方が照れてしまった。思わずシャッターを切ってしまったが、この笑顔は間違いなく自分に向けられたものだ。即座に保存した。

 緩やかとはいえ花を見るために降りた坂を今度は登らなくてはならず、戻る頃には軽く息が上がった二人はお土産屋にあるソフトクリームを食べる事にした。
 その際どっちが払うかで一悶着あり、これだけでも払わせてと懇願すると本当に渋々と譲ってはくれたが、その顔は不満げでつい苦笑してしまう。
 ソフトクリームはすごく甘くて、甘い物が苦手な龍惺は僅かに眉を顰めていた。


 花のテーマパークから出た二人は、せっかくだからと辺りを散策してみる事にし帰り道とは逆方向に歩き出した。
 こっちまでは来た事がないため物珍しくキョロキョロしていると商店街が目に入り、龍惺を誘ってアーチ状の天井で覆われた道へと入る。喫茶店や時計屋、靴屋、乾物屋などいろいろな店があり店先を覗くだけでもすごく楽しい。
 途中で龍惺が足を止めて何かを見ていたけど、どうしたのかと聞いても何でもないと首を振られ、背中を押されて別の店へと移動させられる。

 しばらくしてこの店には何があるのかと近付いていると、突然龍惺が「ちょっと待ってろ」と言って元来た道を戻って行った。不思議に思いつつも邪魔にならないよう端に寄って待っていると、今度は小さな紙袋を持って帰って来る。

「おかえりなさい」
「ただいま。これやる」
「え?」

 有無を言わさぬ勢いで渡され目を瞬いた。紙袋の中には詩月の両手に収まるほどの大きさの木箱が入っていて、手首に紙袋の持ち手を引っ掛けて取り出すと蓋を開けて驚く。
 細く裁断された緩衝材代わりの紙の上に、光沢のある銀色の星と月のキーホルダーが個包装されて並んでいたのだ。

「お前と俺の名前が月と星でお揃いみたいだって前に言ってただろ? それセット売りで、俺らみたいだなって思って。買うか悩んだけど、やっぱ詩月に渡したくて買って来た」
「…………」
「……詩月?」
「ちょっと、びっくりして……」

『龍惺の名前って星が入ってるんだね。ほら、僕は月だし、〝りゅうせい〟って読み方は流れ星でもあるし……ふふ、二人とも夜空に関連してる名前が入ってるなんて、お揃いみたいで素敵だね』

 いつだったか、お互いの名前の漢字を並べて書いた時に言ったその台詞。本当に何気なく口にしただけなのに覚えてくれていたとは思わなかった。
 じわじわと心に嬉しさが満ちてきて口角が上がる。

「すっごく嬉しい。ありがとう、大事にするね」
「ん」

 小さな物から手の平サイズのものまでくれる龍惺だが、この思いがけないプレゼントが一番グッときたかもしれない。
 蓋をして胸元でギュッと抱き締めてはにかむと龍惺も小さく笑って頷いてくれた。

(一生の宝物にしよう)

 龍惺の星と詩月の月。
 それが二人にとってどれほど大切な物になるかは、今の彼らには知る由もない。
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