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高校生編
初めてのデート
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あれから慣れないながらにあーでもないこーでもないと考えているうちにとうとう前日になってしまった。一度だけ「決まったか?」と聞かれたが、もう少し待って欲しいと伝えるとそれ以降言われなくなったのは本当に有り難かった。
でもさすがに今日中には答えないと申し訳ないから、今も必死にスマホと睨めっこしている。
遊園地はハードルが高いし、水族館は室内だから緊張してしまう。買い物もちょっと違う気がするし、カラオケやスポーツ施設も自分の性格的に楽しめないと思う。
ならば残る候補は動物園しかないと、時間もないためそこに決定し龍惺へと地図と共にメッセージを送ればすぐに返事が来て、「分かった」のあとに待ち合わせ時間と場所が返ってきた。
こんなにギリギリになってしまったのに一言も責められなかった上に、すぐに必要な情報をくれる辺りやっぱり優しい。
デートだと思うと緊張して眠れなくなってしまうから、明日までは友達と遊ぶんだと考えるようにして、いつもより遅めの時間にベッドに入った。
結局暗示も虚しく、眠れたのはそれから二時間ほどしてだとは思うが、アラームで起きれた事が奇跡なくらい眠くて堪らない。
オーバーサイズのパーカーとスキニーに着替え、寝惚け眼で支度をしていると出なければいけない時間を少し過ぎていた。慌ててショルダーバッグを下げて一階に降りると母から声をかけられる。
「詩月、お出掛け? ご飯は?」
「時間ないから外で食べる。行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「はーい」
手を振って見送ってくれる母に振り返し、玄関から出て走り出す。待ち合わせ場所にはなるべく早く着くようにと時間を決めていたから余裕とはいえ、もし龍惺の方が先に待っていたら申し訳が立たない。
駅の西口にあるモニュメントの前と書いてあったが、どうやらまだ来ていないようで安心した。
不思議な形をしていて何がモチーフか分からない物の前に立ち、左側の前髪を耳に掛けて息を整えていると妙な視線を感じる。
チラリと目線だけを向ければ、三人組の男がニヤニヤしながらこちらを見ている事に気付いた。
(やだな……)
ああいった視線を受けるのは初めてではないとはいえ意図する事が分かるだけに嫌悪感しかない。
視界の端で彼らが動いたのが見えて身構えていると、ふっと遮られ影がかかった。
「悪い、待たせた」
「……!」
聞き知った声に顔を上げるもその視線が合わなかったのは、彼が恐らくは三人組の方を見ていたからだが、こちらからはその表情も見えなくて戸惑ってしまう。
少ししてからやっと顔を見合わせてくれた龍惺にホッとすると大きな手で頭を撫でられた。
「……行くか」
「あ、はい」
「……なぁ」
「?」
「敬語、やめねぇ?」
「へ?」
歩き出したのに止まったからどうしたのかと思ったらそんな事を言われて思わず目を瞬いた。
「恋人だろ? 〝先輩〟もいらねぇ」
「えっと……」
「普通に話して欲しい」
「………………ゆ、ゆっくりでも……い、い…?」
いきなりスムーズには話せないけど、彼がそう望むなら出来る限りの事はしたい。そう思ってぎこちない口振りで尋ねると、僅かに目を見開いた龍惺が顔を近付けてきた。
「名前は?」
「え?」
「俺の名前」
「りゅ、龍惺せんぱ……」
「…………」
「……………………龍、惺」
「ん」
恋人とはいえ先輩を呼び捨てにするのもどうかと思ったが、勇気を出して呼べば初めてはっきりと微笑んだ龍惺に見つめられ心臓が跳ねた。
イケメンの笑顔の破壊力たるや、周りにいる女性が頬を染めている。
「まぁ、頑張れ」
何に対してなのかは分かっているから大人しく頷くと、今度こそ動物園に向かうため歩調を合わせてくれる龍惺の隣に並び駅構内へと向かった。
久し振りの動物園は休日という事もあり家族連れで賑わっていて、はしゃぐ子供たちの可愛さについ顔が綻ぶ。
チケットを買おうと券売機の列に並ぶと腕を引かれ入口の方に連れて行かれた。入場券はと思っていると、龍惺がスマホの画面を受付のスタッフに向け、それを見たスタッフが機械で何かをしたあとそのままゲートを抜ける。
「あれ?」
「電子チケットって便利だよな」
「でんしちけっと?」
「ネットで入場券購入すりゃわざわざ並ばなくて済む」
「……そんな便利な事が……」
スマホなんて連絡さえ取れればいいと思っている身としてはそんな使い方があるのかと感嘆しか出ない。
そんな詩月を見た龍惺は何故か合点がいったような顔をして頷いた。
「たまに誤字脱字があんのは使い慣れてねぇからか」
「え、してま……して、た?」
「ああ。最近で一番ウケたのは〝おはようござす〟だな」
「……!」
そんな恥ずかしい間違いをしていた事は知らなかった。そもそも自分が送ったメッセージは見返さないし、たった数文字だからと油断していた自分も悪いけど、そういう事は早めに教えて欲しいと思う。
今度からはちゃんと確認してから送ろうと心に決めた。
「ほら」
「?」
「園内地図。この道順なら全部見れんじゃね?」
「じゃあそれで……あ、チケット代!」
「あそこにフラミンゴいるぞ」
「え? ホントだ!」
電子チケットの便利さに感動して忘れていたが、まだ払っていない事に気付いて財布を取り出そうとしたその手を掴まれすぐ近くにある背の高い柵を指差される。
そこには確かに鮮やかなピンク色をした鳥がいて、意識がそっちに移ってしまった詩月はチケット代も忘れて近付いた。
「あんなに細い足で片足立ちって、体幹がいいのかな……」
「体幹……」
「実は隠れムキムキだったりする……?」
「隠れムキムキ……ふっ」
「え? どうして笑うの?」
全部独り言のつもりだったのに聞かれていたし、挙句には笑われて困惑する。拳で口元を隠して身体を震わせる龍惺に眉尻を下げるとルートの先を空いている手で示された。
どうやら先に進もうという事らしい。
(こんな風にも笑うんだ)
声を上げて笑っている訳ではないけど、学校ではいつもつまらなさそうな顔をしていたから、詩月の発言でも楽しんで貰えるならそれはそれで嬉しい。頷いて龍惺に近付くと少し迷ってから微笑んだ。
歩くペースも見るペースも全部合わせてくれた龍惺との動物園デートは思いの外楽しかった。
途中でまた何気なく言った言葉に笑われる事もあったし、猛獣エリアでは睨み付けてくる虎に何故か龍惺が睨み返していたし、手洗いに行って戻るとナンパされている龍惺がいたりして、何だか一日だけでいろんな経験をした気がする。
龍惺ともずいぶん打ち解けられたとは思う。名前にはまだ先輩を付けてしまったり、話す時に詰まったりする事があるけど、敬語にはならないようにはなった。
結局その日、デートなのに手は繋がなかったけど。
動物園から出たあと、まだ時間があるから近くの海に行こうと言われついて行った。寄せては返す波を見ているとウズウズして来て、動きに合わせて近付いたり逃げたりしていると殊の外楽しい。
その内その波がどこまで来るかが分かって立ち止まったのだが、それがいけなかった。
「龍惺ー、ここまでは来ないみたいだよー」
「あ」
「わ、わ! …っ……冷た……!」
来ないと思っていたはずの波が容赦なく足を打ち、それに驚いて尻もちをつくと更に煽られ下半身がずぶ濡れになった。
呆然としていると腕が引かれて立たされる。
「大丈夫か?」
「濡れました……」
「見りゃ分かる。…………ふ、くく」
「笑うの堪えなくていいよ……」
自分でもものすごく間抜けな事は分かっている。これからまた電車に乗らなくてはいけないのに、どうしてこうなったのか。
肩を震わせているのに笑い声を上げない龍惺の気遣いが逆に恥ずかしい。
いっそ面と向かって大笑いしてくれればいいのに。
「…………詩月」
「?」
「ありがとな」
何のありがとうなのか分からず目を瞬いていると、龍惺は何でもないと首を振り頭を撫でて来た。
龍惺の家が逆方向だった事を知り送らなくてもいいよと言ったのだが、どうしてか頑なに送ると言って聞かず、結局今もこうして家の前まで送ってくれている。
門越しに手を振って別れ、いつの間に買ったのか土産だと渡されたパンダの置物を手に家へと入った。
最初はどうなる事かと思ったけど、すごく楽しくてあっという間に時間が過ぎて今は少しだけ寂しい。
龍惺のいろんな表情も見えて嬉しかったし、何より彼との距離がぐっと縮まった事が嬉しかった。
その日の夜、夕飯を食べ、風呂にも入って一息ついた頃に思い出した。
チケット代も昼食代も、出そうとするたびに違う話題を振られたり違う場所に連れて行かれたりしたせいで払えていなかった事に。
でもさすがに今日中には答えないと申し訳ないから、今も必死にスマホと睨めっこしている。
遊園地はハードルが高いし、水族館は室内だから緊張してしまう。買い物もちょっと違う気がするし、カラオケやスポーツ施設も自分の性格的に楽しめないと思う。
ならば残る候補は動物園しかないと、時間もないためそこに決定し龍惺へと地図と共にメッセージを送ればすぐに返事が来て、「分かった」のあとに待ち合わせ時間と場所が返ってきた。
こんなにギリギリになってしまったのに一言も責められなかった上に、すぐに必要な情報をくれる辺りやっぱり優しい。
デートだと思うと緊張して眠れなくなってしまうから、明日までは友達と遊ぶんだと考えるようにして、いつもより遅めの時間にベッドに入った。
結局暗示も虚しく、眠れたのはそれから二時間ほどしてだとは思うが、アラームで起きれた事が奇跡なくらい眠くて堪らない。
オーバーサイズのパーカーとスキニーに着替え、寝惚け眼で支度をしていると出なければいけない時間を少し過ぎていた。慌ててショルダーバッグを下げて一階に降りると母から声をかけられる。
「詩月、お出掛け? ご飯は?」
「時間ないから外で食べる。行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「はーい」
手を振って見送ってくれる母に振り返し、玄関から出て走り出す。待ち合わせ場所にはなるべく早く着くようにと時間を決めていたから余裕とはいえ、もし龍惺の方が先に待っていたら申し訳が立たない。
駅の西口にあるモニュメントの前と書いてあったが、どうやらまだ来ていないようで安心した。
不思議な形をしていて何がモチーフか分からない物の前に立ち、左側の前髪を耳に掛けて息を整えていると妙な視線を感じる。
チラリと目線だけを向ければ、三人組の男がニヤニヤしながらこちらを見ている事に気付いた。
(やだな……)
ああいった視線を受けるのは初めてではないとはいえ意図する事が分かるだけに嫌悪感しかない。
視界の端で彼らが動いたのが見えて身構えていると、ふっと遮られ影がかかった。
「悪い、待たせた」
「……!」
聞き知った声に顔を上げるもその視線が合わなかったのは、彼が恐らくは三人組の方を見ていたからだが、こちらからはその表情も見えなくて戸惑ってしまう。
少ししてからやっと顔を見合わせてくれた龍惺にホッとすると大きな手で頭を撫でられた。
「……行くか」
「あ、はい」
「……なぁ」
「?」
「敬語、やめねぇ?」
「へ?」
歩き出したのに止まったからどうしたのかと思ったらそんな事を言われて思わず目を瞬いた。
「恋人だろ? 〝先輩〟もいらねぇ」
「えっと……」
「普通に話して欲しい」
「………………ゆ、ゆっくりでも……い、い…?」
いきなりスムーズには話せないけど、彼がそう望むなら出来る限りの事はしたい。そう思ってぎこちない口振りで尋ねると、僅かに目を見開いた龍惺が顔を近付けてきた。
「名前は?」
「え?」
「俺の名前」
「りゅ、龍惺せんぱ……」
「…………」
「……………………龍、惺」
「ん」
恋人とはいえ先輩を呼び捨てにするのもどうかと思ったが、勇気を出して呼べば初めてはっきりと微笑んだ龍惺に見つめられ心臓が跳ねた。
イケメンの笑顔の破壊力たるや、周りにいる女性が頬を染めている。
「まぁ、頑張れ」
何に対してなのかは分かっているから大人しく頷くと、今度こそ動物園に向かうため歩調を合わせてくれる龍惺の隣に並び駅構内へと向かった。
久し振りの動物園は休日という事もあり家族連れで賑わっていて、はしゃぐ子供たちの可愛さについ顔が綻ぶ。
チケットを買おうと券売機の列に並ぶと腕を引かれ入口の方に連れて行かれた。入場券はと思っていると、龍惺がスマホの画面を受付のスタッフに向け、それを見たスタッフが機械で何かをしたあとそのままゲートを抜ける。
「あれ?」
「電子チケットって便利だよな」
「でんしちけっと?」
「ネットで入場券購入すりゃわざわざ並ばなくて済む」
「……そんな便利な事が……」
スマホなんて連絡さえ取れればいいと思っている身としてはそんな使い方があるのかと感嘆しか出ない。
そんな詩月を見た龍惺は何故か合点がいったような顔をして頷いた。
「たまに誤字脱字があんのは使い慣れてねぇからか」
「え、してま……して、た?」
「ああ。最近で一番ウケたのは〝おはようござす〟だな」
「……!」
そんな恥ずかしい間違いをしていた事は知らなかった。そもそも自分が送ったメッセージは見返さないし、たった数文字だからと油断していた自分も悪いけど、そういう事は早めに教えて欲しいと思う。
今度からはちゃんと確認してから送ろうと心に決めた。
「ほら」
「?」
「園内地図。この道順なら全部見れんじゃね?」
「じゃあそれで……あ、チケット代!」
「あそこにフラミンゴいるぞ」
「え? ホントだ!」
電子チケットの便利さに感動して忘れていたが、まだ払っていない事に気付いて財布を取り出そうとしたその手を掴まれすぐ近くにある背の高い柵を指差される。
そこには確かに鮮やかなピンク色をした鳥がいて、意識がそっちに移ってしまった詩月はチケット代も忘れて近付いた。
「あんなに細い足で片足立ちって、体幹がいいのかな……」
「体幹……」
「実は隠れムキムキだったりする……?」
「隠れムキムキ……ふっ」
「え? どうして笑うの?」
全部独り言のつもりだったのに聞かれていたし、挙句には笑われて困惑する。拳で口元を隠して身体を震わせる龍惺に眉尻を下げるとルートの先を空いている手で示された。
どうやら先に進もうという事らしい。
(こんな風にも笑うんだ)
声を上げて笑っている訳ではないけど、学校ではいつもつまらなさそうな顔をしていたから、詩月の発言でも楽しんで貰えるならそれはそれで嬉しい。頷いて龍惺に近付くと少し迷ってから微笑んだ。
歩くペースも見るペースも全部合わせてくれた龍惺との動物園デートは思いの外楽しかった。
途中でまた何気なく言った言葉に笑われる事もあったし、猛獣エリアでは睨み付けてくる虎に何故か龍惺が睨み返していたし、手洗いに行って戻るとナンパされている龍惺がいたりして、何だか一日だけでいろんな経験をした気がする。
龍惺ともずいぶん打ち解けられたとは思う。名前にはまだ先輩を付けてしまったり、話す時に詰まったりする事があるけど、敬語にはならないようにはなった。
結局その日、デートなのに手は繋がなかったけど。
動物園から出たあと、まだ時間があるから近くの海に行こうと言われついて行った。寄せては返す波を見ているとウズウズして来て、動きに合わせて近付いたり逃げたりしていると殊の外楽しい。
その内その波がどこまで来るかが分かって立ち止まったのだが、それがいけなかった。
「龍惺ー、ここまでは来ないみたいだよー」
「あ」
「わ、わ! …っ……冷た……!」
来ないと思っていたはずの波が容赦なく足を打ち、それに驚いて尻もちをつくと更に煽られ下半身がずぶ濡れになった。
呆然としていると腕が引かれて立たされる。
「大丈夫か?」
「濡れました……」
「見りゃ分かる。…………ふ、くく」
「笑うの堪えなくていいよ……」
自分でもものすごく間抜けな事は分かっている。これからまた電車に乗らなくてはいけないのに、どうしてこうなったのか。
肩を震わせているのに笑い声を上げない龍惺の気遣いが逆に恥ずかしい。
いっそ面と向かって大笑いしてくれればいいのに。
「…………詩月」
「?」
「ありがとな」
何のありがとうなのか分からず目を瞬いていると、龍惺は何でもないと首を振り頭を撫でて来た。
龍惺の家が逆方向だった事を知り送らなくてもいいよと言ったのだが、どうしてか頑なに送ると言って聞かず、結局今もこうして家の前まで送ってくれている。
門越しに手を振って別れ、いつの間に買ったのか土産だと渡されたパンダの置物を手に家へと入った。
最初はどうなる事かと思ったけど、すごく楽しくてあっという間に時間が過ぎて今は少しだけ寂しい。
龍惺のいろんな表情も見えて嬉しかったし、何より彼との距離がぐっと縮まった事が嬉しかった。
その日の夜、夕飯を食べ、風呂にも入って一息ついた頃に思い出した。
チケット代も昼食代も、出そうとするたびに違う話題を振られたり違う場所に連れて行かれたりしたせいで払えていなかった事に。
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