焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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高校生編

突拍子もない

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 家からも近く、通いやすいという理由で選んだ普通科の公立高校に一般入試で無事合格した詩月は、桜が咲き誇る晴れの日に真新しい制服に身を包み入学式に出席していた。
 新しい学校、新しいクラス、新しいクラスメイト。
 だが人付き合いが苦手で引っ込み思案な性格の自分に自ら話しかけに行く度胸などなく、周りがそれぞれにグループを作っていく中で一人の友人も作れずにいた。
 結局下校時間まで一人で過ごし、賑やかなクラスメイトの声を背中に聞きながら教室を出るとそのまま昇降口に向かう。明日は話しかけられるように頑張ろう、と下駄箱を開けると玄関から大きな声と共に数人の男女が入ってきた。
 見るからに陽キャ然としたグループにビクッと身体を震わせ、元々下駄箱寄りにいた身体を更に端に寄せる。

「見た? さっきのアイツの顔」
「お前マジ鬼だな」
「せっかく勇気出したのに、あの子可哀想~」
「まぁあの子じゃ龍惺には釣り合わないもんねー」
「セフレにすらなれねぇとか、気の毒」

 何だかひどい会話を聞いた気がする。詩月は脱いだ上靴をしまってさっさと靴を履いて帰ろうとしたのだが、それがいけなかった。

「あれぇ、一年の子じゃん」
「ああ、確か今日入学式だったわ」
「やっべぇ、川先にまたドヤされる」
「あんたは今更でしょ」
「ってかこの子超美人~。え、男の子だよね」
「男の美人とかどこに需要あんだよ」
「目の保養にはなるじゃん」

 動いたせいで変に目を付けられてしまったらしい。おまけに集団の中心にいるらしい人と一瞬とはいえ目が合い慌てて俯いた。通り道を塞がれ物珍しげに見てくる視線から逃れるように一歩下がると、何がおかしいのか目の前の男女が笑い出す。
 面白くなんてないからこのまま無視して通り過ぎて欲しい。そう思っていると、突然顎が掴まれ上向かされた。
 ふわりと香水のようなものが鼻腔をくすぐる。

「…!?」
「え、ちょ、龍惺?」
「何やってんだよ」
「…………」

 さっきは一瞬すぎて分からなかったが、無理やり合わせられた視線の先の彼は驚くほど整った顔をしていて思わず息を飲んだ。それでもじっと見られ続けていると居心地も悪くなり、顎も掴まれたままのため目線だけをウロウロさせる。

「お前、名前は?」
「…え? あ……安純、詩月、です…」
「女みてぇな名前だな」
「…ぷ、やめなよ龍惺。そんなストレートに」
「顔と名前だけなら完全に女だよな」

 幼い頃から何度も同じように揶揄われた事を思い出した目を伏せる。そこまで強い力ではないけど、いつになったらこの人は手を離してくれるんだろうか。

「ねぇ、龍惺。もういいから、いい加減行こうよ」
「カラオケ行こ~」

 顎を掴んだままの方の腕に女生徒が抱き着き引き剥がそうとする。それに引かれるようにあっさりと外れてホッと息を吐くと、軽く痛む顎を撫でながら頭を下げた。

「す、すみませんでした…失礼します」

 考えうる限り自分は何も悪くはないとは思うが、さっさと離れるためにもそう言うと隙間を縫って玄関から飛び出した。追い掛けては来なかったが一体何だったのだろうか。
 ネクタイの色がそれぞれの学年を示しているとは聞いたがまだちゃんと把握出来ている訳ではない。それでもこちらを一年生だと言っていたから、彼らが上級生である事は間違いなさそうだ。
 恐らく今後関わる事はないだろうから、今日限りで忘れてしまえばいい。
 学校からだいぶ離れた場所でようやく足を止めて上がった息を整えつつ、さっきの事を頭から振り払うように首を振り再び歩き出す。

 忘れてしまえばいい。そう思っていたのに。



「詩月」
「え? ……!?」
「………これ、食う?」

 次の日、調べ物があって図書室に向かう途中、低い声に下の名前を呼ばれて目を瞬いたが、何気なく振り返って驚愕した。
 昨日の、確か龍惺と呼ばれていた先輩が無表情で立ってる。
 何故呼ばれたのかと困惑していると、先輩が握り込んだ手を差し出して「これ」と言って指を開いた。
 そこには個包装のキューブキャンディが一つ乗っていて更に頭の中がハテナで埋まる。

「……?」
「嫌いか?」
「え、いえ、好きです…けど……」
「じゃあやる」
「あ、ありがとう、ございます……?」

 反射的に手を出すとそこにキャンディが置かれ、空いた手が頭にポン、と乗せられる。
 それもすぐに、しかも何故か勢い良く離れたが、一連の行動の意味が分からなくて目を瞬いている間に先輩は去って行った。だがそれ以降どういう訳か会う回数が増えますます混乱する。
 学年が違うはずの彼と何故? と思わずにはいられない。
 しかも、その度に小さなお菓子をくれるから更に意味が分からなくて頭の中はパンク寸前だ。

 何度か「あさみ」と名乗る先輩から好きな物は? と聞かれた事があるが、答えたら今度はそれを渡されるようになりひどく戸惑った。
 どちらかと言うと向こうから声をかける率のほうが高いのだが、それでもある程度過ごせば自分からも挨拶をするくらいまでには慣れたと思う。

「あの、先輩のお名前は……?」
「? ……言ってなかったか?」
「聞いてません……」
「玖珂龍惺」
「玖珂、先輩……?」
「……龍惺でいい」

 下の名前以外知らなかったし、かと言って下の名前で呼んでいいか分からずずっと〝先輩〟と呼んでいたのだが、いい加減ちゃんと知りたいと思い切って聞いてみれば案外あっさりと教えて貰えた。
 だけど結局下の名前で呼ぶ事になったようで、何となく拍子抜けしてしまったのは内緒だ。


 最初は怖いと思っていた龍惺も、少しずつ話すようになれば存外接しやすい事に気付いた。口は悪いし、自分に対してではないが少しだけ乱暴な部分もたまに見掛けるけど、それでも彼といると楽しいと思う事が増えた気がする。

 ただやはり龍惺の周りは良く思っていなくて、擦れ違い様に悪口を言われたり物を隠されたり壊されたりというのは良くされた。
 特に入学式の時に龍惺と一緒にいた人たちはあからさまで、学年が違うにも関わらず目の前に現れては彼から離れるように詰め寄られる。
 学校生活は少しだけ辛いけど、気付けば傍にいてくれる龍惺を責める気にはならなかった。


「どうした?」

 昼休みは教室にはいられなくて、いつも母特製の弁当を抱えて一人になれる場所に向かっているのだが、その日は廊下を歩いていると龍惺から声をかけられ空き教室に連れて行かれた。
 弁当を開くも食べる気配のない自分が気になったのか、抑揚のない声で問いかけられる。

「え?」
「……っつか、俺のせいか」
「……?」
「俺がお前といるから、嫌な事されてんだろ?」

 頷きはしなかったが、驚いた表情で肯定と取ったらしい龍惺は溜め息をつくと立ち上がり見下ろしてきた。

「俺がどうにかしてやる」
「え、りゅ、龍惺先輩?」
「お前は俺が守ってやるから」
「…………」

 初めて見る口端が僅かに上がっただけの微笑みと優しい声音に胸がドクリと脈打った。目を瞬いている間に龍惺は空き教室から出て行ったが、果たしてどこに行ったのだろうか。
 それから十分ほどして戻って来た龍惺は、直床に座っている自分の目の前に座ると顔を傾けて覗き込んできた。

「……!」
「もう大丈夫だと思うけど、また何か言われたりされたりしたら俺に言えよ」
「えっと、何をしてたんですか?」
「……制裁?」
「え?」

 誰にどんな理由でどんな事を、とは恐ろしくて聞けないが、表情が分かりにくいながらも本人はどこか満足そうだ。
 それよりも、なぜそんなに見つめてくるのか。

「詩月」
「はい?」
「俺と付き合って」

 守るなんて言われて、こんな風に見つめられて、「どこに?」なんてお約束展開でない事は、恋愛経験皆無な自分にだって分かる。
 正直、ここ数週間の関わりの中で優しく接してくれる龍惺に惹かれている自分がいるのも確かだが、素直に頷いていいものか悩む気持ちもあった。
 何故なら彼はカーストトップにいる人で、先輩後輩なく彼に憧れている人がたくさんいる。ただでさえ目を付けられているのに、付き合ったらもっとひどくなるんじゃないかと不安もあった。
 でも、もっとこの人に近付きたいとも思う。
 うんうんと悩んでいると、端正な顔が更に近付き肩が跳ねた。

「……俺のものになれよ」
「……は、はい」

 今度は明確な意図をもって告げられた言葉に思わず胸をときめかせた詩月は、さっきまで考えていた事すべてを頭から吹っ飛ばして頷いた。
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