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【五十一ノ月】ヒーローショー
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本番一ヶ月前。今日は二回目の打ち合わせで式場に来ているのだが、驚く事に今回が最終日となるらしい。
挙式のみだと、当人の拘りにもよるがおおよそ二、三回の打ち合わせで済むのだと教えてくれた。
招待状の返事も彩芽含め全員参加で返って来たし、今日は契約プランの再確認と、プラン外だが付加が可能なオプションなどの説明をしてくれるそうだ。
「……以上がプラン内容となっております。ここからは追加オプションのお話になりますが、当式場ではアルバム作成が可能となっております。残念ながらお写真はお選び頂けないのですが、こちらはお二人のご両親への贈り物となりますので、宜しければ御一考下さいませ」
「アルバム……」
「へぇ、いいじゃん。これも思い出だな」
「アルバム以外にも、当スタッフが撮影したビデオ映像を編集し、DVDにする事も可能です」
「DVD!」
「披露宴しねぇんだし、オプション全部付けるか。どうせ実家の方は親父が瀬尾か山野にカメラ任せんだろうし」
むしろ写真撮影とビデオ撮影でそれぞれにカメラを持たせるかもしれない。無表情でレンズをこちらに向ける瀬尾と、にこやかに色んな角度から撮っていそうな山野の姿がありありと浮かぶ。
ちなみに山野とは、会長である航星の秘書だ。詩月とは本番当日が初めましてになるが、瀬尾とは違い社交的な男だから大丈夫だろう。
「ではどちらも追加されると言う事でよろしいですか?」
「お願いします」
「思い出がいっぱい……」
「ふふ。以前お話し頂いた星と月を使用した装飾も、デザインが決まりましたので楽しみにしていて下さいね」
「はい!」
嬉しそうな詩月を見て微笑んでいると、不意に怜香と目が合いにこりと笑われ苦笑してしまう。恋人に向ける表情は自分でも分かるほどに甘いだろうから、他人にはあまり見られたくないものだ。
その後は、来場時間から終了時間までの細かなスケジュールと、最終的な見積書がメールで来る事。問題がなければ了承し、請求書が送付される事が口頭で説明され、これで打ち合わせのすべてが終了した。
今日は休日という事もあり龍惺も仕事は休みだ。本当なら当日までに仕事を詰めておきたいところではあるものの、打ち合わせも入っている事だしと瀬尾に言って完全オフにして貰った。
明日からはまた忙しくなって詩月に任せる事も増えるが、二人の事はなるべく一緒にしたいとは思っている。
式場を出た後は特に予定も決めていなかったため、今はとりあえず車に乗って行く宛てもなくドライブしていたのだが、時間を確認するといつの間にか昼を回っていて龍惺は右側にいる詩月をチラリと見た。
「昼過ぎてるな。何か食いてぇのある?」
「龍惺は?」
「今は何でもいい気分なんだよな」
「そっか。……あ、じゃあショッピングモール行かない? フードコートあるし、食べ終わったらデートしようよ」
「ショッピングモールでいいのか?」
「うん。というか、龍惺と一緒ならどこでもいい」
要望通りショッピングモールの方へハンドルを切りつつも、デートなら他の場所の方が良いのではと問い掛けるとそんな可愛らしい言葉が返ってきた。
なら○○でもいいのかと無粋な事は言わないが、どこでもと言われるとこのままホテルに直行したくなる。
(何でもするとかどこでもいいとか、無意識で言ってくんだもんな)
赤信号で停まったのをいい事に、ハンドルから両手を離してこちらを見てにこにこしている詩月の髪をぐしゃぐしゃと撫でると、驚きの顔に変わった彼の額に口付け微笑んだ。
休日のショッピングモールは人で溢れ返っている。特に今日はヒーローショーというイベントがあるらしく、親子連れがその大半を占めていた。
ヒーローショーどころか特撮を見た事もない龍惺にはよく分からないが、子供たちが楽しそうに目を輝かせている姿には心が和む。
いつもと同じように手を繋ぎエスカレーターでフードコートがある最上階に向かっていたのだが、途中で詩月から待ったがかかった。
「今何時?」
「十三時十分」
「もしかしたらまだ席埋まってるかもしれないね」
「腹減ってねぇならちょっとブラついてからにするか?」
「龍惺はお腹空いてないの?」
「今すぐ食いてぇってほどではねぇかな」
打ち合わせが十一時からだったため、龍惺が完全にベッドから抜けて朝食を食べたのは八時頃だったが、車移動と座って話していただけで大して動いていないせいかそこまで空いていなかった。
「あ、じゃあヒーローショー見に行く?」
「は?」
「あと二十分で始まるみたいだし、童心に帰るのもいいかもしれないよ」
「いや、そもそも俺はそういうもんは見た事ねぇから」
「じゃあ尚更見ないと! 行こ、龍惺」
繋がっていた手が引かれ今度は下りエスカレーターに乗って一階まで降りる。ベルトパーテーションで仕切られたイベントスペースまで行けば子供が整列して座っていて龍惺は眉を顰めた。
さすがにここに入るのは気が引ける。
親は周りに立っているのだからそこでもいいだろうに、詩月は隅の空いている場所を見付けて近付いて行った。残念ながら一人分だったため、他に座りたがっている子供がいない事を確かめてから詩月を座らせると、さっそく隣の少年にナンパされていて苦笑した。
「お姉ちゃん、お人形ないの?」
「うん、持ってないんだ」
「じゃあ僕いっぱいあるから、ピンク貸してあげるね」
「良いの? ありがとう」
どうやら〝お姉ちゃん〟と呼ばれた事は訂正しないらしい。
何何レンジャーと名のつく特撮でピンクは大抵女性であり、少年が詩月へ渡したソフビ人形も女性だが、まさか詩月を女性だと思ったからその色にしたのだろうか。
嬉しそうに人形を振って見せてくれるのはいいが、無邪気な笑顔を周りには見せないで欲しい。
少しして、イベント進行役の女性が出て来て挨拶を始めた。「こんにちはー」と声を上げると、子供たちの元気な「こんにちはー」が返され親たちが微笑ましげに笑う。
立ち上がらない、暴れないなどのいくつかの約束を子供たちと交わしたあと、まず怪人が出て来て前列の子が悲鳴を上げた。威嚇しながら歩き回っていただけなのに、唐突にレッドが現れてまずは下っ端怪人を倒す。
メインの怪人は逃げてしまったが、レッドは「もう安心だぞ」と言って去って行って数分後、再び怪人が子供たちの前に来て威嚇し始めた。
(……怪人なんもしてなくね?)
子供にしてみればそこにいるだけで怖い存在なのだろうが、この年になってから初めて見た龍惺には、この怪人が何故倒されなければいけないのか良く分からない。
チラリと詩月を見ると、人形を貸してくれた少年と楽しそうにヒーローを応援している。
(まぁ、詩月が楽しいならいいか)
最終的に必殺技で怪人は倒された訳だが、彼は結局子供たちを威嚇していただけだった。
ほんのりと切ない気持ちになった龍惺は、ヒーローたちが身に着けていたスーツを思い浮かべる事にする。出来が良くデザインも秀逸で知らないながらにカッコイイと思ってしまった。アレを考えた人はよほどセンスが良いのだろう。
こういう事業もありかもしれないなと社長目線で考えていると、どうやら握手会と写真会が行われるらしく詩月は周りの子供たちに一緒に行こうと誘われていた。
困ったように見てくるから行ってこいと頷くと、片手を顔の前に立てて「ごめんね」と謝ってから列に並ぶ。子供に囲まれて次々に話し掛けられているのに、それに混乱せず応えているあたりさすがだと思った。
列が進み詩月の番になった時、何故かしどろもどろになっているヒーローたちと握手をし、更に何故か少年の親に写真を撮って貰った詩月は、子供たちと手を振って別れこちらへ駆けて来る。
「どうだった?」
「怪人が哀れだった」
「あはは! それがヒーローショーだよ、龍惺」
「まぁでも、興味深くはあったかな」
「ほんと? 楽しかった?」
「お前が楽しそうだったからな」
「僕が楽しいと、龍惺も楽しいの?」
「そりゃそうだろ」
楽しいも嬉しいも、悲しいも苦しいも、龍惺が抱く感情はすべて詩月が齎してくれるものだ。だから詩月の感情に左右されると言っても過言ではない。
キッパリと言い切った龍惺に目を瞬いた詩月は、次にはふわりと笑って腕に抱き着いて来た。
「じゃあ龍惺が楽しいって思えるように、これからもっとたくさん楽しい事経験するね」
「そうしてくれ」
何よりも詩月の笑った顔が好きな龍惺としては、そういう事には遠慮せずどんどん経験して欲しいと思う。
「で、それどうした」
ふと気付くと、詩月の手に先ほど少年から借りたピンクヒーローのソフビ人形が握りられていて眉を顰める。
「さっきの子に貰った。いいよって言ったんだけど、いっぱいあるからって押し切られちゃった」
「老若男女問わずモテるな、お前」
「そんな事ないよ。ほら、子供ってプレゼントするの好きだから」
だとしても、わざわざショーを見に来るくらいヒーローが好きな子供が、隣合っただけの初対面の相手に渡すだろうか。
「もしかしたらあの子の一目惚れだったのかもな、〝お姉ちゃん〟」
「もう、すぐそうやって揶揄うんだから」
「女だと思ってたんなら有り得るだろ、ちっこくても男なんだし。……そろそろ席空いてる頃か」
「子供だからって訂正しなかったけど、それならお兄ちゃんだよって言っておくべきだった……」
「もう今更だろ。ほら、行くぞ」
勘違いさせた挙句に貰ってしまったと落ち込む詩月の手を引いてエスカレーターに乗り再び最上階へと向かう。振り向き人形を人差し指で突つくと詩月が不思議そうに顔を上げた。
「思い出、また一つ増えたな」
「……!」
「ガラスケースの隣にでも飾るか」
「うん」
微笑みながらそう言えば、ハッとした詩月は人形を見下ろすとはにかんで頷き大事そうに握り締める。
この調子だと本当にあっという間に部屋いっぱいになりそうだが、思い出した時に笑える物ならいくら増えても構わない。
どうにか気分の浮上した詩月に安堵した龍惺は少し強めに手を引くと人目も憚らず彼を抱き締め、驚きと恥ずかしさで赤くなった詩月に怒られるのだった。
挙式のみだと、当人の拘りにもよるがおおよそ二、三回の打ち合わせで済むのだと教えてくれた。
招待状の返事も彩芽含め全員参加で返って来たし、今日は契約プランの再確認と、プラン外だが付加が可能なオプションなどの説明をしてくれるそうだ。
「……以上がプラン内容となっております。ここからは追加オプションのお話になりますが、当式場ではアルバム作成が可能となっております。残念ながらお写真はお選び頂けないのですが、こちらはお二人のご両親への贈り物となりますので、宜しければ御一考下さいませ」
「アルバム……」
「へぇ、いいじゃん。これも思い出だな」
「アルバム以外にも、当スタッフが撮影したビデオ映像を編集し、DVDにする事も可能です」
「DVD!」
「披露宴しねぇんだし、オプション全部付けるか。どうせ実家の方は親父が瀬尾か山野にカメラ任せんだろうし」
むしろ写真撮影とビデオ撮影でそれぞれにカメラを持たせるかもしれない。無表情でレンズをこちらに向ける瀬尾と、にこやかに色んな角度から撮っていそうな山野の姿がありありと浮かぶ。
ちなみに山野とは、会長である航星の秘書だ。詩月とは本番当日が初めましてになるが、瀬尾とは違い社交的な男だから大丈夫だろう。
「ではどちらも追加されると言う事でよろしいですか?」
「お願いします」
「思い出がいっぱい……」
「ふふ。以前お話し頂いた星と月を使用した装飾も、デザインが決まりましたので楽しみにしていて下さいね」
「はい!」
嬉しそうな詩月を見て微笑んでいると、不意に怜香と目が合いにこりと笑われ苦笑してしまう。恋人に向ける表情は自分でも分かるほどに甘いだろうから、他人にはあまり見られたくないものだ。
その後は、来場時間から終了時間までの細かなスケジュールと、最終的な見積書がメールで来る事。問題がなければ了承し、請求書が送付される事が口頭で説明され、これで打ち合わせのすべてが終了した。
今日は休日という事もあり龍惺も仕事は休みだ。本当なら当日までに仕事を詰めておきたいところではあるものの、打ち合わせも入っている事だしと瀬尾に言って完全オフにして貰った。
明日からはまた忙しくなって詩月に任せる事も増えるが、二人の事はなるべく一緒にしたいとは思っている。
式場を出た後は特に予定も決めていなかったため、今はとりあえず車に乗って行く宛てもなくドライブしていたのだが、時間を確認するといつの間にか昼を回っていて龍惺は右側にいる詩月をチラリと見た。
「昼過ぎてるな。何か食いてぇのある?」
「龍惺は?」
「今は何でもいい気分なんだよな」
「そっか。……あ、じゃあショッピングモール行かない? フードコートあるし、食べ終わったらデートしようよ」
「ショッピングモールでいいのか?」
「うん。というか、龍惺と一緒ならどこでもいい」
要望通りショッピングモールの方へハンドルを切りつつも、デートなら他の場所の方が良いのではと問い掛けるとそんな可愛らしい言葉が返ってきた。
なら○○でもいいのかと無粋な事は言わないが、どこでもと言われるとこのままホテルに直行したくなる。
(何でもするとかどこでもいいとか、無意識で言ってくんだもんな)
赤信号で停まったのをいい事に、ハンドルから両手を離してこちらを見てにこにこしている詩月の髪をぐしゃぐしゃと撫でると、驚きの顔に変わった彼の額に口付け微笑んだ。
休日のショッピングモールは人で溢れ返っている。特に今日はヒーローショーというイベントがあるらしく、親子連れがその大半を占めていた。
ヒーローショーどころか特撮を見た事もない龍惺にはよく分からないが、子供たちが楽しそうに目を輝かせている姿には心が和む。
いつもと同じように手を繋ぎエスカレーターでフードコートがある最上階に向かっていたのだが、途中で詩月から待ったがかかった。
「今何時?」
「十三時十分」
「もしかしたらまだ席埋まってるかもしれないね」
「腹減ってねぇならちょっとブラついてからにするか?」
「龍惺はお腹空いてないの?」
「今すぐ食いてぇってほどではねぇかな」
打ち合わせが十一時からだったため、龍惺が完全にベッドから抜けて朝食を食べたのは八時頃だったが、車移動と座って話していただけで大して動いていないせいかそこまで空いていなかった。
「あ、じゃあヒーローショー見に行く?」
「は?」
「あと二十分で始まるみたいだし、童心に帰るのもいいかもしれないよ」
「いや、そもそも俺はそういうもんは見た事ねぇから」
「じゃあ尚更見ないと! 行こ、龍惺」
繋がっていた手が引かれ今度は下りエスカレーターに乗って一階まで降りる。ベルトパーテーションで仕切られたイベントスペースまで行けば子供が整列して座っていて龍惺は眉を顰めた。
さすがにここに入るのは気が引ける。
親は周りに立っているのだからそこでもいいだろうに、詩月は隅の空いている場所を見付けて近付いて行った。残念ながら一人分だったため、他に座りたがっている子供がいない事を確かめてから詩月を座らせると、さっそく隣の少年にナンパされていて苦笑した。
「お姉ちゃん、お人形ないの?」
「うん、持ってないんだ」
「じゃあ僕いっぱいあるから、ピンク貸してあげるね」
「良いの? ありがとう」
どうやら〝お姉ちゃん〟と呼ばれた事は訂正しないらしい。
何何レンジャーと名のつく特撮でピンクは大抵女性であり、少年が詩月へ渡したソフビ人形も女性だが、まさか詩月を女性だと思ったからその色にしたのだろうか。
嬉しそうに人形を振って見せてくれるのはいいが、無邪気な笑顔を周りには見せないで欲しい。
少しして、イベント進行役の女性が出て来て挨拶を始めた。「こんにちはー」と声を上げると、子供たちの元気な「こんにちはー」が返され親たちが微笑ましげに笑う。
立ち上がらない、暴れないなどのいくつかの約束を子供たちと交わしたあと、まず怪人が出て来て前列の子が悲鳴を上げた。威嚇しながら歩き回っていただけなのに、唐突にレッドが現れてまずは下っ端怪人を倒す。
メインの怪人は逃げてしまったが、レッドは「もう安心だぞ」と言って去って行って数分後、再び怪人が子供たちの前に来て威嚇し始めた。
(……怪人なんもしてなくね?)
子供にしてみればそこにいるだけで怖い存在なのだろうが、この年になってから初めて見た龍惺には、この怪人が何故倒されなければいけないのか良く分からない。
チラリと詩月を見ると、人形を貸してくれた少年と楽しそうにヒーローを応援している。
(まぁ、詩月が楽しいならいいか)
最終的に必殺技で怪人は倒された訳だが、彼は結局子供たちを威嚇していただけだった。
ほんのりと切ない気持ちになった龍惺は、ヒーローたちが身に着けていたスーツを思い浮かべる事にする。出来が良くデザインも秀逸で知らないながらにカッコイイと思ってしまった。アレを考えた人はよほどセンスが良いのだろう。
こういう事業もありかもしれないなと社長目線で考えていると、どうやら握手会と写真会が行われるらしく詩月は周りの子供たちに一緒に行こうと誘われていた。
困ったように見てくるから行ってこいと頷くと、片手を顔の前に立てて「ごめんね」と謝ってから列に並ぶ。子供に囲まれて次々に話し掛けられているのに、それに混乱せず応えているあたりさすがだと思った。
列が進み詩月の番になった時、何故かしどろもどろになっているヒーローたちと握手をし、更に何故か少年の親に写真を撮って貰った詩月は、子供たちと手を振って別れこちらへ駆けて来る。
「どうだった?」
「怪人が哀れだった」
「あはは! それがヒーローショーだよ、龍惺」
「まぁでも、興味深くはあったかな」
「ほんと? 楽しかった?」
「お前が楽しそうだったからな」
「僕が楽しいと、龍惺も楽しいの?」
「そりゃそうだろ」
楽しいも嬉しいも、悲しいも苦しいも、龍惺が抱く感情はすべて詩月が齎してくれるものだ。だから詩月の感情に左右されると言っても過言ではない。
キッパリと言い切った龍惺に目を瞬いた詩月は、次にはふわりと笑って腕に抱き着いて来た。
「じゃあ龍惺が楽しいって思えるように、これからもっとたくさん楽しい事経験するね」
「そうしてくれ」
何よりも詩月の笑った顔が好きな龍惺としては、そういう事には遠慮せずどんどん経験して欲しいと思う。
「で、それどうした」
ふと気付くと、詩月の手に先ほど少年から借りたピンクヒーローのソフビ人形が握りられていて眉を顰める。
「さっきの子に貰った。いいよって言ったんだけど、いっぱいあるからって押し切られちゃった」
「老若男女問わずモテるな、お前」
「そんな事ないよ。ほら、子供ってプレゼントするの好きだから」
だとしても、わざわざショーを見に来るくらいヒーローが好きな子供が、隣合っただけの初対面の相手に渡すだろうか。
「もしかしたらあの子の一目惚れだったのかもな、〝お姉ちゃん〟」
「もう、すぐそうやって揶揄うんだから」
「女だと思ってたんなら有り得るだろ、ちっこくても男なんだし。……そろそろ席空いてる頃か」
「子供だからって訂正しなかったけど、それならお兄ちゃんだよって言っておくべきだった……」
「もう今更だろ。ほら、行くぞ」
勘違いさせた挙句に貰ってしまったと落ち込む詩月の手を引いてエスカレーターに乗り再び最上階へと向かう。振り向き人形を人差し指で突つくと詩月が不思議そうに顔を上げた。
「思い出、また一つ増えたな」
「……!」
「ガラスケースの隣にでも飾るか」
「うん」
微笑みながらそう言えば、ハッとした詩月は人形を見下ろすとはにかんで頷き大事そうに握り締める。
この調子だと本当にあっという間に部屋いっぱいになりそうだが、思い出した時に笑える物ならいくら増えても構わない。
どうにか気分の浮上した詩月に安堵した龍惺は少し強めに手を引くと人目も憚らず彼を抱き締め、驚きと恥ずかしさで赤くなった詩月に怒られるのだった。
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