焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【五十ノ星】いくつになっても

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 今日は契約した式場でプランナーとの初めての打ち合わせの日だ。
 挙式のみの場合はその回数も少ないらしく、驚く事におよそ二ヶ月後には結婚式本番となる。
 事前に衣装選びがあったのだが、多種多様なウエディングドレスとは違い、当日身に着けるタキシードは同じデザインのものがいいと決めていたため案外あっさりと決まった。


 現在、部屋へと案内され優しそうな女性と向かい合って座っているのだが、彼女が今回二人の結婚式を担当してくれるウェディングプランナーで名前を『遠山 怜香とおやま れいか』というそうだ。
 これまでに何件もの同性婚を見届けて来たベテランらしく、話し方も穏やかで緊張していた詩月も次第に肩の力が抜けていくのを感じた。

「本日の打ち合わせでは、当日のスケジュールをご説明させて頂きます。いくつかお二人にも決めて頂きたい事もございますので、宜しくお願い致します」
「よ、宜しくお願いします」
「よろしくお願い致します」
「ふふ、私も長年このお仕事をしておりますが、お二人のように見目麗しい方々は初めてで少し緊張しております」
「え、そ、そうですか?」
「ええ、とても目が幸せでございます」

 そう言って微笑んだ怜香は「ではお話の方進めさせて頂きますね」と言って軽く頭を下げるが、詩月の頭はハテナでいっぱいだった。
 目が幸せとはどういう意味だろう。
 手元にある紙を見ながら怜香が丁寧に説明をしてくれて、まずは開始時間を決める事になった。
 日取り自体は龍惺がこの日が大安だからと決めていたのだが、まさか時間まで関係してくるとは思わなかった。と言っても大安吉日という言葉もあるように、その日は午前午後共に吉らしくどちらでも大丈夫なようだ。
 食事会もその日に行うつもりのため午後を選び、挙式本番は十四時からとなった。
 続いてリングピローの話になったのだが、それは龍惺が用意してくれるらしい。指輪のデザインは一緒に考えていたのに、気付かない間にそっちにまで気を割いていてくれたのかと嬉しくなった。
 ちなみに指輪はすでにオーダー済で、式当日までは大事に保管しておく予定だ。
 その後も細々とした話を終えて一息ついていると、バラバラになった紙を纏めていた怜香がにこやかに口を開いた。

「当式場ではご希望があれば装飾などもお決め頂けるのですが、お二人はこうしたいというご要望はございますか?」
「どんなものでもいいんですか?」
「可能な限りお応えしたいと思っております」

 どの範囲が可能なのかは分からないが、それを聞いた瞬間頭にパッと浮かんだ物があった。それは龍惺にとっても詩月にとっても大事な物で、二人のすべてと言っても過言ではない物。

「それなら、風船でも何でもいいので星と月にちなんだ物を飾って頂きたいです」
「星と月ですか?」
「はい。その二つは僕たちにとって切っても切り離せないとても大切な物なんです。星と月があったからずっと繋がっていられた……なので、そういった物でも可能ならお願いしたいです」

 二人の象徴でもある星と月が装飾されるならこんなに嬉しい事はない。緊張した面持ちでお願いしていると膝の上で強く握っていた拳が大きな手に包まれた。
 親指に手の甲を撫でられ力が緩む。

「もしかして、お二人のお名前が関係されていますか?」
「あ、はい」
「そうなんですね! 畏まりました、必ずご希望に添えるよう尽力致しますのでお任せ下さい」
「! 宜しくお願いします!」

 最後に次の打ち合わせの日時を決め、今日はおしまいのようだ。
 椅子から立ち上がり並んで出入口まで行く間にも色々と聞いてくれて、詩月は改めてここに決めて良かったと思う。

 別れ際、怜香は詩月と龍惺を見て微笑むと、「お二人にとって素敵な思い出となるような結婚式が開催出来るよう精一杯努めさせて頂きますので、最後まで宜しくお願い致します」と言って腰を曲げ見送ってくれた。



 打ち合わせが午前中だったため、午後からは会社に行かなくてはいけない龍惺にマンションまで送って貰う車内で、左手の薬指に嵌っている指輪を何とはなしに弄っていると龍惺に「どうした?」と声をかけられた。
 顔を上げ少し考えてから左手を見せて問い掛ける。

「結婚指輪をしたら、この指輪ってどうするの?」
「それは婚約指輪だから、重ねて付けりゃいいんじゃね?」
「え、同じ指に?」
「そりゃそうだろ。一応そうしても浮かないようなデザインにはしたんだし」

 まさか婚約指輪から結婚指輪まで繋げて考えてくれていたとは思わなかったし、重ね付け出来る事も知らなかったから外すの嫌だなとしか思ってなかった。
 今着けているシンプルなシルバーの指輪はチタン製らしく、家事をする詩月のために逐一着け外しをしなくてもいいようにと選んでくれたらしい。
 日取りといいリングピローといい、本当に色んな事を先回りで考えてくれる龍惺には感謝しかなくて、抱き着きたい衝動に駆られながらも運転の邪魔にならないようジャケットの裾を掴むとふっと笑ってくれた。

「そんな可愛い事されたら、会社行きたくなくなるんだけど?」
「う。だって今は運転してるから……」
「運転してなかったら?」
「抱き着いてた」
「そりゃ残念だ」

 どっちの意味での残念なのか、肩を竦めた龍惺はハンドルを人差し指でトントンと叩くと、本来は直進するはずの道を何故か右に曲がった。目を瞬いていると「寄り道」と横顔で微笑まれる。
 まだ時間があるとはいえ大丈夫なのかとは思うが、正直嬉しくてどこに行くかは聞かずに黙っていると、窓の向こうに海が見えてきた。
 近くの駐車場へと入り車を停めた龍惺に促されて降りた瞬間潮の匂いが鼻腔に広がる。

「詩月、ちゃんと前止めてマフラーも巻いとけ」
「あ、ありがとう」

 冬の海に来たのは初めてかもしれない。ダウンジャケットを羽織っただけの状態でぼんやりしていると、チャックが上げられマフラーがグルグルに巻かれた。
 対する龍惺はスーツにロングコートとマフラーでおおよそ海には向かない格好をしているが、相変わらずのイケメンなのでこれはこれで有りだ。
 手を引かれて砂浜へ向かうが、やはりこの季節に海に来る者はおらず、まるで二人だけの世界に来たみたいで少しだけしんみりする。

「波打ち際まで行ってもいい?」
「いいけど、気を付けろよ」
「うん」

 繋いでいた手を離し、寄せては返す波に靴先が触れるギリギリまで近付き地平線を眺めていると不意に腕を引かれてよろめいた。背中に温かいものが触れ何気なく顔を上げた先で龍惺が苦笑する。

「ちゃんと足元見てろって。濡れるぞ」
「ここまでは来ないと思ったのに」
「あん時もそんな事言ってたな」
「そうなの?」
「波の動きに合わせて行ったり来たりしたあとピタッて止まって、ここまでは来ないよーっつって思いっ切り波に足濡らされてすっ転んでた」
「お恥ずかしい限りで……」

 この年になってまで高校生の自分と同じような事をしていたとは、恥ずかしさと情けなさで顔が熱くなる。
 だが龍惺は嬉しそうな顔で詩月を見下ろし、左手同士の指を絡めて握ると持ち上げ指輪へと口付けて来た。

「いいんだよ、お前はそれで。お前が変わんねぇから俺も俺らしくいられんだし。……詩月」
「うん?」
「年取っても、こうして手ぇ繋いでいろんなところに行こうな」

 男同士で手を繋いでいると、周りは大抵ヒソヒソしながら好奇の目で見てくる。たけど龍惺はそんなものは気にせず当たり前のように手を握ってくれるから、詩月はいつもすぐ隣を歩けていた。
 それはこの先何十年経っても変わらないのだと龍惺が言ってくれるなら、詩月はずっと信じていられる。

「うん!」

 ぎゅっと握り返して大きく頷くと、穏やかに微笑んだ龍惺の顔が近付いてくる事に気付いてそっと目を閉じた。




〈おまけ〉

「……やべ、瀬尾から電話掛かって来た」
「……!時間過ぎてる……!」
『社長、出社予定時刻が過ぎておりますが、何かトラブルでもございましたか?』
「いや、何もない。悪いけど、あと一時間は掛かる」
『…………畏まりました。必ず一時間でいらして下さい』
「分かった、じゃあな」
「瀬尾さん怒ってた?」
「怒るっつーか、たぶん詩月といるの気付いて呆れてる」
「え、じゃあ僕も謝った方がいいかも」
「落ち込むからやめてやれ」
「? どういう意味?」
「アイツにもいろいろあるんだよ。とにかく、仕事増やされる前に行かねぇと残業確定するから戻るぞ」
「うん」

 結果として午前中にするはずだった仕事を午後に回したらしい龍惺の帰宅はいつもより遅かったのだが、帰ってくるなり瀬尾の容赦のなさに珍しく愚痴を零す姿に苦笑しつつも龍惺お気に入りの膝枕で慰めるのだった。
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