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【四十八ノ星】顔合わせ
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慌ただしく会社へ向かった龍惺を見送り、朝食の後片付けを済ませてからさっそく父親へと電話を掛けようとした詩月は、時計を見てふと思い留まった。
平日のこの時間は大多数の人が出勤する時間帯であり、会社勤めの誠一も例に漏れずすでに家を出ているはずだ。
仕方なく、時間が出来たら電話して欲しい事をメッセージアプリで送り、気付かないと困るためサイレントモードを解除する。
パーカーのポケットに入れて寝室に向かい、いつも通りにやる事をなすべくまずはシーツや枕カバーを外して洗濯機に掛けた。
この後はパソコンに向かってイラストを描くと決めている。
頭の中で予定を組み立てながら、床に落ちていた紙を拾った詩月はワイパーで床を拭き始めるのだった。
その後、誠一からは昼頃に電話が掛かってきて、龍惺の両親が挨拶を希望している事、都合を合わせてくれる事、料亭とレストランどっちがいいかという事を話したところ、再来週の日曜日なら一日空いているとの返事を貰った。
とりあえずその日を仮定にし、本決まりになったらもう一度連絡する旨を伝えて切ったのだが、顔合わせをすると言った時に一瞬間があったのは何故だろう。
「……まぁ、いっか」
顔も見えていない状態で誠一が何を思ったのかは分からないし、それなら考えても仕方ないと頭の隅に追いやりレタスとハムとチーズを食パンで挟んだだけのサンドイッチに齧りついた。
顔合わせは誠一の提示した日で決定となり、場所も予定通り詩月の実家がある地方の料亭になった。玖珂御用達のような高級料亭ではないがそれなりに敷居が高く、今日は詩月もスーツを身に纏っている。取り急ぎ必要になったため龍惺に選んで貰ったのだが、既製品とはいえ身体に合って意外にも着心地がいい。
ただどうしても馬子にも衣装感が拭えないのは着慣れていないからだろうか。
「詩月くんったら、スーツ着るなら龍惺と同じところで仕立てたのに」
「こういう機会でしか着れないので勿体ないです」
「そんな事気にしないで、一着でも持っておいて損はないのよ? ホントにもう、この子ったら遠慮しいなんだから」
初めて早苗に会った時に仕立ててあげると言われていたが、結局一着もお願いしていない。今や完全に在宅ワークとなった詩月には立派なスーツがあってもタンスの肥やしになるだけだ。
柔らかな手に両頬を挟まれて苦笑していると、離れた場所からクスクスと笑い声が聞こえ四人して視線を向けた先にはスーツ姿の誠一がいた。
近くまで来ると航星と早苗に頭を下げる。
「遅くなってすみません。初めまして、安純誠一と申します。このような素敵な場を設けて下さりありがとうございます、本日は宜しくお願い致します」
「こちらこそお時間を頂きありがとうございます。玖珂航星と申します。こちらは妻の早苗です」
「初めまして、玖珂早苗と申します。せっかくこうしてお会い出来たんですし、これからは家族も同然ですからあまり堅苦しいのはナシにしませんか?」
「そうですね、気兼ねなく話して頂ければと思います」
「ありがとうございます」
世界でも名の知られた大企業の会長とその夫人と言えど、航星も早苗も非常に気さくで人当たりが良く親切だ。中小企業の一社員である誠一が気負ってしまうのも仕方ないが、出来れば気軽に酒が飲み交わせるような関係になって欲しいとは思う。
龍惺と顔を見合わせて笑った詩月は、彼の手を握りぎこちなく笑う父親の横顔を眺めた。
座敷へと案内して貰い、それぞれの家に別れて向かい合って座る頃には少しばかり打ち解けたようだ。
主に早苗の尽力によるものだが、社会人故か誠一自身も詩月とは違い社交性が高く少し口調も緩めになっていてホッとした。
「改まって挨拶をするのも気恥かしいですし、食事でもしながらお話でもしましょうか」
「詩月くんがいなければ、こんな機会絶対なかったですものね。龍惺は結婚すら怪しかったですし」
「本当にな。……こんなに立派になって」
「そういうのやめろ」
わざとらしくしみじみと零す航星に眉を顰める龍惺には苦笑する他ない。前回の食事会と比べて航星もずいぶんと話してくれているし、これも顔合わせ効果なのだろうか。
「それにしても、詩月くんは本当に優しくて素敵な子ですね。龍惺には勿体ないくらい」
「ありがとうございます。我が子ながら、良く擦れずに育ってくれたなと……反抗期もなくて、いつも身体の心配をしてくれるんですよ」
「羨ましいですね。愚息は口を開けば悪態ばかりで、まったくもって可愛くないです」
「男の子なんて普通はそんなものですよ。この子が大人しかっただけで、私としてはもう少しヤンチャをしても良かったのではと思っているくらいです」
ヤンチャと聞いて真っ先に浮かんだのは髪を金色に染めてヤンキー座りをしている自分の姿だった。どう考えても似合わない。
向かいに座る龍惺も同じような事を思い浮かべたのか、小さい声で「ねぇな」と呟いている。
「でもそんな詩月くんだったから、うちの子も好きになったんだと思いますよ。それこそ結婚したいほど」
「詩月くんには感謝しています。龍惺が会社を継ぐ気になったのも、経緯はどうあれ詩月くんがきっかけですから」
「………」
「お二人はご存知なんですね、龍惺くんがした事を」
ギクリと当人同士の肩が強張る。妙な沈黙が落ちて困惑していると、航星がすっと後ろに下がり誠一に土下座をした。
それに驚いたのは詩月と龍惺だ。
「愚息の愚かな行動で大切な息子さんを深く傷付けてしまい、誠に申し訳御座いませんでした」
「親父……」
「頭を上げて下さい。責めるつもりはありませんし、その件については許せてはいませんがもういいんです。現に詩月は幸せで、龍惺くんも努力してくれている。妻もきっとそう言うと思いますから」
「寛大なお心、感謝致します」
「…………」
「はは、何だか変な空気になってしまいましたね。食事も来ましたし、温かいうちに食べませんか?」
ハラハラと様子を伺っていた詩月は、誠一が朗らかに笑った事で一変した空気にホッと息を吐いた。それは向かいにいる三人も同じだったようで、龍惺に至ってはあからさまに安堵している。
姿勢を戻した航星はそんな龍惺を見て目を細めると、柔和な笑顔を浮かべて「そうですね」と頷いた。
以降は何とも和やかな食事会が進み、龍惺と詩月以外は酒を嗜んでますます会話を弾ませており、そろそろ解散しようかと言う頃には敬語そのものがとっぱらわれていて驚いたものだ。
これが年を重ねた大人の適応力か。
「誠一くん、ぜひまた一緒に飲もう」
「いいね。今度は俺がそっちに行くよ」
「すっかり仲良くなっちゃって……この人がこんなにはしゃいでるのを見るのは初めてだわ」
父親同士、仲良く握手している光景は実にほのぼのしていて詩月の顔も自然と笑顔になる。支払いを済ませた龍惺が隣に立って頭をポンっと軽く叩いてきた。
「何つーか、色んな意味で誠一さんもすげぇわ」
「お父さん、小さい頃から人見知りしなかったみたいだから」
「人見知り云々じゃねぇと思うけど……まぁ、仲良くなれたんなら良かったんじゃね?」
「うん。楽しそうで良かった」
大切な人たちが楽しそうにしているのは素直に嬉しい。
会話を終えたのか手を上げて航星たちから離れた誠一がこちらに歩いて来て、詩月の前に立つとぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた。
「次に会うのは結婚式でかな。忙しくなると思うけど、あまり無理はしないようにね」
「うん。今日は来てくれてありがとう」
「こんなに笑ったのは久し振りだよ。……龍惺くん」
「はい」
「詩月の事、よろしく頼むね」
「はい。必ず幸せにします」
間髪入れずに答えた龍惺に満足げに微笑んだ誠一は、彼の腕を軽く叩いて通り過ぎ家へと帰って行った。それを見送っていると後ろから「詩月くん」と声を掛けられる。
「今日はありがとう」
「いえ、僕の方こそありがとうございました。父も楽しそうでしたし、お二人には感謝しかありません」
「詩月くんのお父さんだけあって、誠一くんはいい人だな」
「連絡先まで交換して、まるで昔からの知り合いみたいね」
「実はさっき、次の約束をしておいた」
さすがは大企業を纏める者と言うべきか、行動力が半端ない。驚いて目を瞬いていると、一歩前に出た龍惺が眉根を寄せて航星へと頭を下げた。
「悪い……親父に頭下げさせて……」
「自分の子供がしでかした事は親にも責任があるからな。まぁ、もう二度目はないだろう?」
「ない。約束する」
「それならいい」
「…………」
「さ、帰りましょうか」
当事者でありながら何も言えず目を伏せてその話を聞いていたのだが、不意に両肩に手が置かれて振り返ると綺麗な笑みを浮かべた早苗がいて、くるりと身体を反転させられる。
そのまま押されてつんのめりながらも足を進めると、どうやら龍惺の車に向かっているのだと気付いた。
「あ、おい、おふくろ」
「早い者勝ちよ」
「早いも何も俺のだから」
「独占欲の強い男はモテないわよ」
「別にモテなくていい」
恋人とその母親に挟まれ、頭上で飛び交う会話に嬉しいやら恥ずかしいやらで苦笑を漏らしていると、少し遅れて来た航星が早苗の肩を抱き詩月から距離を取った。
「早苗は私と行こうか」
「あら、珍しいわね。仕方がないから一緒に行ってあげるわ」
そう言いつつも満更でもなさそうな早苗はあっさりと詩月の肩から手を離し先に歩いて行った。呆気にとられていた詩月は仲睦まじい両親の姿に頬を引き攣らせている龍惺を見上げて小さく笑う。
あんな風に、いくつになっても仲良しでいられたらいいな。
そう思いながら龍惺の手を掴むとラブラブな二人の後を追うのだった。
余談だが、今日は朝から忙しくキスさえ出来なかったからと帰宅早々ベッドに連れ込まれたのはここだけの話だったりする。
──────────
いつもお読み下さりありがとうございます!
すみませんが、諸事情により、本日より一日一話公開となります……完結まで頑張りますので、よろしくお願い致します<(_ _*)>
平日のこの時間は大多数の人が出勤する時間帯であり、会社勤めの誠一も例に漏れずすでに家を出ているはずだ。
仕方なく、時間が出来たら電話して欲しい事をメッセージアプリで送り、気付かないと困るためサイレントモードを解除する。
パーカーのポケットに入れて寝室に向かい、いつも通りにやる事をなすべくまずはシーツや枕カバーを外して洗濯機に掛けた。
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頭の中で予定を組み立てながら、床に落ちていた紙を拾った詩月はワイパーで床を拭き始めるのだった。
その後、誠一からは昼頃に電話が掛かってきて、龍惺の両親が挨拶を希望している事、都合を合わせてくれる事、料亭とレストランどっちがいいかという事を話したところ、再来週の日曜日なら一日空いているとの返事を貰った。
とりあえずその日を仮定にし、本決まりになったらもう一度連絡する旨を伝えて切ったのだが、顔合わせをすると言った時に一瞬間があったのは何故だろう。
「……まぁ、いっか」
顔も見えていない状態で誠一が何を思ったのかは分からないし、それなら考えても仕方ないと頭の隅に追いやりレタスとハムとチーズを食パンで挟んだだけのサンドイッチに齧りついた。
顔合わせは誠一の提示した日で決定となり、場所も予定通り詩月の実家がある地方の料亭になった。玖珂御用達のような高級料亭ではないがそれなりに敷居が高く、今日は詩月もスーツを身に纏っている。取り急ぎ必要になったため龍惺に選んで貰ったのだが、既製品とはいえ身体に合って意外にも着心地がいい。
ただどうしても馬子にも衣装感が拭えないのは着慣れていないからだろうか。
「詩月くんったら、スーツ着るなら龍惺と同じところで仕立てたのに」
「こういう機会でしか着れないので勿体ないです」
「そんな事気にしないで、一着でも持っておいて損はないのよ? ホントにもう、この子ったら遠慮しいなんだから」
初めて早苗に会った時に仕立ててあげると言われていたが、結局一着もお願いしていない。今や完全に在宅ワークとなった詩月には立派なスーツがあってもタンスの肥やしになるだけだ。
柔らかな手に両頬を挟まれて苦笑していると、離れた場所からクスクスと笑い声が聞こえ四人して視線を向けた先にはスーツ姿の誠一がいた。
近くまで来ると航星と早苗に頭を下げる。
「遅くなってすみません。初めまして、安純誠一と申します。このような素敵な場を設けて下さりありがとうございます、本日は宜しくお願い致します」
「こちらこそお時間を頂きありがとうございます。玖珂航星と申します。こちらは妻の早苗です」
「初めまして、玖珂早苗と申します。せっかくこうしてお会い出来たんですし、これからは家族も同然ですからあまり堅苦しいのはナシにしませんか?」
「そうですね、気兼ねなく話して頂ければと思います」
「ありがとうございます」
世界でも名の知られた大企業の会長とその夫人と言えど、航星も早苗も非常に気さくで人当たりが良く親切だ。中小企業の一社員である誠一が気負ってしまうのも仕方ないが、出来れば気軽に酒が飲み交わせるような関係になって欲しいとは思う。
龍惺と顔を見合わせて笑った詩月は、彼の手を握りぎこちなく笑う父親の横顔を眺めた。
座敷へと案内して貰い、それぞれの家に別れて向かい合って座る頃には少しばかり打ち解けたようだ。
主に早苗の尽力によるものだが、社会人故か誠一自身も詩月とは違い社交性が高く少し口調も緩めになっていてホッとした。
「改まって挨拶をするのも気恥かしいですし、食事でもしながらお話でもしましょうか」
「詩月くんがいなければ、こんな機会絶対なかったですものね。龍惺は結婚すら怪しかったですし」
「本当にな。……こんなに立派になって」
「そういうのやめろ」
わざとらしくしみじみと零す航星に眉を顰める龍惺には苦笑する他ない。前回の食事会と比べて航星もずいぶんと話してくれているし、これも顔合わせ効果なのだろうか。
「それにしても、詩月くんは本当に優しくて素敵な子ですね。龍惺には勿体ないくらい」
「ありがとうございます。我が子ながら、良く擦れずに育ってくれたなと……反抗期もなくて、いつも身体の心配をしてくれるんですよ」
「羨ましいですね。愚息は口を開けば悪態ばかりで、まったくもって可愛くないです」
「男の子なんて普通はそんなものですよ。この子が大人しかっただけで、私としてはもう少しヤンチャをしても良かったのではと思っているくらいです」
ヤンチャと聞いて真っ先に浮かんだのは髪を金色に染めてヤンキー座りをしている自分の姿だった。どう考えても似合わない。
向かいに座る龍惺も同じような事を思い浮かべたのか、小さい声で「ねぇな」と呟いている。
「でもそんな詩月くんだったから、うちの子も好きになったんだと思いますよ。それこそ結婚したいほど」
「詩月くんには感謝しています。龍惺が会社を継ぐ気になったのも、経緯はどうあれ詩月くんがきっかけですから」
「………」
「お二人はご存知なんですね、龍惺くんがした事を」
ギクリと当人同士の肩が強張る。妙な沈黙が落ちて困惑していると、航星がすっと後ろに下がり誠一に土下座をした。
それに驚いたのは詩月と龍惺だ。
「愚息の愚かな行動で大切な息子さんを深く傷付けてしまい、誠に申し訳御座いませんでした」
「親父……」
「頭を上げて下さい。責めるつもりはありませんし、その件については許せてはいませんがもういいんです。現に詩月は幸せで、龍惺くんも努力してくれている。妻もきっとそう言うと思いますから」
「寛大なお心、感謝致します」
「…………」
「はは、何だか変な空気になってしまいましたね。食事も来ましたし、温かいうちに食べませんか?」
ハラハラと様子を伺っていた詩月は、誠一が朗らかに笑った事で一変した空気にホッと息を吐いた。それは向かいにいる三人も同じだったようで、龍惺に至ってはあからさまに安堵している。
姿勢を戻した航星はそんな龍惺を見て目を細めると、柔和な笑顔を浮かべて「そうですね」と頷いた。
以降は何とも和やかな食事会が進み、龍惺と詩月以外は酒を嗜んでますます会話を弾ませており、そろそろ解散しようかと言う頃には敬語そのものがとっぱらわれていて驚いたものだ。
これが年を重ねた大人の適応力か。
「誠一くん、ぜひまた一緒に飲もう」
「いいね。今度は俺がそっちに行くよ」
「すっかり仲良くなっちゃって……この人がこんなにはしゃいでるのを見るのは初めてだわ」
父親同士、仲良く握手している光景は実にほのぼのしていて詩月の顔も自然と笑顔になる。支払いを済ませた龍惺が隣に立って頭をポンっと軽く叩いてきた。
「何つーか、色んな意味で誠一さんもすげぇわ」
「お父さん、小さい頃から人見知りしなかったみたいだから」
「人見知り云々じゃねぇと思うけど……まぁ、仲良くなれたんなら良かったんじゃね?」
「うん。楽しそうで良かった」
大切な人たちが楽しそうにしているのは素直に嬉しい。
会話を終えたのか手を上げて航星たちから離れた誠一がこちらに歩いて来て、詩月の前に立つとぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた。
「次に会うのは結婚式でかな。忙しくなると思うけど、あまり無理はしないようにね」
「うん。今日は来てくれてありがとう」
「こんなに笑ったのは久し振りだよ。……龍惺くん」
「はい」
「詩月の事、よろしく頼むね」
「はい。必ず幸せにします」
間髪入れずに答えた龍惺に満足げに微笑んだ誠一は、彼の腕を軽く叩いて通り過ぎ家へと帰って行った。それを見送っていると後ろから「詩月くん」と声を掛けられる。
「今日はありがとう」
「いえ、僕の方こそありがとうございました。父も楽しそうでしたし、お二人には感謝しかありません」
「詩月くんのお父さんだけあって、誠一くんはいい人だな」
「連絡先まで交換して、まるで昔からの知り合いみたいね」
「実はさっき、次の約束をしておいた」
さすがは大企業を纏める者と言うべきか、行動力が半端ない。驚いて目を瞬いていると、一歩前に出た龍惺が眉根を寄せて航星へと頭を下げた。
「悪い……親父に頭下げさせて……」
「自分の子供がしでかした事は親にも責任があるからな。まぁ、もう二度目はないだろう?」
「ない。約束する」
「それならいい」
「…………」
「さ、帰りましょうか」
当事者でありながら何も言えず目を伏せてその話を聞いていたのだが、不意に両肩に手が置かれて振り返ると綺麗な笑みを浮かべた早苗がいて、くるりと身体を反転させられる。
そのまま押されてつんのめりながらも足を進めると、どうやら龍惺の車に向かっているのだと気付いた。
「あ、おい、おふくろ」
「早い者勝ちよ」
「早いも何も俺のだから」
「独占欲の強い男はモテないわよ」
「別にモテなくていい」
恋人とその母親に挟まれ、頭上で飛び交う会話に嬉しいやら恥ずかしいやらで苦笑を漏らしていると、少し遅れて来た航星が早苗の肩を抱き詩月から距離を取った。
「早苗は私と行こうか」
「あら、珍しいわね。仕方がないから一緒に行ってあげるわ」
そう言いつつも満更でもなさそうな早苗はあっさりと詩月の肩から手を離し先に歩いて行った。呆気にとられていた詩月は仲睦まじい両親の姿に頬を引き攣らせている龍惺を見上げて小さく笑う。
あんな風に、いくつになっても仲良しでいられたらいいな。
そう思いながら龍惺の手を掴むとラブラブな二人の後を追うのだった。
余談だが、今日は朝から忙しくキスさえ出来なかったからと帰宅早々ベッドに連れ込まれたのはここだけの話だったりする。
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