焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【四十五ノ星】膝枕

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 先日、龍惺が請求した結婚式場のパンフレットが届きソファで読んでいた詩月は玄関が開く音がしてハッと顔を上げた。
 読みかけの冊子をテーブルに置き出迎えに行こうとしたところでリビングの扉が開かれ龍惺が入ってくる。

「おかえりなさい」
「ただいま」
「? 何持ってるの?」
「して欲しい事の一部」
「膝枕の?」

 ふと龍惺が紙袋を下げている事に気付いて問い掛けるが、返ってきた答えの意味が分からなくて首を傾げる。ただ座った自分の膝に龍惺が頭を乗せるだけの膝枕に一部も何もないとおもうのだが。
 だが今は話す気はないのか、ジャケットを脱いでネクタイを緩めた龍惺は弁当箱が入った保冷バッグを詩月に渡すと頬に口付けて来た。

「今日も美味かった。ありがとな」
「どういたしまして」
「風呂入ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」

 昼食として弁当を渡すようになってから毎日そう言ってくれて嬉しいのだが、面倒臭くなったりはしないのだろうか。当たり前だと思ってくれてもいいのに、龍惺はいつまで経っても律儀だ。
 浴室へ向かう後ろ姿を見送り、すでに作っておいた夕食の仕上げに取り掛かるためキッチンへ向かうと、渡された保冷バッグから弁当箱を出してシンクへと置く。今日も綺麗に完食してくれていて頬が緩んだ。

(龍惺って嫌いな食べ物がないんだよね)

 さすがにゲテモノ系は無理だろうが、今までそれなりに作って来た料理や使った材料で苦手だと言われたものはなかった。
 だからこそ作り甲斐はあるのだが、如何せん詩月の手腕がそれに追い付いていない気がする。工程の多い料理などはレシピがないと作れないし、やはりもっと精進しなければならない。

 今日の夕食は龍惺リクエストのロールキャベツだ。
 コンソメスープとサラダと副菜をテーブルに並べたところで龍惺が戻って来て後ろから緩く腹に腕が回される。

「すげぇ美味そう」
「龍惺、またシャツ着てない」
「暑かったんだって」
「寒くなってから着たら風邪引いちゃうでしょ。着て下さい」
「分かった分かった」

 程よく筋肉のついた龍惺の身体は自分から見ても羨ましいほどスタイルが良くて憧れるのだが、それに加えてとして見ている事もありドキドキしてしまうのも事実だ。
 ソファに置いていたらしいシャツを身に付ける姿にホッとし、料理を並べ終えたところでいつも座る椅子へと腰を下ろす。龍惺も向かいに座ると全体を見て微笑んだ。

「仕事から帰って来て玄関開けた時にさ、飯の良い匂いがしてお前が笑って出迎えてくれる瞬間がすげぇ好きなんだよ。俺ってめちゃくちゃ幸せ者だなって思う」
「僕も龍惺の〝ただいま〟を聞くと、僕のところに帰って来てくれたってすごく幸せな気持ちになるよ」
「お前のとこ以外帰る気ねぇけどな。ホント、贅沢の極みだわ」

 しみじみと呟いて手を合わせた龍惺はさっそくロールキャベツにかぶりついた。食べるのが早い龍惺は一口が大きく、今齧ったロールキャベツは半分以上が欠けている。

「あー…美味ぇ」
「ふふ、良かった」
「接待とか会食で外で飯食うだろ? 美味いんだろうけど、どうしても食う気なくなるっつーか……詩月の飯の方が美味ぇって思っちまうんだよな」
「だから帰って来てからも何か食べたいって言ってたの?」
「そう。おにぎりでも何でも、お前が作ったもんが食いてぇってなる」

 食べて帰って来てるはずなのにどうして「何かある?」って聞くのかと思っていたらそういう事だったのか。
 初めて言われた時は良く食べるなとしか思わなかったが、その場であまり食べていなかったなら納得だ。

「じゃあ次からはちゃんと作っておくね」
「いや、そこまでしなくていい。っつーか、俺がいないからって簡単に済ませんな」
「納豆ご飯、美味しいよ?」
「そりゃ分かってっけど、めんどいならせめて出前でも取れって」
「面倒臭いとかじゃなくて、龍惺がいないから……」
「何、寂しくて食うのもやだって?」

 友達以上恋人未満になってから少しずつ夕飯を一緒に食べるようになり、いつの間にか一人で食べていた時の事を思い出せなくなっていた。だからいざ一人での食事となると食べたい物も食べる気力さえもなくなる。
 ニヤニヤしながら問い掛けてくる龍惺に小さく頷くと、ふっと笑って指の背で頬を撫でられた。

「可愛い奴。でも飯だけはちゃんと食えよ」
「……努力します」
「分かった。俺が出前取る」
「え? 待って、ちゃんと食べる。食べます」
「食わなかったらマナー必須のレストランな」
「またそれ出してくる……」

 必要に駆られないせいか今だにマナーについては〝外側から使う〟事くらいしか分からないため、それを出されるとどうしても聞かざるを得ない。
 少しだけむくれて返すと宥めるように頭をポンポンと軽く叩かれる。

「食えばいいんだよ」

 まぁ、確かにその通りだ。
 納得し小さく頷いた詩月は自分の皿にあるロールキャベツを一つ、空になった龍惺の皿へと移して食事を再開した。



 片付けと風呂を終えタオルで髪を拭きながらリビングに戻ると、機嫌の良い龍惺が何かを持って手招きして来た。

「?」
「これ着て」
「これ?」

 着てという事は服なのだろうが、畳まれているためどういった物か分からない。とりあえず確認のためにとそれを広げた詩月は目を瞬いた。
 フワフワした素材のルームウェアのようだが、フードにはウサギの耳がついていて、ズボンは短い物と長い物があるみたいだ。

「コスプレくらいはって言ってたけど、何かピンと来るもんなくてな。普段なら買わねぇようなので、お前に似合いそうなやつにしてみた」
「これ、触り心地すっごく良いね」
「だろ?」

 コスプレと言った時点で詩月の頭にはメイド服やナース服が浮かんでいただけに、普通に部屋着として使えそうな物を買って来た事には驚いた。
 しかも撫でた感触がものすごくいい。

「ちょっと着替えてくるね」
「ん。ついでにドライヤー持って来い」
「うん。……あ、ズボンどっちがいい?」
「短い方」
「だと思った」

 予想していた答えに小さく笑うと龍惺が僅かに照れた顔をする。
 その姿を可愛いと思いながら再び脱衣所へ戻り、元々来ていた部屋着を脱いでルームウェアに袖を通すと肌に触れる素材の柔らかさに感動してしまった。短パンは太腿半分までの丈だから足はスースーするけど、お風呂上がりだしリビングも寝室もつねに丁度いい温度に保たれているから大丈夫だろう。
 棚からドライヤーを取りリビングに戻ると龍惺が僅かに眉を跳ね上げた。

「思った通り、そういうの似合うな」
「膝枕するなら長いズボンの方が良かったんじゃない?」
「そこはほら、男心を察してくれ」

 おかしいな、自分も男なのにその男心はよく分からない。まぁ龍惺が喜んでくれるならいいやとドライヤーを渡すと、ソファに座るよう促される。
 いつものように髪を乾かして貰い、仕上げに手櫛で整えられて終わりだが、今日はウサ耳つきのフードが被せられた。
 龍惺がドライヤーを片付けに行っている間に式場の資料をテーブルに置いてソファの端に座り直す。

「気になる式場あったか?」
「今のところ、こことここかな」
「教会?」
「うん。だって神社は誓いのキスじゃないんでしょ?」

 本番に取っておくつもりであの時しなかったのに、仏前式にしてしまうと結局出来ない事につい最近気が付いた。だから教会式に絞った理由を言えば、一瞬キョトンとした龍惺が「なるほど」と呟いてソファに転がり膝に頭を乗せてくる。

「タキシードでも袴でもなく、誓いのキスがしてぇから教会選ぶのか」
「え、ダメなの?」
「いや、問題ねぇ。お前がやりてぇ方選べよ」

 理由が不埒過ぎたかと眉尻を下げると、どこか楽しそうな龍惺に頬を摘まれながらそう言われてホッとする。
 正直、紋付袴を着た龍惺を見てみたい気持ちもあるにはあったが、やはり一度はお預けされた誓いのキスをしないとあとあと後悔しそうだった。

「……固くない?」
「全然。むしろ詩月の匂いがするし、肌もすべすべで気持ちいい」
「くすぐったいよ」

 龍惺の手が感触を確かめるように膝を撫で、くすぐったいのに変な気持ちになる。というか、龍惺の手の動きも何だか怪しいような。

「……龍惺」
「悪い、つい触りたくなった」
「もう……」

 もしかしてコレが目的で短い方を履かせたのではないのかと勘繰ってしまいそうになる。溜め息を零して少し硬めの髪に手を滑らせると、目を細めた龍惺が腹へと顔を擦り寄せてきた。

「ああ、うん。いいな、これ」
「どっち?」
「どっちも。……もっと撫でて」
「……!」

 ルームウェアの肌触りも膝枕も、龍惺はとても気に入ったらしい。
 目を閉じて、背中とソファの隙間に腕を通して腰を抱く龍惺に少し低めの声でそうねだられ、思わずきゅんとした詩月は嬉しそうにはにかむといつもとは逆だなと思いながら龍惺の髪を優しく撫でた。

(可愛い)

 もっとこんな風に甘えて欲しい。甘やかすのは自分だってそれなりに上手なのだから。

 上機嫌で頭を撫でている詩月だが、数分後にスイッチの入った龍惺の手によりヘロヘロにされたあと、ベッドへと運ばれる事になるなど今だ知る由もない。
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