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【四十四ノ月】デート
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ある日の休日、朝食後に一通りの家事を終えた詩月がコーヒーとカフェオレを手にリビングへと戻って来た。
それぞれの前にカップを置き、ソファに足を組んで座る龍惺の隣に腰を下ろすと手元にあるタブレットを覗き込む。画面には同性婚が可能な式場一覧が表示されていて、教会式や仏前婚などいろいろあるようだ。
「詩月はタキシードと袴、どっちがいい?」
「どっちも着た事ないから悩む……」
「ドレスか白無垢でもいいけど?」
「いいわけないでしょ」
ニヤリと笑いながらそう言えば眉を寄せた詩月に軽く腕を叩かれる。絶対に似合うとは思うが、さすがに今回は本当に軽口のつもりだ。
第一、誠一も参列する式でそんな事をさせようものなら、今度こそあの妙に迫力のある笑顔で別れろと言われてしまうだろう。
寄り掛かって来た詩月の指が画面をスクロールし、気になった式場の詳細を見ては戻るを繰り返すが、龍惺としても何を基準にして選べばいいか分からない。
「いろいろあるから迷うね」
「だな。いくつか資料請求してみるか。式場見学も出来そうだし」
「うん。でも見学は龍惺が大変じゃない? 資料だけでもいいんだよ?」
「一生に一度の晴れ舞台だからな、何とか都合はつける。……ってか、やっぱ年内は無理そうだな」
どれだけ頑張っても最低半年は掛かってしまいそうで、龍惺はガックリと項垂れる。焦っている訳ではないが、名実共に詩月が自分のものだという証をやっと手に入れられると思ったのに、予定より遠ざかってしまい割とショックだった。
一番上まで戻したページの中から、詩月が気にしていた式場の資料を請求してからタブレットを閉じる。
くいっと袖を引かれて視線をやると、詩月が悪戯っぽく上目遣いで見て笑っていて、龍惺は目を瞬いた。
「何だ?」
「龍惺はドレスか白無垢、着ないの?」
「こんなデケェ男が着たらただただ気持ち悪ぃだけだろ」
「そう? 龍惺、顔整ってるし、迫力あるお嫁さんになりそうだけどな」
「お前にゃ敵わねぇよ」
何を想像したのか、楽しそうに笑う詩月の髪を撫でカップを手に取りコーヒーを啜る。
いくら顔が整っていようと、身長187cmの花嫁なんぞ誰も見たくないだろう。特に、隣には華奢で小柄な美人が立っているのだ。満場一致でそっちが見たいに決まってる。
「なぁ、詩月」
「何?」
「デート行くか」
「え?」
「約束しただろ? 水族館行こうって。結局バタバタしてて行けてねぇし、今から行かね?」
「行く!」
「んじゃ、準備して出るぞ。……さすがに今から貸切は無理だよな」
「しなくていいから」
スマホを手に水族館を調べながら呟いた言葉はバッチリ拾われていたらしく、眉を顰めた詩月に窘められてしまった。
半分は冗談だったため肩を竦めて空になったカップをテーブルに置くと、詩月の肩を押してソファに倒しその首筋に唇を寄せる。
「その前に、虫除け付けとかねぇとな」
「水族館でナンパする人なんていないよ」
「一定数いるんだよ」
「そうなんだ……ん…っ」
片手で易々と掴めそうなほど細い首筋に舌を這わせ強く吸い付くと、詩月の身体がピクリと震えた。
くっきりと付いた鬱血痕に満足気に微笑み離れた龍惺は、見下ろした表情が少し艶っぽい事に気付いてニヤリと笑う。
「何だよ、その顔」
「だ、だって……もう、龍惺のせいだからね」
「何が?」
「……もっと触って欲しいって思っちゃうのが 」
「俺としては大歓迎なんだけど? どうする? 水族館やめてベッド行くか?」
「やだ、水族館行く」
反応は大人なのに子供っぽい口調で首を振る姿がチグハグで龍惺も少しばかりムラッとしてしまったが、ふっと笑って身体を起こすと詩月の腕を引いて座り直させ立ち上がる。
「ほら、お前も着替えて来い」
「う、うん」
「ちゃんと見え隠れする服選べよ」
自分の首筋をトントンしてみせ、仄かに頬を染めた詩月に小さく笑った龍惺は着替えるべく寝室へと向かった。
やはり休日の水族館は人気らしく人で溢れ返っている。
家族連れやカップルがメインだが、見目の良い男二人、それも片方は背が高くて目立つからかチラチラと視線を感じて居心地が悪い。
だが詩月は入る前から楽しみで仕方がないと言った様子で顔を輝かせているため、興味と好奇の目には気付いておらずそれには安堵した。
「自分のチケット代は出す」
「残念。もう購入済み」
「え、いつの間に……あ、もしかしてネット?」
「詩月はそういうの疎いからな」
「スマホなんて連絡出来ればいいんだよ」
苦手な人の典型的な言い訳に思わず吹き出すと詩月がムッとした顔で見上げて来た。一応自覚はしているようで、扱い切れない事が恥ずかしいのか目元を僅かに赤らめて拗ねている。
その顔に苦笑し宥めるように軽く頭を叩いてそのまま引き寄せると、つんのめりながらも腰元の服を掴んで来た。
「そうだな、ちゃんと連絡つくなら何でもいい。ほら、行くぞ」
「う、うん」
「ほら、館内図。イルカショーは……二時間後だな」
「最前列行きたいね」
「濡れるつもりか」
「せっかく来たんだし。大丈夫、龍惺は水も滴るいい男だから」
そういう問題ではない気がするが、恐らくカッパは売っているだろうから、もし本当に最前列に座るつもりなら買っておいて損はないだろう。
暖かいとはいえ濡れれば肌寒くは感じる気温だ、もし詩月が風邪を引いたら心配過ぎて仕事どころではなくなる。
周りの視線はどうしようもないものとして気にしない事にし、龍惺は入口で電子チケットを見せ詩月の手を引いて中へと入って行った。
こちらに引っ越してからは初めての水族館という事もあってか、大水槽で感動した詩月はトンネル水槽で大はしゃぎし、深海ゾーンは後回しにして一時間も前だと言うのにイルカショーの会場に来て希望通り最前列に座っていた。
一番乗りかとも思ったが考える事はみな一緒なのか、まばらに席を取っている人がいて、子供などは特に前に座りたがるからか親子連れが多い気がする。
「楽しみだね、龍惺」
「そうだな。……誰もいなけりゃなー」
「どうして?」
「キスで時間潰せるだろ?」
「……! す、すぐそういう事言う……っ」
「お前もすぐ赤くなるよな」
耳元に唇を寄せ「そういうとこ可愛い」と囁けば更に赤くなる詩月に目を細める。こういう反応が余計に嗜虐心を煽ると言うのに、いつまで経っても付き合いたてのような表情をするのだから堪らない。
一瞬本気で人目も憚らず口付けてやろうかと思った時、詩月の手が躊躇いがにに服を握って来た。
「?」
「……僕だって、したくない訳じゃないから…その……後でなら、いいよ?」
「…………抱き締めていい?」
「だ、ダメ」
この可愛い生き物をどうしてくれようか。
場所が場所だから仕方ないとはいえ、これはもうお預けどころか生殺し状態だ。危険を察知してかパッと服から手を離した詩月は目を合わせてくれなくなったし、大人しく待てをするしかないのだろう。
前のめりになり膝に頬杖をついて目の前のプールを眺めていると、詩月が少しだけ空いていた距離を縮めてきた。
それに小さく笑い手の平を上に向けて差し出せばすぐに重ねられ強く握られる。詩月の力では痛くも何ともないが、その強さが心地良くて今はこれで充分だ、と思えた龍惺だった。
一時間後、ようやく始まったイルカショーは満員御礼状態で、トレーナーも張り切っていたのか龍惺の予想以上に水飛沫を掛けられ、カッパを着ていたにも関わらず詩月共々ずぶ濡れになってしまった。
あまりにも勢い良く掛けられたからか、キョトンとして目を瞬いていた詩月は終わった頃には声を上げて笑い出し、あまり意味のなかったカッパを脱ぐと片側の前髪を耳に掛けて靴を指差す。
「すごいよ、靴の中もびっしょり」
「最前列やべぇな」
「龍惺も前髪ずぶ濡れだね」
細い指先が濡れた前髪を揺らす。カッパを脱いで前髪を掻き上げて立ち上がると、人がいなくなるのを待ってから詩月の腕を引いて立たせ掠めるように濡れた唇に口付けた。
驚いて目を見瞠る詩月に微笑み腕を引いて会場から出た後、濡れそぼったカッパは破棄して館内のショップへと向かう。広めの店内には、海の生き物関連のキーホルダーやぬいぐるみや雑貨等があり、少し考えた龍惺はぬいぐるみコーナーに行き一番大きなイルカを取ると詩月に抱かせて頭を撫でた。
「ん、似合うな」
「へ?」
「外出たら寒いかもしんねぇし、それ抱いてろ」
イルカやペンギンのぬいぐるみは水族館の定番だと思っているから持たせてみたが、思った通り詩月が抱くとニヤけそうなくらい可愛らしい。どうせ欲しい物を聞いても「ない」と言うのだから、それらしい理由をつけてレジへ行き何かを言われる前に支払いを済ませショップから出る。
そのまま水族館からも出ると詩月がクスクスと笑い出した。
「何だよ」
「ううん。ただ、ぬいぐるみのプレゼントは初めてだなって」
「でも暖かいだろ?」
「うん、ふわふわしてて暖かい」
「そりゃ良かった」
詩月が男で、ぬいぐるみを貰う年でもないのは分かっているが、あれだけイルカショーを楽しんでいたのだ。思い出として、記念として、そして暖を取る物としてこれほど最適な物はない。
オマケに龍惺の目の保養にもなるから、一石二鳥どころか一石何鳥になるだろう。
このまま別の場所に行くにしろ外食するにしろ、一度着替えなければいけないなと車に近付きながらロックを解除していると、背中に柔らかな物がぶつかり少しだけ驚いた。
足を止めて顔を向けると、イルカごと背中に抱き着いた詩月がいて首を傾げる。
「どうした?」
「イルカサンド」
「何だそれ」
唐突な謎発言に苦笑を漏らし再び歩き出すと、背中から離れ早足で前に回って来た詩月は嬉しそうな顔ではにかんだ。
「ありがとう、龍惺」
ぎゅっとイルカを抱き締めて笑う詩月は殊更に可愛い。
ここが駐車場で、周りには人がいる事も分かってはいたが、我慢出来なかった龍惺は先ほどの詩月と同じように、イルカをサンドする形で愛しい恋人を抱き締めるのだった。
それぞれの前にカップを置き、ソファに足を組んで座る龍惺の隣に腰を下ろすと手元にあるタブレットを覗き込む。画面には同性婚が可能な式場一覧が表示されていて、教会式や仏前婚などいろいろあるようだ。
「詩月はタキシードと袴、どっちがいい?」
「どっちも着た事ないから悩む……」
「ドレスか白無垢でもいいけど?」
「いいわけないでしょ」
ニヤリと笑いながらそう言えば眉を寄せた詩月に軽く腕を叩かれる。絶対に似合うとは思うが、さすがに今回は本当に軽口のつもりだ。
第一、誠一も参列する式でそんな事をさせようものなら、今度こそあの妙に迫力のある笑顔で別れろと言われてしまうだろう。
寄り掛かって来た詩月の指が画面をスクロールし、気になった式場の詳細を見ては戻るを繰り返すが、龍惺としても何を基準にして選べばいいか分からない。
「いろいろあるから迷うね」
「だな。いくつか資料請求してみるか。式場見学も出来そうだし」
「うん。でも見学は龍惺が大変じゃない? 資料だけでもいいんだよ?」
「一生に一度の晴れ舞台だからな、何とか都合はつける。……ってか、やっぱ年内は無理そうだな」
どれだけ頑張っても最低半年は掛かってしまいそうで、龍惺はガックリと項垂れる。焦っている訳ではないが、名実共に詩月が自分のものだという証をやっと手に入れられると思ったのに、予定より遠ざかってしまい割とショックだった。
一番上まで戻したページの中から、詩月が気にしていた式場の資料を請求してからタブレットを閉じる。
くいっと袖を引かれて視線をやると、詩月が悪戯っぽく上目遣いで見て笑っていて、龍惺は目を瞬いた。
「何だ?」
「龍惺はドレスか白無垢、着ないの?」
「こんなデケェ男が着たらただただ気持ち悪ぃだけだろ」
「そう? 龍惺、顔整ってるし、迫力あるお嫁さんになりそうだけどな」
「お前にゃ敵わねぇよ」
何を想像したのか、楽しそうに笑う詩月の髪を撫でカップを手に取りコーヒーを啜る。
いくら顔が整っていようと、身長187cmの花嫁なんぞ誰も見たくないだろう。特に、隣には華奢で小柄な美人が立っているのだ。満場一致でそっちが見たいに決まってる。
「なぁ、詩月」
「何?」
「デート行くか」
「え?」
「約束しただろ? 水族館行こうって。結局バタバタしてて行けてねぇし、今から行かね?」
「行く!」
「んじゃ、準備して出るぞ。……さすがに今から貸切は無理だよな」
「しなくていいから」
スマホを手に水族館を調べながら呟いた言葉はバッチリ拾われていたらしく、眉を顰めた詩月に窘められてしまった。
半分は冗談だったため肩を竦めて空になったカップをテーブルに置くと、詩月の肩を押してソファに倒しその首筋に唇を寄せる。
「その前に、虫除け付けとかねぇとな」
「水族館でナンパする人なんていないよ」
「一定数いるんだよ」
「そうなんだ……ん…っ」
片手で易々と掴めそうなほど細い首筋に舌を這わせ強く吸い付くと、詩月の身体がピクリと震えた。
くっきりと付いた鬱血痕に満足気に微笑み離れた龍惺は、見下ろした表情が少し艶っぽい事に気付いてニヤリと笑う。
「何だよ、その顔」
「だ、だって……もう、龍惺のせいだからね」
「何が?」
「……もっと触って欲しいって思っちゃうのが 」
「俺としては大歓迎なんだけど? どうする? 水族館やめてベッド行くか?」
「やだ、水族館行く」
反応は大人なのに子供っぽい口調で首を振る姿がチグハグで龍惺も少しばかりムラッとしてしまったが、ふっと笑って身体を起こすと詩月の腕を引いて座り直させ立ち上がる。
「ほら、お前も着替えて来い」
「う、うん」
「ちゃんと見え隠れする服選べよ」
自分の首筋をトントンしてみせ、仄かに頬を染めた詩月に小さく笑った龍惺は着替えるべく寝室へと向かった。
やはり休日の水族館は人気らしく人で溢れ返っている。
家族連れやカップルがメインだが、見目の良い男二人、それも片方は背が高くて目立つからかチラチラと視線を感じて居心地が悪い。
だが詩月は入る前から楽しみで仕方がないと言った様子で顔を輝かせているため、興味と好奇の目には気付いておらずそれには安堵した。
「自分のチケット代は出す」
「残念。もう購入済み」
「え、いつの間に……あ、もしかしてネット?」
「詩月はそういうの疎いからな」
「スマホなんて連絡出来ればいいんだよ」
苦手な人の典型的な言い訳に思わず吹き出すと詩月がムッとした顔で見上げて来た。一応自覚はしているようで、扱い切れない事が恥ずかしいのか目元を僅かに赤らめて拗ねている。
その顔に苦笑し宥めるように軽く頭を叩いてそのまま引き寄せると、つんのめりながらも腰元の服を掴んで来た。
「そうだな、ちゃんと連絡つくなら何でもいい。ほら、行くぞ」
「う、うん」
「ほら、館内図。イルカショーは……二時間後だな」
「最前列行きたいね」
「濡れるつもりか」
「せっかく来たんだし。大丈夫、龍惺は水も滴るいい男だから」
そういう問題ではない気がするが、恐らくカッパは売っているだろうから、もし本当に最前列に座るつもりなら買っておいて損はないだろう。
暖かいとはいえ濡れれば肌寒くは感じる気温だ、もし詩月が風邪を引いたら心配過ぎて仕事どころではなくなる。
周りの視線はどうしようもないものとして気にしない事にし、龍惺は入口で電子チケットを見せ詩月の手を引いて中へと入って行った。
こちらに引っ越してからは初めての水族館という事もあってか、大水槽で感動した詩月はトンネル水槽で大はしゃぎし、深海ゾーンは後回しにして一時間も前だと言うのにイルカショーの会場に来て希望通り最前列に座っていた。
一番乗りかとも思ったが考える事はみな一緒なのか、まばらに席を取っている人がいて、子供などは特に前に座りたがるからか親子連れが多い気がする。
「楽しみだね、龍惺」
「そうだな。……誰もいなけりゃなー」
「どうして?」
「キスで時間潰せるだろ?」
「……! す、すぐそういう事言う……っ」
「お前もすぐ赤くなるよな」
耳元に唇を寄せ「そういうとこ可愛い」と囁けば更に赤くなる詩月に目を細める。こういう反応が余計に嗜虐心を煽ると言うのに、いつまで経っても付き合いたてのような表情をするのだから堪らない。
一瞬本気で人目も憚らず口付けてやろうかと思った時、詩月の手が躊躇いがにに服を握って来た。
「?」
「……僕だって、したくない訳じゃないから…その……後でなら、いいよ?」
「…………抱き締めていい?」
「だ、ダメ」
この可愛い生き物をどうしてくれようか。
場所が場所だから仕方ないとはいえ、これはもうお預けどころか生殺し状態だ。危険を察知してかパッと服から手を離した詩月は目を合わせてくれなくなったし、大人しく待てをするしかないのだろう。
前のめりになり膝に頬杖をついて目の前のプールを眺めていると、詩月が少しだけ空いていた距離を縮めてきた。
それに小さく笑い手の平を上に向けて差し出せばすぐに重ねられ強く握られる。詩月の力では痛くも何ともないが、その強さが心地良くて今はこれで充分だ、と思えた龍惺だった。
一時間後、ようやく始まったイルカショーは満員御礼状態で、トレーナーも張り切っていたのか龍惺の予想以上に水飛沫を掛けられ、カッパを着ていたにも関わらず詩月共々ずぶ濡れになってしまった。
あまりにも勢い良く掛けられたからか、キョトンとして目を瞬いていた詩月は終わった頃には声を上げて笑い出し、あまり意味のなかったカッパを脱ぐと片側の前髪を耳に掛けて靴を指差す。
「すごいよ、靴の中もびっしょり」
「最前列やべぇな」
「龍惺も前髪ずぶ濡れだね」
細い指先が濡れた前髪を揺らす。カッパを脱いで前髪を掻き上げて立ち上がると、人がいなくなるのを待ってから詩月の腕を引いて立たせ掠めるように濡れた唇に口付けた。
驚いて目を見瞠る詩月に微笑み腕を引いて会場から出た後、濡れそぼったカッパは破棄して館内のショップへと向かう。広めの店内には、海の生き物関連のキーホルダーやぬいぐるみや雑貨等があり、少し考えた龍惺はぬいぐるみコーナーに行き一番大きなイルカを取ると詩月に抱かせて頭を撫でた。
「ん、似合うな」
「へ?」
「外出たら寒いかもしんねぇし、それ抱いてろ」
イルカやペンギンのぬいぐるみは水族館の定番だと思っているから持たせてみたが、思った通り詩月が抱くとニヤけそうなくらい可愛らしい。どうせ欲しい物を聞いても「ない」と言うのだから、それらしい理由をつけてレジへ行き何かを言われる前に支払いを済ませショップから出る。
そのまま水族館からも出ると詩月がクスクスと笑い出した。
「何だよ」
「ううん。ただ、ぬいぐるみのプレゼントは初めてだなって」
「でも暖かいだろ?」
「うん、ふわふわしてて暖かい」
「そりゃ良かった」
詩月が男で、ぬいぐるみを貰う年でもないのは分かっているが、あれだけイルカショーを楽しんでいたのだ。思い出として、記念として、そして暖を取る物としてこれほど最適な物はない。
オマケに龍惺の目の保養にもなるから、一石二鳥どころか一石何鳥になるだろう。
このまま別の場所に行くにしろ外食するにしろ、一度着替えなければいけないなと車に近付きながらロックを解除していると、背中に柔らかな物がぶつかり少しだけ驚いた。
足を止めて顔を向けると、イルカごと背中に抱き着いた詩月がいて首を傾げる。
「どうした?」
「イルカサンド」
「何だそれ」
唐突な謎発言に苦笑を漏らし再び歩き出すと、背中から離れ早足で前に回って来た詩月は嬉しそうな顔ではにかんだ。
「ありがとう、龍惺」
ぎゅっとイルカを抱き締めて笑う詩月は殊更に可愛い。
ここが駐車場で、周りには人がいる事も分かってはいたが、我慢出来なかった龍惺は先ほどの詩月と同じように、イルカをサンドする形で愛しい恋人を抱き締めるのだった。
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