焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【三十七ノ星】一人にしない

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 あの週刊誌が発売されてから、龍惺の帰宅時間は日付が変わるギリギリになっていた。
 待っていなくていいと言われているけれど、少しでも顔を見て話がしたい詩月は無理やりにでも起きているせいで少しだけ寝不足気味だ。
 だが、バイトの日が三日間だけの詩月とは違って毎日朝早くから出勤する龍惺の方が遥かに眠いはずなのに、彼は微塵もそんな様子を見せない。体調だけが心配だが、短い時間で詩月が出来る事は栄養のある食事を摂って貰う事だけだった。
 時間的に夕飯を食べられない龍惺に朝食と弁当を持たせる事が今の楽しみになっている詩月は、どれだけ眠くても彼より早く起きて支度をするのだが龍惺はそれが心配で堪らないらしい。
 大丈夫だよ、と言っても納得して貰えないのは、目の下にクマがあるからだろうか。



「ほら、詩月。寝るぞ」
「ん……」
「待ってなくていいっつってんのに」
「ベッドに一人は…寂しい……」
「そりゃ分かるけど」

 午前様で帰宅し、入浴を済ませた龍惺に肩を抱かれて寝室に行く。近頃はそれがルーティーンのようになっていて、ソファでウトウトしていても玄関や浴室の扉の音に気付けるようになった。
 そんな詩月に龍惺はいつも同じような事をいうが、ただでさえ触れ合える時間が少ないのだ、僅かでも傍にいたいと思うのは当然だろう。

「おやすみ、詩月」
「…おやすみなさい……」

 やっぱり眠るなら彼の腕の中がいい。
 詩月は腕枕をしてくれる龍惺の肩に頭を乗せ、背中に腕を回して身体を密着させてから目を閉じた。





 何となく気が引けて週刊誌の事を龍惺に聞けなかった詩月は、バイトの日にこっそりチラ見程度で他の週刊誌を見たのだが、こういった記事が出たとどこも似たり寄ったりな内容で特に変わりがない事に落胆した。
 隅から隅まで読めた訳ではないが、今なお世間的に龍惺はひどい男だと思われているのだろうか。
 とりあえず真奈と明穂には断じてそんな人ではないと力説しておいたが、他の人たちへもそうして訂正出来たらいいのにと思う詩月であった。



 久し振りにイラストの仕事を受けて貰った一部屋でパソコンに向かっていると、スマホが通知音を鳴らして何気なく目をやる。
 いつの間にかあれほど来ていたDMはほとんど来なくなり、日に何通か来ても龍惺の助言通り無視してゴミ箱に突っ込んでいたのだが、今し方届いたメールには件名が書いてあり詩月は驚いた。

「記者会見……?」

 嫌な予感がした。帰宅時間が午前様になり、いつもより早めに出社する龍惺。今日は朝から溜め息をついていて、どこか不安そうな落ち着かない顔をしていた。
 気になったからどうしたのかと声を掛けてみたけど、笑顔で何でもないと言われてしまえばそれ以上は聞けなくてそのまま送り出したのだ。
 その姿を思い出しまさかとメールを開くと、詩月の予感が的中した事を示す文が書いてあった。

『玖珂の本社ビルにて、週刊誌の件について記者会見が始まりました。テレビ中継入ってます』

 誰が何の目的で送って来たのかは知らないが、一先ずこれが本当かどうかを確かめるために詩月はリビングへと移動しテレビをつけた。

『……此度の件について言える事は、私が星月さんに対して無理やり関係を迫り脅しと暴力を以て従わせていたという内容がまったくのデタラメだ、という事だけです』
『喧嘩に明け暮れていた、というのは本当ですか?』
『明け暮れていた訳ではありませんが、当時は私も少々やんちゃをしておたりましたから。男ならある程度は通る道ではないでしょうか?』
『学校にも行かなかったそうですが』
『ええ。正直、あの頃は学校に行く必要性を見い出せなかったんです。何をしていてもつまらない、と感じていましたから』
『つまらない、ですか?』
「ぼんやりとした色のない世界で、どこにいても、誰といても一つも感情が動かなかったんです。人間としてもつまらないでしょう?」
『今もつまらないと感じていますか?』
『いいえ、今は幸せですよ。理由は皆様もご存知だとは思いますが』
『もしかして……』

 そこまで見て詩月はテレビの電源を落とした。
 たった一人で大勢の記者と対面している龍惺に心が締め付けられる。
 龍惺が記者会見の事を言わなかったのは詩月のためだというのは分かるが、この件に関して何かをするつもりだったのなら詩月にも背負わせて欲しかった。

「……一人になんてしない」

 普通なら竦んでしまいそうなほどの人数の前で、社長然とした龍惺は至って冷静で丁寧な物腰で対応していた。そんな彼に対して真摯でいられる人はどれくらいいるのだろう。誰かが悪意の籠った質問を不意にする場合もあるのではないのか。そんな時に、龍惺を一人にする訳にはいかない。

 詩月は立ち上がりショルダーバッグを下げると少し考えて家を飛び出した。タクシーはコンシェルジュに頼めば手配してくれるらしいが、通りに出て自分で捕まえたほうがきっと早い。
 慌ただしくエレベーターから降りてきた自分に驚いた様子のコンシェルジュに挨拶をしてエントランスを抜けた詩月は、ビルに向かいつつタクシーの姿を探すのだった。



 タクシーを降りた詩月は警備員から止められないのをいい事に、走ってビルの中に入り受付へと飛び付いた。その勢いと見知った顔にギョッとする受付嬢に少しだけ上がった息で問い掛ける。

「あの、記者会見が行われている場所はどこですか?」
「し、詩月さん?」
「お願いします、教えて下さい」
「大変申し上げにくいのですが、詩月さんは一般の方ですので……ご案内する事は出来ないんです」
「終了次第社長へお取次ぎ致しますので、暫くお待ち頂けますか?」

 ここまでは想定内だ。龍惺と恋人だとしても、詩月は玖珂のオフィスとは無関係だ。そう言われてしまえばぐうの音も出ないが、ここで引き下がる訳にはいかなかった。

「お願いします…っ…龍惺は今、一人で戦ってるんです……僕にも関係ある事なのに、全部背負って……」

 玖珂の社長だからって何でも出来る訳じゃない。何をしても、何を言っても傷付かない訳じゃない。
 龍惺だって血の通った人間なのだから。

「僕だって戦えるのに……僕だって龍惺の事守りたいのに…っ。お願いします、教えて下さい…!」
「……詩月さん……」
「八階にある第二会議室へ行きなさい」
「!?」
「え? ……あ、龍惺の……」

 目の前の人たちを困らせているのは分かっているけど、どうしても龍惺の元に行きたい。そう思って懇願していると、後ろから聞いた事のある声が聞こえて来て振り向いた詩月は目を瞬いた。
 そこにはスーツ姿の航星がいて詩月に向かって微笑んでいる。

「そこで会見が開かれているから」
「か、会長……」
「私が責任を取る。行きなさい、詩月くん」
「は、はい。ありがとうございます!」

 戸惑いながらも頷き、エレベーターに駆け出す詩月の背中に航星の声が掛かる。

「龍惺の事、頼むよ」
「……はい!」



 八階の第二会議室は探すまでもなくすぐに見付かった。
 警備員らしき人が二人扉の傍に立っていて、走り寄って来る詩月を見て途端にオロオロし始める。だがすぐに一報が入ったのか扉に手を掛ける詩月を止める事はせずにいてくれた。
 恐らくは航星のおかげだろう。
 そんな警備員に頭を下げた詩月は扉を開けて龍惺を認めると大きく声を上げた。

「待って下さい!」
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