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【三十六ノ星】週刊誌
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その日は朝からずっと、スマホが通知音を鳴らしていた。
少し前、龍惺にパソコンに来るDMをスマホでも受信出来るように設定してもらったのだが、それが間を置かずに届いているようで未読数が凄いことになっていた。
おかしなメールは無視しておけと言われた通り無視しているはいるけど、あまりにもひっきりなしに来るため内容が気になり始めている。
見るだけなら害はないだろうと、一番新しく受信したメールを開き首を傾げた。
『詩月さん、玖珂社長に脅されてたんですか?』
まず最初に気になったのは、なぜこの人が詩月の名前を知っているのかという事だ。ペンネームならまだ分かる。だがなぜ本名でこのメールが送られて来ているのか、皆目見当もつかない。
しかも龍惺に脅されているとはどういう事なのだろうか。
話が読めない詩月は他のDMも開いてみる事にした。
『あの週刊誌の話ってマジ?』
『無理やり関係を迫られたって本当ですか?』
『俺が助けてあげようか? 住所教えてよ』
『週刊誌見ましたか?』
『詩月さん! 週刊誌!』
それなりの数を開いてみたが、そのほとんどに週刊誌という文字があり詩月は嫌な予感がした。以前、龍惺が旧友のあさみと会ったところを写真に撮られ週刊誌にすっぱ抜かれていたが、結局内容は見ていないからどういったものだったかは分からないままだ。
ただこれらのDMを見る限り、詩月にも関わりがある事で、しかも不穏な記事が書かれている事は容易に想像出来る。
ただ、週刊誌と言われても世には似たような物がたくさん発売されていてどれか分からない。
何かヒントはないかとスクロールしていると、週刊誌の写真が貼られたメールがあった。どうやらこれが件の物らしい。
きゅっと唇を噛んだ詩月はその画面を開いたままショルダーバッグを下げ本屋へと駆け出した。
一時間後、購入した週刊誌を手に自宅へ戻った詩月は表紙に書かれた文字を見てすでに気分が沈んでいた。
『玖珂龍惺氏の過去流出!』。これだけでもろくでもないものだと分かる。
龍惺に後暗い過去なんてないはずだが、どういった意図の記事なのか、不安と緊張を抱きながらページを捲った。
『玖珂コンツェルン社長、玖珂龍惺氏はとんでもない不良学生だった!』
そんな見出しから始まった記事の内容は詩月を絶句させるには充分で、読んだ事を後悔するくらいひどいものだった。
『これは玖珂氏の元同級生だという方から聞いた話だ。
学生時代の玖珂氏は、暇さえあれば喧嘩に明け暮れており、巷では有名な不良少年で周りから恐れられていた上、学校にもほとんど通っていなかったという。
現在イラストレーターをされている星月さんとは交際中なのではと噂されているが、玖珂氏の捜していた〝しずく〟という名前は間違いなく彼なのだと元同級生は教えてくれた。
よもや渦中の星月さんが男性だとは誰も思わなかっただろう。
元同級生の話によると、星月さんは男性にしては小柄で線が細く、綺麗な顔立ちをしているそうで、傍目には女性にも見えるという。
そんな星月さんを入学式の日に玖珂氏が見初め、無理やり関係を迫ったというのだから驚きだ。
それ以降も彼は玖珂氏に半ば脅される形でそういった事を強要されていたらしく、それが嫌で星月さんは玖珂氏の前から姿を消したようだ。
そんな彼を八年もかけて探し出した玖珂氏の執着心には、話を聞いていただけの私もゾッとしてしまう。
交際中との事だが、果たして星月さんは無事なのだろうか。
元同級生の話によれば暴力も振るわれていたそうで、現在〝美貌の貴公子〟と女性からの人気も高い玖珂氏とはかけ離れた過去に世間は騒然とするだろう』
この元同級生がどこまで龍惺に近くて、どんな経緯で自分たちを見ていたのかは分からないが、その内容はほぼすべてと言えるほど出鱈目だった。
今のところこの週刊誌にしかこの記事は載っていないが、このままではいずれにしろありとあらゆるメディアに晒されてしまう事になる。
(こんな、嘘だらけの記事が世間に広まったら龍惺が傷付く……)
詩月のスマホは今もなおDMを受信し続けているが、もうそれに触れている余裕はない。かと言ってこの記事を見たところで詩月に出来る事はないのだが、居ても立ってもいられないのは龍惺の事だからだ。
眉を顰めて週刊誌を見ていた時、テーブルに置きっ放しにしていたスマホが震えて驚いた。確認して、慌てて通話ボタンを押す。
「龍惺!」
『詩月、悪い、今日帰れそうにねぇ』
「……もしかして週刊誌の…?」
『え、何で知ってんだ?』
「朝からずっとDMが来てて、気になって読んだらみんな週刊誌の事聞いてきてたから……買って来たの」
『わざわざ買いに行ったのか。危ねぇから、今日はもう外出んなよ』
「うん」
あの記事を読んだせいか、さすがにもう外出する気力はなくなってしまっている。龍惺が帰って来れないと言うなら自分が食べる夕飯も適当でいいのだから、買い物に出る必要もない。
『それからごめんな。守るっつったのに、お前の写真が本名と一緒にネットに載った』
「だからみんな僕の名前知ってたんだ……っというか、龍惺のせいじゃないんだから謝らないで」
『いや、うん……俺の気持ちの問題だ。……まぁねぇとは思うが、万が一住所がバレてもそこはセキュリティがしっかりしてる。部屋にいりゃ安全だから』
「……龍惺」
『ん?』
「あんまり無理しないでね? 僕に出来る事があったら何でも言って」
『ああ、サンキュー』
どこか疲れて聞こえる声に心配になるもそれだけしか言えない自分にもどかしさを感じる。
詩月はせめて龍惺の気分だけでもどうにかしたいと、殊更明るい声で話し掛けた。
「ねぇ龍惺、今度いつデートしようか」
『デート? そうだな……平日のどっかで休み取るから、そん時行くか』
「水族館に行きたい」
『いいよ、行こうな』
「貸し切りはナシだよ?」
『分かってるって。……じゃあそろそろ切るな。何かあったらいつでも電話して来ていいから』
「うん、ありがとう」
通話を終えスマホを握り締める。
少しだけ龍惺の声が明るくなった気がしてホッとした。
龍惺はごめんなと言っていたけど、詩月の顔や本名が晒された事は本当に彼のせいではない。他人の顔を勝手にネットに上げた人が悪いのだ。
おそらく龍惺の事だから、その話をしたという事はそれに対して動いてくれているのだとは思う。
改めて自分には何も出来ない事を知り、不甲斐なさで溜め息が出た。
この週刊誌の事だって、自分も当時者なのに今すぐ声を上げる事も出来ない。
「もう、この元同級生って誰? 何でこんなひどい事するの?」
龍惺のクラスメイトはあさみ以外は知らないが、あの頃の龍惺は怖がられてはいたけど恨みを買うような事はなかったはずだ。
そもそもあさみ曰く人付き合いをしない人だったらしいから、恨みを買うほど親しくした人もいないのではないだろうか。
誰かが龍惺を貶めようとしてるんじゃないか、そう感じるほど悪質だ。
きゅっと唇を噛んで週刊誌を閉じると丸めてゴミ箱に放り込み息巻く。龍惺を傷付けるつもりなら、詩月だって断固戦う姿勢だ。
どこに呼ばれたって龍惺の潔白は証明出来る。
ただ、残念ながらそのチャンスは現状詩月には回って来ない。
ソファに腰を下ろした詩月は膝を抱えて溜め息をついた。
「今、僕に出来る事は、龍惺に心配を掛けないこと……」
どう足掻いたって違うと叫べる場所がないなら、矢面に立たされている龍惺に負担を掛けない事が今の詩月がするべき事である。
この部屋にいるうちは安全だと言ってくれたから、それが彼の望みなら大人しく閉じこもっていよう。
そう決めた詩月は、いつ龍惺が帰ってきてもいいように部屋の掃除を始めるのだった。
少し前、龍惺にパソコンに来るDMをスマホでも受信出来るように設定してもらったのだが、それが間を置かずに届いているようで未読数が凄いことになっていた。
おかしなメールは無視しておけと言われた通り無視しているはいるけど、あまりにもひっきりなしに来るため内容が気になり始めている。
見るだけなら害はないだろうと、一番新しく受信したメールを開き首を傾げた。
『詩月さん、玖珂社長に脅されてたんですか?』
まず最初に気になったのは、なぜこの人が詩月の名前を知っているのかという事だ。ペンネームならまだ分かる。だがなぜ本名でこのメールが送られて来ているのか、皆目見当もつかない。
しかも龍惺に脅されているとはどういう事なのだろうか。
話が読めない詩月は他のDMも開いてみる事にした。
『あの週刊誌の話ってマジ?』
『無理やり関係を迫られたって本当ですか?』
『俺が助けてあげようか? 住所教えてよ』
『週刊誌見ましたか?』
『詩月さん! 週刊誌!』
それなりの数を開いてみたが、そのほとんどに週刊誌という文字があり詩月は嫌な予感がした。以前、龍惺が旧友のあさみと会ったところを写真に撮られ週刊誌にすっぱ抜かれていたが、結局内容は見ていないからどういったものだったかは分からないままだ。
ただこれらのDMを見る限り、詩月にも関わりがある事で、しかも不穏な記事が書かれている事は容易に想像出来る。
ただ、週刊誌と言われても世には似たような物がたくさん発売されていてどれか分からない。
何かヒントはないかとスクロールしていると、週刊誌の写真が貼られたメールがあった。どうやらこれが件の物らしい。
きゅっと唇を噛んだ詩月はその画面を開いたままショルダーバッグを下げ本屋へと駆け出した。
一時間後、購入した週刊誌を手に自宅へ戻った詩月は表紙に書かれた文字を見てすでに気分が沈んでいた。
『玖珂龍惺氏の過去流出!』。これだけでもろくでもないものだと分かる。
龍惺に後暗い過去なんてないはずだが、どういった意図の記事なのか、不安と緊張を抱きながらページを捲った。
『玖珂コンツェルン社長、玖珂龍惺氏はとんでもない不良学生だった!』
そんな見出しから始まった記事の内容は詩月を絶句させるには充分で、読んだ事を後悔するくらいひどいものだった。
『これは玖珂氏の元同級生だという方から聞いた話だ。
学生時代の玖珂氏は、暇さえあれば喧嘩に明け暮れており、巷では有名な不良少年で周りから恐れられていた上、学校にもほとんど通っていなかったという。
現在イラストレーターをされている星月さんとは交際中なのではと噂されているが、玖珂氏の捜していた〝しずく〟という名前は間違いなく彼なのだと元同級生は教えてくれた。
よもや渦中の星月さんが男性だとは誰も思わなかっただろう。
元同級生の話によると、星月さんは男性にしては小柄で線が細く、綺麗な顔立ちをしているそうで、傍目には女性にも見えるという。
そんな星月さんを入学式の日に玖珂氏が見初め、無理やり関係を迫ったというのだから驚きだ。
それ以降も彼は玖珂氏に半ば脅される形でそういった事を強要されていたらしく、それが嫌で星月さんは玖珂氏の前から姿を消したようだ。
そんな彼を八年もかけて探し出した玖珂氏の執着心には、話を聞いていただけの私もゾッとしてしまう。
交際中との事だが、果たして星月さんは無事なのだろうか。
元同級生の話によれば暴力も振るわれていたそうで、現在〝美貌の貴公子〟と女性からの人気も高い玖珂氏とはかけ離れた過去に世間は騒然とするだろう』
この元同級生がどこまで龍惺に近くて、どんな経緯で自分たちを見ていたのかは分からないが、その内容はほぼすべてと言えるほど出鱈目だった。
今のところこの週刊誌にしかこの記事は載っていないが、このままではいずれにしろありとあらゆるメディアに晒されてしまう事になる。
(こんな、嘘だらけの記事が世間に広まったら龍惺が傷付く……)
詩月のスマホは今もなおDMを受信し続けているが、もうそれに触れている余裕はない。かと言ってこの記事を見たところで詩月に出来る事はないのだが、居ても立ってもいられないのは龍惺の事だからだ。
眉を顰めて週刊誌を見ていた時、テーブルに置きっ放しにしていたスマホが震えて驚いた。確認して、慌てて通話ボタンを押す。
「龍惺!」
『詩月、悪い、今日帰れそうにねぇ』
「……もしかして週刊誌の…?」
『え、何で知ってんだ?』
「朝からずっとDMが来てて、気になって読んだらみんな週刊誌の事聞いてきてたから……買って来たの」
『わざわざ買いに行ったのか。危ねぇから、今日はもう外出んなよ』
「うん」
あの記事を読んだせいか、さすがにもう外出する気力はなくなってしまっている。龍惺が帰って来れないと言うなら自分が食べる夕飯も適当でいいのだから、買い物に出る必要もない。
『それからごめんな。守るっつったのに、お前の写真が本名と一緒にネットに載った』
「だからみんな僕の名前知ってたんだ……っというか、龍惺のせいじゃないんだから謝らないで」
『いや、うん……俺の気持ちの問題だ。……まぁねぇとは思うが、万が一住所がバレてもそこはセキュリティがしっかりしてる。部屋にいりゃ安全だから』
「……龍惺」
『ん?』
「あんまり無理しないでね? 僕に出来る事があったら何でも言って」
『ああ、サンキュー』
どこか疲れて聞こえる声に心配になるもそれだけしか言えない自分にもどかしさを感じる。
詩月はせめて龍惺の気分だけでもどうにかしたいと、殊更明るい声で話し掛けた。
「ねぇ龍惺、今度いつデートしようか」
『デート? そうだな……平日のどっかで休み取るから、そん時行くか』
「水族館に行きたい」
『いいよ、行こうな』
「貸し切りはナシだよ?」
『分かってるって。……じゃあそろそろ切るな。何かあったらいつでも電話して来ていいから』
「うん、ありがとう」
通話を終えスマホを握り締める。
少しだけ龍惺の声が明るくなった気がしてホッとした。
龍惺はごめんなと言っていたけど、詩月の顔や本名が晒された事は本当に彼のせいではない。他人の顔を勝手にネットに上げた人が悪いのだ。
おそらく龍惺の事だから、その話をしたという事はそれに対して動いてくれているのだとは思う。
改めて自分には何も出来ない事を知り、不甲斐なさで溜め息が出た。
この週刊誌の事だって、自分も当時者なのに今すぐ声を上げる事も出来ない。
「もう、この元同級生って誰? 何でこんなひどい事するの?」
龍惺のクラスメイトはあさみ以外は知らないが、あの頃の龍惺は怖がられてはいたけど恨みを買うような事はなかったはずだ。
そもそもあさみ曰く人付き合いをしない人だったらしいから、恨みを買うほど親しくした人もいないのではないだろうか。
誰かが龍惺を貶めようとしてるんじゃないか、そう感じるほど悪質だ。
きゅっと唇を噛んで週刊誌を閉じると丸めてゴミ箱に放り込み息巻く。龍惺を傷付けるつもりなら、詩月だって断固戦う姿勢だ。
どこに呼ばれたって龍惺の潔白は証明出来る。
ただ、残念ながらそのチャンスは現状詩月には回って来ない。
ソファに腰を下ろした詩月は膝を抱えて溜め息をついた。
「今、僕に出来る事は、龍惺に心配を掛けないこと……」
どう足掻いたって違うと叫べる場所がないなら、矢面に立たされている龍惺に負担を掛けない事が今の詩月がするべき事である。
この部屋にいるうちは安全だと言ってくれたから、それが彼の望みなら大人しく閉じこもっていよう。
そう決めた詩月は、いつ龍惺が帰ってきてもいいように部屋の掃除を始めるのだった。
応援ありがとうございます!
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