焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【二十六ノ月】匿名掲示板

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「龍惺さん、少し宜しいですか?」

 デスクに向かい書類の精査をしていた龍惺は、瀬尾が社長ではなく名前で呼んだ事を不思議に思い眉尻を上げた。
 手を止め顔を上げると、瀬尾のスマホが差し出される。

「アクセス数の少ないサイトの、ネットニュース一覧なんですけど…これ、読んでみて下さい」
「……『大手企業、玖珂龍惺氏の捜し人は人気急上昇中のイラストレーターだった!』……あ?」
「写真はありませんけど、イラストレーターで〝しずく〟となれば見付かるでしょうね。コメントでも書かれてますし」
「………」

 今の今まで特に取り沙汰されている様子はなかったのに、なぜここに来てこんな記事が出たのだろうか。
 龍惺は画面をスクロールしながらコメントに目を通す。

『会見見たけど、マジでイケメンだよな、あの社長』
『女取っかえ引っ変えしてそうなのに一途とか』
『名前言ってたってマ?』
『マジマジ、確かしずくとかって』
『イラストレーターなら検索すりゃ出んじゃね?』
『あったあった。最近人気出てる奴、星に月でしずくだと』
『なにそのキラキラネームw』
『やべー、ちょー顔見てーwwww』
『何で写真の一つもねぇんだよ』
『そういや、社長の名前に星って入ってね?』
『え、じゃあガチ?』
『社長の方なら知り合いいても良さそうだけど』
『知り合いいたら写真うpよろ!』
『ってか、これがガチだったら玖珂に喧嘩売ってるようなもんじゃねぇの? 社長の捜し人なんだろ?』
『俺ら特定されちゃう?』

 ミシッと瀬尾のスマホから有り得ない音がして取り上げられた。
 匿名とはいえ、顔も知らない相手に良くもまぁ好き勝手書けるなと龍惺は舌打ちする。こういうところが掲示板の腹立つところだ。

「消させんのは簡単だけど、それじゃ意味ねぇんだよなぁ…」
「火に油を注ぐようなものでしょうね」
「詩月の事だけは触んねぇで欲しいんだが……」

 自分の事だけなら何を書かれても一蹴出来るが、詩月だけには何もしないで欲しい。詩月が悪意と好奇の目に晒されるのだけは勘弁だ。
 そもそも鎮火させたところでまた新たな火種が生まれるのは分かっている。それこそ記事を作成した本人に突撃でもしない限り、ネタがあれば投下し続けるだろうし。

「とりあえず、この記事書いた奴の開示請求出来るか聞いてみるか。うちの出来る弁護士様に話持ってけ」
「かしこまりました」
「……ホント、社長っつーのはめんどくせぇな」
「〝玖珂〟の社長ですからね」
「俺は別にこの椅子に執着はねぇんだがなぁ……」

 龍惺にとって、この椅子は詩月を捜すための足掛かりに過ぎなかった。これだけの大きな会社なら、伝手を使いまくれば簡単に見付けられると思っていたのだ。
 実際は予想以上の年月は掛かったし、見付けたのも本当に偶然だったのだが、詩月が腕の中に戻って来た今は社長としての自分に価値を見い出せていない。
 溜め息をついた龍惺は途中だった仕事を再開するため再び書類を手に取った。

「龍惺さん、仕事出来る人ですから」
「……何だよ、急に」
「その若さで社長に就いてるだけはあるって事ですよ。猫被りを徹底されてるのもすごいと思います」
「やめろ、お前に褒められんのは気持ち悪ぃ。っつか、猫被りって何だ。外面が良いって言え」
「失礼な。猫被りも外面が良いも変わりませんよ」

 言葉のイメージが全然違うだろう。
 瀬尾からの賛辞に本気で嫌そうな顔をした龍惺は、粟立った肌をさすって落ち着かせ、書類に視線を落とした。




 洋司の家に詩月を迎えに行き夕飯の材料を買って帰宅後、先に風呂に入った龍惺はタオルで髪を拭きながら調理中の詩月の背後に立ち柔らかな髪に鼻を埋めていた。
 最近は、詩月の香りに洋司の家の匂いが混じっていてどうにも落ち着かない。かと言って詩月が悪い訳でもないから、龍惺は悶々とする事が増えた。

「洋兄んとこでも作ってんだろ? 別に弁当でも外食でもいいんだぞ?」
「僕が食べて欲しいのは龍惺なのに?」
「それだと、お前が俺に食われてぇみてぇな言い方だな」
「……!? ち、違うよ? 僕の料理を、だよ?」
「分かってるって」

 顔を赤くして慌てて言い直す詩月にクスクスと笑った龍惺は、彼の首筋に吸い付いて痕を残してから髪を乾かすために洗面所に向かう。 
 残された詩月はチクリとした場所を押さえて「もう…」と零し、フライパンを置いたIHコンロのスイッチを入れた。


 夕飯後、風呂から上がった詩月の髪を乾かしたあと、ソファの上で詩月を膝に乗せてタブレットを見ていたのだが、妙に視線を感じて見下ろせば詩月が興味深そうに画面を見ていた。別に見られて困るものではないからいいのだが、何がそんなにそそられるのだろうか。

「面白いか?」
「え? あ、えっと、そうじゃなくて……」
「見ても分かんねぇだろ」
「そうなんだけど…」

 煮え切らない返事に眉を顰めていると、しばらく何かを考えていた詩月が両手を出して龍惺を見上げてきた。

「あの、ね? ちょっとだけ、持たせてくれる?」
「いいけど」

 何がしたいのかは分からないが、持ちたいならどうぞとそのまま渡すと確かめるように上下させたあと、片手で持ったり両手で回したりと不思議な行動をする詩月に目を瞬く。
 一頻り触って満足したのか、小さく頷いてから返却された。

「何がしたかったんだ?」
「気にしないで」
「…………」

 気にしないでと言われても、明らかに何かの意図を持っていた動きだったのにそれは無理だろう。
 龍惺は自分に寄り掛かって目を閉じる詩月をじっと見つめたあと、もしかしてと思い脇に置いていたスマホを手に取った。

「詩月」
「何?」
「タブレット買おうとしてんのか?」
「へ……」

 イラストを描くのに最適なタブレットはやはりあのメーカーの物らしく、画面のサイズは何インチが人気なのかを検索しながら聞くと詩月の顔が驚きで固まった。
 ネット上の様々な評価を鑑みて表示させたタブレットのページを詩月に見せる。

「これが今のとこ一番イラスト描くのに向いてるって。10インチで持ち運びにも便利。容量も大きいし、純正ペンも付いてる」
「……えっと……」
「俺は、お前が何かをねだってくれんのを、あの頃からずーっと待ってんだけど?」
「ねだってって……これは簡単にねだっていいお値段じゃないと思うよ」
「値段じゃねぇんだって。お前がねだってくれんならそれが別荘だろうが車だろうが何だっていいんだよ」

 詩月の事だからそんなものには一ミリも興味ないんだろうが、龍惺としてはどうしても何かをしてやりたい気持ちが強かった。
 タブレットだろうとパソコンだろうと、買おうとしてるなら買ってやりたい。
 だが詩月は難しい顔をして首を振ると、画面を閉じてにこりと笑った。

「龍惺の気持ちすごく嬉しいよ、ありがとう。でも、これは僕が仕事で使おうとしてる物だから自分で買う」
「…………せめて半分」
「ダーメ」

 こうと決めたら梃子でも動かない詩月である。見た目はおっとりとした虫も殺さないような雰囲気を持っているが、自分の意思はあるし意外にも頑固だ。
 龍惺は溜め息をつき詩月の頭に頬を寄せた。

「ほんと、甘えねぇよなお前」
「これは甘える甘えない以前の話だよ、龍惺。それに……」
「ん?」

 細い腕が伸ばされ首に回されると軽く引かれて唇が重なった。一瞬だけのキスに僅かに目を見瞠ると詩月が首を傾げて微笑む。

「こういう時はすごく甘えてると思う」
「……俺としては、もっと甘えて欲しいんだがな」
「龍惺は僕を甘やかしすぎ」
「仕方ねぇだろ。お前見てるとそうしたくなんだよ」

 これは理屈ではなく本能だ。それこそ蕩けるくらい甘やかして、龍惺がいないと何も出来ないくらい依存してしまえばいいのにと思ってはいるが、あまりにも重すぎるためさすがに口には出せない。
 龍惺は詩月の顎を捉え噛み付くように口付けると、息苦しくなった詩月が肩を叩くまで口内を貪り離れた。
 唾液で濡れた詩月の唇を親指で拭い抱き上げる。

「じゃ、ベッドの上で思う存分甘やかしてやるよ」
「……お手柔らかにお願いします」

 弱々しい要求にニヤリと笑った龍惺は、リビングの照明を消して寝室へと向かい力の抜けた詩月の身体をベッドに横たえた。
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