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【二十ノ星】月のキーホルダー
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ふわふわと心地良い感覚に包まれて詩月はぼんやりと目を開けた。微睡みの中まず目に飛び込んで来たのは真っ黒な何か。そっと触れて、それが暖かくて硬いものだと分かると僅かに目を見開いて視線を上げる。
龍惺の端正な寝顔が思ったよりも近くあって、驚きで危うく出そうになった声を手で押さえた。
(……龍惺より早く起きれた)
起き抜けに目の前にあったのは、黒のTシャツに包まれた龍惺の胸だったようだ。
珍しく詩月が起きた事に気付かない龍惺は穏やかな寝息を立てている。昨日は出張に行っていたし、寝たのも遅かったし疲れているのかもしれない。
「……ん…」
不意に小さく吐息を漏らした龍惺の腕が詩月の腰を抱き寄せた。起きたのかと思ったけど、規則正しい寝息が変わらず聞こえるためどうやら無意識だったらしい。
クスリと笑った詩月は時間を確認しようといつもスマホを置いている場所に手を伸ばした。だが何にも手が触れないため不思議に思い、腕の中で身体を反転させると頭だけを上げて探してみる。
見つける云々以前に、スマホ自体がそこになかった。どうやら龍惺はどちらの分もリビングに置いてきたらしい。なくて不都合はないが、時間を見て起きるかどうかを決めるつもりだった詩月はこの部屋に時計はなかったかと視線をさ迷わせる。
「……あ」
結局見つけられなくて時間確認は諦めもう起きてしまおうと龍惺の腕を外そうとしたら、逆に力を込められて抱き寄せられてしまった。
「どこ行くんだよ」
「リビングに……」
「まだ早ぇって。もうちょい寝るぞ」
「あれ? 龍惺お仕事は?」
「昨日瀬尾に休みだって言われた」
「そうなんだ」
恐らく、誕生日である龍惺への瀬尾なりの気遣いなのだろう。
さすが瀬尾だなと感心していたら、肩が引かれて仰向けにされた。パチリと目を瞬くと、肘をついて身体を起こした龍惺が上から見下ろしてくる。
「?」
「渡してぇもんあんだけど」
「渡したいもの?」
誕生日なのは龍惺なのに、渡したいものとはなんだろう?
起き上がりベッドから降りてスーツばかりがしまわれたウォークインクローゼットに入って行った龍惺は、少ししてから戻るとベッドに腰掛けて詩月へと手を差し出して来た。
不思議に思いながらも両手を受け皿のようにして出すとチャリ、と音がして銀色の何かが乗せられる。
詩月はそれを見て目を見瞠った。
「これ…」
手の中には九年前に龍惺へ返した月のキーホルダーがあり、ナスカン部分を摘んで持ち上げると短いチェーンで繋がっている三日月がユラユラと揺れた。
「元々は詩月のだから」
「……ねぇ、これに僕の部屋の鍵をつけたら持っててくれる?」
「ん?」
「龍惺の今の部屋はカードキーだから付けられないし、僕には星があるから。龍惺に月を持ってて貰いたい」
「お前の部屋の鍵、くれんの?」
「うん。貰ってくれる?」
キーホルダーを軽く振って微笑みながらそう聞けば、龍惺はふっと笑ってから詩月の顔の横に肘をつき、覆い被さって口付けてきた。リップ音を立てて離れた唇が今度は頬に触れる。
「貰う。ここのカードキーもお前が持ってろよ」
「ありがと……ん」
頬から首筋、首筋から鎖骨を辿る柔らかな感触にピクリと身体が震える。龍惺の手が部屋着の裾から入り込み直に脇腹を撫でた瞬間、詩月は慌てたようにその手を止めた。途端に不満げな顔をする龍惺に眉尻を下げる。
「ご、ごめんね。でも今日は龍惺の誕生日だよ? プレゼントだって渡したいし、部屋の飾り付けもしたい」
「あとでも良くね? 俺もするし」
「え、だって……」
「何」
「……龍惺とシたあと……動けた記憶、ない……」
「………………」
初めての時は仕方がないにしろ、そのあと回数を重ねても龍惺に抱かれた日は最低でも半日はベッドから起き上がれなくなる詩月は、今の時間からはさすがに応える事に抵抗があった。
そもそもは龍惺が手加減してくれないからなのだが、とにかくせっかく準備したものを無駄にはしたくない。
「身に覚えがあり過ぎてなんも言えねぇ……」
額を押さえて項垂れる龍惺に苦笑し、身体をヘッドボードの方にズラして起き上がった詩月は少しだけ寝癖のついた恋人の髪を撫でる。頬杖をついた龍惺がバツが悪そうな顔をしたのを見て、気にしてるなと思った詩月は今度は額に口付けた。
驚いて目を瞬いた龍惺に首を傾げる。
「あのね、別に動けない事が嫌なんじゃないんだよ。ただ今日はやりたい事がいっぱいあるってだけで……シたくない訳じゃなくてね?」
「……分かってるよ」
「龍惺に触って貰えるの嬉しいんだよ? 僕だって昨日はそのつもりだったし……本当はもっとキスだって……」
「…っ…分かった、分かったからそれ以上煽るな」
「え?」
どうにかして嫌だと思った事はないって事を伝えたくて必死に言葉を選んでいると、赤くなった龍惺に止められてキョトンとなった。
煽る……挑発したつもりはないんだけど。
「色々伝えてくれんのは嬉しいけど、お前の言葉は心臓に悪い。我慢出来なくなるからあんま可愛い事言うな」
「えっと……僕の言葉、どこか変だった?」
「…………いやもうホント、タチ悪ぃ……」
「……ごめんね?」
褒めてくれてるのか注意してるのか、龍惺の言葉の方がよく分からない。
それでも自分の発言が悪かったのだろうと思った詩月は申し訳なくなり、完全にベッドに伏せてしまった龍惺に謝った。
だが龍惺はゴロンと仰向けになってふっと笑うと、詩月の頬を撫でて首を振る。
「いいよ、お前は素直なだけなんだよな。そういうとこ好きだし、そのまんまでいてくれていいから」
「困らせてない?」
「ねぇって。不安に思う事なんか何もねぇから、詩月は詩月らしくいてくれりゃそれでいい」
龍惺の不安を取り除くつもりが、逆にこっちの心配を解消されてしまい、詩月は息を吐くと同時に気の抜けた笑顔を浮かべた。
「龍惺も龍惺らしくいてね。どんな龍惺でも大好きだから」
「ありがとな」
「じゃあ僕、リビングの飾り付けしてくる」
「ん。手伝い必要だったら呼べよ」
「うん」
ベッドから降りて扉に向かった詩月は、しかし再び龍惺のところに戻ると仰向けのままの彼を見下ろしてはにかみ、不思議そうな顔をする彼に触れるだけのキスをして足早に寝室をあとにした。
残された龍惺が声なき声で唸っていた事は、詩月には知る由もない。
龍惺の端正な寝顔が思ったよりも近くあって、驚きで危うく出そうになった声を手で押さえた。
(……龍惺より早く起きれた)
起き抜けに目の前にあったのは、黒のTシャツに包まれた龍惺の胸だったようだ。
珍しく詩月が起きた事に気付かない龍惺は穏やかな寝息を立てている。昨日は出張に行っていたし、寝たのも遅かったし疲れているのかもしれない。
「……ん…」
不意に小さく吐息を漏らした龍惺の腕が詩月の腰を抱き寄せた。起きたのかと思ったけど、規則正しい寝息が変わらず聞こえるためどうやら無意識だったらしい。
クスリと笑った詩月は時間を確認しようといつもスマホを置いている場所に手を伸ばした。だが何にも手が触れないため不思議に思い、腕の中で身体を反転させると頭だけを上げて探してみる。
見つける云々以前に、スマホ自体がそこになかった。どうやら龍惺はどちらの分もリビングに置いてきたらしい。なくて不都合はないが、時間を見て起きるかどうかを決めるつもりだった詩月はこの部屋に時計はなかったかと視線をさ迷わせる。
「……あ」
結局見つけられなくて時間確認は諦めもう起きてしまおうと龍惺の腕を外そうとしたら、逆に力を込められて抱き寄せられてしまった。
「どこ行くんだよ」
「リビングに……」
「まだ早ぇって。もうちょい寝るぞ」
「あれ? 龍惺お仕事は?」
「昨日瀬尾に休みだって言われた」
「そうなんだ」
恐らく、誕生日である龍惺への瀬尾なりの気遣いなのだろう。
さすが瀬尾だなと感心していたら、肩が引かれて仰向けにされた。パチリと目を瞬くと、肘をついて身体を起こした龍惺が上から見下ろしてくる。
「?」
「渡してぇもんあんだけど」
「渡したいもの?」
誕生日なのは龍惺なのに、渡したいものとはなんだろう?
起き上がりベッドから降りてスーツばかりがしまわれたウォークインクローゼットに入って行った龍惺は、少ししてから戻るとベッドに腰掛けて詩月へと手を差し出して来た。
不思議に思いながらも両手を受け皿のようにして出すとチャリ、と音がして銀色の何かが乗せられる。
詩月はそれを見て目を見瞠った。
「これ…」
手の中には九年前に龍惺へ返した月のキーホルダーがあり、ナスカン部分を摘んで持ち上げると短いチェーンで繋がっている三日月がユラユラと揺れた。
「元々は詩月のだから」
「……ねぇ、これに僕の部屋の鍵をつけたら持っててくれる?」
「ん?」
「龍惺の今の部屋はカードキーだから付けられないし、僕には星があるから。龍惺に月を持ってて貰いたい」
「お前の部屋の鍵、くれんの?」
「うん。貰ってくれる?」
キーホルダーを軽く振って微笑みながらそう聞けば、龍惺はふっと笑ってから詩月の顔の横に肘をつき、覆い被さって口付けてきた。リップ音を立てて離れた唇が今度は頬に触れる。
「貰う。ここのカードキーもお前が持ってろよ」
「ありがと……ん」
頬から首筋、首筋から鎖骨を辿る柔らかな感触にピクリと身体が震える。龍惺の手が部屋着の裾から入り込み直に脇腹を撫でた瞬間、詩月は慌てたようにその手を止めた。途端に不満げな顔をする龍惺に眉尻を下げる。
「ご、ごめんね。でも今日は龍惺の誕生日だよ? プレゼントだって渡したいし、部屋の飾り付けもしたい」
「あとでも良くね? 俺もするし」
「え、だって……」
「何」
「……龍惺とシたあと……動けた記憶、ない……」
「………………」
初めての時は仕方がないにしろ、そのあと回数を重ねても龍惺に抱かれた日は最低でも半日はベッドから起き上がれなくなる詩月は、今の時間からはさすがに応える事に抵抗があった。
そもそもは龍惺が手加減してくれないからなのだが、とにかくせっかく準備したものを無駄にはしたくない。
「身に覚えがあり過ぎてなんも言えねぇ……」
額を押さえて項垂れる龍惺に苦笑し、身体をヘッドボードの方にズラして起き上がった詩月は少しだけ寝癖のついた恋人の髪を撫でる。頬杖をついた龍惺がバツが悪そうな顔をしたのを見て、気にしてるなと思った詩月は今度は額に口付けた。
驚いて目を瞬いた龍惺に首を傾げる。
「あのね、別に動けない事が嫌なんじゃないんだよ。ただ今日はやりたい事がいっぱいあるってだけで……シたくない訳じゃなくてね?」
「……分かってるよ」
「龍惺に触って貰えるの嬉しいんだよ? 僕だって昨日はそのつもりだったし……本当はもっとキスだって……」
「…っ…分かった、分かったからそれ以上煽るな」
「え?」
どうにかして嫌だと思った事はないって事を伝えたくて必死に言葉を選んでいると、赤くなった龍惺に止められてキョトンとなった。
煽る……挑発したつもりはないんだけど。
「色々伝えてくれんのは嬉しいけど、お前の言葉は心臓に悪い。我慢出来なくなるからあんま可愛い事言うな」
「えっと……僕の言葉、どこか変だった?」
「…………いやもうホント、タチ悪ぃ……」
「……ごめんね?」
褒めてくれてるのか注意してるのか、龍惺の言葉の方がよく分からない。
それでも自分の発言が悪かったのだろうと思った詩月は申し訳なくなり、完全にベッドに伏せてしまった龍惺に謝った。
だが龍惺はゴロンと仰向けになってふっと笑うと、詩月の頬を撫でて首を振る。
「いいよ、お前は素直なだけなんだよな。そういうとこ好きだし、そのまんまでいてくれていいから」
「困らせてない?」
「ねぇって。不安に思う事なんか何もねぇから、詩月は詩月らしくいてくれりゃそれでいい」
龍惺の不安を取り除くつもりが、逆にこっちの心配を解消されてしまい、詩月は息を吐くと同時に気の抜けた笑顔を浮かべた。
「龍惺も龍惺らしくいてね。どんな龍惺でも大好きだから」
「ありがとな」
「じゃあ僕、リビングの飾り付けしてくる」
「ん。手伝い必要だったら呼べよ」
「うん」
ベッドから降りて扉に向かった詩月は、しかし再び龍惺のところに戻ると仰向けのままの彼を見下ろしてはにかみ、不思議そうな顔をする彼に触れるだけのキスをして足早に寝室をあとにした。
残された龍惺が声なき声で唸っていた事は、詩月には知る由もない。
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