焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十八ノ星】特別な気持ち

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 龍惺と夕飯を食べたあと、家に行くか行かないかの話になった時、詩月はとっさに締切が近いからと嘘をついてしまった。
 理由は、ショルダーバッグの中に龍惺への誕生日プレゼントが入っているからバレたくないのと、助手席の話が思ったよりも気恥ずかしかったから。ただそれだけ。
 送って貰ってからずっと心がフワフワしている。
 ああやっていつも気付かないうちに、知らない場所で〝詩月だけ〟という物や場所を作ってくれる龍惺に詩月は喜びが隠せない。どうやら自分には隠しておきたかったようだが、思わぬ伏兵によりバラされた事を知って顔を赤くした龍惺が可愛くてずっと口許が緩んでた。

『俺、この車気に入ってて。あの雨の日にお前乗せてから、隣に座ってんのはずっとお前だけがいい……って思って…………クソ。何だこれ、すげぇ恥ずかしい』

 龍惺は、詩月が恥ずかしがったりすると「可愛い」と口にする事があるが、そう言いいたくなる気持ちが何となく分かった気がする。あんなに背が高くて男臭さのある人でも、赤面して狼狽えている姿にはきゅんとした。

(早苗さんには感謝だなぁ……)

 あんな風にモゴモゴする龍惺はめったに見られない。
 笑った顔が龍惺とそっくりな早苗の顔を思い浮かべていると、スマホに仕掛けていたアラームが鳴った。
 それを止めて、詩月は出掛ける準備を始める。
 今日は、制作が決定してからずっと気になっていた映画の公開日で、一人でも見に行くと決めていた詩月は無事に前売り券をゲットしていた。
 いつものショルダーバッグを下げ、スニーカーを履いて玄関を出る。バスの時間には余裕で間に合うから少しゆっくり歩く事にした。

 頭の中に再び照れ笑いを浮かべる龍惺の顔が思い浮かぶ。
 自分も龍惺だけの物や場所を作りたいけど、車どころか免許も取得していないし、隠れ家や秘密基地のようなものも持っていないからこれといってあげられるものがない。
 特別な気持ちならいくらでも差し出せるのに。

(僕、龍惺に貰ってばっかりな気がする)

 たくさんの物を持っている龍惺と、何も持っていない詩月。大企業の社長と比べるのは烏滸がましいけど、せめてもう少しだけでも何かしらあれば良かったのに。
 溜め息を零した詩月はふと見えたバス停にバスが入ってくる事に気付くと慌てて走り出した。少しゆっくり歩き過ぎたようだ。





 久しぶりの映画は大満足の結果に終わった。あれはスクリーンで見て正解の作品だ。思わずパンフレットまで買ってしまった。
 そういえば、龍惺の部屋には色んなジャンルのDVDが棚に並んでいたが彼は映画が好きなのだろうか。
 タイトル全部は見れなかったが、恋愛物からホラー、サスペンス、ドキュメンタリーまであったのには驚いた。
 この映画もお勧めしたら一緒に見てくれるだろうか。今度聞いてみてもいいかもしれない。

 映画館を出た詩月は、これからどうしようかと考える。ここまで出て来てもう帰るのは勿体ないし、かといって行きたい場所もない。
 早苗のおかげで龍惺の誕生日プレゼントは買えたから、今は仕事以外本当にやる事がなくて時間を持て余してしまう。
 とりあえず、もうすぐお昼だしお店でも探そうかと歩き出した時周りの人たちがザワついた。

「見て、あの人玖珂社長じゃない?」
「ホントだ。実物やっば」
「記者会見見てた?」
「見た見た。羨ましいよね、あんなイケメンに想われるとか」
「ねー。でもどうせ、めっちゃスタイルのいい美人でしょ」
「むしろそれしかない」

 名前に釣られて視線を移すと、道路を挟んで向かいの高いビルの前に龍惺と瀬尾が立っているのが見えた。確かあのビルも玖珂の保有する物だったはずだから、恐らく今からそこで仕事をするのだろう。
 見目の整った二人が真剣に話し合う姿に見惚れる女性も多く、詩月は少しだけモヤモヤした。
 スタイルのいい美人ではないけど、彼が見ているのは自分なのに。

(こうして見ると、違う世界にいる人みたい)

 さすがに声をかけに行く事は出来ないからじっと見ていたら、視線を感じたのか龍惺の目がこちらを向いた。目が合った事に驚くと、龍惺もそうだったようで僅かに目を見瞠ってから微笑み、手にしていたスマホを軽く振ってビルへと入って行く。

「?」

 不思議に思いながらも鞄からスマホを取り出すと、ちょうどSNSの通知が来た。

『今日夜行くから、生姜焼きよろしく』

 何を送ってきたのかと思えば夕飯のリクエスト。クスリと笑った詩月はお昼はお弁当にする事にして、生姜焼きの材料を買ってから帰ろうと近くにあるスーパーに向かって歩き出した。





 龍惺は20時を回ったくらいに家に来た。
 先に風呂に入ってもらい、その間にリクエストの生姜焼きを仕上げていく。
 この部屋にも龍惺の物が増えた。さすがにスーツは置いておけないから来る度に持参して貰っているが、自分とはサイズの違う服が洗濯に出てたりすると嬉しくなる。

「いい匂いだな」
「もうすぐ出来るよ」
「ん」

 ここ一月くらいは、龍惺が来る時は彼の入浴中に夕飯の支度をしているのだが、風呂から上がった時詩月がキッチンに立っていると後ろから緩く抱き締められるようになった。最初は動きにくさに戸惑っていた詩月だったけど、人間慣れてしまえばどうにかなるもので、逆にそこにいるならと龍惺にも手伝って貰っている。
 今回も例に漏れずお皿を寄せて貰ったり運んで貰ったりして遅めの夕飯に手を合わせた。
 龍惺は自分の皿に盛られた生姜焼きが砂場の山並みに積まれているのを見て小さく笑う。

「俺の、詩月の倍あんな」
「だって、龍惺たくさん食べてくれるから」
「詩月の飯が美味いからな」
「普通だと思うけど……ありがとう」

 初めて龍惺に食べさせた料理はそれはもうひどかった。焦げてたし、味も薄すぎてほぼ素材そのままだった。それでも龍惺は美味しいって笑いながら完食してくれた事を今でも覚えている。
 あの頃に比べれば人並みにはなったけど、好きな人に食べて貰う時はいつだって不安だから、こうして言って貰えるのは本当に嬉しい。
 もっともっと頑張ろうと思う詩月だった。

 数十分後。先に食べ終わって頬杖をついた龍惺が、まだ食べている自分を微笑みながら見ている事に気付いた詩月は眉尻を下げた。

「……見られてると食べにくいよ」
「一生懸命食ってんなーって思って」
「一生懸命……?」

 そんなに必死に食べてるように見えたのだろうか?
 首を傾げる詩月に何でもないと笑った龍惺は、一度立ち上がると詩月の後ろに座って腰に腕を回してきた。肩に額をつけて大きく息を吐く。

「……なぁ」
「うん?」
「こっち向いて」
「え、でもまだご飯……」
「向いて」

 今まで食事を中断された事がなかったため、不思議に思いながらも箸を置いて振り返ると指の背で頬を撫でられた。額が合わせられ目を細めた龍惺が自分の唇を人差し指でトントン叩く。
 その意味を理解した詩月は仕方ないなと微笑むと、目を閉じて彼の薄い唇へと口付けた。
 龍惺だけに向ける特別な気持ちを自分の唇に乗せながら。
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