焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十七ノ星】綺麗な人

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 バイト帰り、少し遠くまで足を運んでみようと普段は来ない通りまでバスに乗って来てみた詩月は、いつも行く繁華街よりも少し高級感の漂う店の並びに思わず足が竦んでしまった。
 それでも龍惺のプレゼントを選ぶためには素通りするような店も意識して見なければと気合いを入れて歩き出す。
 ショーウィンドウに並ぶ物はやはりどれもそれなりのお値段はするが、イラストレーターの仕事が順調なおかげで最近は懐も潤ってきていた。クリスマスの時よりも奮発出来そうで、自分としても少しワクワクしている。

(お財布もいいかも。ハンカチ……は、イメージにないんだけど、今なら持ってたりするのかな)

 高校時代の龍惺はハンカチやティッシュどころか、鞄さえも持って来ない人だった。それを知った時は、何のために学校に行ってるのかと不思議に思ったほどだ。

(ハンカチはやめとこうかな)

 持ち歩いているにしろいないにしろ、今回は見送る事に決めた詩月は次の店に進む事にした。


 さすが目にも楽しいウィンドウショッピング。あれもいいこれもいいと眺めているうちに夕焼けに染まっていた空は暗くなり、すっかり夜の帳が落ちていた。
 夕飯さえも忘れるほど夢中になっていた詩月は、今日はもう帰ろうと来た道を引き返す事にする。だが、ここに来るまでに何度か曲がったりもしたためバス停の場所が分からなくなってしまった事に気付いた。
 オマケに夜になると雰囲気も変わるもので、余計にどちらへ行くべきかと迷ってしまう。
 とりあえず、さっきまで歩いていた道は分かるからそこまで戻ってみようと歩き出した時、道から少し外れたところにある駐車場の方から声が聞こえてくる事に気付いた。
 喧嘩ではなく、どちらかと言うと賑やかな男女の声。
 ただ詩月には、男性の声に聞き覚えがあった。

(……この声)

 まさかとは思いつつも、本当にそうなら女性といる事になる。けれど今日はそんなメッセージは来ていないし、むしろ今日はデスクワークメインだと言っていた。
 あの頃の詩月なら、とりあえず確認して、彼だった場合引き返して逃げてたと思う。けれど今の詩月は、彼がもうそんな事をするような人じゃないと思っているから。だから、敢えて近付く事にした。

 妙に緊張しながら駐車場の方へと歩いて行くと、まばらにある街頭の下で龍惺らしき男性の後ろ姿と、男性の顔に手を添えてる女性がいるのが見えた。
 角度的にはキスをしているようにも見えて一瞬ヒヤッとしたが、まだ声が聞こえるから顔が近いだけなのだろう。
 声と背格好で確信した詩月は、思い切って声を掛けてみた。

「龍惺?」

 ビクッと肩を震わせた龍惺が慌てて振り向く。詩月の姿を確認して目を見瞠ると、頬に触れていた手を引き剥がしてこちらへ近付いて来た。

「詩月、ここで何してんだ?」
「あ……えっと、探し物してたら夢中になっちゃって」
「探し物? 手伝おうか?」
「う、ううん。大丈夫。それより龍惺は……」
「貴方が詩月くん?」
「!?」

 傍に来るなり大きな手に頬を撫でられてドキッとした。
 龍惺からの質問には当たり障りなく答えて先程の女性の事を聞こうとしたら、件の女性が龍惺を押しのけて詩月の目の前まで来て驚く。
 綺麗な人だ、と思った。けれどどこかで見た事あるような…。

「瀬尾くんに聞いてた通りの美人さんね。やだ、お肌も綺麗」
「あ、あの…?」
「目も大きい……あら? 貴方、目尻じゃなくて際にホクロがあるのね」
「ひぇ……」
「おふくろ、詩月が困ってんだろ」

 綺麗な女性に顔をじろじろと見られ頬をつつかれ、困惑と羞恥で真っ赤になった詩月の肩が抱き寄せられ、龍惺の腕の中に包まれた。

(…………おふくろ?)

 一拍置いて女性の顔を見る。詩月に気付くと微笑んでくれるその顔はなるほど、龍惺にそっくりだ。そこまで考えてハッとした。自分は龍惺の母親に嫉妬しかけていた事になる。
 詩月は再び顔に熱が集中するのを感じ龍惺の胸元に埋めた。

「悪い、大丈夫か?」
「だ、だいじょぅぶ……」
「っとに……気に入ったからってゼロ距離やめろ」
「だって反応が可愛くて」

 とっくに成人を超えた男に対して可愛いはおかしい。
 しばらく龍惺と母親のやり取りを聞いていたが、どうにか落ち着いた詩月は目の前の胸板を軽く押して振り向くと、母親に向けて頭を下げた。

「あ、あの、ご挨拶が遅くなりました。安純詩月です。先程は……その、すみません」
「龍惺の母の、玖珂早苗です。私こそごめんなさいね、いきなり触ったりして」
「い、いえ……」

 正直驚いたけれど、龍惺の母親なら別に構わなかった。それよりも不安なのは、龍惺との事を反対される事だから。
 どこか不安げな顔をする詩月をどう思ったのか、早苗は手を握るとにっこりと首を傾げた。

「詩月くん、まだ時間大丈夫なら、付き合ってくれないかしら」
「え?」




 連れて来られたのは、高級ブランドスーツのお店でした。
 中に入るなり「ようこそお越し下さいました、玖珂様」と丁寧に頭を下げられていて、〝玖珂〟だからなのか常連だからなのか、当たり前のように入った瞬間に名前を呼ばれて歓迎されるのは漫画の世界だけだと思ってた詩月はそれだけで萎縮してしまう。
 こここそ場違いだ。
 龍惺は採寸から行うらしく、詩月を気にしながらも奥の部屋へと消えて行ってしまった。
 早苗と共に残された詩月はとりあえず店内を見てみたが、どれもこれも目玉が飛び出そうなほど高く、触るのも怖くなって大人しくしている事にしたのだが。

「詩月くん」

 早苗に名前を呼ばれ近付くと、ケースに並んだ三本のネクタイを示される。
 不思議に思っていると、柔らかく微笑んだ早苗が龍惺が入って行った奥の部屋をちらりと見た。

「龍惺の誕生日プレゼント、探していたんじゃない?」
「え、ど、どうして……」
「あの子に、〝探し物〟なんて言葉を濁してたから。それに、もうすぐでしょう?」
「……はい」
「だったらこのネクタイなんてどうかしら。龍惺のスーツは全部ここで仕立ててるし、この辺りの柄ならどれもあの子が持ってるものに合うわよ」
「…………」

 確かに、早苗の言うようにスーツに合わせるならこのお店で買うのが一番いいだろう。ネクタイも候補にはあったし、お値段もまだ優しい。
 ただ、一から自分で選んだ物をあげたい詩月としては素直に頷けない。
 そんな詩月に早苗は怒るでもなく、肩をポンと叩くとにっこりと綺麗な笑顔を向けてくれた。

「あの子のために悩んでくれてありがとう。ちょっとした老婆心よ、気にしないで」
「あ、あの。でも、嬉しかったです。ありがとうございます」
「ふふ。今度詩月くんにもスーツを仕立ててあげるわね」
「え!? そ、それは僕には勿体ないので、あの」

 着る機会のない詩月には身に余る物だと断る間もなく早苗は生地の方へ行ってしまった。
 本当に仕立てる事になったらどうしよう。
 その時は龍惺にでも相談しようと思いつつ視線を戻すと、さっきのネクタイが目に入りふと考え込む。

(でも、このネクタイはいいなぁ……)

 正直捨てがたい。うんうん悩みながら他を見回した詩月の目に、もう一つ惹かれる物が目に入って来た。
 パッと顔を輝かせた詩月に、再び戻ってきた早苗がほくそ笑みながら耳打ちする。

「そうそう、詩月くん。いい事教えてあげるわね」

不思議そうな顔で聞いていた詩月の顔が驚くと同時に一気に赤くなった。
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