焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十三ノ月】プレゼント

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 今日は一段と寒い。雪でも降るんじゃないかと思っていたら、歩き出したあたりからチラチラと降り始めた。

「ホワイトクリスマスだ」

 隣を歩く詩月が空を見上げて弾んだ声で呟く。
 八年前から世間のイベントには目を背けて来た。クリスマスにも仕事を入れたし、雪が降ろうと気にも止めなかった。
 だが今年からは違う。隣には詩月がいて、同じものを眺めている。
 詩月がいるから、見るもの全てに色が着くんだと改めて思った。

 詩月の家で夕飯を食べるようになり、残念な事に受け取って貰えなかった食費の代わりをずっと考えていた龍惺は、今夜は少しいい店に詩月を連れて行こうと決めていた。
 あまり格式を高くしても気後れしてしまう詩月のため、ドレスコードも食事のマナーも必要のないちょっとした高級店を選んだ。初めて玖珂の名前を使ったが、果たして喜んで貰えるだろうか。

「ねぇ龍惺」
「ん?」
「あの時も雪、降ってたよね」
「そうだな。でもあん時は積もんなくて、詩月残念そうだった」
「……ふふ」
「何だよ」
「覚えててくれて嬉しい」

 降ったのに積もらないなんてと嘆いていた詩月を思い出していると、不意に現実の彼が小さく笑い声を上げ龍惺は眉を顰める。
 だが、次いで零された言葉には数回目を瞬いて、ふっと笑みを浮かべたあと風で見え隠れする額に唇を寄せた。

「お前との事は何でも覚えてるよ」
「……本当に?」
「ホント」
「じゃあ初めてくれたクリスマスプレゼントは?」
「手袋」
「正解。じゃあ龍惺がくれたお菓子で僕が一番喜んだ物は?」
「クリームサンドのクッキー」
「せ、正解。じゃあ初めてのデートは?」
「動物園。ついでにそのあと海まで行ってはしゃいだお前がすっ転んでずぶ濡れになった」
「そ、そんな事まで覚えてるの?」
「覚えてるんですよ」

 全ての質問に淀みなく答えていた龍惺はトドメとばかりにその後の話もして詩月を驚かせると、繋いでいた手を離して肩を抱き寄せニヤリと意地悪く笑った。

「何なら、お前のホクロの位置も覚えてるけど?」
「そ、それはお答え頂かなくて大丈夫なので……」
「残念」

 赤くなった顔を逸らして遠慮する詩月に肩を竦め、さほど残念そうではない声で返して腕を離すとその肩を軽く叩かれた。見ればあの頃と変わらない顔で拗ねる詩月がいて思わず笑みが零れる。

「本当に龍惺は意地悪なんだから」





 事前に来店時間などを知らせていたからか、高級感溢れる二階建てのモダンな外観の店内に入るとオーナー自らがわざわざ出迎えて挨拶をしてくれた。ここは玖珂が保有する飲食店の一つのためオーナーとも顔見知りだ。
 カジュアル過ぎなければ入店可能だが、それなりにお値段も張るため一般家庭には敷居の高い店となっている。それでも奮発して食事に来るカップルや夫婦はいて、ちょっとした有名店だ。

 一階はボックス席タイプの普通のレストランで、二階は一席につき椅子が二脚のペア席になっていて収容人数も少ない。道路に面した壁は一階も二階も全面ガラス張りになっており、今なら電飾で彩られた街並みが臨めて大変綺麗だ。

 オーナーには無理を言ってしまったが、それでも詩月の反応は龍惺の心を非常に温かくしてくれるものだった。

「…………」
「詩月?」
「……龍惺、どうしよう……」
「ん?」
「龍惺の気持ち…泣きそうなくらい嬉しい……」

 イルミネーションが良く見えるようにか、店内の照明は柔らかくほんのり薄暗い。案内された席の側にある窓に近付いた詩月は、キラキラと光を放つ電飾を見つめてポツリと呟いた。
 傍に行き頭を撫でると柔らかく微笑んだ詩月が見上げてくる。

「……僕のために頑張ってくれたんだね」
「そりゃまぁ……お前に喜んで欲しかったし」
「うん、だから嬉しい。ありがとう、龍惺」
「……それは俺のセリフだ」
「?」

 キョトンと首を傾げる詩月の額に自分の額を合わせた龍惺は、間近で見る詩月の長い睫毛が濡れている事に気付いて目を細めた。

「クリスマス、また一緒に過ごせて良かった」
「……うん」
「ありがとう」

 色んな気持ちを込めて囁くように言えば、詩月は一瞬だけ驚いた顔をしたあと泣き笑いのような表情になった。
 それから大きく息を吸って胸元に顔を埋め、背中に腕を回す。
 龍惺も自分よりも小さく細い身体を抱き締めると、詩月の温もりを噛み締めるように目を閉じた。



 運ばれてくる料理はどれも綺麗で美味しくて、詩月はずっとにこにこして食べていた。そんな様子に龍惺も満足で、店を出る頃には酒も飲んでいないのに足元がフワフワして妙に気分が良かった。

 待ち合わせの時間も遅く、メインはあの店だったため、あとの予定は特に考えていなかった龍惺は現在、機嫌のいい詩月に手を引かれ川沿いの遊歩道を歩いている。
 今頭の中にあるのは、プレゼントを渡すタイミングをいつにするか、だ。
 悩みに悩んで選んだ物は、星の形をしたネックレスだ。中心の五角形の部分には詩月の誕生石が嵌っている。
 ネックレスにしたのは、常に身に付けて傍に置いて欲しいという気持ちからだった。しかも星。我ながら独占欲が強すぎる。
 内心で苦笑を零していると、少し先にベンチがあるのが見えた。

「詩月」
「?」
「あそこ座んね?」

 あそこと示された場所を見た詩月は不思議そうな顔をしながらも頷きベンチに向かう。先に座って首を傾げる姿に微笑んで頭を撫でると、隣に腰掛けポケットから目当ての物を取り出し詩月に差し出した。

「…え?」
「クリスマスプレゼント」
「くれるの?」
「ああ」
「……ありがとう。開けていい?」
「ん」

 呆然としつつも受け取ってくれた事に安堵し、包装紙を丁寧に剥がしていく指先をじっと眺める。外箱を開け中から出て来たビロードで出来た箱の蓋を開けた詩月はペンダントトップを見た瞬間ハッと息を飲んだ。

「……星……」
「お前には、それが一番似合う」
「…………」

 言外に自分含めてと意味を込めてみたが、果たして詩月には伝わっただろうか。

 龍惺は見ているだけで取ろうともしない詩月の代わりにチェーンの部分を持ち留め具を外すと、マフラーを緩めて首に通し再び留め具を戻した。斜めだったのを真っ直ぐにして満足げに頷く。

「いいじゃん」
「……龍惺って、意外とキザだよね」
「あ? 何だよそれ」
「僕も、僕には星が一番似合うなって思ってるよ」
「…………」

 どうやら意味は伝わっていたらしい。
 少しだけ照れ臭くなった龍惺は緩めたマフラーを巻き直してやり、クスクスと笑う詩月の頬を軽く摘んだ。だがその手を取り、手の平を上向かせて自分の膝に乗せた詩月に今度は龍惺が戸惑う。
 詩月はショルダーバッグから四角い箱を取り出すと、それを先程の手に乗せてはにかんだ。

「僕からもクリスマスプレゼント」

 まさか貰えると思っていなかった龍惺は、驚きのあまり珍しくポカンと口を開けて固まった。

 もしかしたら近いうちに不幸が訪れるのかもしれない……。
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