焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十三ノ星】クリスマスデート

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 オフィスビルの近くにある定食屋は、高級で重厚感のある背の高いビルが建ち並ぶ中では異質な存在で、良く言えば昔ながらの日本家屋であり、素朴で暖かな雰囲気を醸し出しているが、悪く言えば古臭くて浮いており、この一帯の情景には似つかわしくない。
 だが、そういった雰囲気が好きな詩月としてはむしろ大歓迎で、悩んで頼んだ焼き魚定食は懐かしい味がして美味しかった。
 詩月の手料理を美味しいと言って食べてくれる龍惺だが、大企業の社長ともなれば周りから贈られたり出されたりする物は高級な品ばかりのはずだ。にも関わらず、一般市民である詩月と同じ金銭感覚と味覚なのは本当に有り難かった。
 これくらい出させろと譲らない龍惺に奢って貰い、ビルの前で別れた詩月は天気もいいため歩いて帰る事にした。と言っても決して近いとは言えないのだが、運動不足解消のためにもたまには歩いてみるのもいいだろうと思ったのだ。

 だが、周辺の散策をしながら歩くという行為は半ひきこもりの詩月にはキツかった。帰宅する頃にはヘトヘトで、座ってしまうと立てないからとシャワーを浴びると龍惺からメッセージが来ている事に気付く。
 どうやら今夜も夕飯が食べたいらしく、詩月は冷蔵庫を確認して了承の返事をした。
 疲れていたため親子丼と味噌汁とお新香を出し、「簡単な物でごめんね」と言えば、「材料切って煮込んで卵でとじて盛り付けて、どこが簡単なんだよ」と返してくれた龍惺に感動した事は内緒だ。





 詩月は悩んでいた。
 二日後にはもうクリスマスイブで、龍惺から仕事が終わったらデートに行こうと誘われている。それはすごく嬉しいし、鼻歌を歌いたくなるほどテンションも上がっているが、当日渡すクリスマスプレゼントがまだ決まっていないのだ。
 さすがに詩月の稼ぎではブランド物には手は出せないが、それでもちゃんとした物をあげたい。そう悩んでいたら二日前にまで迫っていた。

(ボールペン、ネクタイ、タイピン、カフスボタン……うーん、悩む)

 一度腕時計も候補に上がったが、龍惺はすでに高そうな腕時計を左腕に着けていて、何の気なしにどこの物か聞いたら詩月でも知っているブランドだったから驚いた。こっそり値段を調べてショックも受けた。
 アレには到底及ばないが、気持ちが大事だと自分に言い聞かせて現在デパートをウロウロしている最中だ。

(腕時計、一番見る頻度も高いからいいなって思ったんだけど……さすがにね)

「何かお探しですか?」
「え? あ、その……クリスマスプレゼントを」
「男性でしたらこちらなどお勧めですよ」

 詩月が男物ばかりを見ていたからか、当然のように男性用を勧めてくる店員に驚きつつも首を振る。

「いえ、もう素敵な腕時計を持ってるので……悩んでるんです」
「でしたら懐中時計などいかがですか? 小さめの物などは、今はキーホルダーとしても人気なんですよ」
「懐中時計……」
「例えば、こちらなどは文字盤の数字も見やすく装飾もシンプルで、どんな服装やシーンなどにも合いますし、こちらなどは針の中心と、十二時、三時、六時、九時の位置にスワロフスキーが埋め込まれています。蓋が付いているものでしたらメッセージもお入れ出来ますよ」

 丁寧に説明してくれる店員の話を真剣に聞きながら、詩月はじっと懐中時計を見つめる。これは頭にはなかった。
 腕時計は無理でも、これならスーツの内ポケットにも入る。
 詩月は一も二もなく飛び付いた。

「あの、他にもありますか?」





 クリスマス・イブ当日。
 詩月は駅前に設置された大きなクリスマスツリーの前で龍惺を待っていた。この時間には終わると連絡が来ていたが、仕事で前後するなんて良くある事だから遅くなっても特に気にしていない。
 ただ手袋を忘れた事だけは痛かった、さすがに凍える。
 冷えて痛む手に息を吐きかけて温めていると、いきなり肩を抱かれて驚いた。

「こんばんは。一人?」
「……待ち合わせしてます」
「でもさっきから見てたけど、お姉さん結構長い事待ってない?」
「早く来過ぎただけなので……あの、離して貰えますか?」

 いかにも遊んでますというような風貌の男が詩月の肩を抱き顔を覗き込んで来た。眉を顰めた詩月を気にもせず、いつから見ていたんだと問いたくなるような事を言ってくる。
 身動ぎして離そうとするが、結構な力で掴まれて少し痛い。
 しかもこの男、詩月を女と勘違いしている。子供はともかく、大人なら男女の違いくらい分かって欲しいものだ。

「待たせる相手なんて放って、俺と遊びに行こうよ」
「結構です」
「そんな事言わずにさ、せっかくのイブなんだし」
「間に合ってます」
「俺美味しい店知ってるんだ」
「お一人でどうぞ」

 この男、殊の外執拗い。
 詩月は穏やかで優しいが、腹を立てない訳ではない。この執拗いナンパ野郎をどう撃退してやろうかと考えていた時、不意に肩を抱いていた手が離れた。

「いてて…っ」
「何汚ぇ手で触ってやがんだ」
「龍惺!」

 諦めてくれたのかと顔を上げると、手首を掴まれて顔を歪めている男の後ろに龍惺が立っていた。どうやら龍惺が力いっぱい握っているらしく、男は痛みで呻いている。

「悪い、遅れた」
「ううん、お仕事お疲れ様」
「ああ」
「……ってぇな! 何だよ!」
「何だよはこっちのセリフだ。イブにこんなとこにこんだけの美人がナンパ待ちしてる訳ねぇだろ。さっさと家帰ってチキン食って寝ろ」
「……クソが…っ」

 圧倒的に背の高い龍惺に視線だけで見下ろされた男は、顔を引き攣らせると悪態をついて走って去って行った。
 一時だけ集まっていた周りの視線もそれにより解散し、詩月はホッと胸を撫で下ろす。それから少しだけ悪戯っぽく笑って龍惺を見上げると首を傾げた。

「美人?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「女性はみんな美人だと思います」
「……俺にはお前しかそう見えねぇの。ほら、行くぞ……ってか手ぇ冷た!」
「手袋忘れちゃって」
「どっか入って待ってりゃ良かったのに」

 だってそうなると、先に来た龍惺が可愛い子たちにナンパされてしまう。そんなシーンは絶対に見たくない。
 詩月は笑顔で首を振ると、握った手を自身のコートのポケットに入れて温めてくれる龍惺に寄り添い並んで歩き出した。


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