焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十二ノ星】心穏やかでいられる人

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 龍惺と洋司が部屋から出たあと、詩月と美玖は楽しく絵を描いていた。美玖は詩月が何かを描くたびに上手だと褒めてくれて、色んなキャラをどんどんリクエストされ今はちょっとした展覧会のようになっている。
 描いたものに色を塗ったり、たくさんの色でグルグル遊んだりしていると扉がノックされ、瀬尾が両手に紙袋を下げて現れた。
 思わぬ人物の登場に驚いた詩月は、美玖を抱っこして立ち上がる。

「瀬尾さん!」
「詩月さん、お久し振りです。お変わりないようで何よりです」
「瀬尾さんこそ、全然変わってなくて安心した。記者会見で見た時驚いたんだよ」
「龍惺さんとは切っても切れない縁なので必然的に」
「知ってる。幼馴染みなんでしょ?」
「まぁ、似たようなものですね」

 龍惺と似たような事を言ってる、と詩月は気付いて小さく笑う。長い間一緒にいると似てしまうとは良く聞くが、野性的な龍惺とは違い、瀬尾の穏やかさは変わっていなかった。
 美玖はここに来た際エントランスで見たはずの瀬尾の事を覚えておらず、不思議そうな顔でじっと見上げており、それに対して瀬尾はどこか気まずそうだ。

「龍惺さんから頼まれた物をお持ちしました」
「あ、確か玩具を用意してくれてるって」
「はい。気に入って貰える物があるといいんですが」
「美玖ちゃん、玩具だって。見てみる?」
「みる!」

 元気に返事をする美玖を下ろすと、瀬尾はまず紙袋から可愛らしいデザインのジョイント式のクッションマットを取り出した。畳み一畳分を六セット。床で遊べるようにとの配慮だろう。

「美玖ちゃん、お兄ちゃんこれくっつけておくから、玩具選んでてくれる? 遊びたくなったら、あのお兄ちゃんに開けてってお願いするんだよ?」
「うん、わかった」
「いい子だね」

 まだ少しの時間しか関わっていないが、美玖は大変聞き分けが良い。この年頃ならもう少し我儘でもおかしくないのに、素直過ぎて逆に心配になってしまう。
 子供を会社に連れて来なければいけなかった理由や、詩月が呼ばれた事を鑑みると何か事情がありそうだが、首を突っ込むほど無遠慮な性格はしていない詩月は並べられて行く玩具をじっと見ている姿に微笑みジョイントマットの組み合わせを開始した。
 一人ではなかなかに大変な作業で汗を掻きつつもどうにか完成させると、美玖がぴょんと乗ってきて手に持ったスマホのような玩具を見せてくれる。
 耳に当て、「もしもーし」と話し掛けてきた。詩月もスマホを持っている振りで耳に当てる。

「もしもし? どなたですかー?」
「みくでーす」
「美玖ちゃんかー。今何してるの?」
「あのねー、お兄ちゃんとおでんわしてるー」
「ふふ、そうだね、お電話してるね」

 まさに目の前で繰り広げられている光景を答えられ思わず笑ってしまった。美玖は一頻り喋ったあと、スマホ擬きを詩月に渡し新しい玩具を取りに行ってしまったのだが、その姿を追った先の光景に驚いた。
 先程のスマホ擬きを筆頭にぬいぐるみやお世話人形、有名キャラクターの数種類の玩具、おままごとセットなど、託児所でも始めるのかと言うくらい玩具があったのだ。
 美玖としては天国のような状態だろうが、一人に対してこれは買いすぎではと詩月は思う。
 しかもお菓子もテーブルに山盛りだ。

(初孫を喜ぶおじいちゃん、かな?)

 恐らくは勧められるままに購入したのだろうが、それにしても限度というものがある。
 美玖はキャラクターのピアノを持ってマットの上まで運ぶと、ちゃんと靴を脱いでペタリと座った。

「詩月さん、龍惺さんのところに行ってきます」
「うん。ありがとう瀬尾さん。美玖ちゃん、お兄ちゃんにありがとうって言おうか」
「ありがと、お兄ちゃん」
「どういたしまして。たくさん遊んで下さいね」
「うん!」

 小さな指で大きな鍵盤を押しながらはにかむ美玖に微笑んだ瀬尾は、詩月に軽く頭を下げてから部屋を出て行った。
 それを見送った詩月は、美玖の様子を見てあっという顔をすると、スマホを撮り出して撮影を始める。楽しそうな笑顔をぜひ洋司に見せてあげたいと思ったのだ。

 それからも新しい玩具で遊ぶたびに写真を撮り、一番声を上げていた玩具の時は動画撮影をして全て龍惺に送っておいた。
 きっと洋司に見せるなり転送するなりしてくれるだろう。
 そのうちに瀬尾が戻ってきて、一緒に遊んだりお菓子を食べたりしていたのだが、はしゃぎ疲れたのか美玖はうとうとし始めた。それに気付いた詩月は美玖を抱き上げ、身体を揺らしながら一定のリズムで背中を叩く。
 すぐに寝息を立て始めたが、子供は下ろすと起きてしまう事があるため、詩月はこのまましばらくの間抱っこしている事に決めた。

「変わりましょうか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」

 この温もりと重さは男同士では経験出来ない事だ。全体重を預けてくれる美玖に自然と笑みが零れた。
 

「片付けておきますね」
「あ、ありがとう。……そうだ、その玩具すごく気に入ってて。美玖ちゃんが持って帰ってもいいかな?」
「……全部はいらないんですか?」
「え? さ、さすがに全部は立川さんも困っちゃうんじゃないかな」
「………………」

 美玖は嬉しいだろうが、これを持って帰る労力も置く場所も必要だろうし立川は遠慮しそうだ。
 呆然とする瀬尾に苦笑した詩月は、美玖が遊んでいたスマホとキャラクターの音が出る玩具を取りテーブルに置くと、散らかったままのお菓子を片手で選別して入れて始めた。日持ちがして、子供が好きそうなもの。なぜ饅頭や煎餅があるのかは分からないが、それは立川に聞いてからでもいいだろう。

「詩月さん」

 知育菓子のパッケージをマジマジと見ていると、静かだが真剣な声で瀬尾に呼ばれ美玖を抱え直しながら振り返り首を傾げる。
 目を伏せ、呼んだはいいが言い淀む瀬尾に八年前の姿が重なり目を瞬いた。

「瀬尾さん?」
「……良かったんですか?」
「え?」
「龍惺さんの元に戻っても、良かったんですか?」

 瀬尾はいつも見ていたから全部知っている。
 だからこそ、一度は傷付いて離れた詩月が傷付けた相手である龍惺を受け入れた事を心配してくれているのだろう。
 詩月は柔らかな笑顔を浮かべるとハッキリと頷いた。

「今は良かったって思ってる」
「…………」
「龍惺に浮気をしてた理由を教えて貰った時、僕はそれだけあの人を不安にさせてたんだって事に気付いた。ちゃんと好きって伝えられてなかったんだって。龍惺だけを責められないよね」
「だからと言ってあの人がした事は愚かの一言に尽きますけどね」
「辛辣だなぁ……でも、龍惺はどうしてそんなに僕の事を好きでいてくれるんだろう」
「……あの頃の龍惺さん、あまり話す人ではなかったでしょう? 彼の周りにいた自称友人たちは逆に良く話す方ばかりで、話す気のない龍惺さんにも無理やり話を振るような人たちでした。だけど詩月さんは、龍惺さんが黙っていてもただ傍に寄り添って、龍惺さんのペースに合わせてくれていた。あんなにも穏やかな顔をしている龍惺さん、初めて見ました」
「でも、僕も話す方じゃないから」
「それでもです。龍惺さんが何も気負わずにいられた、それだけで十分だったんですよ、あの人には。詩月さんの傍は、心の底から落ち着けたんでしょうね」

 何だかものすごく褒められている気がして恥ずかしくなった。美玖の髪に頬を寄せ瀬尾から顔を背ける。
 顔が熱くなるのを感じた詩月は手で頬を押さえ、あどけない美玖の寝顔を見つめて心を落ち着かせに掛かるのだった。

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