焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十ノ月】小さなお客様

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 父親から、一週間後に洋司がこっちへ来ると連絡があった日、龍惺は再びの重役会議でその旨を説明していた。
 最初は渋っていた者たちも、会長直々の推薦と言うこともあり強くは言えないまま、ほぼ確定で洋司が代表になる事に決定するだろう。
 とりあえず、当面はこれで大丈夫そうだ。


 詩月の手料理を初めて食べた日以来、龍惺は時間さえあれば詩月の家に行って夕飯をご馳走になっていた。
 家主である詩月の倍は食べるため申し訳なさから食費を渡そうとしたのだが、詩月は一緒に食べられる事が嬉しいからと受け取ってくれず、龍惺はどう返していこうかと考えている最中だ。
 とりあえずは、近々外食に誘ってみる事にしよう。

 一人暮らしを始めたのが三年前だと詩月は言っていたが、それにしては料理の腕前がそれ以上の年月を感じさせるのは何故だろうか。
 この八年の間、お互いがどう過ごして来たかはまだちゃんと話せていない。自分はただ社長になるために必死に勉強していただけだが、詩月が歩いて来た道はどんな些細な事でも知りたいと龍惺は思う。聞けば話してくれそうではあるが。

「社長、頼まれていたものをお持ちしました」
「ああ、悪い」
「今からで間に合うんですか?」
「既製品なら直接買いに行けば間に合うだろ」
「……誰が行くんですか?」
「特別手当は出すから」
「……はぁ…」

 もちろん自分が行けるなら行くが、今は会社を離れる訳にはいかない。社長としてやるべき事が山ほどあるのだ。
 だが、そう言われるだろうと察していた瀬尾はあからさまな溜め息をつくと、肩を竦めて自分の仕事をするべく社長室から出て行った。
 龍惺も瀬尾でなければこんな事は言わない。応えてくれると思っているからこその無茶振りだ。
 そんな彼にあらかじめ頼んでいたものは、詩月へのクリスマスプレゼントを選ぶためのだった。
 あまり時間はないが、出来る事なら本人が本当に喜ぶ物をあげたい。

(アイツは何でも喜ぶからな…)

 高校二年生の時、入学式帰りの詩月に一目惚れした龍惺は、その見た目から好きそうな物を勝手に見繕い、気を引きたい一心で事ある毎に彼へと細々した物を渡していた。
 おかげで、甘い物と小さな物が好きな事、苦い物は苦手な事、意外にも辛い物は得意な事、高価な物には興味がない事、花が好きで、虫が苦手な事などたくさん知れた。
 飴玉一つにも喜ぶような詩月である、値の張る物よりも、素朴で長持ちする物の方がいいだろう。

「へぇ、月のルームライト……星型の吊り電球なんかもあんのか」

〝月〟と〝星〟は、自分たちにとって最も縁が深い物だと思っている。お互いの名前に入っているからという理由はもちろんあるが、あのキーホルダーがなければ恐らくここまで繋がり合う事は出来なかったはずだ。
 捜し続けても、果たして偶然が働いてくれたかどうかも分からない。

「ああ、確かこういうのも好きだったよな」

 パラパラとページを捲ると、子供向けの商品欄なのか、ぬいぐるみや着せ替え人形、音の出る玩具などの写真が載ったページが出てきた。
 中でも詩月が好きなのはドールハウスなどのミニチュアだ。それもより精巧に作られた物を好む。
 学生時代のデートの時、たまたま入ったショッピングモールの一画でミニチュア展覧会なるものが開催されていた事があった。それを見付けた際の詩月は本当に目を輝かせてここに入りたいと告げてきたのだ。
 過去一テンションの高い詩月に驚いたものだが、こういうものが好きなんだなと頭に刻んだのを覚えている。

「持ち歩けるもんか…部屋に飾れるもんか……悩むな」

 本人に聞いた方が早いは早いが、やっぱり驚かせたい気持ちの方が強い。
 龍惺は瀬尾に声をかけられるまでずっと難しい顔をしてカタログと睨めっこをしていた。





 少し日が経って、今日は洋司が会社に来る日だ。受付には事前に話してあるし、応接室も押さえてある。
 今日は軽く話だけをするつもりだが、洋司如何ではそこで代表として決定し話す内容によっては伸びるかもしれないと時間には余裕を持たせた。
 約束の時間の十分前、受付から洋司が来社した事を伝えられる。
 瀬尾を伴って迎えに行くと、何やらエントランスが騒がしかった。

美玖みくちゃんって言うの?」
「お菓子食べる?」
「可愛い~」

 行き交う者たちが何だ何だと見ている先で、キャッキャと話しているのはうちの社員だ。
 その中心に小さな姿がある事に気付く。
 髪を二つ、高い位置で結んだ小さな頭。短い手足。そして

「ありがと、お姉ちゃん!」

 幼さ故の舌っ足らずな話し方で愛想を振り撒いている少女が女性社員に囲まれていたのだ。
 スーツ姿の大人たちが闊歩する会社という場所におおよそ似つかわしくない幼い少女にポカンとしていると、女性社員に頭を下げていた男が気付いて近付いて来た。

「玖珂社長! お久し振りです!」

 爽やかな笑顔に爽やかな挨拶。短めの髪はサイドが刈り上げられており、あの頃よりも確かに年は取っているが、あまり変わっていない様子の彼に龍惺は自然と笑みが零れる。
 とはいえ、ここは社員が行き交うエントランスだ。龍惺は社長としての振る舞いは崩さず微笑んで頷いた。

「お久し振りです。お元気でしたか?」
「ええ、社長もお変わりないようで安心しました」
「ありがとうございます。ところで、そちらのお嬢さんは…」

 先程まで少女を囲っていた女性社員は、龍惺がいると気付くなり慌てて仕事に戻っていた。別に咎める気はないが、何という早業。
 少女は男―洋司の足にしがみつくと、物珍しさからかじっと龍惺を見上げて視線を外さない。
 正直、詩月と違いあまり子供が得意ではない龍惺は少しだけ顔が引き攣った。

「すみません、ギリギリまで探したのですがどうしても預け先が見付からず……連れて来てしまいました」
「そうでしたか。……今日は仕方がないので構いませんが、次回からはご遠慮頂けると助かります」
「はい、もちろんです」

 子連れで出勤出来るほどの体制はまだ整ってはいない。いずれは働く母親やシングルマザー、シングルファザーのためにいろいろ手厚くはしたいと思ってはいるものの、現状は人手不足もあり働き方改革くらいしか対応出来ていない。
 バツが悪そうな洋司に念の為釘を刺し、ひたすら龍惺を見てくる少女に視線を移すとビクッとして洋司の後ろに隠れた。だが気にはなるのか、チラチラと顔を覗かせて来る。

(参ったな……この子がいるとまともに話出来ねぇ)

 かと言って仕事をしている社員に面倒を見て欲しいとお願いする訳にもいかず、悩んでいた龍惺は少女の胸元に刺繍されている月のマークを見付けてハッとした。
 もしかしたら、彼の手を借りられるかもしれない。

「すみません、少しお待ち頂けますか」
「はい、分かりました」

 龍惺は洋司に一言告げて離れると、端の方でスマホを取り出し目当ての人物に電話を掛け始める。
 数コールで出た彼に申し訳ないとは思いつつ、少しの下心を交えてお願いしてみた。

「詩月、子守りしてくんねぇ?」


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