焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【六ノ月】頼み

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 詩月と連絡が取れなくなって二日、龍惺はどうにか説明の機会を設けようとマンション前で待ったり、以前送ったスーパーに行ってみたりと走り回った。だが、詩月に会う事は叶わない。
 娯楽に飢えてる世間は龍惺をそっとしておいてはくれなかった。記事が拡散し、テレビのニュースでも日に何度も取り上げられた。
 マスコミ関係者に記者会見を発表した翌日には今度はその話で持ち切りになったが、それでも面白おかしく取り上げる奴はいる。吹けば飛ぶような弱小出版社とか。

 詩月が標的にされるのだけは避けたかった龍惺は瀬尾を頼りにしていたが、彼もまたこの騒動により荒ぶり始めた取引先やスポンサーの対応で手がいっぱいだった。

(クッソ、マジでイライラする)

 頭を掻き毟りたくなるほどの怒りは常にこんな事態を引き起こした高崎会長に向けられている。
 あのあと父親にも連絡し、全ての業務を引き取り契約を解除する旨を伝え、了承を貰った。会見前に高崎会長を交えて話をするつもりだ。
 駄々を捏ねられないために違約金や慰謝料は取らない予定でいる。どのみち高崎は終わるし、これで済ませてやるのだから逆に感謝して欲しいくらいだ。

 だが龍惺にはまず何よりも大切な事がある。
 当事者である龍惺と美也子、そして瀬尾以外は知り得ない事なので仕方ないが、詩月は婚約の話を信じてしまっているのだろう。
 美也子に言われるまで気付かなかったのは完全に自分の落ち度だ。だから着信拒否にもブロックにも文句を言うつもりはない。ないが、これが捏造されたものだとちゃんと説明したい。

(説明しなきゃいけねぇ事だらけだな…俺…)

 愛想尽かされても仕方がないとはいえ、今回の件に関しては不可抗力である。
 そうして悶々と過ごしていた四日目、龍惺は机に置かれたコーヒーを見て思い出した。

(確か、あの喫茶店の店主、詩月と仲良さげだったな…)

 何せレジを通さずお金を受け取っていたくらいだ。あとで精算したにしろ、それなりの仲でなければあんな事はしないはずだ。
 時計をチラリと見た龍惺は立ち上がると、書類に書き込みをしていた瀬尾へ外出すると一言告げてエレベーターに乗り込む。
 もしかしたら、これが最後の頼みの綱となるかもしれない。





 雑踏の中に存在する喫茶店は、今日も変わらず穏やかな雰囲気が流れている。
 龍惺は入店早々出迎えた彩芽に近付くと、少し時間を貰えるよう頼んだ。彩芽は目を瞬いていたが、とりあえず注文を取り一度カウンター奥へと引っ込んで行った。
 逸る気持ちを押さえて以前にも座った場所に腰掛けると、ガラスの向こうで行き交う人々が目に入った。詩月はどんな気持ちでこれを眺めていたのだろう。

「お待たせしました、ホットです」

 しばらくしてホットコーヒーを運んで来た彩芽は、それをコトンと龍惺の前に置き盆を下ろした。

「それで、何のご用でしょう? 以前にもいらして下さいましたよね?」
「ええ、はい。…あの、貴女は詩月の、安純詩月くんのご友人でしょうか?」
「安純くんが友人だと思ってくれてるなら友人ですけど……失礼ですが貴方は彼とどう言ったご関係で?」

 あの時、龍惺に気付いた途端慌てて店を出た詩月を見ているからか、彩芽の声には警戒心が含まれている。
 仕方ないとは思いつつも、龍惺は素直に答える事にした。

「実は、私は彼の元恋人なんです。まぁ、私はとは思ってなかったんですけど……八年前、突然いなくなった彼をずっと捜していました。幸いな事に再会は果たせたのですが、私は彼を深く傷付けてしまったから心を開いて貰えなくて」
「八年前……」

 詩月の傷は、龍惺が思うよりも深い。
 自分がやっていた事は、詩月の気持ちを裏切り傷付けるどころかナイフでズタズタに切り裂いたも同然だ。
 今回の事で更に抉っただろう。本当に、あの頃から何一つ成長していない。

「それでも連絡先を交換して、アプリでメッセージを送って何日かしたら返信してくれるようになって……すげぇ嬉しかった。それから毎回じゃねぇけど反応してくれて、ちょっとずつ距離縮められてんのかなって思ってたのに…………どっかのクソ野郎のせいで今連絡が取れねぇ」
「まぁ」

 話しているうちに感情が溢れて素に戻ってしまったが、彩芽は気にしていないのか少しだけ気の毒そうな顔をする。
 そうして何故か納得したように頷くものだから、逆に龍惺が訝しげな顔をしてしまった。

「安純くんが言ってた〝忘れられない人〟って貴方の事だったのねぇ」
「……〝忘れられない人〟?」
「ええ、星みたいにキラキラしてた人だって。でも、そう……また辛い思いをしたのね…」
「……今回の件は俺にとっては不測の事態だった。だがアイツを傷付けた事には変わりねぇから話がしたい…んです」
「ふふ、気にせず普通に話して」
「……どうも。なので、もし店主さんさえ良けりゃアイツが来店した時、俺に連絡してくれねぇか?」

 彩芽の人柄はちゃんとは分からないが、詩月が懐いている相手だ、悪い人ではないだろう。
 ただ断られたらもうどうしようもないのだが。
「うーん」と言いながらしばらく考えていた彩芽は、答えの前にと真剣な表情で龍惺を見て問い掛けてきた。

「貴方は安純くんの事、どう思ってるの?」
「この世で一番大切な人。アイツがいなくなって初めて、自分がいた世界がクソほどつまんねぇんだなって気付いた。アイツが俺の世界を彩って笑顔にしてくれてたんだって。だから絶対失いたくない、手離したくない」
「熱烈ねぇ。…いいわ、分かりました。安純くんがお店に来たら、貴方に連絡すればいいのね?」
「…いいのか?」
「安純くんだって、八年経っても忘れられないくらい貴方を想ってるんだもの。お互いに勇気を出すべきよ」
「ありがとう! コレ、俺の名刺。…これが俺の番号だから、こっちにかけてくれ」
「ご丁寧にどうも………え!? あ、貴方、玖珂コンツェルンの社長さんだったの?」
「まぁ、一応」

 別に隠していた訳じゃないが言いふらすものでもないため何も言わなかったが、どうやら驚かせてしまったらしい。
 しかしこの人もメディア関連は見ないのか。「イケメン社長」とか呟いているが、それは無視して温くなったコーヒーを一気に飲み干す。

「ほんと、悪いけど頼むな。出来れば一週間以内に来てくれりゃいいんだが……」
「それなら私にお任せ下さい」

 時間も迫っているため少し焦り気味にそう言うと、彩芽はにっこり笑って自分の胸を叩いた。





 それから五日後、約束通り詩月の来店を教えてくれた彩芽に感謝しながら喫茶店に向かった龍惺は、あのガラス張りの前に座る詩月の背中に声をかけた。
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