焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【五ノ星】メッセージアプリ

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 あの雨の日に連絡先を交換して以降、一日に最低でも二回は龍惺からメッセージが送られてくるようになった。
 朝と夜、〝おはよう〟と〝おやすみ〟が送られて来て、たまにこんな事があってどうだったとかの報告が来る。
 返事は望まないと言っていたから、申し訳ないと思いつつも詩月は既読を付けるだけで一切返していない。

 夕飯も食べ、入浴もしあとは歯を磨いて寝るだけだというタイミングでスマホが鳴った。
 何の気なしに見ると、SNSの通知が二件。開いてみると、二つとも龍惺からだった。
 そういえば二日ほど出張に行くと言っていたか。

「わ……」

 メッセージを開いてまず一番最初に目に飛び込んで来たものに感嘆の声を上げる。「お裾分け」の文字と共に綺麗に咲いた薔薇の写真が添付されていた。
 赤、白、ピンク。可愛らしい色の薔薇は画面いっぱいに広がっていて詩月の表情も思わず綻ぶ。
 まさか龍惺からこんな素敵な写真が送られて来るとは思わなかった。

(花なんて興味ない人だったのに……)

 いつの間に情緒なんてものを覚えたのか。しかもそれを詩月に共有させてくれるなんて。
 素直に嬉しいと思った詩月は、あまりにも綺麗な花に心が暖かくなり、それを見せてくれた龍惺に対して感謝の気持ちでいっぱいになった。
 だからほぼ無意識に、気持ちのままに返信してしまっていた。

『ありがとうございます。凄く綺麗ですね』

 この写真を撮る時、彼はどんな顔をしていたのだろう。少しだけ気にはなったけど、それは自分の中だけに留め写真を保存した。
 それにしても本当に良く撮れてる。
 アプリを開いたまま写真を眺めているとピコンとまたメッセージが来た。意図せずして既読にしてしまい気まずくなるが、自分が招いた事なので内容を確認する。
 そうして固まってしまった。

『声が聞きてぇ』

 画面に表示された短い言葉に言いようのない気持ちを感じながらも、詩月はスマホを握り締めたまま戸惑う。
 あの頃ならすぐにでも電話した。でも今は、二人の間にそんな甘い空気など存在しない。
 こんな他愛ないやり取りでさえ間違っていると思っているのに。
 いっそ、もう寝るからと就寝の挨拶をしてしまおうと文字を打ち始めた時、もう一度通知音が鳴った。

『悪い、今のなし』
「…………」
『もう遅いから寝ろ。返事、ありがとな。嬉しかった』

 こういうところ、本当に狡い、と詩月は思う。
 龍惺はその性格のままの俺様気質で、自分がやりたいと思った事は意地でも押し通そうとする強引さがある。それに憧れを抱いた事もあったし、ときめいた事もあったが、今はそれがなくて安心している自分がいた。
 八年前までの龍惺なら、応答がなければすぐにでも掛けてきたはずだ。それをしないという事は、少なからず詩月のために我慢してくれたと思って間違いないだろう。

 そんな優しさを向けられると、封じ込めたはずの気持ちがすぐにでも育ってしまいそうで……詩月は怖かった。
 文字だけなのに、龍惺の気遣いや思い遣りが読み取れて胸がギュッとなる。
 詩月は散々悩んで『おやすみなさい』とだけ送ることにした。
 龍惺からのメッセージに既読をつけてから優に30分は経っていたが、こちらへの既読がすぐについた上に返信まで来て驚く。

『おやすみ』

 たったこれだけなのにどうしようもなく幸せを感じてしまう。
 頭の中でもう一人の自分が、自惚れてもいいんじゃないかって囁くものだから、詩月は慌てて画面を閉じてスマホを消音にし布団を被った。
 きっとこれはそういうのじゃない。まだ彼に想われてるなんて、勘違いしちゃダメだと頭で言い聞かせる。

 鈍いというよりも、過去の傷のせいで恋愛事には消極的になってしまった詩月には、到底龍惺の気持ちを推し量る事は出来ない。
 龍惺自身の自業自得ではあるが、少々頑な過ぎるのかもという思いは本人にはないだろう。

 閉じた瞼の裏に浮かぶ龍惺の姿に涙が浮かびそうになるのを感じながらも、詩月は子供のように背中を丸めて眠りについた。





 それから月日が経って、刺すような日差しも夏特有の纏わりつくような暑さも通り過ぎ肌寒さを感じる時期になった。
 相変わらずメッセージは来るし、詩月もたまにだけど返信している。
 だが、不思議な事にあの雨の日以来パッタリ会うなんて事はなくなってしまった。 
 重役の仕事は分からないが、大手企業の社長ともなれば忙しいのだろうと詩月は勝手に思っている。
 メッセージでは体調云々は分からないが、たまにテレビや雑誌で見る限り元気ではありそうだった。

『録音でいいから声聞きたい』

 そんなメッセージが来たのは連絡先を交換してから三ヶ月ほど経った11月も半ばの頃だ。寒さ対策バッチリで制作作業をしていた詩月はそれを見て目を瞬いた。
 あの薔薇の写真を送ってきた日以降はそんなメッセージ匂わせても来なかったのに。

(もしかして……)

 基本的に人に甘える事はしない龍惺は、気分が沈み切って上がれない時や心身共に疲弊した時など、自分でもどうしようもなくなった時にして欲しい事を詩月に要求する事があった。
 もし声が聞きたい気持ちを我慢してくれていたとしたら、このメッセージを送る時点で相当限界に来ているのだろう。

『ごめん』

 文面から確信出来た、これは本当に参っている。
 本心で言えば力になってあげたい。それで龍惺が元気になるなら叶えてあげたい。それが詩月にしか出来ない事ならなおさら。
 そしてこれは詩月にしか出来ない事なのだろう。本人が要求しているのだから、まず間違いない。
 ただ、だからと言って何を言えばいいのか。録音といえど語彙力の少ない詩月にはハードルが高い訳で。
 仕方なく、本人に言って欲しい言葉を聞く事にした。

『何を言って欲しいですか?』
『俺の名前、呼んで』

 龍惺と再び関わるようになってから敢えて避けていた事を求められ息を飲む。呼べば何かが変わってしまいそうで、本人を前にしては絶対声に出しては言えなかった。
 詩月は悩みに悩んだ末、録音ボタンを押して一言「龍惺」とだけ吹き込んだ。その勢いのまま本人へと添付する。

(…本当に、良かったのかな…)

 内心不安に思いながらも緊張して反応を待っていると、ものの数分で返信が来てドキッとした。

『ありがとな、すげぇ元気でた』

 名前を呼んだだけなのに、可愛らしいのに筋肉質なクマが両拳を持ち上げてるスタンプまで送ってきた龍惺に詩月は顔を綻ばせる。
 随分と面白いスタンプを持っているものだ。

「…………まいったなぁ」

 ここ最近は、龍惺からのメッセージを心待ちにしている自分がいる。
 本当に他愛ないものを送ってくるから、断る理由も見ない理由も見付からない。
 詩月は温くなったココアを飲んで溜め息を零す。
 それから少し悩んで再びアプリを開くと、一文字一文字躊躇いながら打ち込み、意を決して送信ボタンを押したのだった。



 数日後、そんな風に比較的穏やかな時間を過ごしていた詩月の目に、とんでもないニュースが入って来た。


『日本最大手企業玖珂コンツェルン社長、玖珂龍惺氏、高崎製薬会社会長、高崎奈津美氏の愛娘と婚約か!?』
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