孤独な青年はひだまりの愛に包まれる

ミヅハ

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与えられる想い

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「え⋯っと⋯?」

 僕の両親がいない事は鷹臣さんも知っているはずなのに、会ったってどういう事なんだろう。おかげで涙は引っ込んだけど、頭の中はハテナでいっぱいだ。
 そんな僕の頬を撫でた鷹臣さんが話そうとした時、扉がノックされお医者様を連れて町田さんが戻ってきた。
 話は気になったけど、念の為診察したいというお医者様の邪魔にならないよう離れて待つ間、改めて鷹臣さんの言葉を考えてみたもののやっぱり分からない。

(夢の中で会ったのかな⋯でも僕でさえ顔を知らないのに、どうして僕の両親って分かったんだろ)

 せめて写真でもあればって思った事はある。でも住んでいた場所も家もその中身も全部知らないから、僕にとっては最初からないのと変わらないんだよね。
 思い出の品さえ何一つ手元にないし。
 どんな姿形をしていて、どんな声をしているんだろう。
 僕も願えば、夢で会って話したり出来るのかな。

「大丈夫ですね。現状問題はございませんが、もし少しでも違和感や不調を感じましたらすぐにお知らせ下さい」
「はい」
「では、また夜にお伺い致します」
「ありがとうございました」

 ぼんやりと考え事をしている間に診察が終わったらしく、お医者様が笑顔で病室から出て行った。見送った町田さんが鷹臣さんの傍に立ち、心底安堵した様子で微笑む。

「社長、意識が戻られて本当に良かったです。お仕事の方は代理を立てておりますので、今はお身体を労る事だけを考えて下さいませ」
「ありがとう、町田くん。面倒を掛けてすまないね」
「とんでもございません。では、私は会社の方へ報告に行きますのでこれで失礼させて頂きますね。諸々のお話はまた後日に」
「ああ」
「遥斗さん、今日はゆっくりお休み下さい」
「ありがとうございます」

 町田さんもそうだけど、きっと鷹臣さんの会社の人たちもようやく胸を撫で下ろせるはず。一番偉い人がいなくて、不安とか心配とかたくさんしてただろうし。
 僕は会社員になった事はないけど、大きな会社だしそれなりに大変だったと思うから。
 にこやかに去って行く町田さんを見送った僕は、リクライニングで上体を起こした鷹臣さんのもとに行きベッドへと腰を下ろした。
 手を伸ばして頬に触れると柔らかく笑ってくれて、その表情と温もりが現実だと実感させてくれる。

「心配を掛けてごめんね、遥斗」
「いいえ⋯目を覚ましてくれただけでもう充分です⋯」
「戻って来れたのは、遥斗のご両親のおかげだよ」
「⋯その事なんですけど⋯どうして僕の両親って」
「お母さんが教えてくれたからね」

 教えてくれた?
 ますます分からなくて眉尻を下げたら、点滴の外れた腕が僕を抱き寄せ額に唇が触れる。

「⋯今思えば、あれはきっと死の淵だったんだろうね。気付いたら、一面花畑の場所に立っていて声をかけられたんだ。振り向くと女性と男性がいて、遥斗のご両親だと教えてくれた。二人とも、遥斗に良く似ていたよ」
「⋯⋯⋯」
「幼い遥斗を一人にしてしまった事をとても後悔していてね、離れられなくて施設での生活も見守っていたそうだ。⋯ご両親は、ずっと君の傍にいたんだよ。愛されているね、遥斗」

 にわかには信じられないけど、鷹臣さんは嘘をつくような人ではないし、十日も眠っていたから死の淵というのもあながち間違いじゃないのかもしれない。
 僕、ずっと一人だって思ってたけど、そうじゃなかったんだ。
 呆然とする僕の髪を鷹臣さんの手が梳くように撫でる。

「遥斗をよろしくお願いしますって言って貰えたから、ご両親公認だ」
「鷹臣さん⋯」
「ご両親が、遥斗の声を気付かせてくれたんだよ。遥斗、呼び掛け続けてくれてありがとう」
「それくらいしか出来なかったから⋯⋯目を覚ましてくれるって信じてましたけど⋯本心は怖かったです⋯」
「⋯ごめんね」
「⋯っ⋯良かった⋯本当に⋯」

 落ち着いたはずなのにまた視界が滲んで、隠すように鷹臣さんの肩に顔を埋める。強めに抱き締められてこめかみにキスされ、顔を上げると今度は目蓋に口付けられた。
 こういうのも久し振りでじんわりと胸が温かくなる。
 鼻先が触れそうなほど近くにある鷹臣さんの頬にそっと触れた僕は、背筋を伸ばして目を閉じ自分から唇を重ねた。

「遥斗⋯」
「ん⋯⋯鷹臣さん⋯」

 舌はさすがに出せなかったけど、触れて離れてを何度か繰り返したあとキスを終えれば、鷹臣さんは複雑そうな顔をして項垂れる。

「鷹臣さん?」
「⋯⋯生殺しだ」
「え?」
「遥斗は本当に、俺を煽るのが上手いね」
「煽る⋯⋯あ」

 前にも言われた事がある言葉だって思い出して、僕はさっと頬を赤らめる。確かあれは初めて鷹臣さんと一つになれた日だったはず。
 病院じゃ出来てもキスまでだから⋯たぶん、鷹臣さんが言いたいのはそういう事⋯だよね?
 僕は少し考えたあと、鷹臣さんの手を両手で包むように握り頬へと寄せた。

「⋯退院、したら⋯たくさん触って下さい⋯」
「⋯⋯寝かせてあげられないかもしれないよ」
「た、鷹臣さんのしたいように⋯して、下さっていい⋯ので⋯」
「⋯⋯⋯⋯遥斗」
「⋯は、はい⋯」
「覚悟しておいてね」

 目を細めた鷹臣さんの表情は優しいのに、何だかギラついたものを見た気がして少し不安になったけど、鷹臣さんがひどい事をする人じゃないって分かってる僕は「はい」って頷いた。
 初めての日から何度もしてるけど、いつだってなるべく僕に負担がないようにしてくれてたんだもん。たまには鷹臣さんの好きなようにしてくれてもいいんだから。
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