孤独な青年はひだまりの愛に包まれる

ミヅハ

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お引っ越し

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 今日は僕が元々住んでいたマンションから鷹臣さんの家に完全にお引っ越しする日だ。何だかんだで一ヶ月近くかかっちゃったのは、ストーカーの件とか諸々の手続きとかいろいろあるんだけど、一番は鷹臣さんと秘書の町田さんのタイミングが合わなかったからなんだよね。
 どうして町田さんまで一緒なのかというと、例のストーカーの事でお世話になってるから。
 僕をストーカーしてた人が誰かっていうのを調べて、証拠を集めて知り合いの弁護士さんといろいろ話してくれてるらしい。しかもそれ、業務外で動いてくれてるそうだから本当に感謝しかなくて、僕はお礼を用意してドキドキしながらマンション前で鷹臣さんと待ってる。
 そうして初めて対面した町田さんは、やっぱりとても綺麗な人だった。

「初めまして、遥斗さん。町田由利と申します。お会い出来て光栄です」
「は、初め、まして⋯茅ヶ崎遥斗といいます⋯。ぼ、僕も⋯お会い出来て嬉しい、です⋯!」

 僕の為に動いてくれてるんだからと顔を見てつっかえながらも自己紹介をすれば、少し瞬きをした町田さんはふわりと笑うと僕の右手をぎゅっと握ってきた。

「ストーカー野郎は私が懲らしめてやりますからね」
「は、はい⋯ありがとうございます。あ、あと、これ⋯お好きだと聞いたので」
「え、いいんですか?    ありがとうございます」
「い、いえ⋯僕の方こそ⋯」
「近い。あと、いつまで握ってるんだ」

 思ったよりも近い距離と勢いに呆気に取られつつお礼を渡すと、更に顔が近付いてどうしたらいいか分からなくなってしまう。困惑していたら後ろから抱き締められて、僕の手を握っている町田さんの手を剥がした鷹臣さんが少しだけ距離を空けた。
 町田さんはキョトンとしたあとやれやれと息を吐き、僕の後ろにいる鷹臣さんを見上げて眉を顰める。

「嫉妬深い男は嫌われますよ?」
「遥斗が俺を嫌うはずがないだろう。いいから、君はポストを見て来てくれ」
「はいはい。どう考えても、遥斗さんは社長には勿体ない方ですね」
「そんな事、俺が一番よく分かっている」

 二人の会話を聞きながらポストに向かう町田さんの背中を見てるんだけど⋯もしかして、僕がポストを見なくてもいいようにしてくれてる?
 確証はないけど鷹臣さんなら有り得そうで、感謝でいっぱいになっていたら鷹臣さんが髪に頬を擦り寄せてきた。
 もったいないなんて、そんな価値は僕にはないのに。むしろ⋯。

「鷹臣さんの方が、僕にはもったいないと思います」

 見た目も中身もこんなに素敵な人、他にはいないって思うからそう言えば、鷹臣さんはふっと微笑むなり顔を近付けてきてエントランスにも関わらず口付けてきた。
 驚いて固まる僕の唇を親指でなぞり、今度は目蓋にキスされようやく頭が動き出した僕は防犯カメラを指差す。

「ここ、マンション⋯の、エントランス⋯っ、防犯カメラ⋯!」
「俺の頭で見えていないよ。さ、もうすぐ業者が来るから部屋に行こうか」
「⋯⋯」

 鷹臣さんってこんな大胆な事をする人なんだ。
 嫌じゃないけど、もし住人の人とかに見られたら恥ずかしくて堪らない。
 絶対赤くなってる顔で頷いたら手を取られ、ポストを確認し終えた町田さんとも一緒に部屋へと上がる。
 久し振りの我が家だけど、きっとすごく匂いがこもってるだろうな。入ったらすぐに換気しなきゃ。

「遥斗さん、お部屋の鍵をお借りしても宜しいですか?」
「え? あ、はい。⋯⋯どうぞ」

 目的の階に着きエレベーターから降りようとした時、急に町田さんにそんな事を言われ不思議に思いながらも鞄から出して渡せばにこっと笑って先に歩き出す。僕もついて行こうとしたら繋いでいる手が引かれ、振り向いたらエレベーターを出てから一歩も動いていない鷹臣さんが緩く首を振った。

「?」

 閉まらないようにはしてるけど、出なくていいのかな。
 頭の中をハテナでいっぱいにしながら鷹臣さんを見てたら、少しして町田さんが「終わりましたよ」と声をかけてきた。

(終わりました⋯?)

 さっきから分からない事の連続で戸惑ってたら今度は普通に歩き出した鷹臣さんと部屋まで向かう。玄関はドアストッパーで閉まらないようにされてて、窓も全部開けられて心地いい風が吹き抜けてた。

「あの、窓開けて下さって⋯ありがとうございます」
「いえいえ。遥斗さんは、必要な物をこの箱に纏めて頂いて宜しいですか?」
「はい」

 割と大きめなダンボール箱がいくつかあって、鷹臣さんの家に持って行くものはここに入れるらしい。たぶんあんまりないとは思うけど。
 ちなみに使っていた家具とか家電は破棄かリサイクルになるらしく、中身は空にしておいた方がいいそうだ。

(とりあえずクローゼットから始めようかな)

 収納は一つしかないからそこを先に片付けてしまえば忘れてたなんて事もなくなるしとクローゼットを開けた僕は、まずは上の棚から手を付けようと目に付いた箱を引っ張り出した。
 この中には何が入ってたっけ?


 僕が黙々と仕分け作業をしている間、業者との話は鷹臣さんがしてくれて町田さんは空いた場所を掃除してくれてた。
 秘書さんってお仕事が出来るイメージだけど、こういう事もテキパキしててソツがなくて凄い。
 狭い部屋の中を端から端まで確認した上で持って行く物はどうにかダンボール一箱に収まり、そのほとんどは施設にいた時に誕生日とかで貰った物で、それを見た鷹臣さんが「遥斗は本当に欲がないね」と言って苦笑してた。
 どういう意味かは分からなかったから首を傾げるだけにして、荷物が運び出されて少しずつ寂しくなっていく部屋を眺める。
 住んだ期間は二年ほどだけど、苦労を共にしてきた場所だから感慨深い。

「寂しい?」
「⋯ちょっとだけ。でも、僕の家はもう鷹臣さんと同じところですから」
「そうだよ。あそこが、俺と遥斗の家だ」

 鷹臣さんと暮らしてから、行ってらっしゃいとただいまが言い合える事がどれだけ幸せか思い知った。これからはあれが本当に当たり前になるんて夢みたいだ。
 最後の荷物が運び出され、完全に空っぽになった部屋を見渡した僕は、少し傷の入った床を撫でながら目を細めた。

(僕の帰る場所でいてくれてありがとう)

 初めての一人暮らしで不安しかなかったけど、帰る場所ここがあったからまだ耐えられたんだよね。感謝しかないよ。

 その後もなかなか立とうとしない僕を急かすでもなく、鷹臣さんは僕の気が済むまでここにいさせてくれて思い出に浸らせてくれた。
 ありがとう、鷹臣さん。
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