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優しい後輩

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 鷹臣さんと初めてキスをした日から、僕はずっと悶々と思ってる事がある。
 あの時、鷹臣さんの顔が近付いてたからテンパってたけど、鷹臣さんは確かに〝遥斗〟って呼んでた。

(いつもは〝くん〟を付けて呼ぶから新鮮だったし、何かドキドキした)

 岡野くんは年下だから僕の事〝遥斗さん〟って呼ぶけど、マスターと叶くんは呼び捨てだから慣れてるはずなのに、鷹臣さんに呼ばれると違う感じがするのはどうしてだろう。

(⋯⋯恋人、だから?)

 みんなに対する好きと鷹臣さんに対する好きは違うっていうのは分かる。
 だからたまにみんなだったらこうで、鷹臣さんだったらこうだろうなって考える事はあるけど⋯名前もそうだとは思わなかった。

「呼び捨てにして欲しいなぁ⋯」
「お願いしてみればいいじゃないですか」
「! お、岡野くん⋯っ」

 独り言を呟いたつもりだったのに言葉が返ってきたから驚いて振り向くと、裏の仕事をしていた岡野くんがいつの間にか戻ってきていて僕の顔を覗き込んでた。
 口を押さえ首を竦めると、運んで来た備品を棚にしまいながら話を続ける。

「案外仲良くやってるんですね」
「え? ⋯あ、うん」
「まぁ遥斗さんがいいならいいんですけど」
「もしかして心配してくれてた?」
「そりゃまあ、先輩ですし」

 優しい言葉はたくさんかけてくれるのに、こうやって聞くと照れ隠しな事を言う岡野くんが可愛い。素直なんだか素直じゃないんだか。
 笑いながら「心配してくれてありがとう」と言えば溜め息をつかれたけど、手が空いた岡野くんはポケットから小さな箱を取り出すと僕の前に置いた。

「?」
「この間ダチと旅行行って来たんで、そのお土産です」
「え、ありがとう! 開けてもいい?」
「はい」

 岡野くん、少しでも遠出するとこうしてお土産買って来てくれるんだよね。食べ物だったりご当地のキーホルダーだったり。
 ワクワクしながら箱を開けたら緩衝材に包まれた物が出てきて、それを解いたらガラスで出来た天使が現れたんだけど、そのスカート部分が鈴になってて揺らすと控えめで軽やかな音がした。

「可愛い」
「遥斗さん、そういうの好きだと思ったんで」

 さすが岡野くん、僕の好きなものを良く知ってくれてる。
 ガラス製の物は壊れやすいって難点はあるものの、綺麗な物がたくさんあるから好きなんだよね。
 透明な物もそうだし、単色でも混ざった色でもそう。

「うん、好き」

 だから素直に頷いたらその瞬間ドアの方からガタンと音がして、見ると目を見瞠った鷹臣さんがドアを開けた状態で固まってた。
 どうしたんだろうと見ていたらハッとして、早足でカウンターまで来ると僕の手を取るなり指先に口付けてくる。

「!」
「遥斗くん、俺は何かしてしまったのだろうか」
「え?」
「今、彼に好きって⋯」

 いきなりの行動に驚く僕に鷹臣さんは不安そうな声で聞いてくる。〝彼〟と示されたのは岡野くんだけど、言っている意味が分からなくて首を傾げていたら、理解したらしい岡野くんが代わりに答えてくれた。

「遥斗さんが好きって言ったのはに対してですよ」
「これ?」

 さっきまで僕が揺らして鳴らしていたガラスの天使を持ち上げた岡野くんが、鷹臣さんに見えるように近付け軽く振る。決して視力の悪くない鷹臣さんは目を細めてそれを凝視したあと、空いている手で額を押さえてカウンターに項垂れた。

「⋯すまない⋯勘違いした」
「いえ。貴方が思った以上に遥斗さんの事を想っている事が知れたので結果オーライです」
「な、何言ってるの?」
「当然だ。俺は至って真剣に遥斗くんを愛しているのだから」
「た、鷹臣さんまで⋯っ」

 唐突に僕の話になり恥ずかしさと照れ臭さで困惑していたら、岡野くんがガラスの天使を緩衝材で包んで箱に戻したあと、それを僕に持たせて肩に手を置くなりカウンターの外まで押し出してきた。
 振り向くとふっと笑った岡野くんにスタッフルームを指差される。

「あとはもう閉めるだけなんで、遥斗さんは上がって下さい」
「でも岡野くん一人には⋯」
「大丈夫です。扉にカーテン引いてテーブル拭いて電気消すだけなんで」
「せめてテーブル拭きだけでも⋯」
「俺一人でやった方が早いんで」

 それを言われるとぐうの音も出ない。
 実際、岡野くんの方が仕事は早いからお葉に甘える事にして、岡野くんを見上げた僕はお礼を言ってから鷹臣さんに向き直る。

「すぐに着替えてくるので、少し待ってて下さい」
「ゆっくりでいいよ」

 頭を撫でられガラスの天使が入った箱を差し出して笑いかけると、柔らかく微笑んだ鷹臣さんは受け取って手をヒラヒラと振ってくれる。それに返してスタッフルームに入った僕は、退勤登録をしてからエプロンを外し着替え始めた。



 一方その頃。

「お節介焼いてもいいですか?」
「ん?」
「遥斗さん、名前呼び捨てにして欲しいって言ってましたよ」
「呼び捨てに?」
「はい。なので、ぜひそうしてあげて下さい」
「⋯⋯前から思ってたけど、岡野くんって遥斗くんのお兄さんみたいだよね」
「もしあの人が弟だったら、いろいろ心配で胃に穴が空きそうなので遠慮します」
「あはは、確かにな。でもブラコンにはなりそうだ」
「まぁなるでしょうね」
「ライバルにはならないようで安心したよ」
「なりはしませんけど⋯⋯あの人を泣かせるような事だけはしないで下さいね」
「それはないな。遥斗くんには笑顔でいて欲しいから」
「もし泣かせたら⋯⋯覚悟して下さい」
「分かった、肝に銘じておくよ」

 僕がお店を出る準備をしている間、二人がそんな話をしていた事は当人である僕にはまったくもって知る由もない。
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