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溢れる気持ち(鷹臣視点)
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遥斗くんとの生活は想像以上に幸せなものだった。
これまでまともな付き合いをしてこなかった為気付かなかったが、俺は存外恋人を甘やかしたい傾向にあるらしく、遥斗くんに対してここぞとばかりに奉仕していた。
食事の準備はもちろん、大学への見送り、バイト先への迎えなど俺に出来る事は何でもしている。
最初こそ遥斗くんは何か手伝いたいと申し出てくれていたけど、俺がしたいからと言えばそれ以上は何も言わなくて、一週間も経てば申し訳なさそうにしながらもさせてくれるようになった。
特に髪を乾かしている時、小さな身体が俺の足の間に収まり膝を抱える姿は可愛くて仕方なくて、本人が気付いていないのをいい事に乾いているのに終わらせない時もよくある。
本当に愛しさで溢れた日々だったんだ。
それなのに、目の前で背中を向けている遥斗くんは荷物を纏めて今にも出て行こうとしていて、ペンギンまで抱き上げたから耐え切れずに声を掛けると身体を大きく震わせて振り向いた。
理由も分からないから問い掛けたら俺に迷惑をかけたくないからだと教えてくれたけど、彼を迷惑に思った事など一度もないのにどうしてそう思ったのか。
話を聞いているうちに遥斗くんが勘違いをしているのだと分かったが、それが俺には都合のいい言葉に聞こえて内心で期待してしまう。
ちゃんと話がしたいと思い手を引いてリビングへと移動し、遥斗くんをソファへ座らせ俺は彼の足元へ座り頬へと触れた。
「聞きたい事があるなら何でも言ってごらん。遥斗くんになら、俺の全部を教えてあげるから」
「⋯⋯どうして僕ならって⋯」
「遥斗くんだからだよ。好きな人だから何でも知って欲しい」
「⋯⋯僕なんかのどこが⋯」
頑張り屋で一生懸命な遥斗くんはどうしてか自分に自信がなくて、せっかく顔を上げられてもふとした拍子にまた俯いてしまう。
それなりに想いが伝わるようにはしてきたつもりだが、どうやら本気度があまり伝わっていなかったようだ。
遥斗くんの両手を握り自分の頬を挟むように当てるとピクリと指先が震えた。
「遥斗くんは素敵なところをたくさん持っているよ。優しくて温かくて、何に対しても真摯だし真面目だ。苦手な事だって逃げずに努力もするだろう?」
「⋯僕は、人一倍頑張らないとダメだよって先生に言われたから⋯」
「そう言われてちゃんと頑張れるのは凄い事なんだよ」
先生とやらの発言はあまり褒められたものではないが、それを真っ直ぐに受け取り諦めずに努力してきた部分は間違いなく誇っていいだろう。
むしろ、遥斗くんの長所とも言える。
「それに、何より俺は遥斗くんに救われているからね」
「え⋯?」
「君がいるから、俺も頑張ろうと思えるんだ。遥斗くんと出会えた事は、俺の人生で一番の幸福だよ」
「⋯⋯」
「俺は、どうしようもなく君が好きだから」
不安なら何度だって言葉にするし、言葉だけじゃ信じられないならいくらだって行動で示す。遥斗くんが安心出来なければ意味がないのだから。
頬に当てていた自分よりも小さな手の平に口付け見上げると、泣きそうな顔をしていた遥斗くんはふっと目を伏せたあと小さな声で俺の名前を口にした。
「ん?」
「⋯⋯⋯僕、も⋯」
「え?」
「⋯僕も、鷹臣さんが好きです⋯」
掠れて震える声が紡いだ言葉が一瞬理解出来ずに目を瞬いたら、手が強く握り返され遥斗くんの胸元に引き寄せられて今度はハッキリと告げられる。
それは俺の予想もしていなかった言葉で、呆けているとゆっくりと上がってきた視線と重なり不安げに揺れた瞳から涙が零れた。
そっと繋いでいた手を外し頬に触れれば躊躇いながらも擦り寄せてくる姿が堪らない。
「遥斗くん」
「⋯⋯はい⋯?」
「抱き締めてもいい?」
「⋯はい⋯」
親指で撫でながら問い掛けるとほんのり目元を染めながらも微かに頷いてくれたから、一度腰を上げ遥斗くんの隣に座り直してまずは彼の肩を抱く。ビクリと跳ねたけどそのまま抱き寄せ空いている手で髪を撫でたら遠慮がちに服が握られた。
いつかはと願ってはいたが、いざこんな日が来ると嬉しさで震えてしまう。
(まるで思春期の男子みたいだな)
好きな子が自分の腕の中にいるというだけでこんなにも幸せな気持ちになれるなんて初めての感覚だ。
愛おしさが胸に溢れて、このままずっとこうしていたいと思う。
「好きだよ、遥斗くん」
「⋯僕も好きです⋯」
「もう出て行こうなんて思わないね?」
「ご、ごめんなさい⋯もう思わないです⋯」
もし少しでも帰宅が遅れていたら遥斗くんはこの家からいなくなり、あんな勘違いをしたまま俺から離れて、もう恋人としては会えなくなっていたかもしれない。
せっかく笑ってくれるようになったのに、また喫茶店の店員とただの客に戻るなんて絶対に嫌だ。
「遥斗くん」
「⋯はい?」
「この家に引っ越して来る気はない?」
「え?」
「ずっとここにいて欲しいんだ」
他の選択肢なんていらない。君が帰る場所はここだけにして欲しい。
ひどい独占欲だと自覚しながらも、遥斗くんに別の家がある事が不安で気に食わなくて、胸に頬を寄せる彼を覗き込みながらそう言えば大きく目を見瞠ったあと眉尻を下げる。
「でも⋯一時的ならともかく、ずっとはご迷惑になるんじゃ⋯」
「遥斗くんを迷惑に思った事はないって言ったよね? それに、俺がここにいて欲しいんだ。ちなみに、答えは〝はい〟か〝イエス〟しか受け付けないから」
「それ、どっちも同じじゃないですか」
本心ではあるけど少しだけおどけたように言うと、遥斗くんはクスクスと笑って突っ込んでくれる。
やっと笑顔が見られた事にホッとし頬を撫でたら、少し考えるように目を伏せたあと私の胸元に顔を埋めてこっくりと頷いた。
「良かった。ならすぐにでも手配しよう」
「え? そんな急には無理じゃ⋯」
「大丈夫だよ。俺に任せてくれたらいいから」
遥斗くんの顔にはありありと〝任せるなんてとんでもない〟と書いてあったが、残念ながら俺は君の事に関しては何一つ譲るつもりはない。
案の定自分の事だからと声を上げる遥斗くんをさっきよりも強く抱き締めた俺は、もう一度「大丈夫」と告げて彼の額へと口付けた。
君の為なら、俺は何だって出来るのだから。
これまでまともな付き合いをしてこなかった為気付かなかったが、俺は存外恋人を甘やかしたい傾向にあるらしく、遥斗くんに対してここぞとばかりに奉仕していた。
食事の準備はもちろん、大学への見送り、バイト先への迎えなど俺に出来る事は何でもしている。
最初こそ遥斗くんは何か手伝いたいと申し出てくれていたけど、俺がしたいからと言えばそれ以上は何も言わなくて、一週間も経てば申し訳なさそうにしながらもさせてくれるようになった。
特に髪を乾かしている時、小さな身体が俺の足の間に収まり膝を抱える姿は可愛くて仕方なくて、本人が気付いていないのをいい事に乾いているのに終わらせない時もよくある。
本当に愛しさで溢れた日々だったんだ。
それなのに、目の前で背中を向けている遥斗くんは荷物を纏めて今にも出て行こうとしていて、ペンギンまで抱き上げたから耐え切れずに声を掛けると身体を大きく震わせて振り向いた。
理由も分からないから問い掛けたら俺に迷惑をかけたくないからだと教えてくれたけど、彼を迷惑に思った事など一度もないのにどうしてそう思ったのか。
話を聞いているうちに遥斗くんが勘違いをしているのだと分かったが、それが俺には都合のいい言葉に聞こえて内心で期待してしまう。
ちゃんと話がしたいと思い手を引いてリビングへと移動し、遥斗くんをソファへ座らせ俺は彼の足元へ座り頬へと触れた。
「聞きたい事があるなら何でも言ってごらん。遥斗くんになら、俺の全部を教えてあげるから」
「⋯⋯どうして僕ならって⋯」
「遥斗くんだからだよ。好きな人だから何でも知って欲しい」
「⋯⋯僕なんかのどこが⋯」
頑張り屋で一生懸命な遥斗くんはどうしてか自分に自信がなくて、せっかく顔を上げられてもふとした拍子にまた俯いてしまう。
それなりに想いが伝わるようにはしてきたつもりだが、どうやら本気度があまり伝わっていなかったようだ。
遥斗くんの両手を握り自分の頬を挟むように当てるとピクリと指先が震えた。
「遥斗くんは素敵なところをたくさん持っているよ。優しくて温かくて、何に対しても真摯だし真面目だ。苦手な事だって逃げずに努力もするだろう?」
「⋯僕は、人一倍頑張らないとダメだよって先生に言われたから⋯」
「そう言われてちゃんと頑張れるのは凄い事なんだよ」
先生とやらの発言はあまり褒められたものではないが、それを真っ直ぐに受け取り諦めずに努力してきた部分は間違いなく誇っていいだろう。
むしろ、遥斗くんの長所とも言える。
「それに、何より俺は遥斗くんに救われているからね」
「え⋯?」
「君がいるから、俺も頑張ろうと思えるんだ。遥斗くんと出会えた事は、俺の人生で一番の幸福だよ」
「⋯⋯」
「俺は、どうしようもなく君が好きだから」
不安なら何度だって言葉にするし、言葉だけじゃ信じられないならいくらだって行動で示す。遥斗くんが安心出来なければ意味がないのだから。
頬に当てていた自分よりも小さな手の平に口付け見上げると、泣きそうな顔をしていた遥斗くんはふっと目を伏せたあと小さな声で俺の名前を口にした。
「ん?」
「⋯⋯⋯僕、も⋯」
「え?」
「⋯僕も、鷹臣さんが好きです⋯」
掠れて震える声が紡いだ言葉が一瞬理解出来ずに目を瞬いたら、手が強く握り返され遥斗くんの胸元に引き寄せられて今度はハッキリと告げられる。
それは俺の予想もしていなかった言葉で、呆けているとゆっくりと上がってきた視線と重なり不安げに揺れた瞳から涙が零れた。
そっと繋いでいた手を外し頬に触れれば躊躇いながらも擦り寄せてくる姿が堪らない。
「遥斗くん」
「⋯⋯はい⋯?」
「抱き締めてもいい?」
「⋯はい⋯」
親指で撫でながら問い掛けるとほんのり目元を染めながらも微かに頷いてくれたから、一度腰を上げ遥斗くんの隣に座り直してまずは彼の肩を抱く。ビクリと跳ねたけどそのまま抱き寄せ空いている手で髪を撫でたら遠慮がちに服が握られた。
いつかはと願ってはいたが、いざこんな日が来ると嬉しさで震えてしまう。
(まるで思春期の男子みたいだな)
好きな子が自分の腕の中にいるというだけでこんなにも幸せな気持ちになれるなんて初めての感覚だ。
愛おしさが胸に溢れて、このままずっとこうしていたいと思う。
「好きだよ、遥斗くん」
「⋯僕も好きです⋯」
「もう出て行こうなんて思わないね?」
「ご、ごめんなさい⋯もう思わないです⋯」
もし少しでも帰宅が遅れていたら遥斗くんはこの家からいなくなり、あんな勘違いをしたまま俺から離れて、もう恋人としては会えなくなっていたかもしれない。
せっかく笑ってくれるようになったのに、また喫茶店の店員とただの客に戻るなんて絶対に嫌だ。
「遥斗くん」
「⋯はい?」
「この家に引っ越して来る気はない?」
「え?」
「ずっとここにいて欲しいんだ」
他の選択肢なんていらない。君が帰る場所はここだけにして欲しい。
ひどい独占欲だと自覚しながらも、遥斗くんに別の家がある事が不安で気に食わなくて、胸に頬を寄せる彼を覗き込みながらそう言えば大きく目を見瞠ったあと眉尻を下げる。
「でも⋯一時的ならともかく、ずっとはご迷惑になるんじゃ⋯」
「遥斗くんを迷惑に思った事はないって言ったよね? それに、俺がここにいて欲しいんだ。ちなみに、答えは〝はい〟か〝イエス〟しか受け付けないから」
「それ、どっちも同じじゃないですか」
本心ではあるけど少しだけおどけたように言うと、遥斗くんはクスクスと笑って突っ込んでくれる。
やっと笑顔が見られた事にホッとし頬を撫でたら、少し考えるように目を伏せたあと私の胸元に顔を埋めてこっくりと頷いた。
「良かった。ならすぐにでも手配しよう」
「え? そんな急には無理じゃ⋯」
「大丈夫だよ。俺に任せてくれたらいいから」
遥斗くんの顔にはありありと〝任せるなんてとんでもない〟と書いてあったが、残念ながら俺は君の事に関しては何一つ譲るつもりはない。
案の定自分の事だからと声を上げる遥斗くんをさっきよりも強く抱き締めた俺は、もう一度「大丈夫」と告げて彼の額へと口付けた。
君の為なら、俺は何だって出来るのだから。
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