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何でもできる人

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 遠くの方から、トントンとリズミカルな音が聞こえてくる。
 僅かに身動いでペンギンに顔を埋めた僕は、いつもよりベッドが柔らかい事に気付いてぼんやりと目を開けた。
 遮光性抜群のカーテンの隙間から朝日が漏れていて、こんな色のカーテンだったっけと考えたところで思い出す。ガバッと起き上がると軽くベッドが揺れて、室内を見回しながら足を下ろしたらスリッパが置いてあった。
 窓に近付きカーテンを開くと一気に室内が明るくなる。

(そうだ⋯僕、昨日から鷹臣さんのお家にお世話になってるんだった)

 振り向いて改めて部屋の中を見たけど、ホテル? っていうくらい綺麗に整えられている。カーテンとかベッドカバーとかカーペットとか、目立つ物は白が基調になっててところどころに濃い色が差し込まれてるからメリハリのある内装になってた。
 ここは一応僕が使っていい部屋なんだけど、昨日は荷物を置きに入っただけだからちゃんと見てなかったんだよね。
 ⋯⋯あれ? そういえば、僕いつの間に寝たんだっけ。
 確か鷹臣さんが髪を乾かしてくれてて、あったかくて気持ち良くてウトウトしちゃって⋯。

「⋯⋯!」

 も、もしかして僕、あのまま寝ちゃった?
 という事は、ここまで鷹臣さんが運んでくれたって事だよね?

(うわぁ⋯最悪だ。迷惑かけたくないって思った途端これって⋯)

 優しい鷹臣さんの事だから放っておくなんて絶対しないって分かってるだけに、あそこで寝落ちちゃったのは大失態だ。運ばせるなんて、申し訳ない事しちゃったな。
 とりあえずあとで謝る事にして、ベッドを綺麗にして着替えてたら不意にいい匂いがしてきたから目を瞬く。

(誰かがご飯作ってる⋯?)

 これだけ広いお家だからお手伝いさんとかいてもおかしくないけど、本当にいたら鷹臣さんって何者ってなっちゃう。一般的な会社員の人ってお手伝いさんを雇えたりするのかな。
 あ、でも家事代行とかなら有り得そう。確か月に一回ハウスキーパーさんが入るって言ってたし。

(鷹臣さんがいいって言ってくれるなら、あんまり得意じゃないけど僕がするんだけどな)

 それこそ迷惑にはならない範囲で。
 考えながら部屋から出て、でもどっちに行けばいいか分からなくてキョロキョロしてたら足音が聞こえてスーツ姿の鷹臣さんが歩いてきた。

「おはよう、遥斗くん」
「あ、おはようございます。鷹臣さん」
「よく眠れた?」
「はい。おかげさまでぐっすりでした」
「それは良かった」

 そう言って近付いて来た鷹臣さんは、手を伸ばして僕の頭に触れると梳くように髪を撫でてきた。

「寝癖ついてる」
「え!」

 バッと頭を押さえて慌てて手で直そうとするけど、何度梳いても頑固なのかピョコンと飛び出てくる。恥ずかしくて俯いていたら、クスリと笑った鷹臣さんが「可愛い」と言ってまた頭を撫でてきた。
 可愛くはないと思うんだけど⋯⋯⋯あ、そうだ。

「あ、あの、昨日は寝てしまってすみませんでした。しかもベッドまで運んで頂いたみたいで⋯」
「いろいろあって疲れていたんだから気にしなくていいよ。それより、お腹は空いてる?」
「⋯空きました」
「じゃあ一緒に食べよう。顔を洗っておいで」
「はい」

 実はいい匂いがずっとしてるからお腹が鳴りそうになってたんだよね。
 頷いて、途中まで鷹臣さんについて行って洗面所で顔を洗った僕は、寝癖も直してからダイニングへと向かう。
 キッチンからダイニング、リビングが続いているこの部屋はとんでもなく広くて、ふっかふかの大人が四人くらいは座れそうな柔らかいソファは壁向きになってるんだけど、その壁にはこれまた大きなテレビがくっついててオシャレな棚に囲まれてた。
 他にもガラステーブルとか観葉植物とか、如何にもセンスのいい大人の部屋って感じに仕上げられてる。

「座って」

 入るとダイニングテーブルを示され、一人暮らしなのに椅子の数が多いなと思いながら座ったら目の前にホットサンドとスープとサラダが置かれた。
 目を瞬いていたら、黒いエプロンを身に着けた鷹臣さんに問い掛けられる。

「コーヒーと紅茶だったらどっち?」
「えっと⋯紅茶でお願いします」
「砂糖とミルクは?」
「たっぷりで」

 辛い物と苦い物は苦手だから、飲める物はコーヒーならカフェオレで、紅茶ならミルクティー。それも甘めが好きだから、ブラック好きな岡野くんには「良くそんな甘いの飲めますね」って言われる。
 僕からしてみればブラックが飲める方が凄いと思うんだけど、実は鷹臣さんもブラック派なんだよね。ケーキ食べるから甘い物がダメって訳ではなさそうだけど。
 それより僕には他に気になる事があった。

「あの⋯もしかしてこれ、鷹臣さんが作ったんですか?」
「そうだよ。口に合わなかったらごめんね」
「そ、そんな事⋯⋯凄いです。僕は料理⋯というか、家事は得意じゃないので」
「一人暮らしが長いからだよ。特にする事もなかったし、自分が美味しい物を食べたかっただけからね」
「それでもです。盛り付けも綺麗だし、食べるのがもったいないくらい」

 まるでお店で出てきそうなくらい彩りとかバランスとか完璧で、適当に作って適当に盛り付ける僕とは全然違う。
 鷹臣さん、何でも出来るんだなぁ。
 なかなか手を付けない僕にふわりと微笑んだ鷹臣さんは、隣に座るとフォークを手に取るなりサラダに入ってたミニトマトを刺した。それから僕の口元に寄せて首を傾げる。

「食べさせてあげようか?」
「へ⋯⋯や、い、いいです⋯っ。自分で食べられます⋯っ」
「遠慮しなくていいのに」
「だ、大丈夫です⋯!」
「そう? 残念」

 ちっとも残念そうじゃないし、むしろ楽しそうなのはどうしてでしょうか。
 手を合わせてからフォークを受け取り、刺さったままのミニトマトを食べたあと気になっていたホットサンドに被りつく。ジューシーなお肉と千切りキャベツにソースが染み込んですっごく美味しい。
 夢中になって食べていたら、時計を確認した鷹臣さんが立ち上がりエプロンを外して椅子に掛けた。

「遥斗くん、今日は何時から?」
「えっと⋯十時までに大学に着けば間に合います。あ、そうだ、最寄りの電車は⋯」
「送るよ。ただ、一度会社に顔を出さないといけないから、少しだけ待っていてくれる?」
「いえ、駅を教えて頂ければ一人で⋯」

 そこまでお世話になる訳にはいかないと首を振ると、鷹臣さんがずいっと顔を近付けてきたから思わず口を噤んでしまった。

「俺が一緒にいたいんだ。送らせてくれるね?」
「⋯⋯はい」

 そんな風に言われて断れるはずもなく、頷いた僕に柔らかく笑った鷹臣さんはジャケットを羽織りもう一度僕の頭を撫でると手を振って玄関へと向かう。
 せめてお見送りしようと追い掛けたら少し驚いた顔をしてた。

「い、行ってらっしゃい」
「⋯行ってきます」

 思い切ってそう言うと目を細めた鷹臣さんの手が僕の頬に触れ、軽く撫でてから返事をして玄関を出て行った。
 鷹臣さん、何だか嬉しそうだったな。
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