孤独な青年はひだまりの愛に包まれる

ミヅハ

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安心できる手

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「遥斗くんさえ良ければうちにおいで」

 そう言われて連れて来られた場所は、一等地にある庭付きの大きな一軒家だった。
 一軒家と言っても一般的な形はしてなくて、全体的に四角い形をしたモダンな外観の建物で誰が見てもオシャレなお家だ。
 今更ながらに本当にいいのかなって思ってしまう。

 あのあと鷹臣さんが重要な物があったら大変だからとポストを開けたらあの封筒が入ってて、結局以前からストーカーされてる事も写真の事もバレたし心配をかけてしまった。
 家に呼ばれた時も迷惑をかけるからいいって断ったら、知った以上は放っておけないって言われて⋯鷹臣さんって本当に優しい。
 お世話になるにあたって、着替えとか必要な物を準備する為に部屋に行ってボストンバッグに詰めてる間、鷹臣さんには部屋で待ってて貰ってたんだけど⋯今思うとあんな狭いところで待たせて申し訳なかったな。
 鷹臣さんは、「遥斗くんの匂いがして落ち着く」とは言ってくれてて、もしかしたら気を遣ってくれたのかもしれない。
 家を出る前に、手紙と写真他にもあるか聞かれたからしまっている箱ごと出したら中を見て怒ったような顔をしてた。預かるねって言われて頷いたけど、どうするつもりなんだろう。



「あの⋯お風呂、ありがとうございました」

 あまりにも立派なお家に呆気に取られていた僕は、お先にどうぞの押し問答に負けて一番風呂を頂いてしまった。お風呂も広くて、足が伸ばせる浴槽に感動して少し長湯してしまったから暑いくらい身体がポカポカしてる。
 それにしても、洗面所と浴室で僕の部屋くらいありそうなくらい広かった。
 リビングに戻るとソファに座っていた鷹臣さんが気付いて手招きしてくれる。首を傾げながらも近付いたら足元を指差され、素直に座ると頭に被せていたタオルで半端に拭いたままだった髪を拭き始めた。

「まだ濡れてるよ」
「あ、すみません⋯」
「温まった?」
「はい」

 おかげで気持ちも落ち着いたし、このお家、鷹臣さんの匂いが至るところでするから安心出来る。もちろんドキドキもするんだけど。
 鷹臣さんの大きな手に触れられると心地良くて、気を抜くとウトウトしてしまいそうになる。

「それ、未開封だからどうぞ」
「あ、ありがとうございます」

〝それ〟と示されたテーブルの上を見ると水のペットボトルが置かれてて、喉が渇いてた僕は有り難く頂く事にして蓋を開けて飲む。火照った身体に冷たい水が染みてホッとしてたら、カチッて音がして髪に温かい風が当たり始めた。
 ハッとして見上げると、ドライヤーを手にした鷹臣さんがいて僕の髪を乾かしてる。

「じ、自分で⋯」
「俺にさせて」

 慌てて首を振って手を出したんだけど、やんわりと断られて前を向くよう促され仕方なく元の体勢に戻った。
 膝を抱え、ゆっくり息を吐いたあと視線だけで部屋を見回して現状を振り返る。

(ここにいるの、不思議な感じ⋯)

 優しい言葉に甘えてペンギン含めごそっと荷物を持って来ちゃったけど、なるべく早く解決して出て行った方がいいよね。ただ問題はどうやってあの人に分かって貰うかだ。僕の話、聞いてくれるかな。
 それにしても、どうして鷹臣さんの手ってこんなに落ち着くんだろう。

(⋯⋯気持ちいい⋯)

 覚えていないくらい幼い時は施設の兄や姉が面倒臭がりながらもこうして乾かしてくれていた気がするけど、自分で出来るようになったら今度は僕が下の子にしてあげる番だからこの感覚もずいぶんと久し振りだ。
 でも、全然違うって思うのは好きな人の手、だからかな。

(ヤバい⋯寝ちゃいそう⋯)

 鷹臣さんの迷惑にならないよう、お世話になる間の事を話しておかなきゃいけないのに目蓋が重くなってきた。
 僕に出来る事は何でもするつもりだけど、触っちゃいけない物とかあるだろうしそういうのちゃんと聞きたかったのに、鷹臣さんの手に撫でられると安心するせいか身体から力が抜けていく。
 踏ん張って開けていたものの一度閉じるとダメだった。
 ドライヤーの音を子守唄代わりに、僕の意識は深い深いところへと沈んでいく。怖い事はあったけど、何となくいい夢が見られそうな気がするな。





<Side.鷹臣>


 小さな頭が右へ左へ揺れ始め、そのうち力が抜けたように俺の膝へと寄り掛かってきたから様子を伺うと、遥斗くんは穏やかな寝息を立てて眠っていた。
 朝から歩きっぱなしで最後にあんな事があれば疲れるのは当たり前だ。精神的にも参っているだろうから今日は眠れるまで付き合おうと思っていたのだが⋯どうやらその必要はなかったらしい。
 ドライヤーを止めて脇に置き、柔らかな髪を撫で起こさないように抱き上げて横抱きにする。以前よりも近い距離で見る寝顔はあどけなくて、年齢よりも幼く見える遥斗くんが更に子供のように思えた。

「⋯⋯遥斗くん」

 この子が手紙や写真を隠していたのは、きっと俺に迷惑をかけたくないという気持ちからだろう。怖くて不安だったろうに、そんな事一言も言わず助けを求める事もなく、気丈に振る舞ってでも一緒にいてくれたのは形だけでも恋人だからか。

「君も、一緒にいたいと思ってくれているのなら嬉しいんだけど⋯」

 強引に恋人にして三ヶ月。額にさえキスをしないプラトニックなお付き合いを続けているが、ここ最近は目を合わせて話してくれるから可愛く笑ってくれるたび触れそうになっては思い留まる事が増えていた。
 欲求不満なのは自覚しているだけに、いつかふとした拍子に抱き締めて唇を塞いでしまいそうで自分で自分が恐ろしい。今だって薄く開いた唇に口付けたい気持ちを我慢しているのに。
 遥斗くんの意志を無視するような事は絶対にしないが。

(それよりも、今はストーカーの件だな)

 業務外ではあるが、町田くんにも少し協力して貰い早々に犯人を見付けなければいけない。

「君は俺が守るから」

 どうか、彼の笑顔が曇らないようにと切に願う。
 俺はスマホを取り出して町田くんへメッセージを送ると、遥斗くんを横抱きにしたまま立ち上がり遥斗くんに宛てた部屋である客室へと連れて行く為リビングをあとにした。
 彼が誰のものか、あのストーカー男には思い知らせてやらなければ。
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