孤独な青年はひだまりの愛に包まれる

ミヅハ

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手紙の主

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 あの日からポストを覗く事も玄関まで行く事も怖くなってしまった僕は、今まで以上に人目や周りを気にするようになってしまい少しでも視線を感じるともしかしてって思う事が増えた。
 前々から感じてた視線もその人のだって考えると呑気にしていた自分に腹が立つ。
 迎えに来るって書いてたけどどういう意味なんだろう。もし本当に迎えに来たらどうなるの?
 先も終わりも見えない恐怖に震える僕を嘲笑うかのように、どういう訳かあの日を境に手紙は来なくなった。まるで最初からなかったかのように、ぱったりと。
 それでもまたいつ投函されるか分からない。
 そんな風に不安になる僕の心の支えは鷹臣さんがくれたペンギンと、たまにお店に来てくれる鷹臣さんの笑顔だけだった。




「遥斗くん?」

 呼ばれて頭を撫でられた僕はハッとして顔を上げ目の前の人へと意識を向ける。
 僕がぼんやりしていた事に不思議そうだった鷹臣さんは、次には心配そうな顔になって頬へと触れてきた。

「もしかして体調でも悪い?」
「あ、いえ。大丈夫です。ちょっと考え事してただけなので⋯」
「考え事?」
「大学のレポートの事で⋯」

 鷹臣さんに嘘をつくのは心苦しいけど、現状巻き込まれてるだけのこの人に迷惑だけはかけたくないからそう言って誤魔化した。
 その答えに安心してくれたのか、笑顔に戻った鷹臣さんはいつの間にか運ばれて来ていたケーキセットを指差して教えてくれる。
 今日は鷹臣さんとの久し振りのデートで、繁華街にある鷹臣さんオススメのケーキ屋さんに来ていた。ここはテイクアウトだけでなく店内での飲食も可能で、僕と鷹臣さんは今は向かい合って座ってる。

「ほら、遥斗くんが頼んだチーズケーキ。ここのは絶品だよ」
「あ、ありがとうございます。美味しそう」
「俺のケーキも一口食べる?」
「いいんですか?」
「もちろん。ほら、口を開けて」
「え⋯」

 鷹臣さんが頼んだものはチョコケーキで、まだフォークに口を付けてないし食べてみたかったからそう聞いたら、鷹臣さんのフォークで一口サイズにカットされたケーキが口元へ寄せられた。
 まさかそうくるとは思ってなくて呆けていたら、もう一度促され少し躊躇ってから口を開けたらフォークが入ってくる。なるべく舌や唇が触れないように、歯でチョコケーキを挟むようにして抜いたら鷹臣さんに笑われた。

「気にしなくていいのに」

 そういう訳にはいかないと首を振ると更に笑みが深くなる。
 お礼にチーズケーキが乗ったお皿を鷹臣さんの方へ寄せたら少し驚いていたけど、ちょっと考えたあと自分が持っていたフォークを僕に差し出してきた。

「?」
「遥斗くんに食べさせて欲しい」
「た、食べさせ⋯」

 あーんなんてそれこそ子供の頃しかやった事ないのに⋯でも恋人なら当たり前の事なのかもしれない。少し前にお出かけした時、隣にいたカップルは最後まで食べさせ合ってたし。
 フォークを受け取って三角の一番尖っているところに先を入れて掬った僕は、落とさないよう気を付けながら鷹臣さんの口へと運び目でどうぞと促す。
 鷹臣さんは少し物足りなさそうにしてたけど、チーズケーキを食べてくれてそのままフォークも引き取ってくれた。

「ありがとう」

 優しく微笑まれ鷹臣さんの長い指が僕の頬を撫でる。
 チョコケーキ凄く甘かったのに、何だか今の空気の方が甘く感じるし、他のお客さんがこっちを見てヒソヒソしてるのも分かるしで恥ずかしい。
 鷹臣さん、お店だろうと人がたくさんいる外だろうと気にせずに触ってくるから。
 やっと目を合わせられるようになったのに、こんなんじゃまた顔が上げられなくなっちゃうよ。

 あの水族館デートで初めて視線を合わせてから、一緒の時間を過ごしていくうちに僕は鷹臣さんと顔を見て話す事が出来るようになった。今はもう、マスターや岡野くん、叶くんと同じくらいの距離感で過ごせている。
 自分から手を繋いだり触れたりはもう少しかかりそうだけど⋯。
 それから、たぶん僕も鷹臣さんが好きになってる⋯と思う。
 誰かを好きになった事がないから、これが恋愛なのか尊敬なのかハッキリとは言えないんだけど⋯たぶん、好き。
 でもこんな曖昧な気持ちじゃ鷹臣さんには言えない。今言うのは、薔薇まで用意して真剣に伝えてくれた鷹臣さんに失礼だ。
 もっとちゃんと、ハッキリ恋愛感情だって分かってから言葉にしたい。
 それまで待っててくれるといいな。


 ケーキを食べたあと、繁華街をブラブラしてたまにお店に立ち寄ってってしてたらあっという間に夕飯の時間になり、これまたご馳走になったあといつものようにマンションまで送って貰った僕は車から降りて振り向いた。

「送って下さってありがとうございます」
「また連絡するよ」
「はい、待ってます」
「いつものように見てるから、マンションに入って」
「⋯はい。それじゃあ」

 昨今は物騒だからって相も変わらず送ってくれた時は、僕がエレベーターに乗り込むまで見送ってくれる鷹臣さんに手を振りエントランスへと入る。
 こうして鷹臣さんが見ていてくれる日はここも怖くなくて、僕はチラリとポストの方を見て息を吐いた。郵便物溜まってるから見ないと。

「遥斗」
「え?」

 聞き慣れない声に名前を呼ばれて反射的に顔を上げた僕は、エレベーター前に男の人が立っている事に気付いて目を瞬く。痩せ型で眼鏡を掛けてて、引き攣ったような笑顔を浮かべてる知らない人。
 その人はゆらりと僕に近付くと勢い良く両手を伸ばして肩を掴んできた。

「!」
「遥斗、どうしてまだアイツといるんだ? ねぇ、俺と約束したよね? アイツとはもう会わないでって」
「⋯っ⋯」

 約束とか会わないでとかって⋯こ、この人、もしかしなくても手紙の人? 本当に迎えに来たって事?
 一気に恐怖が押し寄せて身が竦んで動けなくなる。

「遥斗、どうして黙ってるの? ほら、一緒に行こう? 前世の事、忘れたなら思い出させて⋯⋯」
「気安く触らないで貰おうか」

 肩を掴む手が強くて、やめても離しても言えないまま痛みに耐えていたら、カメラのシャッター音と同時に目元が何かに覆われ後ろに引かれる。ふわりと鷹臣さんの匂いが舞って強張っていた身体から力が抜けた。
 視界を遮る大きくて暖かなものは鷹臣さんの手だ。
 ただ触れてるだけなのにどうしようもなく安心した僕は、何かを話してる男の人の声を遮りたくて目を閉じた。
 鷹臣さんがいれば大丈夫だって思える。
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