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差し出し人不明の手紙

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 鷹臣さんとの水族館デート以降、タイミングさえ合えば食事をしたりどこかへ出掛けたりただ街をブラブラしたりと、僕と鷹臣さんは一緒に過ごす時間を作っていた。主に鷹臣さんが僕に合わせてくれてる感じで、たまに忙しいのか「今日は無理そう」とメッセージが来る事もある。
 お仕事してるんだしそれは仕方ないから気にしないで欲しいのに、鷹臣さんったら絶対埋め合わせしてくれるんだよね。
 何度「いいんですよ」って言っても自分が会いたいからだって譲らなくて⋯それならうちのお店でコーヒー飲んで下さいってお願いしたら仕事の合間に来てテイクアウトまでしてくれるようになった。
 鷹臣さん、マスターのコーヒー好きだもんね。
 でも、それじゃあ埋め合わせにならないって毎回手土産を持って来るのはもうそろそろやめて欲しいんだけどな。



「⋯⋯?」

 そうして何気ない日を過ごしていた僕だったけど、ここ最近身の回りで不思議な事が起こっていた。
 まず一番頻繁に起こるのが誰かの視線を感じる事。
 鷹臣さんの時はお店の中だったし振り向いたら目が合ったからすぐ分かったんだけど、この視線の主は見付けられなくて気味の悪さを感じてる。
 それから二つ目は手紙。

「⋯今日も入ってる」

 宛先も送り主の住所も名前もない、僕のフルネームだけが書かれた白い無地の封筒が一週間ほど前からエントランスのポストに投函されるようになった。宛先もないって事は切手も貼られていないって訳で、この送り主は僕の部屋番号を知ってて直接ポストに入れているのだ。
 内容はその日によって違うけど、基本的には同じ文で始まって同じ文で締め括られてる。

『愛しい遥斗、今日も元気に働いていたね。一生懸命なのはいいけど、あまり無理はしないで欲しいな。君に何かあったら俺は耐えられない。あ、そうそう、今日の服は遥斗に似合っていてとっても可愛かったよ。その服でデート出来たら幸せだろうな。早く迎えに行けるよう頑張るね。だから遥斗も、浮気しないでいい子で待ってて。あまり俺以外に優しくしないでね。愛してるよ、遥斗。君の恋人より』

 僕を心配してくれてるのは有り難いんだけど、どこの誰がこれを書いて投函してるのかも分からないから正直怖い。
 恋人って書いてあるから最初は鷹臣さんかなとも思いつつ、でも電話番号も知ってるしSNSでもやりとりしてるし、なんならそれなりの頻度で会ってるんだから真っ直ぐな鷹臣さんなら直接言ってくると思って⋯結論は、やっぱり知らない人。
 そもそも鷹臣さんは僕を〝遥斗くん〟って呼ぶし。

「こういうのってどうしたらいいのかな⋯」

 手紙だけだし、内容も僕を気遣うものだからわざわざ誰かに相談するほどではない気がする。恋人だと思っているのは問題だけど、誰か分かれば僕にはもう鷹臣さんっていう恋人がいるって言えるんだから。
 とりあえず、この手紙は捨てるのも忍びないから今までに投函された物と纏めて箱にでもしまっておこう。
 もっと怖い文章ならすぐゴミ箱行きなんだけど。

 だけどその手紙は日が経つにつれ、少しずつおかしくなっていった。


 自宅マンション、エントランスのポスト。
 中にはダイレクトメールやチラシ、公共料金の明細書が入った封筒があるんだけど、その中に一枚、少し厚みのあるいつもの白無地の封筒が入っていた。
 今回はどうやら手紙だけでなく何か他の物も同封されているようで、全部を手にして部屋まで上がってからそれを開けた僕は目を予想外の事に固まる。

「⋯何、これ⋯」

 中には手紙と写真が数枚。全部、僕と鷹臣さんが写ってる。
 意味が分からなくて、震える手で手紙を開いて更に驚いた。

『愛しい遥斗。こいつは誰? どうして遥斗に笑いかけたり触れたりしているんだ? 浮気はしないでって言ったよね。それとも、俺の愛を確かめてるの? 悪い子にはお仕置きしなくちゃいけなくなる。嫌だよね? だったら、この男とはすぐに距離を取って。遥斗は俺のなんだから、他の奴に触らせないで』

 今までとは違う怒りに満ちた文章。
 でも、鷹臣さんは僕の恋人で浮気ではないし、愛を確かめるとか悪い子とかお仕置きとか⋯何を書いてるんだろう。
 しかもこの写真だって隠し撮りみたいだし。

「⋯どうしよう⋯」

 この人がどうして僕を恋人だと思ったのかは知らないけど、このままだと鷹臣さんに迷惑がかかる。
 それだけは絶対にダメだ。

「どうにかして送り主を見付けて誤解を解かないと⋯」

 そうでないと鷹臣さんに恋人が何人もいるような遊び人だと思われてしまうかもしれない。恋人さえ初めてなのに、そんな勘違いされたら困る。

「⋯そうだ、手紙を入れておいたら気付いてくれるかもしれない」

 会えないならそっちの方が確実だと思った僕はさっそくレターセットを出して、僕たちは恋人ではない事、勝手に写真を撮らないで欲しい事、もう手紙は投函しないで欲しい旨を認め、封をして翌日エントランスのポストに入れておいた。
 どうか気付いてくれますようにと祈って。

 その数日後、バイトが終わって帰宅した僕は玄関扉を見て愕然とした。
 ドアノブには写真が入った袋がぶら下がってて、中を確認して送り主への認識が甘かった事を思い知る。

「⋯⋯⋯」

 写真は僕だけだったり鷹臣さんだけだったり、僕と鷹臣さんの写真もあるけど⋯鷹臣さんの部分だけ全部顔が切り刻まれてた。鷹臣さんだけの写真も同じ。
 それよりもこの手紙⋯というか、ノートのページをちぎったような紙に書かれた文字は乱雑で、どれだけ怒って書いたのかよく分かるくらい読みにくかった。

『遥斗、どうしてあんなひどい事を書いたの? 俺たちは前世からの恋人なんだ。あんなに仲が良かったのに忘れてしまったのか? そんなの許されない。君は俺のものだ。誰にも渡さない。特に、この男にだけは絶対に。もうすぐ迎えに行くから、いい子で待ってるんだよ』

 これってもしかして、ストーカー? 僕に? まさか。
 この様子だとまともに話は聞いて貰えそうにないし、いつもはエントランスのポストだったのに直接ドアノブに掛かってる事も怖くて、慌てて周りを確認して中に入った僕は袋ごとすぐにゴミ箱へと放り込んだ。
 警察に行くべき? でも、男が男にストーカーされてるなんて言って信じて貰える?

「⋯⋯鷹臣さん⋯」

 怖いのにどうしたらいいか分からなくて、無意識に鷹臣さんの名前を呼んでしまい更に寂しさが増してしまった。
 いつだって優しくて、僕を安心させてくれる温かい人。

 鷹臣さんに会いたいよ。
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