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近くて遠い

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 鷹臣さんと手を繋いで砂浜に降りた僕は、波の音しかなくて人一人いない夜の海を波打ち際よりも離れたところから眺めていた。
 風は冷たいし寒いけど、月明かりの下の海は何となく幻想的で綺麗だ。
 僕がお世話になっていた施設は道路を挟んで海の向かいにあったけど、夜には行った事なかったからこうして見るのは新鮮だった。

「寒くない?」
「ちょっとだけ⋯でも大丈夫です」
「もう少ししたら車に戻ろうか」
「はい」

 ブランケットがあるおかげでまだマシだけど、さすがにずっとは耐えられそうにない。

(鷹臣さんの手、あったかい)

 水族館でもそうだったけど、優しく包み込むように握られた手だけはポカポカしてて、鷹臣さんが立つ右側はずっと暖かかった。
 もしかして、鷹臣さんって体温が高いのかな。

「⋯あ」

 ふと足元を見ると綺麗に形を残した小さな渦巻き状の貝殻があり、しゃがんでそれを手に取り軽く振って砂を落としてから手の平に乗せる。落とさないよう手を動かして転がしていたら、鷹臣さんがクスリと笑って貝殻をつついてきた。

「これも思い出になるかな」
「そうですね。鷹臣さんと冬の海に来た記念、ですね」
「⋯今日、楽しかった?」
「楽しかったです、すっごく。シャチのショーも、ペンギンたちのお散歩も、水槽のトンネルも悠々と泳ぐ魚たちも⋯全部全部素敵でした」

 つい数時間前までいた場所だけど、頭の中で巨大水槽から容易に思い出せるほど本当に楽しかった。
 鷹臣さんはずっと僕のペースに合わせてくれてたし、長い時間一つの水槽を眺めてても絶対急かしたりはしなくて、好きなだけ見れたおかげでほんとに少しだけど魚に詳しくなれた気がする。

「連れて来て下さって本当にありがとうございます」
「俺の方こそ、一緒に来てくれてありがとう。おかげで充実した一日になったよ」
「鷹臣さんも楽しめたなら良かったです」
「楽しかったよ。今日が終わるのが惜しいくらいに」

 そう言って、痛くない程度に繋いだ手に力を込めた鷹臣さんにどう答えたらいいか分からず視線を彷徨わせた僕は、思い切って自分からも強く手を握り返してみた。
 もっとちゃんと向き合いたい。目を見て話したい。
 鷹臣さんは僕の言動を揶揄ったり、意地悪な事を言ったりはしない人だから。

「遥斗くん?」

 俯いたままゆっくりと鷹臣さんの方へと顔を向け、何度か息を吐いて気持ちを落ち着かせてから背の高い鷹臣さんを見上げるように目線を上げていく。でも完全には上げきれなくて、それでも目だけでも合わせたくて視線を向けたら、驚いた顔の鷹臣さんがいて僕は固まってしまった。
 遠目からなら見れてたから分かりきってたはずなのに、鷹臣さんってこんなにカッコよかったんだ。

(綺麗なんだけど男らしさがあるっていうか⋯王子様じゃなくて、貴族って感じ⋯?)

 何を言ってるか分からないと思うけど、僕も少しテンパってる。
 僕の脳内にいる鷹臣さんよりも何倍もイケメンなんだもん。

「⋯⋯⋯」

 目が離せなくなってじっと見ていたら、鷹臣さんの繋いでいない方の手が僕の頬に触れて顔が近付いてきた。

(⋯⋯え?)

 整った顔が少しずつアップになって、もしかしてと思った僕はどうしたらいいか分からずぎゅっと目を瞑る。だけど触れると身構えていた場所には何ともなくて、代わりに肩に重みが掛かったから薄目を開けたら鷹臣さんが僕の肩に額を乗せてた。

(き、キスされるかと思った⋯)

 そのドキドキと、いつもより近い距離にいる鷹臣さんからふわりといい香りがして身動きが取れずにいたら、鷹臣さんは溜め息をついたあと「ごめんね」と言ってから身体を起こした。
 どうして謝られたのか、意味が分からなくて目を瞬いていたら髪を撫でられて握ったままの手が引かれる。

「せっかくだし夕飯でもどうかな」
「え?」
「すぐ近くに良く行く焼肉屋があるんだけど⋯焼肉好き?」
「好き、です⋯」

 というか、あんまり食べた事ないけどお肉は好きだ。
 話題を変えたって事は、さっきの事には触れない方が良さそう。
 ⋯そういえば、鷹臣さんって手を繋いだり頭や頬に触れたりするけど、恋人としての触れ合いってして来ないよね。
 躓いたところを助けて貰ったりはしてるけど、抱き締められた事さえまだ一度もない。

「それじゃあ行こうか」
「⋯はい」

 どうしてなんてとてもじゃないけど聞けないからただ頷くだけにして、僕は手を引かれるまま車へと戻った。
 本当はもっと触れてくれたって構わない。恥ずかしくて固まっちゃったりするかもしれないけど、鷹臣さんならって気持ちは少なからずあるから。
 でもそんな事、さすがに自分からは言えない。



 鷹臣さんが連れて行ってくれた焼肉屋さんは見るからに高級なお店で、店長さんとも知り合いらしく身を縮こませる僕に次から次へとオススメを注文してくれてお腹いっぱいにはなったんだけど、最終的な値段がどうなったのかはいつの間にか鷹臣さんが払ってくれていたから分からない。
 夕飯までご馳走になってしまい恐縮しきりの僕に、鷹臣さんは「またデートしてくれたら嬉しいから」と言って自宅のマンションまで送ってくれた。
 そっか、これってデートだったんだって今更ながらに気付いて一人顔を赤くする僕に鷹臣さんは笑ってたけど、何だか悪い事しちゃったな。
 次からは、鷹臣さんのお誘いはデートだってちゃんと認識しておかないと。
 マンションの入口からエレベーターのあるエントランスまでは見えるからエレベーターに乗り込むまで見てるという鷹臣さんと手を振って別れ、部屋へと戻った僕は息を吐いてペンギンを抱き締めると玄関に寄り掛かるようにして座り込んだ。
 楽しかったあとに真っ暗な部屋に戻ってくるのはいつも寂しいけど、今日は特にその気持ちが強い気がする。

「⋯⋯⋯よし、明日は三限からだし、お風呂に入ってゆっくりしよう」

 誤魔化すようにわざと声に出して立ち上がり、先に荷物を部屋に置いてから浴室に向かいお風呂の準備を始める。
 宣言通りゆっくり身体を温めて、寝る時間までは鷹臣さんからのメッセージに返信しながらのんびりとして過ごした僕は、その夜ペンギンを抱き締めて寝たんだけど意外なほどぐっすり眠れて⋯それからは毎晩一緒に寝るようになった。
 ぬいぐるみって凄い。
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